第29話 妖精と私

「きゃーっ!」


 ん? 朝からアリーシャの悲鳴が。

 夏の朝にまだ天蓋付きベッドの上で寝ていた私は目を開けた。



「お、お嬢様、う、動かないで下さい、胸の上にネズミが……!」

 


 何ですって!?


 まだ少ししか膨らんで無い胸の上に、視線を移す。

 夏なので薄い布をタオルケットの代わりにしてかけて寝てたんだけど。


 その上に……可愛い生物がいた。

 あれ? これ前世のSNSで写真で見た、エゾモモンガに似てる。


「これは……ネズミでは……無いと思う」

『僕は森の妖精! モモーン』


 やっぱりモモンガでしょ?

 いや、待って、モモンガは喋らない。


「妖精?」

「お嬢様何をおっしゃって言ってるんですか!?」

「この子今、自分で妖精って言ったでしょう?」


「何も聞こえません、ちょっと、いえ、少々お待ち下さい、今、捕まえます」



 そう言ってアリーシャはエプロンを脱いで、両手でそれを持ち、

 被せて捕まえようとしてるみたいだ。



「待って、この子の声私にしか聞こえてない?」

『妖精だよ!ネズミじゃない!』


 アリーシャに捕まる前にと、私が両手でキャッチ!


「可愛い! 柔らかい!」

「お嬢様! ネズミを手掴みしてはいけません!」


『だから妖精なんだって』「妖精なんですって」


「ほ、本当ですか?」

「じゃあ、貴方飛べる?」


 私は妖精にそう聞いて、手を開いて解放した。


『余裕』


 妖精は、ばっ! と飛んで天蓋付きベッドの上に移動した。


「ネズミが! 飛びました!」



 アリーシャがびっくりして声をあげた。


「アリーシャ! ネズミは飛ばないから!」



 そしてまた私の胸元に戻って来た。


『僕と契約して!セレスティアナ!』



 何か契約と聞くと怪しい勧誘に思えて来た。



「妖精と契約って何?精霊ならまだ分かるけど」


『使い魔と同じだよ』

「何に使えるの?」


『植物に詳しいから、見たら鑑定が出来る、有毒か無毒か、食用可か、

あと、近くに有用な植物が生えてたら教えてあげられる』


 何ですって!?


「素敵! でも何が望みで私と契約したいの? 

まさか人間の絶望とか恐怖の感情をエネルギーにして世界を守りますとか言わないよね?」


『欲しいのは自分の存在を維持する魔力、ティアの魔力は光と植物と大地の属性で好きな要素しか無い!』


「対価は魂とかではなく魔力のみで良いの?」

『うん!』

「貴方は悪い妖精じゃ無いのね?」


『悪い妖精なら光属性持ちのティアの魔力が好きとか言わないよ』



 なるほど……?



「悪い妖精じゃなくて、私や私の大事な人達に決して危害を加え無いなら契約するわ」

「お、お嬢様?」アリーシャが心配して恐る恐る声をかけて来た。


『大丈夫、むしろ君の役に立って、君を守る存在になるよ』

「大丈夫だそうよ」私はアリーシャの方を見て言った。


「じゃあ、貴方と契約するわ」

『ヨシ!じゃあ名前を付けて、それで契約は成立するから』


 な、名前、急に言われても…。

「じゃあ……えーと、リナルド」


『リナルド! 良い名前だね! 気に入ったよ!』


 と、妖精が言った瞬間


 うわ! 眩しい!


 ピカーッと光ってリナルドと私を包む感じで

 魔法陣のような物も展開している。


『パスが繋がった、これで契約成立だよ! これからよろしく! ご主人様!』


 ────そうして私は、真っ白いモモンガみたいな妖精の

 ご主人様になった。


 植物系鑑定スキルを手に入れたような物か。

 植物図鑑にも全て載ってる訳じゃないから、便利かも。

 しかも手乗りサイズで可愛い!


 今、猛烈に森に行きたい!

  

  * * *


 朝の食卓。

  

 朝食内容。白米、豚の味噌漬け肉を焼いた物、アオサのお味噌汁、漬け物。

 それは普通の朝ごはんだったのだがーー


「「ティア、肩に何か動物が…」」

 お父様とお母様にもモモーンの妖精が見えるみたい。

 まだ小さい弟は乳母と一緒に別の部屋にいて、この場にはいない。


 今、食卓には私と両親がいて、そしてメイドと執事が壁際に待機している。


「今朝、何故か私のベッドにいたのです、動物に見えますが、妖精さんです」


 なので食事の場ですが、同席を許して下さい。


「……害は無いのか?」


 お父様が眼光鋭くリナルドを見た。

 かっこいい。お父様、顔が良い。


「可愛い上に有能みたいなので、契約しました、リナルドと名付けました」


 害は無いですと説明した。

 

「精霊でもなく、妖精と契約?何の為に」


 お父様はまだリナルドを注意深く見ているし、

 手には肉を切る為のナイフが握られている。投げるのはやめてあげて下さいね。


「存在する為に魔力が欲しいみたいで、別に吸われ過ぎる事も無いです」

「そう、なのか……。何かおかしな事をされたらすぐに言うんだぞ」


 お父様はリナルドから目を逸らさずに言った。


『悪い事なんてしないのに〜』

「お父様、今、悪い事なんてしないのにってリナルドが喋ったの、聞こえましたか?」

「聞こえない」お父様はキッパリと言った。


『まだ契約者しか聞こえ無いよ』


 ──まだ? つまり、いつかは聞こえるようになるのかな。ま、いっか。

 

「ところで、お父様、森に行きたいのですが」


 私はやおら、切り出した。 


「どこの森だ?」

「色んな植物があって、あと、川も見たいです、もう8歳ですし、魔の森でも」

「よりによって、魔の森か、ピクニック気分で行く所では無いぞ」


「分かっています。でも私はこのライリーの守りである、辺境伯の娘ですから。

ここを守る一族としても、あそこは行っておいた方が良いのでは?」


 お父様は一瞬考えてから、口にした。


「……深部とごく浅い所で脅威度も変わる。仕方ない、ごく浅い所までだぞ。そこらなら駆け出し冒険者が薬草を摘んだり、弱い魔物を狩ったりもしている」

 

「あなた…」


 静かにしていたお母様が心配そうに声をかける。 



「心配するな、シルヴィア、私が付いていくし、騎士も数人連れて行く」


 やった──っ!! お父様と冒険だ!! 私は内心で小躍りした。

 

「ポーションの材料など、手に入るんでしょう?」



 私は植物図鑑で見て調べていた。


「ああ、あるぞ、でもそれは冒険者に採取依頼も出来るぞ」

「自分で採れば無料じゃ無いですか?」

「確かにそうだが……」


 我らが領地、ライリーは昔と比べて事業により稼げてはいるけど、まだ倹約出来る所はしている。

 何があるか、分からないからね、災害とか。


「それに川も見たいんですが、深部じゃなくてもありますか?」



 苔も見たい。私、苔大好き。川の近くには多くあると思う。緑色の綺麗な苔。


「深部じゃなくても川はあるが、川にも魔物の魚がいるぞ」

「美味しいですか?」すかさず聞いてみる。


「美味しい物もいる」 

「それは楽しみです!スケジュール調整して行ける準備が整ったら教えて下さい」

「……早くて5日後で…遅くて7日後」


 やった! 予想より早い! 


「はい!こちらも準備しますね!」動きやすい冒険者風の服とか!


 ……はあ。と、お母様がため息をついた。やんちゃな娘でごめんなさい。


 こうして妖精との契約もした私は、ついに魔の森に行く事になった。

 お父様と冒険なんてわくわくする!

 妖精のリナルドも私にだけ聞こえる言葉で、全力でサポートするよ! と請け負ってくれた。

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