第25話 騎士の子供

 〜 (セドリック視点) 〜


 

 僕の名前はセドリック。

 精霊の加護の儀式を終えたばかりの騎士の子。


 季節は五月。 

 ちょうど庭園の薔薇が美しく咲き誇っている。


 精霊の加護の儀式を終えて、ライリーの城に招かれた僕は、花一杯の庭園で、天使のように綺麗で愛らしいお嬢様を見ていた。


 セレスティアナ様のプラチナブロンドは5月の陽光を受けて煌めいている。


 僕が賜った加護はお嬢様と同じ大地の精霊の加護だった。

 大地と聞いて地味な感じがしたけれど、お嬢様も同じ属性持ちだったので、嬉しい。


 今日、お嬢様が着ている淡い黄色のドレスは、光を集めて作ったかのようで、春を司る妖精だと言われたら信じそうになるくらいだ。


 僕は騎士の子供だから、いつかこのお城に勤める事が出来たらいいな。と、思った。


 国境の砦などに配属されたら、お嬢様を見る機会もあまり無いだろう。

 

「セドリック、この料理を食べてみろ、ものすごく美味しい。

城の食事が王都の食事を凌ぐ美味さという噂は本当だったようだ」


 満面の笑みの父様に言われて、お嬢様に目を奪われていた僕はようやく食事に目を向ける。

 確かに良い匂いがする。


 なんだか減りが早そうな茶色い肉の揚げ物らしきものを食べて見る。

 美味しい!

 パーティー会場を見渡せば、揚げた芋らしき物も人気があるな、酒飲みで有名な騎士がゴブレットを片手にしきりに皿に盛っている。


 あ、これも、揚げた芋に塩をかけただけのようなのに、美味しい。いや、まず、揚げ物をしようとすれば多くの油が必要、うん、贅沢な料理だ。


「ほら、あれが油が採れるオリーブの木だ」 


 父様が離れた所の一画を指して教えてくれた。

 なるほど、あれと獣の肉の油を混ぜているのかもしれない。

 うちの庭にもあの木植えられないですか? と、聞くと、この地は瘴気の影響にあるから厳しいと言われた。


 城の敷地内は結界内にあるから守られているらしい。

 天使のように清らかなお嬢様に、瘴気の影響が無くて良かったと僕は思った。


「お嬢様には専属の護衛騎士は付かないのですか?」と、父様に聞いてみた。



 良家の子女には大抵付くものだ。


「領主様の話だと10歳くらいになったら選ぶと言われていたぞ」


 あと五年! でも選ばれるのは大人の騎士だろうな。

 8歳くらいでダンスを習えと言われてるから、せめてダンスの練習相手にでも呼んでいただけないものか、大人では身長が合わないと思う。


「おい、セドリック!

さっきメイドに聞いたんだけど、この煮込みハンバーグとやら、めちゃくちゃ美味いぞ!

食べてみたか?」


 同じく騎士の子供の友達のマルクスが声をかけてきた。


「俺の家も親がひき肉製造機を買って、教わったレシピでハンバーグを作って出されたのを食ったし、美味しくて驚いたけど、ここまで美味しくはなかった。

あ、あそこの豚の腸詰めも美味しかった、なんかハーブが効かせてあるそうだ」


 と言って、少し離れたテーブルを指指すマルクス。


「以前、豚の腸詰めを作る時は包丁で細かく切って、それを口金付き革袋に入れ、グニュっと押し出して腸に詰めていたらしいが、あの道具を使うと机の端に固定して肉入れてハンドル回すとニュルニュル肉が出るらしい」


 更には従来のひき肉、腸詰めの作り方までも親切に説明して来るマルクス。


「うちも最近父様が挽き肉製造器を購入した時、お前の家と同様にハンバーグを料理人が作ったのを食べたし、美味しかったが、これは煮込んであるのか」


 僕はマルクスの手元にある煮込みハンバーグとやらを凝視した。


「見てないで食べた方がいい」


 マルクスが猛烈に推して来るので僕も食べてみるとする。



「え、美味すぎる、なんだこれ」



 よくわからないが、めちゃくちゃ美味い!


 やや、深めの皿に汁ごとハンバーグを取り分けたんだけど、何? この汁が美味いのか?

 スプーンで汁を飲んでみる。

 うん、汁も美味い!



「ちなみにこの汁にパンを浸けるとさらに美味しい」


 ドヤ顔でマルクスが言うが、こんなパーティー内でパンに汁を浸けるのは無作法では?

 家なら良いけど。


「このパン、驚くほど柔らかいのよ」


 急に母様がお皿に焼き立てパンを複数乗せて出てきた。

 パンのいい香りがする。

 そして母様の頬が薔薇色に染まっている。興奮状態?


 僕は食べてみますと言って、母様にパンを一つ分けてもらう。

 ええー!? めちゃくちゃ柔らかいし、美味しい!!


「な、何ですかこれ、魔法でも使ってるんですか?」


 味もだけど柔らかさに僕は驚く。


「貴重な魔力を料理に使うとも思えないけど」


 母様にも謎のようだ。


「どれもこれも美味しいから、色んな種類のを少しずつ食べた方がお得だぞ」と、父様が言う。


 確かにそうかもしれない。


「このピザという料理も酒に合うな」

「あなた、お酒はほどにしてくださいね」

「わはは」


 父様が母様に注意されているが、父様は笑って誤魔化そうとしている。


「あら、ケーキが出てきたわ」


 メイドが運ぶ料理にめざとく気がついた母様。

 砂糖は高いので、甘いものは貴重だ。


「よし、取ってきてやろう」

「父様、僕のも宜しくお願いします」

「ああ、分かった」


 母様の点数稼ぎに、父様が甘いものを取りに行く。


 女性的には食べ物に凄い早さで飛び付くのははしたないと思われるのだろう。

 父様がトレイを借りてケーキを取ってきてくれた。


「まあ、なんて美味しいのかしら」

「天才料理人でも雇っているのかな」


 両親ともケーキを絶賛。

 僕も食べてみたけど本当に美味しい。ドライフルーツがふんだんに使われている。


「パウンドケーキと言うらしい」


 父様がケーキの名前を教えてくれる。

 僕の家じゃクッキーやカヌレやプディングくらいだな、出てくるオヤツは。

 知らない料理が沢山出て来る。 



「あ、城勤めの騎士があそこにいるな、挨拶して来る」



 そう言って父様が若い騎士達のいるテーブルへ向かった。

 しばらく何か話して戻って来たと思えば、

「城に配属されてる騎士が休暇で家に帰る時は交代するって話を付けた」と言った。


 父様は普段は騎士団宿舎の方で書類仕事と技術指南等をしている。


 アーノルド父様は……ずるい!


「父様、普段の仕事はどうするのですか!?」


 母様も呆れ顔で父様を見てる。


「代理を立てる」

「え、それ大丈夫なんですか?」

「大丈夫な騎士を選ぶ」


 いけしゃあしゃあと父様が言った。


「狡くないですか? 僕もお城に行きたいです」


「5歳の子供が何を言ってる、遊びに行くのではなく、警備の仕事だぞ」

「お城は結界に守られてほぼ巡回と警戒だけなのでは」



 僕は半眼になって言った。



「それでも、不測の事態には備えておかねばならぬ」


 父様は美食の虜になったようだ。城にいる時はそこで食事が出る。


 僕はお城に居るセレスティアナお嬢様に会いたい。

 父様がお城で領主様のお気に入りにでもなれば、お嬢様のダンスの練習相手に僕を呼んでくれる可能性が高まるのではないか?

 8歳になってからで良いから。


 ……しかし、遠いな。8歳か。

 

 とりあえず片手に果実水を入れたゴブレットを持って、領主様の目の前を行ったり来たりして存在をアピールなどしてみた。

 ……しかし、ジークムンド様はめちゃくちゃかっこいいな。憧れる。

 奥方様も氷の精霊の女王様のように美しい。


「お前、何ウロウロしてるんだ?」


 マルクスがケーキを食べながら話しかけて来た。

 うるさい、ほっといてくれ。


 よし、次はお嬢様の目の前に移動するぞ。



「ごきげんよう、今日は楽しんで下さいね」


 天使が喋った。いや、お嬢様が声をかけて下さった!


「は、はい、ありがとうございます!」


 名乗りとかの挨拶は神殿で済ませてあるからお礼だけようやく言った。

 ああ、本当にセレスティアナ様はめちゃくちゃ可愛い。

 花のように可憐に微笑んでおられる。


 やっぱり、いつかお城に勤める事が出来るように、頑張って体と剣技と魔法を鍛えようと僕は思った。



 パーティーが終わって帰る時、今日参加した騎士家の者には

 やたら美しい領主夫人からお土産としてあの柔らかくて美味しいパンと香りの良い石鹸をいただいた。

 皆喜んでいたが、特に母様が大喜びだった。

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