第31話 秘密

 まだ地上の緑は濃く、深く澄んだ青を湛えた空は高く美しい。

 夏のまだ暑い日の昼過ぎに第三王子一行がライリーの転移門により到着した。


 王都の教会の敷地内から転移で来られたのだろう。

 私達は皆でお出迎えに庭園に並んでいる。


 私は恥ずかしがりやの小さな女の子のふりをしてお母様のドレスの後ろに隠れていた。


 あまり王族の視界に入りたく無いのである。

 一緒に森に行くのに何を今更と思われるかもしれないけど。



「ギルバート殿下、ようこそ、ライリーへ」



 お父様がいい声で歓迎の挨拶をした。


 陽光に輝く銀髪、美しい蒼穹のような瞳、褐色の肌の王子様がいた。


 渋めの青に銀糸の刺繍の入った前開きの出来るチャイナ服のようなノースリーブのトップスには

 美しい刺繍が入っている。パンツは黒。

 左腕には布が巻いてある。


 面差しが……誰かさんに似ている。


「グランジェルド王国、第三王子、ギルバート・ケイリールーク・グランジェルドだ。

しばらくそちらに逗留させて頂くゆえ、宜しく頼む」


 お父様とお母様が貴族的な挨拶をした後、


「どうしたの、セレスティアナ? きちんとご挨拶をして」


 お母様の広がった緑色のドレスの後ろで隠れて通したいのだけど……やはり普通に許されなかった。


 覚悟を、決めるしか無い。


 私はお母様の後ろから、横に移動して、


「セレスティアナ・ライリーです、以後、お見知りおきを」


 私は教わった通り、片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、両手で水色のドレスのスカート部分を軽く持ち上げて行う、カーテシーをした。


 こちらの世界の貴族に付いてる名前の真ん中の祝福ネームとやらは、家族になる婚約者とかで無い限り、

必ずしも名乗る必要はないとされているので、セレスティアナ・アリアエラ・ライリーと言う正式名は言わなかった。

 

「……天使?」


 殿下が呆然とした顔で私を見ている。


 人間ですけど。


「いや、あれ……? 似ている……」


 と、言いながら殿下が歩いて近寄って来る。

 や、やめて、至近距離に来ないで。


 殿下の後ろには見覚えのある、ガイ君のお付きの人達がいる、間違いなく、

 この殿下の護衛騎士達だ、つまりは──


「セレスティアナ嬢、其方、亜麻色の髪に茶色い瞳の、双子の姉か妹はいないか?」

「…………!!」


 ヤバイヤバイヤバイ! 私、殿下を財布呼ばわりした過去がある!

 しらばっくれたい! 最終的にはもう怒って無かったけど、不敬過ぎた。

 いや、でもお父様を不審者呼ばわりされてつい、カッとなったせいであり……。


「私の兄弟は、まだ小さい弟のみでございます」


 声が震えないように頑張って言った。


「!! そうか、そうだったな、国王陛下と王妃から、お子の、長男誕生の祝いの品を預かって来ている」



 何か思い出したってお顔で、お母様とお父様に向き直る殿下。



「まあ、国王陛下と王妃様から!? 畏れ多くも、有難い事です」

「お心使い、感謝致します」



 お母様とお父様が口々にお礼を言う。

 殿下のお付きの人からお父様が何か豪華そうな箱を受け取った。


 あ、よく見たら騎士だけでなく神官っぽい人が一人いる。

 殿下が万が一、怪我とかした時用の治癒魔法の使える人が同行してるのか、多分。



「それは見た物を記録出来る魔道具で、記録の宝珠と言う。お子の今の姿を、残しておけるそうだ」

「まあ、なんて素敵な……良い物をありがとうございます」



 普段クールなお母様が殿下のお言葉に大変感激した様子で目を輝かせた。


 私も内心、うわー!! なにそれカメラ機能!? 動画!? 静止画!? って、

 めっちゃ訊きたくなったけど、目立ちたく無い!


 私もとりあえず頭を下げて礼をする。



「準備がございますので、御前を失礼致します」



 と言って私は城へ向かった。

 というか逃げた。


 家令が殿下達をお部屋に案内して、一息ついて貰う。

 荷物も執事達が運び込む。


 お茶などもメイドが差し入れる。


 夕食は出来る限りのおもてなしとして、良い食材でお食事を用意した。

 厨房の料理人は教えた通りに仕上げてくれた。


 殿下は晩餐前に薄手の白い長袖シャツに着替えていた。

 ケチャップとかで汚さないか少し心配になった。


 ローストビーフ、ラタトゥーユ、フライドポテト、ピザ、柔らかいパン。

 果物、ケーキ、他はお花の形にデコったサラダ等をテーブルに並べてある。


 飲み物はワインや葡萄ジュース。

 若い男の子が好きそうなピザも用意したけど、やはり、気に入ったみたい。



「このような美味しい料理は、王城でも出て来ない」


 と、殿下や護衛騎士様達の評価も上々だ。


 食事が終わってそそくさと、モモーン妖精の眠る自室に戻ろうとすると、

 殿下が声をかけて私を呼び止めた。



「セレスティアナ嬢、待ってくれ、話がしたい。テラスなら夜風が涼しいから、そこで」

「……はい」



 うっかりしてたけど、昼間廊下で、アシェルさんが通りかかって殿下と目が合っていた。

 アシェルさんを隠しておくのを忘れた。


 ガイ君はアシェルさんを知ってる、見ている、あんな美形エルフを忘れるはずが無い。


 テラスに出た。

 噴水の側に立つ。水の流れる音がする。

 水の魔石の力で夏だけ動かしている噴水だ。


 殿下の護衛騎士は後方に控えている。

 うちの騎士も二人程後方で控えている。


 殿下は月灯りの下で、薄手の白いシャツの袖を捲り、見覚えのある、魔道具の腕輪を見せた。

 腕に嵌めているそれにそっと触れて、色を変えた。

 髪は銀から黒へ、瞳は青から紅へ。

 肌は褐色から白へ。



「嘘、偽りなく応えて欲しい、君は俺の、この姿を、知っているな?」



 …………お願い口調でも、王族が問うているのだ、偽証は出来ない。



「はい」

「君が、王都で俺がガイとして出会ったアリアだな?」

「……はい、その節は、知らぬ事とはいえ、とんだご無礼を。申し訳ありませんでした」



 私は深く頭を下げた。



「それはいいんだ、全く気にしていない。

私の方こそ父君、辺境伯を不審者などと言ってしまったから、怒らせてしまったのだろう、すまなかった」


「元気にしててくれた事が分かって、嬉しいだけなんだ」

「過分なお言葉、痛み入ります」


「そんな堅苦しい話方はやめにしないか?」

「そんな訳には参りません」


「名前で呼んでくれないか、ギルで良い」

「まさか、そんな、愛称など、私のような者が」


 めちゃくちゃ距離を詰めようとして来るじゃん!!


「財布よりは呼びやすいだろう?」



 うっ!!

 気にしてないと言ったのにこういう時だけそれを持ち出すー!


「……はあ、全く、乙女の秘密を暴いたり、意地悪を言うのはあまり良い趣味じゃないですよ、ギル様」


「それはすまなかったと思ってる、セレスティアナ」


 私の方はまだ名前呼びを許すとは言って無いけどなー!

 な────!

 ──でも仕方ないな、財布の事を言われると。

 私は不本意そうにプクーと頬を膨らます。せめてもの抵抗。



「そんな顔しても可愛いだけだぞ?」



 くっ。

 天然タラシか何かか。顔が熱くなるから止めて。



「魔の森には君も行くと聞いたが、大丈夫なのか?」

「私の方が先にお父様に連れて行って貰う約束をしていたんですよ」

「そうだったのか」そう聞いて殿下は少し申し訳なさそうな顔をしてる。


「ギル様の精霊の加護を伺っても?」

「水と風の精霊の加護を賜った、まあ、地味だろうが」


「水の加護が地味!?砂漠や水の無い所で救世主になれるではないですか!

 とても素敵ですよ、風も良い風が呼べたり、暴風から身を守ったり出来るのでは?」


「それに水の加護はロマンに溢れていますよ」

「何故だ?」


「例えばですけど、水の加護持ちの主と、従者がいたとして、

何かの理由で追手に追われて逃亡中、主人を庇って従者が傷ついて喉も乾いて死にかけたりした時に、末期の水を、敬愛する主から貰えると言う、大変ドラマチックな物語が一本、書けてしまいますよ」


「なんで死ぬんだ、助けてやれ。というか、小説を書くのか?」

「もちろんハッピーエンドは私も大好きですが、たまには泣ける話も読みたいものです」


「いや、俺はハッピーエンドが良い、幸せにしろ」

「……貴方は優しい人なのでしょうね」



 私はあくまでハッピーエンドにこだわる殿下を、物語の中の人の幸せまでも願う、良い人なんだろうなと、思った。


「……小説を書くのか?」


 はい。と言わない私に諦めたのか質問になった。

 印刷機が無いから、ここで書いてもなあ…、大変そう。



「いいえ、まだ、そんな予定は無いのですが」

「なんなんだ」


「私の言う事はわりと戯言なので聞き流して良いですよ。あ、見て下さい、月が……」



 綺麗ですねと、うっかり言いかけてやめた。

 かの有名な言葉を思い出したのだ。


「月が……綺麗だな」


 …………言いおった。


 でもギルバート殿下はこちらの世界の人だから、知らない筈だ。

 月が綺麗ですね的な言葉が……愛してると言ってるような物だと言う事を。

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