第9話 魔道具店と真実の色

 草木染めの緑色のワンピースに、白い布でフリルを付けた。

 髪や瞳は姿を変える魔道具を、また借りた。


 前回市場に行った時同様に、茶色い髪と茶色い瞳に偽装。


 初夏なので、ロングヘアーを涼しげポニーテールにした。

 さらに、メモ帳やお財布などを入れたポシェットを身に着ける。


 お父様の許可が出たので、アシェルさんと王都へ刺繍入りハンカチを売りに行くのだ。


 お母様に作って貰った氷も、病院か何処かで売る予定。

 アシェルさんも亜空間収納が有るから、氷も余裕で運べます。


「え!? 眼鏡!? 眼鏡あるの!?」


 イケメンエルフが眼鏡してる!


「これはダンジョン産の鑑定鏡と言うんだよ。

掘り出し物を見つけて鑑定するのに便利だからかけてる。変装にもなるかなって」


 いや、イケメンエルフが眼鏡かけてさらにかっこよく目立って変装も無いわ。

 イケメンが眼鏡かけてるだけだわ。

 それで変装とは?


 アシェルさんは初夏なので、清潔感の有る白いシャツのシンプルなお洋服に、斜めがけの大きめバッグを身につけている。


 鞄のせいでちょっと学生っぽい。


 髪は後ろで一本に纏めてる。私と違い、低い位置で結んでる。

 暑苦しい外套は今回は無し。


「それ、鑑定鏡、鑑定しなくても特に意味もなく、たまにかけて私の前に現れて」

「何故?」

「眼鏡イケメンをたまに見たい」


 エルフはおかしそうに笑った。

 こちとらマジなんですが。

 


 なにはともあれ、王都には転移陣で移動。

 転移陣は教会の敷地内の塔に有る。


 教会の建物周りには緑が豊かで、初夏の陽射しもキラキラしてて綺麗だった。


 信者が礼拝に来た時に休む時用のなのか、芝生ゾーンの木陰にはベンチも設置してある。


 念のため亜空間収納にはお弁当も入れてある。

 カツサンド。

 良い店が有れば、王都の食堂等でお昼を食べても良いと聞いてるのだけど。

 私の料理のが美味いのでは?とお父様が言ったのだ。


 お城にいる両親用の昼食用には、同じくカツサンドを置いて来た。

 二人で仲良くランチデートすると良い。


 王都の大通りは相変わらず人が多くて、ざわざわしてて活気が有る。

 露店のお花屋さんの前でつい、足を止めて綺麗なお花のブーケを見ていると


「あ……」


 と言う声が聞こえた。


 どういうエンカウント率なの?


 市場で色々奢ってくれた富豪のガイ君が例によって、お供五人を連れて近くに来ていた。


 黒髪に赤い瞳。白い肌。

 前髪と襟足はやや長め、相変わらず将来が楽しみな美少年。


 高貴さとやんちゃな雰囲気が融合したかのような、不思議な雰囲気の子。


「ひ、久しぶりだな、元気だったか? 亜麻色の髪の娘」

「おかげさまで、元気よ。 いつぞやはどうもありがとう」


 私は奢って貰った恩が有るのでニッコリと笑顔で挨拶をした。

 おや、ガイ君の顔が赤い。


「今日も市場か? というか、そっちのエルフは?」


 気になる事が多いのか質問を連発される。


「今日は魔道具屋に行くの。イケメンエルフはお友達でそこへ案内してくれるの」

「そうか、魔道具屋か、なにを買うんだ?」


「買うというか、商品を売りに行くの、刺繍したハンカチを」


「なんでせっかく刺繍した物を売るんだ?」

「家計の足しに…」

「そ、そうか、苦労をしているんだな」


 バツの悪そうな顔をするガイ君。


「そう言えば、よくこの人の多さで私を見つけたわね」

「前と同じ服を着ているし、……目立つし」


!! 瞬間かあっと顔が熱くなる。


「女の子に! 前と同じ服を着ているとか! 気が付いても言わない事ね!

将来恋人が出来た時に、振られても知らないからね!」


 前世でやった乙女ゲームで、各攻略対象に合わせた属性の服をデートで着た時に、うっかり同じ服を選んでしまったミスを思い出した。


「前のデートの時と同じ服だな」


 そうツッコミ貰った時より、リアルでキツイ! 恥!


「あ、ああっ! よく見たらちょっと違う! 裾にフリルが付いてるな! 前回は確か無かった!」


 ガイは大慌てで言い募る。


「無駄に記憶力が良いわね。あなた!」


 ふん! っとそっぽを向く私。見た目が幼くても中身女ですよ。


 くっとガイの後方から笑いが漏れた。


「失言過ぎる……! ガイ。今のは無いわ」


 あはははと腹を抱える、赤茶色の髪のお付きの人。


「う、うるさいぞ! ああ、そうだ!

金貨5枚までならその魔道具屋で何か好きな物を買ってやろう。

家計を助けるための、いじらしい努力に免じて」


 ──ピクリ。 金貨に反応する私。


「なら、さっきの失礼な言葉は許すわ」


 現金な私。


「じゃあ、行こうか」


 静観していたアシェルさんに促されて移動をする。


 異世界の雑貨が所狭しと並んでる魔道具屋さん。

 看板にはホーバート魔道具店と書いてある。


 さっきの不機嫌も吹き飛んでワクワクする、綺麗な色の石を使ったアミュレット。

 ブレスレット、なんかカッコいいファンタジー風マント。

 魔法の杖。

 色んな物が飾ってある。


「これを見て欲しいのですが」


 アシェルさんが斜めがけショルダーバッグから、私が預けてた刺繍入りハンカチを5枚出す。


 亜空間収納スキルを見せるより、マジックバッグに見えるように偽装。


「おお、これは良いものだね」


 魔道具屋の店主が魔導機を使って鑑定している。


「刺繍も綺麗だ」


 男女兼用っぽい蔦模様3枚に男性向けを意識した鷹モチーフ1枚に、女性向けに花を刺繍したものも1枚混ぜてある。


「全部買い取ろう」


 まさかの金貨5枚と銀貨5枚だった。

 銀貨5枚くらいかなって思ってたから、ちょいとびっくり。

 アシェルさんがこちらを向いて、親指をグっと立ててニッコリした。


 気を良くした私は、ガイ君が奢ってくれる金貨5枚分のお品を物色。


 ふと、ガラス製っぽいビーカーやフラスコの実験器具セットを見つけた。

 アルコールランプは無いけど、網と網を支えるミニ焚火台と魔石みたいなのもついている。


「え、これは」

「ポーションとか作る薬師が使う道具だよ、火にかけても大丈夫。

火は火の魔石を使って出す」


 店の主人が説明してくれる。


「耐熱処理がしてあるって事!?」

「そうだよ」

「これ、おいくらですか?」

「金貨3枚だよ」


 不思議だわ、私の刺繍ハンカチより安い。


「これ買います!」


 ガイ君のお付きの人が、スッと金貨を出してくれる。


「それと、この魔道具を作った魔法師か工房の名前、教えていただけませんか?」

「はいよ、ヤネスって魔法師でメアトンって海辺の工房で働いてるよ」


「ヤネスさん。工房名がメアトン……」


 ポシェットからメモ帳を出して、メモをと思ったら、──ペンが無いと気が付く。


 インクを持ち歩くと、こぼすかもって置いて来たのだった。


「これを」


 アシェルさんが万年筆のような物を貸してくれる。


「これは錬金術で作られたペンだよ、中に既にインクが入ってて便利だ」

「え、私も欲しい。この店にあるかな」


「人気商品で入荷したら即売れてしまって、今は無いよ」


 店主の無情な言葉にうなだれる。

 気を取り直し、ペンを借りてメモを取る。


「文字が書けるんだな」


 ガイ君がへーと言った顔でメモを見ている。

 ──しまった、平民の識字率は低い。


「友達の長生きエルフが教えてくれたの」


 アシェルさんに助けてって視線を送る。


「ああ、私は長生きで、特定の相手には親切なエルフだからね」


 のってくれた。


「ふーん。

しかし、もっと綺麗なペンダントや髪飾りが有るのに、そんな物が欲しいのか?」


 ガイ君は実験セットを紙で包んで箱に入れる店主の手元を見てから、やや不服そうな顔をして言う。


 店の人の前でそんな物とか言うんじゃない。


 お付きの赤茶髪味見お兄さんと似ているな、この尊大さ。

 君は私が選んだ物が装飾品じゃない事にガッカリしているの?


「可愛いお守りの類は、いつか自分で作るから良いの」


 ──多分。


「……まあ良いけどな」

「それなら、残り金貨2枚分はどうする?」

「金貨2枚、そのまま貰っても良い?」

「かまわんが」


 やや残念そうな顔をされるが、気にしたら負け。

 お付きの人が金貨2枚を私にくれた。


 箱に入った実験セットはアシェルさんに収納して貰った。



 ──わあ、綺麗な日傘。


 ドレスに日傘に帽子等を飾る、装飾店の窓の前で私は立ち止まった。

 窓は換気の為か今は開けてある。


 白いレースの綺麗な日傘と扇子のセットがあった。

 お母様に似合うだろうなと思った。


「あれが欲しいのか?」

「別に」


 ガイ君が聞いて来たけど、

「こんななりで入れるお店じゃないし」

 草木染めの古びた元カーテンの服を着ているのだ、ちょっと気後れする。


 辺境伯令嬢としてのドレス姿なら入れたけれど。

 私も何着かはドレスを持ってる、けど子供だからすぐサイズアウトしそう。


「ガイ、もうすぐお昼だ。家に戻ろう」


 ガイのお付きの赤茶色の髪の男性が声をかける。

 様は付けなくていいのか、護衛っぽい雰囲気あるのに。仲良しか。


 そう言えば、いつまで付いて来るんだろうと思ってた。


「あ、人が食べてる物を一口貰うお兄さん」


 私が言うと、

「ひ、人が食べてる物を一口、も、貰うお兄さんだって!」


 あははは! と、堪えられず爆笑するガイ君。

 赤茶髪のお兄さんが顔を赤くしてる。


「いいから! 帰るぞ!」

「し、仕方ないな……!」


 まだ笑いがおさまらないのか腹を押さえて動けないでいる。


「アシェルさん、予備のお弁当ひとつ出して」


 アシェルさんがカバンの中から、カツサンドの入ったランチボックスをひとつ出してくれる。


「あげるわ。実験セットと金貨のお礼よ」

「なんだ?」


 ガイ君は布で包んだ箱を受け取りながら、しげしげと眺めてる。


「私が作った料理よ」

「子供なのに、料理ができるのか」


 凄いなって顔をされる。


「刺繍もできるのに、今更でしょ」

「それも……そうか」


 黒髪の美少年のガイ君は、優しげに微笑んだ。


「でも、普通の子供にはさせない方が良いわね、包丁とか危ないし」

「それはそうだろう、お前は普通じゃないんだな」

「貧乏だから色々やるの」

「そ、そうか……逞しく生きろ」


 などと、神妙な面持ちで言われた。


 大通りでガイ君達と別れて、アシェルさんに聞いてみた。


「お弁当を教会の敷地のベンチで食べるのと、王都の食堂で食べるのどちらが良い?」


「王都の食堂の料理よりティアの料理の方が美味しいよ」


「じゃあ近くのお店でお肉とお魚とお野菜をお土産に買って、

 氷を売ってから、教会のベンチでランチにしましょう」


 * * *


「ギルバート殿下、毒見を致しますからね」


【お弁当】を手にした赤茶髪の男は言う。

「はあ、仕方ないな」


 黒髪の少年は姿変えの魔道具の腕輪を外す。

 美しい銀髪に澄んだ夏空の青を溶かしたような青い瞳。

 そして褐色の肌が現れた。いや、戻ったと言える。


 本来の色は真逆だったのだ。瞳の色も髪の色も肌の色さえも。


 少年は大きい商家の坊ちゃん風の衣装から

 黒地に銀系で刺繍が入った高貴で上等な服に着替えた。


「……っ!!」

「どうした?」


 豪華な一室のテーブルの上にお弁当を広げサンドイッチを

 食べていた赤茶色の髪の側近が固まってる。


「これ、もんのすごく、美味いです!!」


 キラキラと目を輝かせている。


「残りは全部俺、いや、私が食う、食べるぞ!」


 俺は強めに主張したんだが、


「ダメです! 付け合わせのジャガイモらしきものも毒見ですから!」


 ランチボックスを抱えて離さない側近。

 言いながら城の執事が用意した紅茶も毒見する。


「この芋は油で揚げてあるのか、あ! これも美味しい! 多分塩かかってるだけなのに!」


「ええい、早くよこせ!」


 俺は焦れて手を伸ばす。

 一通りの毒見が終わった後にようやくお弁当が手に戻って来た。


「美味い……これは、豚肉とキャベツとなんかのソースか」


「具を挟んでるパンも美味しいですよね!」


 側近がウキウキとした顔で満足気に言う。


「そうだな……何故王宮の料理より美味しいのか」


 こんな料理が作れるなんて何者なんだ一体? とギルバートは訝しむ。


「……本来なら全部私の物なのに」


 思わず憮然とした顔になる。


「仕方ないでしょう。貴方は我が王国の第三王子殿下なのですから。

素性の分からない相手から貰った食べ物に毒見は必須です」


 青を基調とした上品かつ、豪華なお城の王子様の部屋には、額装した愛らしいリスの刺繍入りハンカチが飾られていた。


 それを眺めながらサンドイッチを味わっていて思い出す。


「あ!」

「殿下、どうか致しましたか?」

「あのアリアの刺繍のハンカチ、一枚だけでも買っておけば!」


「直接彼女から貰ったリスのハンカチが壁に、そこにあるではないですか。

新作はまだ店頭に並んでもいなかったですし」


 赤茶髪の側近は言う。


「いいから! ハリマン! 一枚は確保に走れ! ホーバート魔道具店だ!」

「は! 今すぐに」


 忠実な執事は速やかに動いた。


「アリア……か」


 未だかつて食べた事の無かった美味しい料理を噛みしめながら、小さくて不思議な、愛らしい女の子の名を、忘れないように、ポツリと小さく呼んだ。


 ギルバートはまた会えると良いなと……、


 再会を願った。

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