第35話 夏の庭の涼
目が覚めると、天蓋付きベッドの中で、両サイドに両親が寝ていた。
いわゆる川の字状態。
誰にも奪わせないと言うかのように両親は私を挟んで守るように寝ていたのだ。
感動しつつも両サイドのどちらの胸元に顔を埋めようか迷ってキョロキョロしていたら、お父様が目覚めてしまった。
遅かった。 判断が遅い。 私のバカ。
「起きたのか、ティア、体は大丈夫か?」
「元気です」
「ん……おはよう、ティア……」
お母様まで起きてしまった。
「お二人とも、おはようございます、良い朝ですね」
窓からは朝陽が差し込んでいたし、観念して起きる事にした。
妖精リナルドはどこにいるのかと思ったら……しれっと両親の真ん中に寝ていた私の頭の上の方に丸まって寝ていた。
「要所の畑と言うのはどこか、地図を見れるか?」
起きたお父様がベッドサイドに用意していたらしいライリーの地図を拡げ、リナルドに問う。
『分かる、こことか、龍脈だから。あ、龍脈は大地の気が流れる道の事だよ』
などと説明している。
私は私で準備をしなければ。
「お母様、まだ夏で暑いので魔石に氷の魔力を入れてくれませんか?」
「構わないけど、魔石に魔力を入れても魔石が冷んやりするだけでは無いの?」
「風魔法使いにも協力して貰って周囲に冷気を振り撒く魔道具を急いで作ってみようと思います」
構想は前から練っていた。
「まあ、そんな便利な物が作れるの?」
「土魔法は創造魔法の系列なのでいけそうな気がします」
つまり物作りは得意分野。 でも失敗したら笑って流して欲しい。
「宝物庫にイチイの木の杖や魔石や宝珠があるから好きに使いなさい」
お父様が大盤振る舞い発言をした。
「成功したらお父様達のお部屋の分も作りますね、冷気放出魔道具」
簡易クーラーだ。
簡易クーラーの杖を急いで作った。杖なので持ち運び可能。
イチイの杖の先端に魔石、ここに氷の魔石。少し下の部分に宝珠をはめ込む。
風魔法を拡散する術式を埋め込むのは騎士のレザークが協力してくれた。
3つ完成した。
お父様はその間に家令に領内にいる風魔法の能力持ちを集めて、歌の拡散に協力を求めるよう指示を出していた。
さあ、ちょい遅れたけど朝ご飯。
「ロスティと言うのか、このじゃがいも料理は」
朝の爽やかな空気の中で、香ばしい香りが漂う。
殿下が朝食に出した料理を美味しそうに食べて、私に話しかけた。
「そうです。簡単な物ですけど、じゃがいもを食べたくなった時に良いです」
私はそう言って、外はカリッと中はホクホクしたロスティを堪能する。
じゃがいもを細く切ったものをフライパンで炒めて、表面がこんがりするまで焼くだけ。
前世の記憶で作った、スイスの伝統的なじゃがいもの旨みを感じられる料理である。
お父様も美味しそうに食べている。
ロスティには目玉焼きを上にのせてもいいよ。 今回はちょっとのせてないけど。
今回の他のメニューはかぼちゃのパンにコーンスープ。それにフルーツに桃。
「全部、美味しいけど特にこのパン、優しい甘さで好き」
お母様は特にかぼちゃ餡を包み込んだパンが気に入っている様子。
夏であっても授乳中の母の体はあまり冷やさないよう暖かい料理を出す。
「簡易冷気放出魔道具でも、あまり体を冷やし過ぎないように、でも暑さで熱中症にならないように、調整して使って下さいね」
氷の精霊の加護があるお母様だけど、念の為注意を促す。
「分かったわ、ありがとうティア」
「簡易冷気放出……魔道具とはなんだ?」
殿下が興味を持って聞いて来た。
私は軽く手を振って執事に合図をした。
「これは歌の拡散等でお手伝いいただいた殿下へ、夏でも涼しく過ごせるように作った魔道具です」
殿下の分もちゃんと作ったのよ。
「おお、こんな便利な物がこの世の中にあったとは」
殿下は杖を持って感動した様子。
朝に、早起きして作りました。朝活。
「今朝完成しましたので」
「は!? 今朝!? ま、まあ良い、お礼に竜騎士を5人程呼んでやろう、馬車移動より早くて良いはずだ」
え!? お礼にお礼を返すの!? いや、それよりも!
「私、竜に乗れるんですか!?」
「流石に一人では無理だから竜騎士に同乗してもらって畑に移動すると良い」
きゃ────っ!! 空が飛べる上に竜ですって!!
「ありがとうございます!!」
殿下、有能!
「ティア、はしゃいで落ちないようにするんだぞ」
お父様が私を心配している。
「大丈夫ですよ、竜騎士の方に迷惑をかけるような真似は致しません」
ワクワクして来た!
夕方には出発出来るように間に合わせてくれるらしい。
夕空の中を竜で飛ぶのか、綺麗だろうな。
最高に「映え」ではなかろうか。
* * *
殿下が竜騎士の手配を、お父様が風魔法が使える者を集めてるのでお昼は待機。
私は昼食後にクーラーの杖と共に庭園のガゼボに来た。
夏の陽射しは強いけど、緑が濃くて綺麗だから。
ガゼボの椅子に杖を立て掛け涼しげな風を送る。
爽やか。
妖精のリナルドはベンチの端っこで寝る事にしたようだ。
よく寝る妖精だ。見た目はモモンガ系だけど猫みたい。
凄い早さで寝入った妖精はそっとしておいて、トレイに乗せて持って来た念願の物をじっと見る。
完成した、炭酸ジュース!
松葉でサイダーが作れるのだ、これは前世の知識。
夏にはサイダー! 砂糖も入れている。
サイダー入りの蓋付きの瓶に氷と、この世界ではまだ珍しい、透明度の高いグラスも二つ用意している。
誰かの乱入を考慮している。
去年にはビーカーで透明度の高い耐熱ガラス実験セットを作った天才錬金術師に
家族分と、予備に10個ほどガラスのコップを注文して作って貰っていた。
一つのグラスにサイダーと氷を注ぎ入れた。
夏の陽射しの中、しゅわしゅわと泡が弾ける。
グラスに口を付け、飲んでみる。
「ああ、本当にサイダーだわ…………」
一人でサイダーを堪能してると殿下が目ざとく私を発見してやって来た。
センサーでも付いているのか、本当に私をよく見つけるのだ、彼は。
差し上げたクーラー杖を持っている所を見るに、機能を試していたのかな。
いつもの側近も近くにいる。
「ジュースを飲んでいたんです」
殿下が夏の空色を溶かしたような蒼い瞳でジュースを覗き込む。
「泡……?」
「しゅわしゅわする炭酸が入ったジュースです、飲んでみますか?」
「ああ、良ければ」
その言葉に毒見役の側近が進み出ようとしたけど、
「私の飲み差しなら、毒見済みって事で良いですか?」
と言ったら、赤茶髪の騎士は足を止めた。
「あ、ああ」
殿下は素直にグラスを受け取った。
しかし、やや顔が赤くなっている。
サイダーはまだあんまり量が無いのだから飲み差しでも許して欲しい、どうせ毒見がいるのなら。
殿下はグラスに口を付けて口に入れた。……ゴクリ。
「本当にしゅわしゅわして面白いし、爽やかな飲み物だな、……美味しい」
「気に入ったようで何よりです」
殿下まつ毛長いな……。
私は初めての飲み物に驚いて何度も瞬きしてるその初々しい少年の姿を眺めていた。
「側近の方にも涼しい風を使えるようにしてやるか」
殿下が少し離れた所に邪魔しないように待機して居る側近達に杖を貸した。
騎士達がおもちゃを貰った子供のように掲げたり振ったりしている。
なんか可愛いな、大人なのに。
サイダーの小さく弾ける炭酸の音を聞きながら、魔法の杖からそよぐ風を受けて、青い空と庭の緑を眺め、サイダーを飲んで、私達は夏を満喫していた。
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