第17話 海辺のメアトン工房

 冬の始まり、海風が冷たい。

 私はワインレッドのワンピースに上着を着て、その上から更にグレーの外套を身に着けている。


 例の姿変えの魔道具で亜麻色の髪、茶色の瞳に変装中。

 同行者はアシェルさんと騎士一人、銀髪のレザークさんである。


 男性二人は冒険者風衣装に外套だ。


 海に近い工房に向かう道中には牡蠣小屋っぽいのがある。


 すごい、牡蠣を食べた後の残骸、貝殻が箱に山程積まれてる。

 小屋の人に「あの貝の殻、捨ててあるんですか?」

 と聞くと、そうだよ、ゴミだよ。と答えが返って来た。


「いらないゴミなら貰っても良いですか?」

「いいよ、捨てる手間が省けるから。


しかし、ボコボコゴツゴツしてて綺麗な貝殻でもないし、

中身入ってないのに欲しがるなんて変わってるな、お嬢ちゃん」


 貝殻は砕けば畑をアルカリ性にするのにも使えるから。

「えへへ」

 曖昧な笑みで誤魔化してゴミとされている貝殻をゲット。


 エルフのアシェルさんの亜空間収納に入れて貰う。


「看板にメアトン工房、ここだわ」


 建物の看板を見上げて確認をした。

 実験セットを作った優秀な魔法師を訪ねて工房に到着。

 ポンプやひき肉器を作ってる工房は今多忙なので新規開拓である。

 扉を叩き、声をかける。


「ヤネスさんという魔法師はおられますか?」


 声をかけながら私はアシェルさんと騎士レザークを供にして工房に足を踏み入れた。


「俺ですが」


 ミントグレージュの髪色の二十代くらいの青年が出てきた。

 淡い茶色と淡い緑とグレーが混ざった様な髪色というのか。


 ここからは事前打ち合わせ通り、アシェルさんに代弁して貰う。


「セイマイキという道具を作って欲しいのですが」

「セイマイキ?」


「設計図はこちらに、加工する材料はこのファイバスという植物です」


 アシェルさんが鞄と見せかけた亜空間収納から必要な物を取り出し、これこれ、このようにして使う物と説明して貰う。


「あなたの錬金術で、この道具は作れそうですか?」

「へえ、こんなしっかりした設計図あるなら出来ますよ。俺は天才錬金術師なので」


 やったわ! アルケミスト! 天才錬金術師すごい。

 魔法師の中で道具制作に長けているのが錬金術師なのかな?。


「3つくらい同じのが欲しいのですが、費用はいくらくらいになりますか?」

「3つもいるのか、じゃあ金貨70枚くらいかな」


 相場が全く分からない。


 けど絶対欲しいから了承する。私はアシェルさんに頷いてみせた。


「前金に金貨15枚です」


 材料費も要るだろうしね。了解。


「はい」 


 アシェルさんが契約書を作り、発明のアイデアを他所に漏らさないようにするとか、色々な制約をする。


 この人、ヤネスさんが上手く精米機を作れたら、いつか蒸留酒作りの為に「蒸溜器」制作を依頼したい。

 高濃度アルコールは色々使い道がありそうだもの。


 完成したら連絡をくれるらしいから一旦、王都の市場に寄ってから帰城する事にした。


 市場で冬ごもり用の物資を買い込む。

 暖炉前でゴロゴロする為にマットの代わりになりそうな布を物色中。

 また、出会ってしまった。

 すごいエンカウント率だわ、秋の紅葉デートでは会わなかったけど。


 ええと、黒髪赤い目の富豪君、じゃなくて「ガイ君」それとお付きの人達。


「久しぶりだな、元気だったか?」

「うん」

「今日も刺繍を売りに来たのか?」

「ううん、冬支度の買い物」


「ふーん、今日は見ない男も増えているな」


 騎士様の事だわ。


「近所に住むお兄さん」

 と雑な説明をする私。


 部屋は違うけど同じ城に住んでるの、だからかなり近所に住んでいる。


「そうか、アリアは王都に住んでるのか?」


「いいえ、もっと遠くよ、なんでそんな事を聞くの?」

「近くに住んでいるなら、王都の冬の聖者の星祭りには来るのかと」

「何それ」


「知らんのか。聖女に日頃の感謝の祈りを捧げる祭りだが、今は聖女は不在ゆえ、

再びの降臨を願う祭りだ」


「聖女様、昔はいたの?」

「ずいぶん昔はな」


「祭りってどんな事をするの?」

「美味しい物を飲み食いして、プレゼントを贈り合う」


 クリスマスのような物かな。


「神じゃなくて、何故聖女に祈るの?」


「昔、神の遣いたる聖女と勇者が魔王を封印してくれたから人類が滅ばずに済んだと言われている」


 そういえばそんな話をお父様から聞いた。


「それなら聖女の他に勇者にも感謝して祈らないの?」

「祈る地域も有るが勇者が勇者たりえるのは聖女あってこそらしいから、聖女の方が信仰されている」


「ふーん、贔屓では」


 勇者も讃えてあげなよ。命がけの仕事じゃないの。


「まあ、とにかくそういう祭りだ。


で、祭りには来るのか?」

「分からない、寒いと引き篭もってるかも」


 寒いと引きこもりがちなオタクだった私。


「……来れば飯くらい奢ってやるぞ?」

「でも冬は寒いし……気が向いたら」


 はあ、とガイ君はため息を吐いた。


「ガイ君はその日、暇なの?」

「夜は忙しいが昼なら多少は時間は取れる!」

「忙しいなら無理しないで」


「そうだ、忙しいはずだぞ」


 と、いつものお付きの人がやや後方から言ってる。


「ぬ…」


 不服そうなガイ君を横目に布を選ぶ。

 連れがいるし、用事をすまさないと。


「ねえ、森で狩った鳥の羽、まだ有る?」


 私は布を見ながらアシェルさんに聞く。


「いっぱい有るよ、お肉も残ってる」

「布に羽を詰めたいのだけど、良い?」

「いいよ、布団にするのかい?」

「うん」


 マットの代わりに羽毛布団作ろうかなって。


「あ、この生地暖かそう、コートを作ると良い感じになるかな」

「よし、その生地は俺が買ってやるから買うといい」


 おや、ガイ君が奢ってくれるそうな。


「コートを作っても寒い中、お祭りに来るとは限らないよ」

「それならそれで仕方ない、寒くないようにしろ、体調を崩すな」


 偉そうでぶっきらぼうだが、優しい子みたいね。

 輝く金貨を三枚渡してくれた。


「金貨? これそんなに高い生地じゃないよ」

「冬支度があるんだろう。それに、あの弁当…凄く美味かった」


 ……一瞬見惚れた。優しい笑顔だ。


 そういえばカツサンドをあげたんだっけ。


「ガイ、そろそろ戻る時間だ」


 お付きの人に急かされるガイ君。


「分かってる、じゃあな」


 背を向けて去って行く彼に私は金貨3枚を胸の前で握りしめたまま、

「ありがとう!」

 と言った。


 ガイ君がくれた金貨は懐のポケットにしまって、私は自分のお財布から布の代金を支払った。


 布や食料など冬支度に必要な物を市場で買い込む。

 全部自前の財布から支払い、帰路に就く。


 ガイ君から貰ったキラキラの金貨はまだ懐に入れたまま。


 なんとなく、これを使うのがもったいない気がしたので。



 帰城。


 城の入り口付近で外套を脱ぎ、待機していたメイドに手渡す。

 自室に戻ると、暖炉に火が入っている。

 メイドのアリーシャにより、既に暖かく備えてあった。

 上着を脱いでポケットから貰った金貨を取り出す。


 私は机に座り、ピンクのお花の刺繍をしたハンカチを使って、貰った金貨を包んだ。

 自分で刺繍した物だ。


 お父様が昔、ダンジョンで見つけたと言う宝箱を私にくれていたので、

それにハンカチごと金貨を入れた。


 箱に綺麗な宝石が装飾されていて見栄えがするので箱ごと持って来たと言っていた。

 

 宝物を守るにふさわしく、美しい宝箱だと思った。

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