第13話 様子のおかしなお嬢様

 私の名はエリー。

 お城勤めのオールワークスメイドだ。

 今は食堂に来た人の給仕をしている。


「お城に呼ばれて良かった……国境警備の砦勤めじゃこんな珍しくて美味い飯やおやつ出ないしな」


 目の前で最近お城勤めに入った騎士様が休憩時間におやつを食べている。


「ローウェ、お前ちょっと食い過ぎでは?」

 騎士達におやつとして出されたのはポテトチップス。

 ジャガイモを薄く切って油で揚げて塩をふってある。


「この間俺の分のどら焼きにまで手を出しただろう」

 金髪の騎士、ヴォルニー様が憮然とした顔で黒髪の騎士、ローウェ様を睨む。


「すまんなヴォルニー、早い者勝ちだと思って」

 そんなはず無いでしょ、心の中で突っ込む。


「そんな訳ないだろ、少しは遠慮しろ、お嬢様が用意してくれたどら焼き、

あれは一人につき二つって事だったのにお前が俺の分を一つ食った」


「ローウェは食いしん坊だから」

 茶髪の騎士、ナリオ様が現れた。


「ナリオ、もう交代の時間か?」

「そうだぞ、いつまで食堂に居るんだ」


「このポテトチップスって言うの、無限に食える」

 ローウェ様はぽりぽりとポテチを食べている。


「いや、お前等が食い過ぎると俺達の分が残らない」

 ナリオ様はローウェ様にナプキンを渡して早く席を立つように促す。

「早く手を拭いて仕事に戻るんだ」


 言いながらナリオ様が席につく。


「はいはい」

「ヴォルニー、今度、唐揚げが出たら一個渡すから許してくれ」

「しょうがないな」


 どら焼きという珍しい甘味の代わりが唐揚げという肉一つで良いのですか。

 まあ、本人が良いのなら、良いのでしょうね。


 休みが交代になる騎士様が入れ替わりに食堂に入って来る。


「お茶をくれ」


 レザーク様だわ! 密かに憧れている銀髪の騎士様である。


「はい! ただいま!」


 今は給仕担当の私がお茶を入れ、差し出した。


「レザーク様、お疲れ様です」

「ありがとう」


「じゃあな、俺等は仕事に戻る」


 ローウェさまとヴォルニー様はようやく席を立った。

 城内の巡回に行くのでしょう。


「全く。我等は領主様夫妻の留守を任されているのだぞ、食にばかり気を取られるなよ」


 すれ違いざまに最年長で長身の黒髪騎士のヘルムート様が嗜める。

 片目に眼帯の渋い四十代。


「ヘルムート様、でも驚くほど料理が美味しいのは事実ですよ」

「王都の貴族の会食に出た料理より美味しい物が出てくる謎」


 ナリオ様は正直でいらっしゃる。


「それ、料理が美味しくなったのわりと最近の話ですよ」


 私は交代の騎士様達にも追加でお茶を入れる。


「じゃあ、良い時に赴任した」


 レザーク様もお茶を飲みつつ、ポテチを食べる。


「次にピザが食事に出るのいつかな」


 ナリオ様はピザの味が忘れられないようね。


「知りませんけど、早く出れば良いですね」


 微笑ましい。


「あ、交代のお三方、ちゃんと手は洗って来ましたか?」


 食事の前は手を洗うようにお嬢様に仰せつかっている。


「ちゃんと新しい石鹸を使って洗った」

「私も洗ったぞ」

「右に同じ」


「いい香りがするから姉にも買って送った」


 レザーク様はお姉様がいらっしゃるのね。


「城の人間は半額で買えるから良いよね」


 あら、ナリオ様も自分用に買ったのかしら。


 それにしてもレザーク様は姉君に優しいのね。 素敵。


 城の者達がわいわいと談笑を交わす。


「ねえ、エリー。奥様の新しいドレス素敵だったわね」


 仕事が一いち段落付いたらしきメイド仲間のサラが食堂に入って来るなり、話しかけて来た。


「ええ、旦那様の瞳の色がグリーンだからお好きなのでしょ」


 私は領主のジークムンド様の瞳の色を思い出す。


「素敵よね〜」

 サラの瞳が輝いている。


「でもあのグリーンのドレスも素敵だったけど、私は夏に奥様が着てらした薄い紫に白のオーガンジーを重ねて作ったふわりとしたドレスが素晴らしくて忘れられないわ」


 ──妖精の女王のように美しくて。


「どちらもお嬢様のデザインなのよ、凄いわね。神童ってやつなのかしら」


 そう言って、ほう、と、私はため息を漏らす。


「天使じゃないのか」

「見た目が本当に天使だしな」


 ナリオ様もレザーク様も真面目な顔でお嬢様を天使だと言ったけど、

最年長のヘルムート様は黙ってお茶を飲んでいる。

 クールだわ。


 この城はメイドと騎士の食事場所は分けられていない。

 城の規模にたいしてまだまだ人が少ないので使う部屋数を絞ってある。

 主に掃除の手間を考えて。

 税金を上げたくないという領主様の優しい思いが伝わってくる。


 私は騎士様と普通に会話出来る状況に感謝している。

 お食事も最近充実しているし。


「あ! お嬢様だわ。厨房に行かれるのかしら」


 サラがお嬢様を見つけ、目でお嬢様を追う。


「ナリオ様、ピザをリクエストするなら今なんじゃないですか?」


 冗談めかして私は言ってみた。


「な、そんなあつかましく出来る訳ないだろう」


 ナリオ様がびっくりした顔で言った。


「ふふ」


 軽口がたたけるのが嬉しい。他の城だと絶対怒られる。


「ナリオ様はピザが食べたいんですね!?」

「ちょっ、声が大きい!」


 私がことさらに大きい声で言うと、ナリオ様が慌てた。


「ピザが食べたいの? 別に良いのよ」


 お嬢様はお優しい。しっかり聞こえたらしい。


「申し訳ありません、お嬢様、何でも美味しくいただいております!」


 ガタン! ナリオ様が慌てて立ち上がって礼のかたちを取る。

 いや、騎士様は全員立ち上がっていた。


「メニューを考える手間が減ったから、本当に良いのよ」


 言いながら花のように微笑んで、お嬢様は本当に天使みたい。


「やはり若い男性がいると城に活気が出るわね」


 よ、四歳のお嬢様が何を言って……


「お嬢様の方が若いじゃないですか」

「そうだったわね」


 うちのお嬢様は天使のように愛らしいけど、様子がややおかしい。


「ただ、ピザはカロリーが高いからしっかり運動しないと太るわ。いっぱい体を動かしてね」


 はっとした顔になる私とサラ。


 そういえば最近食事が美味しくて少しだけお腹がぷよって…。


「や、痩せようと思ったら、どうすればいいですか?」


 サラは真剣に聞いた。


「つま先立ち、踵を上げて歩いたり掃除をする」

「わ、分かりました!!」


 どうしてつま先立ちで痩せられるのか全くわからないけど、私とサラは神妙に頷いた。


「私達は鍛錬に励もう」


 騎士達はそれで大丈夫のようだった。


「頑張って」


 お嬢様はそう言い残して厨房に入って行かれた。

 普通の令嬢は厨房になど入らないけれど、うちのお嬢様は特殊だ。


 今日も騎士様達は期待に満ちた顔でお食事の時間を待つ。


 ──もちろん、私達メイドもですけど。

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