第23話 暖炉と保存食の本

 暖かい暖炉の側。


絨毯の上に毛布を敷き、二重に重ねて、更にその上に羽毛を入れた敷き布団を置く。

 マットの代わりに羽毛の敷き布団の上に転がる。

 フカフカ……気持ち良い。

 上履きは脱いで布団の後ろに置いている。


 上履きは土足禁止の場所で使う為の日本文化と聞いていたけど、自分用には用意した。

 絨毯を汚したくないのだ。


 お父様が来る前に寝落ちしないよう体を起こし、暖かい暖炉の前でリボン用の布に刺繍をしながら待つ。


 前世で見た刺繍リボンは可愛かったなあ、と思いつつ。

 あのクオリティは厳しいのだけど。


 ハンカチは普段はポケットや鞄に入ってて刺繍は出した時しか見えないけど、リボンなら見えるし、身に着けてると、可愛い気がするのだ。


 私の側には刺繍に飽きた時用の植物図鑑と、聖女と勇者の小説がある。

 この本はお父様に読んで貰う為に置いてる。


 あ、お父様がいらした! 刺繍を脇にある木製の箱に入れる。


 扉を開けて談話室に入って来たお父様は風呂上がりのようだ。

 髪がまだ若干濡れ、肩に布をかけている。


「早く暖炉の前に来て下さい」


 湯冷めしないように。


「今行くよ」


 お父様は長い足でこちらに歩いて来る。


「今夜は本を読んでくださる約束でしたよね」


 お父様は靴を脱いでそれを後ろにやり、私の隣に胡座をかいて座った。


「ああ。この本か、聖女と勇者の話」


「あ、聖女で思い出したのですが、冬の聖者の星祭りは、聖女と星を祭る催しみたいなのに、

何故聖女の祭りではなく、『聖者』となっているのですか?」


「いずれ聖女と同等の奇跡を起こす男性も現れる可能性を考えたのと、聖女を支え仕える者に聖職者の男がいたからだとか。

まあ、聖者って言っておけば聖女も含まれる。聖なる者という意味だから」


「なるほど」


 念の為に聖女に限定してないのか。


「納得いったところで、この本を私に読み聞かせて下さい」


 さっと本を差し出す私。


「それは良いが、何故自室に呼ばず、談話室なんだ?」


 本を受け取りつつも疑問を口にするお父様。


「それは私の部屋だと、入れる人が限られてしまうからです、私の他にもお父様の美声の朗読を聞きたい人が居るかもしれないので」


「はは、まさかわざわざ冬の寒い夜に自分の部屋から出て、そんな事をしに来るやつなど……」


 と、お父様は言いかけたけど、談話室にお母様が入って来た。

 お母様付きのメイドも一緒。

 更には夜食を持ったアリーシャも来たし、騎士も二人、ローウェとナリオが入って来た。


「は?」


 お父様は困惑した。


「いや、談話室だし、朗読を聞きに来た訳ではあるまい」


 雑談しながら酒でも飲みに来たのでは? とお父様は思ったらしいが、


「あなたの朗読が聞けると聞いて、私は来ました」


 お母様はきっぱりと言った。


「……騎士の諸君等は違うのだろう?」

「「夜食を食べながら領主様の朗読が聞けると聞いて参上致しました」」


 ローウェとナリオはなんて正直なの。しかも笑顔でハモってる。


「こやつらは夜食に釣られたに違いない」


 言いながらお父様は苦笑した。


「暖炉と言えど、火を見ながら冒険の話を聞けるのは嬉しいです」


 私がニコニコしながらそう言うと、「そういう物か?」と、お父様は首を傾げた。


「旅の途中で野営して焚き火の場面があるでしょう?」

「確かにあるな」



 パチパチと小さな火花が爆ぜる音が臨場感を出してくれると思う。


 お母様は一人がけのソファに座り、騎士二人は二人で長いソファに並んで腰掛けた。

 メイド二人はお茶や夜食をテーブルの上にセッティング。


 素晴らしい声で読み聞かせてくれるお父様。

 騎士達はチーズや豆をつまみつつ、お茶を飲んで聞いている。

 お酒はまだ飲んでいない。領主が朗読してくれてる間はお酒は無理か。


 しかし、領主の妻であるお母様はチーズと野菜スティックにディップソース付きと、

 ワインを楽しみつつ、お父様の声に耳を傾けている。

 私は葡萄の果実水を飲んでいた。ぶどうジュースだ。


 程よい所で野営のシーンが来た。

 川魚を木の枝に刺し、焼いて食べる勇者と聖女。

 小説の中で勇者達が食事が終わってテントで寝る。という頃に、長いから今夜はここまで、と言われた。


「お父様、ありがとうございました! とっても素敵でした!」

 感謝感激である。

 お母様もうんうん、と、頷いている。


「そうか、それは良かった」


 やや照れぎみのお父様。


「そして今が燻製したお魚を食べる時! よし! 暖炉で燻製のイワナを軽く炙ります。

大人はお酒を飲んで良いですよ」


 騎士達もお酒を遠慮なく飲めるように私が促す。



「お嬢様! 私達がやりますので!」


 メイドが二人、慌てて出てくる。


「おお……」



 暖炉でお魚が炙られる様子を見て感嘆の声を洩らす男性達。

 片手にはゴブレットを持ち、酒を飲んでいる。


 私は木製の箱をお父様と私の前に置き、上にトレイを置いて銀杏と飲み物、そしてお皿を置く。  



「テーブルとソファのある方に移動はしないのか?」


 と、お父様が言う。


「私はここから動きません、お父様はお母様の隣に移動しても良いですよ?」

「そんなにまで暖炉の側にいたいのか……」


 お父様は軽く笑いながら、立ち上がり、靴を履いてお母様の隣のソファに移動した。


 ちょっと寂しい。


「じゃあ、俺がお嬢様の隣に」


 と言って、ローウェがやおら立ち上がるが、ナリオがローウェの服の裾を慌てて掴んで言った。


「いや、それはおかしいだろ!?」


 

「お嬢様が寂しいかと思って」

「ティア付きのメイドがいるだろう」


 ローウェはそう弁明するも、お父様がアリーシャを指名したので従った。


「じゃあ、アリーシャは、ここね」


 私は自分の隣を軽くぽんぽんと叩く。



「はい、お隣を失礼します」



 炙った魚を持って来て皿に置いてくれた。

 お父様達の方にもお魚が置かれる。


 皆、手に取った燻製のお魚やお酒でご満悦の様子。

 私も暖炉の火を眺めながらお魚を食べる。


「美味しい……」


 モグモグ。


「本当に美味しいですね」「最高です」


 ローウェとナリオも絶賛。


「ティアはそれを食べたら、早めに寝るんだぞ」


 と、お父様に釘を刺された。

 ぐぬ……。


「そうですよ、もう子供は寝る時間です」


 お母様にも言われた。

 4歳児に夜更かしは許されなかった。


 私は木箱からトレイをどかして、図鑑や本を入れた。

 箱はメイドが私の部屋まで運んでくれる。


 仕方ないので食べたら歯を磨いて寝ます。


 おっと、その前に日課のお祈りしてから。

 ……おやすみなさい。

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