第18話 冬の手仕事

 季節の変わり目

 朝とかは、かなり冷え込む。

 けっこうお年をめしてる家令がちょっと咳をしていた。


 私は前世で喘息の友達から聞いていた。

 咳には銀杏やホットミルクが効くのだという事を。


 咳が出たらさしあたって、朝のあまり時間の無い時はホットミルクを飲むように言う。

 蒸気を吸い込むようにしながらね。

 なんなら蜂蜜も入れて、天然の抗生物質と言われてるから。


 そして今日のおやつと言うか間食にまだ食べてなかった銀杏を使う。

 銀杏のつなぎ目部分を上にして左手で持ち、

 つなぎ目部分をトンカチで軽くパカッと割れる程度に叩く。


 フライパンにそれを入れ中火にし、10分程炒る。

 銀杏に割れ目を入れたところから、割れ目が広がってきて、

 綺麗なヒスイ色になったら完成だけど、茶碗蒸しにも入れたいので一部は置いておく。


 茶碗蒸し用に鶏肉や椎茸などを一口大に切っておき、茶碗蒸し液を作る。

 昆布から取った出汁、水、日本酒が無いから白ワイン、醤油代わりの味噌の上澄み液。  


 泡が入らないように、こし器で器に流し入れる。

 蒸し器で蒸す。



 茶碗蒸し完成! 今日のおやつは茶碗蒸しよ。


「優しいお味ね」


 お母様がスプーンで茶碗蒸しを食べながら評価してくれる。


「なんだかほっこりした気持ちになる」


 お父様も優しい笑顔でほっこり。

 うん、両親の評価も良い感じ。


「美味しいです、優しい味でございますね」


 両親の次に、咳をしてた家令に銀杏入りの茶碗蒸しを食べさせる。

 茶碗蒸し以外の炒った銀杏もほどほどに食べさせる。


「1日、10粒以内よ、それくらいなら、薬としての作用があるから」

「お嬢様は、なんとお優しい……」

「お父様が持って来て下さったお土産に、たまたま銀杏があったのよ」


 茶碗蒸しは騎士様達やメイド等、使用人達の評価も良い。


「蒸された卵料理とか初めて食べました、柔らかいし、美味しい」

「卵部分は歯の抜けた老人でも食べられそう」


 などという感想を貰った。


 * * *


 冬支度の続き。


 海ピクニックの帰りにゲットした木材で燻製器を作った。

 スモークチップはメープル。


 庭で燻製作業をする。


 豚肉を燻製してベーコンに。

 鶏肉、豚の腸詰め、プチトマト、チーズ。

 ニジマスやイワナやヤマメに似たお魚も燻製する。


 冬の引きこもり生活が楽しみになりそう。


 厨房の料理人にドーナツの作り方を指導する。

 明日のおやつに出してくれるようにお願いをしておく。


 日課のお祈りをして、眠る。


 * * *


 次の日


 一応冬の初めの手仕事に布マスクも作るとしよう。

 お外で使うと目立つかも知れないけど、誰かが風邪をひいたら渡す。

 冬の冷たい冷気を吸い込むと咳が悪化しかねないから。

 ゴム紐が無いから紐で括るようにする。


 健康祈願に祝福のルーン文字も刺繍する。

 シゲル。それはイナズマのような文字である。


 すべての生き物を育む太陽を象徴している。

 強力なエネルギーであらゆる病の元、

 雑菌滅せよの気持ちで針を刺す。


 ルーン文字は不思議とこちらの世界と共通しているようだった。

 家にある魔法に関する本は少ないけど、それは確認出来た。


 マスクを数個作ってから小休止。


 窓から冬の庭を眺める。……冬の庭はやっぱりちょっと寂しいな。

 せめて椿があればな、などと思っても無いものは仕方ない。


 でもいずれ来る春の為に今は眠って準備期間と考えれば……仕方ないよね。


 …植物の花の代わりに美味しい物を食べるイケメンかメイドさんでも

 眺めようかな。


 私は市場で感じる活気や瑞々しいエネルギーのような物が恋しくなって

 使用人のおやつの時間に若い人というか、

 騎士やメイドさん達のいる食堂に向かうと決めた。


 ふと、その前にと、思いついてインク瓶を開け、ペンを持ち、紙を用意してメモを書く。


 部屋を出るので防寒用の上着をきて、内ポケットにメモを折り畳み、入れる。


 今日のおやつはドーナツを用意して貰っている。

 私はもう食べた。

 美味しかった。


 思惑通り食堂ではドーナツを食べたり紅茶を飲んだりして

 休憩してる騎士、レザークを見つけた。

 メイドさんのエリーと楽しそうに談笑してる。

 

 …おや?もしかして、青春してる?

 おやおや、エリーの頬が薔薇色に染まっているではないの。

 騎士様に憧れるメイド、……良いわね、ロマンが有る。

 などと妄想を巡らせていると私の存在を気付かれた。


「お嬢様、今日のおやつのドーナツも美味しいですよ。ありがとうございます」

「本当に美味しいです!」


 エリーもレザークに同調して感想をくれた。


「それはよかったわ」


 でも二人の語らい時間を邪魔したかも、ごめん。


「ところで、聖者の星祭りはどうされるんですか? 

あの少年から金貨を受け取ってしまっていましたが」


 あの日同行してた銀髪騎士のレザークが少年に会いに行くのか気になっているようだ。


「寒いだろうから行くかは分からないと言ったら、彼、何時頃どこにいるとかも言わずに去ったのよ。

人の多いだろうお祭りで待ち合わせ場所の指定すらせずに偶然会えると思う?」


 電話もスマホも無いんだよ。


「それはそうですね」

「まあ、色々貰ってるから、いつかどこかで…何かでお返しをしたいとは思ってるけど」


 リスの刺繍のハンカチと頬にキスとカツサンドはあげたけど。

 金貨3枚は貰いすぎたかな。


「お金持ちへのお返しって難しいわね」


 悩む。


「……料理で良いのでは、お嬢様の料理は王都にあるのより、美味しいです。

感動的なほどなので、金貨を払っても良い」


……騎士も良い物食べてそうなのに、そんなに?


「うーん、まあ、何か作っておきますか。

外出時はアシェルさんかお父様が付き添って下さるし」


 亜空間収納に入れておけば腐らない、傷まない。


 時にメイドのエリーは金貨? 少年? 何の話? って私とレザークを交互に見て、興味深げな眼差しだが主人サイドのプライベートに突っ込めない様子。

 さもありなん。


「……あなた達は、大規模な領民全体のお祭りは無理でも、城の人達用にささやかなお祝いと言うか、ケーキとか用意したら嬉しい?」


「それはもちろん皆喜びますよ!」


 騎士とメイドは嬉しげに笑った。


 ドライフルーツを入れたパウンドケーキとシュークリームでも作るかな。

 後は鳥肉料理。


 でもクリスマスのようなお祭りだからホールケーキが良いかなあ。

 見栄えの問題で。

 でもバニラもチョコも無いしな。


 カカオとバニラもこの世のどこかに無いかな。

 行商人がお米を持って来てくれたんだから

 カカオとバニラも見つけたら持って来て欲しい。


 シュークリームにもバニラエッセンスは欲しいのだけど、

 無いから別の甘い香りのもので代用しようか。

 ……メープルシロップとか。


「お嬢様は何か欲しい物がお有りですか?」


 思案を巡らせていると、私付きのメイドのアリーシャが現れた。


「……植物の図鑑とか、食べられる生物図鑑とか?

このお魚はどこに生息していて、ヒレに毒が有るけど、ヒレを切り落とし、火を通せば美味しく食べられます。みたいな情報付きの本とか有れば良いのだけれど」


「なかなか難しそうですね」


「この植物にはこういう薬効が有ります。

みたいな情報付き植物図鑑くらいあっても良いとは思うのだけれど」


「それは、どこかに有るかもしれませんが、絵付きは高そうですね」

「そうか……やっぱり高いか」


 印刷機が無いもんね。


「まあ皆が元気で機嫌良くいてくれたら良いよ」

「と、突然全てを諦めたんですか?」


 しゅんとするアリーシャ。


「諦めてないわ。私の周りの皆が元気で、機嫌良くいてくれたら嬉しいから」


 これは本心だからと、私はニッコリと笑った。


「え、お嬢様天使過ぎます」

「天使ではないわね、食欲と物欲が有りすぎる」


 エリーの言葉に対するこの私の言葉には、みんな、ついつい笑ってしまった。


 私は上着の内ポケットから一枚のメモを取り出して、壁の掲示板に貼った。


 シーツサイズの袋状の布を縫うアルバイトの求人メモだ。

 布と針と糸は用意済み。

 謝礼金は銀貨2枚と書いてある。


 羽毛布団を縫ってくれる人を探すのだ。外注だ。

 羽毛は通常水鳥の胸毛を使うのだろうけど、胸毛だけだと効率悪いし、今回は魔物の毛だ。

 羽の軸のとこが硬いと布を突き破るので特殊なスライムが軸の部分を柔らかく加工してくれている。 


 特殊スライムは羽の事を相談したエルフのアシェルさんの知り合いから借りた。

 ミラクルでマジカルな不思議生物である。ありがとう。


 少しして布を縫うアルバイトにはメイドのサラが名乗りをあげてくれた。

 臨時収入だと喜んでいた。

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