第32話 魔の森にて

 本日の私の冒険コーデ。


 ミントグリーン色のピンタックワンピース。下には短パンを穿いた。

 冒険者風と言うより、どちらかと言うと森ガール風。

 ガチめの冒険者風コーデにしようとしたらアリーシャが渋い顔をしたから。


 狩りの邪魔にならないよう、髪型もポニテ。


 普通に考えたら、そんな装備で大丈夫か?って言われそうなんだけど、

 令嬢なんだから後方で守られていれば良いと言われた。

 私だって、精霊の加護を得てから地味に修行、訓練して来たんだけどな。


 出発前に私は小さく可愛い弟に

「いい子にして待っててね」などと話しかけてたら、

 お母様が、私達は留守番をしているから記録の宝珠で冒険を撮って来てね、と渡してくれた。


 カメラゲット!!


 まかせて下さい、かっこいいお父様を映して来ますよ!と、請け負った。

 弟の愛らしい姿も、もちろん撮影した。


 撮影者が宝珠を握って視覚を通して記憶し、付属品の台座にセットして、

 後に特殊な魔法をかけてある大きな白い布を壁に固定して、映像を流すスタイルで見る。

 なので、宝珠自体がレンズではなく、なるべく目の良い人が宝珠を

 握って撮影した方が良い。なお、容量は沢山ある様子。


 魔の森に挑む殿下もお父様も護衛騎士達も冒険者風コーデである。

 良いね。壮観。イケメンだらけ。


 お弁当もキャンプセットもお父様の亜空間収納に入ってる。

 妖精も私の肩に乗ってる。


 エルフのアシェルさんはお母様と弟を守って貰う為に、また留守番させて申し訳無い。


 冒険の朝は胃にダメージを与え無いように軽めのハムチーズサンドイッチとフルーツだった。

 料理長達ありがとう、美味しかったよ。


 馬と馬車で魔の森まで行くのだけど、私はお父様の馬の前に乗せて貰って二人乗り。

「走っている時は喋るなよ、舌を噛むから」と、お父様に注意を受けた。


 森に入るより手前に馬と馬車番がキャンプしながら我々の帰りを待つ。


 魔の森の緑は濃い。深いほどに鬱蒼としている。

 浅い部分はまだ陽射しも入る所で、薬草狩りの新米冒険者がいる。

 おー、ファンタジーっぽい。


 妖精のリナルドが『あれ、薬草だよ〜』と教えてくれるので私も少し摘んでみた。



「わー、冒険者っぽい」


 プチプチと摘んで袋に入れる。



「草なんか採ってどうするのだ?」


 殿下が横槍入れて来る。


「ポーションの材料になる薬草なんです」

「そんな事がわかるのか?」

「肩に乗ってる可愛い妖精が教えてくれてるので」

「そのリスみたいなのがか」



 そうです、名はリナルドです、と紹介して殿下が飽きる前に移動する事にした。


 ちょっと行った所でゴブリンが現れた!

 冒険の序盤でよく見るやつ!

 巣を作って増えると厄介なので即討伐。


「切り裂く者よ!」〈エアースラッシュ!!〉


 カマイタチのような術で殿下がゴブリンを倒した。

 基本的には雑魚なんでお父様も騎士達も危なげなく即殺。



「流石です、殿下」


 殿下の側近が殿下を褒めている。……接待ゴルフのようだ。


 私も何か言うべきか、カメラ宝珠を構えて撮影してて私は思った。

 ま、いっか。大物を倒したら褒めてあげよう。 


 ふと上空を大きな影が掠めた。と、思ったら、


 ドシュッ!


 お父様が投擲した槍が赤い大きな鳥型の魔物の首を貫通した。

 槍はお父様の手元に勝手に戻って来た。

 魔槍だ! かっこいい!


 てか、急に即殺するから撮影しそこなったんですけど!

 まあ、しかし、安全第一。速攻は大事。やられる前に殺る。


「この鳥は美味いぞ」



 事もなげにお父様が言う。



「わーい! 焼き鳥が出来ますね! あ、羽根も布団の素材に出来るのでは?」

「そうだな」


 お父様は獲物の鳥を収納しつつ笑顔で言った。


「次は私が狩るぞ!」

『向こうにも魔物がいるよ』


 張り切る殿下に妖精のリナルドが魔物情報を教えてあげた。

 さっきとは違う猿っぽい魔物を殿下がまた風魔法で狩ったのだけど、美しい羽根も無い……と、がっくり来ていた。



「殿下、大きくはありませんが、赤い魔石が取れましたよ!」



 魔物から魔石を取り出した殿下の側近がフォローしている。

 殿下も腰から剣を下げているが、汚れ仕事は側近がしてくれるらしい。



「あまり美しい石では無いな……」



 殿下的に赤黒い小さな魔石は気にいらないみたい。



「ギルバート様、この魔物の赤い羽根、綺麗ですよ。

分けて差し上げてますから、元気出してください」


 と、私も励ましてみたのだけど、殿下は憮然とした顔で言った。


「贈るつもりが貰ってどうする」


 え? もしかして、私に獲物をあげたかったの?

 あら、お可愛いらしい事……。

 ちょっと微笑ましい気分になっていると、いつに間にか前方に、不思議な光景が広がっていた。


 木立の間を空飛ぶ細身の魚の群れが泳いでいる。鱗は銀色に輝いている。



「森魚の群れだ、川が近くにある」



 お父様がそう教えてくださった。



「綺麗なだけで害は有りません」



 殿下の赤茶髪の側近が危険は無いと補足してくれた。



「わあ、綺麗、幻想的……」


 しばし、見惚れる。


「これは魔物なのか?」


 殿下が問うた。


『森の精霊の類いだよ』


 リナルドがそう言うから殿下にもそう伝えた。


「なんだ、精霊の類いか……」


「あ、カメラ、違う、宝珠!」


 宝珠を取り出してこの幻想的な風景を撮ろうとすると、それを貸してみろ、と、殿下が言うので渋々渡した。


「ほら、父君と並べ、魚を背景に映るよう、そこに立て」


 おっと、私とお父様を撮ってくれるのか、よし、許す。


 殿下が宝珠を握って私達を見た。


 あれ、綺麗な青い瞳でじっと見られるのちょっと照れる。

 いや、これは森魚とお父様を撮ってると考えるのだ、平常心だ。


「殿下、撮れました?」

「ああ、ちゃんと見たから撮れてるはずだ。確認はライリーの城に戻ってからな」


「川を見たいです。夏だし」

「向こうに川があるはずだ」


 私のリクエストにお父様のお許しが出た。


 すると、私の見たかった光景が、広がっているではないか。


 苔────っ!!

 美しい緑の苔────っ!!

 岩に貼り付いてる苔が豊かで瑞々しい。


「苔! こんなに綺麗な苔がいっぱい!」


 厚みもしっかりある素敵な苔!


「何故苔でそんなに喜んでいるんだ?」


 殿下が不思議そうに問う。


「何故!? 綺麗で可愛いでしょう!?」


「か、可愛い……? まあ、綺麗とは言えなくも無いな、緑色が目に優しい」


 10歳くらいの子供には理解出来ないか、この風情や佇まいは。


「苔大好きなので、これ貰っていっても良いでしょうか?」



 誰ともなしに聞いてみた。


『水場の近くで、また生えるから大丈夫だよ』


 と、妖精のお墨付きを貰った。


「リナルドが大丈夫だって言うので貰って行きますね! お父様、収納に箱か鉢入ってませんか?」

「あるぞ」


 箱を出して貰って苔を敷き詰めた。

 わー!! 綺麗。私は満面の笑みになる。


「セレスティアナは変わった物を好むな」


 殿下はまた私を変な女だと思ったに違いない。まあ、いいけど。


 川辺に来た。

 開けた場所で陽光も入る、周囲の木々の緑も苔も美しい。

 川の水も澄んでいて綺麗な所でとても魔の森の中とは思えない。

 クレソンのような植物も生えている。


 『この植物はクレミンと言って、良い香りがして美味しい草だよ』



 私の肩からヒュッとリナルドが岩場に飛び移り、指差して言った。


 リナルドが教えてくれたクレソンっぽいクレミンと言う名の草を収穫。

 瑞々しくて美味しそう。


「あ、川に魚がいるぞ」


 殿下が水と風の魔力を漲らせた。


 バシャーン!


 水と風がキラキラ光る魚を数匹巻き上げてこちらへ運んだ。……七匹いた。

 チート漁だ。 竿も網もいらないじゃん。


「凄腕漁師になれる」


 思わずこぼした私の一言に、「なる予定は無い」という殿下のお返事。


「ですよね!  漁師が泣いてしまいます、こんな簡単に獲られては」

「魔魚くらいだろ、こんな捕り方が許されるのは」


 ……確かに。チート過ぎるものね。


「それにしても、虹色の鱗の魚と銀色の鱗の魚! どちらもとても綺麗ですね!」

 私が殿下に流石です! 傷も無いです! と、褒めると

「まあな」


 殿下はドヤ顔で胸を張った。


 そして、


『同じ種類の魚だけど、魚の雄と雌でこの時期は色が違う、ラッキーだね』


 と言ったリナルドの言葉を殿下に伝えた。


「この時期は色が違う?」


『雄に婚姻色が出ているんだよ、虹色になってるだろう』


 森の生き物に詳しい妖精が説明してくれる。


「その虹色は婚姻色らしいです、ラッキーだとか。本当に綺麗な虹色」

「その美しい魚の鱗を其方に贈ろう」

「え? 私に下さるの?」


 気前が良いな。殿下はお気に入りの相手に重課金するタイプ?

 私相手に金貨とか出すし。大丈夫?私なぞに注ぎ込んで。


「この魔物の鱗は素材として人気があるぞ、鱗が綺麗だから装飾品に使われる、魔物だから湧いても増えるし」 


 お父様が教えてくれる。


 いっぱい狩ってもゲームの敵みたいに勝手にポップするって事?

 求愛の季節に狩ってしまってちょっと申し訳ない気もするけど……


「白身の魚で美味しいですよ」


 殿下の側近が味までも教えてくれた。


「ありがとうございます、ありがたくいただきます」


 私はお礼を言った。くれる物は貰っておこう。


「美味しいならもっと狩っておくか」

「殿下、魔力は温存しましょう、ここは私にお任せを」


 お父様がそう言うと、「そうか? じゃあ任せよう」と許可を得たので、お父様が川に近寄る。


 ドン!!

 

 さっき投擲した槍の、持ち手の方で水底の石を叩くと水飛沫が派手に上がり、虹が出来た。

 わあ、綺麗っ……て、一瞬見惚れてたら衝撃で周囲の魔魚が気絶したのか浮いて来た。

 槍はすぐさまお父様の手元に戻る。


 ザッと30匹は魔魚が浮いてる!


「あ! 急いで回収しないと水流で流される!」


 私は靴を投げるように脱いでスカートを慌ててたくし上げて川に飛び込んで魚を回収!


「ティア! 何してるんだ!」


 お父様が叫ぶ。男性陣もこっちを見て驚いてる。


「見ての通りお魚の回収ですよ!」


 そう言って左手でスカートを押さえ、もう片手の右手で魚を掴んで岸の方に投げるを繰り返す私!

 鮭をバシッと川で弾くクマのごとく!


「ス! スカートッ!」


 殿下が真っ赤になって叫んだ。たくし上げが気になるのか。


「大丈夫! 下に短パン穿いてます!」


 ペラっと更にスカートを高く捲り、短パンを見せる。


「「うわあああああああっ!!」」


 殿下とお父様のダブルの悲鳴。


 うっかり短パンを穿いてると言いながら穿き忘れるような真似はしてないのに大袈裟ね。


「「びっくりするだろう!」」


 お父様と殿下の声がさっきからハモってる。仲が良いわね!


「それより回収手伝って!」


「私が!」


 同行してた騎士のレザークがそう言うと風魔法でお魚を回収した。

 出来るなら早くやって。

 ──ふう、でも楽しかった!お魚掴み取り。


 あ、でも通常の……と言うか、前世の世界の川ではガチンコ漁というか、お父様は槍を使ったけど、原理がほぼ同じ、石と石をぶつけて衝撃で気絶させ魚を捕る漁法等は確か生態系を守る為にほぼ禁止されていて、こちらのような魔物の数減らしが必要な所以外ではよろしく無いのである。


 が、ここは魔の森の川なのでセーフ。

 魔物はその存在が増えるだけで魔素が濃くなり、余計強い魔物が産まれやすくなる性質らしく、水の中にいれば害や脅威は無いと言うものでも無いらしい。


「この魚達はお昼の食材にしましょうか?」


 私はとりあえず殿下に聞いてみた。


「分かった! それでいい!」


 殿下は明後日の方向を向いたままだけど了承したので、お父様にタオルの代わりの布を亜空間収納から出して貰う。

 足が濡れて水が滴ったままなので。


「全く、もう少し慎みを持ちなさい」


 小言を言いつつも私の前に膝をつくお父様だったが、濡れないようにスカートを掴んでる私の足を拭いてくれる。


 魔の森なのでメイドは置いて来たんだった。

 メイドがいたら更に強く怒られていただろう。

 セーフ。……いや、これはセーフか?

 私はお父様に小声で頼んでみた。


「お母様には内緒にしておいて下さい……」

「全くしょうがないな」


 お父様は呆れ顔だが、妻の精神安定を優先する事にしたようだ。


 そうだ、それが良い。


 レザークが私が放り投げてた靴を持って来てくれた。

 ごめんね、ありがとう。

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