第15話 ファンタジー世界に来ると見たくなるやつ

 木材でおにぎりケースを作りたい。

 木をくり抜いたお椀でも良い。二つ合わせて米をシェイクしたい。


 おにぎりを作りたくとも! 炊き立てご飯は熱いのだという事を思い出したのだ。

 あっつあつ!


 ラップも無いこの世界でおにぎりを作ろうとするのは厳しい。

 4歳児には更に厳しい。

 人に頼むのも気が引ける。大人でも熱いのは変わらない。


 木工細工の職人に連絡を取るよう家令に指示を出す。

 ちょっとおにぎりは封印して、朝食に白米、焼き魚、味噌汁、具が玉ねぎ。

 というメニューを作った。

 ワカメはよ届いて。


 魚は王都の魚市場から仕入れたシャケっぽい魚。

 美味しかった。


 鯛に似た魚も仕入れている。

 昆布はゲットしたし、これで出汁を取って、鯛飯もどきとか作りたいな。

 でも、鯛もどきは両親が戻ってから食べる。

 エルフのアシェルさんが亜空間にしまっておいてくれるから大丈夫。


 行商人が野菜の種も持っていて、種もゲットしたんだけど、どうも話を聞くと

 白菜に似た野菜の種と大根に似た野菜の種らしいから、冬に豚肉や鳥肉を合わせた

 白菜の鍋が出来たら良いなと思ってる。


 脳裏に浮かぶは豚肉のミルフィーユ鍋と水炊き。

 大根もどきがちゃんと育てばおでんも良いな。

 …ポン酢が欲しいな。あれば最高だった。


 なので白菜っぽいのと大根っぽい野菜の種はもう植えた。

 すくすくと育て。



 * * *

 


 私は今、若いメイドさんが裏庭で洗濯をしている様子を柱の陰からこっそりと

眺めている。


 何故、眺めているかと言うと…いや、手洗い大変だなとは思うよ、

 洗濯板でアナログなやり方で、前世にあったような洗濯機じゃないもの。


 でもなんか好きなんだよね。


 洗濯する若い女性、風情がある。綺麗な人だとなお良い。

 洗濯機を使ってると何とも思わないけど。


「お嬢様、何を見ているんですか?」


 新任の若い…20代くらいの黒髪騎士のローウェが声をかけて来た。

 …こっそり見てたのに。


「洗濯をしてるメイドさんを見ているの」

「洗濯が面白いんですか?」


「風情が有ると思って」

「風情?」


「例えば、そう、もう少し私が大きくなったら、他領の葡萄園などに

行けるようになったら、『あれ』が見たいの、洗濯は『あれ』にやや近い」


「あれ?」

「葡萄踏みをする乙女。何人かの乙女達が歌など歌いながら葡萄踏みしてるの、スカートの裾を捲ってやるやつ」

 

 牧歌的な景色。


 むしろ洗濯よりそっちが本当は見たい。


「ああ〜〜!」


 お分かりいただけただろうか?


「確かにあれは風情が有ります」

 想像したのかニコっとするローウェ。

 貴殿も同志か。


「洗濯物も身分の高い人のものは無理でもメイドさんも着替えとか

洗うはずじゃない、足で踏んで洗うかも知れないって、見てるけど。未だ踏む気配が無い」


「踏んで洗えと命じたらやるのでは?」

「そんな権力振りかざしてやらせる物でもないわ」


 こう、爽やかに朗らかにやって欲しい。


「そうだ、ローウェ、あなた今すぐ上着脱いでシャツとか肌着とか洗ってくれって渡して来たら?

自然に」


「いやいやいや! いきなり脱ぎたてとか渡されたら嫌でしょう! 

しかもいきなり仕事増えるし!」


 赤くなって慌てる成人男性。


「業界の人にはご褒美かもしれないわ」

「業界ってなんですか! 何を言っているんですか!」

「イケメンなら、容姿の良い男なら許されるかもしれないわ」

「いや、無理でしょ!」


 もはや耳まで赤い。


「あの、セレスティアナお嬢様が大きくなったら他領の葡萄園にでもお供致しますので、

そこで葡萄踏みの乙女探しましょう」


「そんなの…いつになる事やら………お手本を見せれば良いかしら」

「は?」

「私があなたのシャツを洗ってあげる」


「は!? いけません! 貴族の令嬢が洗濯など! というか、私に手本は不要ですよ!?」


「私は脱ぎたてでも洗えると証明してあげる! さあ、脱いでご覧なさい」


 両手を広げて(よこせ)のポーズ。 


「いや、恥ずかしいのですが!」


 シャイか!?


「男なんだし、暑い時には上半身裸で鍛錬とかするでしょ、お父様もやってたし」


「でもいきなり服を脱いで洗えとか言いませんし!

第一、洗濯はドレス姿でするものでもありません!」


「ドレス脱いで平民っぽいワンピースに着替えて来るわ」


 メイド服は持ってないし、サイズ合うの絶対無いし。


 私は城内に向かおうと歩き出すも

 ローウェはばっと手を伸ばして来た。


「ダメです!!」


 私は捕まって抱え上げられた、──猫の子のように。

 両脇の下に両手が回されている。


「あ! つい、捕まえてしまった!」

 ──つい、じゃないわよ。私の足はぶらんと宙に浮いている。


「おい!何をしているんだローウェ! お嬢様は猫の子じゃないんだぞ!」

 茶髪の騎士が見咎め、慌てて駆け寄って来る。


「助けてくれナリオ!」

「は!?」


「お嬢様を離すと洗濯をしようとするんだ!」


「落ち着け! 何を言っているんだ! 貴族の令嬢が洗濯などするはずがないだろう!」


「だが、お嬢様は手本を見せると!」


「な、なんだ、もしやそこのメイドの洗濯の仕方に何か問題が!?」


 ナリオにも洗濯中のメイドさんの姿が目に入ったようだ。

 メイドさんがびっくりしてこっちを見てる。


 違う、貴女は何も悪くないのよ。


「も、問題は別に無い! メイドには全く無いのだが!」

「分かったから、下ろして」

「洗濯は諦めてくれるんですよね!?」

「ええ」


 ──ふう。着地した。

 

「私はただ、のどかで爽やかな風景が見たかっただけなのに」

「お嬢様、もう変な事を言うのはやめて下さいね」

 変とは何よ。


 なんなら子供っぽく喋ってあげましょうか?

「おとーしゃまとおかーしゃま。はやく帰って来ないかな? さみしい……」

 しゅんとした顔で言う。


「ええ!? 行商人の前でもあれ程滑舌良く、気高く話しておられたのに!

急に!? 具合でも悪いのですか!? 医者を呼びましょうか!?」


 ローウェめ、私がおかしくなったように見えるのか。


「幼女らしく話せば逆に心配されるとは」


 半眼になる私。


「なんだ、演技ですか、びっくりさせないで下さい」


 何もかも遅いようだ。まあ仕方ないわね。


「ほら、見て下さいお嬢様、風にたなびく洗濯された白いシーツが爽やかですよ」


 ローウェは私の情緒が不安定に見えたのか、様子を窺っているようだ。


 「…………」


 私は白いシーツを一瞬だけ見て


「城内に戻ります」


 と言い残して去る。


 お嬢様〜と、ローウェがまだなんか言ってるけど置いて行く。


 は──早く自領の瘴気、消えないかな?

 消えたらうちでも葡萄園やれるでしょうに、ライリーって広さはあるのよ。


 今夜は脳内で歌を歌いつつ葡萄踏みをする乙女達を想像しながら寝ようかな。

 せめて、夢の中だけでも……。


 平穏で豊かな大地を思い描いて。

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