第8話 初夏の服
「お母様、服のデザインに希望は有りますか?」
今日はお母様のお部屋に、お伺いを立てに来た。
「特におかしなデザインでなければ、金策を頑張ってるのはティアだから、好きにして良いわ」
寛容だ。
「ありがとうございます!」
やったー! 好きにしていいらしい。
気を良くして自室に戻る。
机の上に画材を並べて…
美しい鎖骨と肩を見せるボートネックのリゾートワンピースドレスのデザイン画を描く。
ボートネックとは鎖骨のラインに沿って、横長に緩くカーブのかかったネックラインの事。
袖は透け素材で抜け感を出す。
肩出して胸の上辺の生地と同じ位置から袖が付いてるやつ。
後ろ側は肩甲骨も見える、セクシー。
スカートの裾は柔らかく広がるように、涼しげに。
海まで馬車移動だろうし、あまりしんどくない服。
まあ、お母様の腰は元から細いからコルセットなど不要。
……はあ、お母様は美しいから楽しみだな。 新しく綺麗なお洋服を着せるの。
ふふふ。
画材を片付けて裏庭と屋上の野菜苗の様子を確認に行く。
……うん、順調に育ってる。 良かった!
ところで、ポーションをかけた松の木の元盆栽が成長著しい。
ポーション凄い。
私が研究者なら学会に発表出来る。 でも今は秘密。
この件はお金の匂いがするから慎重に。
ふと裏庭の井戸が目に入る。
そう言えばイケメンエルフのアシェルさんは資金を出してくれるけど、庭付きの持ち家は有るのかな?
井戸のポンプの恩恵は、受けられるのかしら。
城内に戻る。
ちょっと仮眠を取ってから刺繍を始める。
今のところ資金出してくれるアシェルさんには、たいして出来る事は無いけど、せめてもと感謝の印に祝福と幸運の祈りを。
お守り効果が有れば良いなと、布に祈りを縫い止めるように。
一針一針大事に縫っていく。
コンコン。
ノックの音が響いた。入室を促すと、
「梟の刺繍ですか? お上手ですね、お嬢様」
アリーシャがお茶を持って来て、手元でチクチクやってるのを見て褒めてくれた。
「アシェルさんにあげるの、エルフだから……植物モチーフの蔦と森の賢者と言われる梟をね。
気に入ってくれると良いな」
「きっと気に入ってくださいますよ」
アリーシャはにっこりとほほえんだ。
……金策に必死なんでうっかりしてたけど、まだ四歳なのにポンプやらひき肉を作る機械だのの、その知識どっから来たの?
って、ツッコミが入らなくなった。 地味に怖い。
普通に夢の図書館産の知恵だと思ってくれてると良いな。
まあおそらく、私が天才だと思い込んでるんだろうけど。
まあ、今更後には引けない。
自分の周りの皆を幸せにしたいし、美味しい物を食べたいし、自領も豊かにしたい。
さらには私は15歳までには
しっかりとした栄養を摂る必要もあるわけで。
脇に控えてるメイド服のアリーシャの胸部をチラ見する。
彼女もお母様ほどではなくとも、たわわだ。
実は大きい胸に憧れがある。
胸は初潮の一年前から四年の間に成長が落ち着いてしまうらしい。
つまり大事な成長期までにお金稼げるようにならないとうちの場合は、貴族なのに粗食になる。
必要な栄養を摂れない。
それで胸が大きくならないのは嫌だ。
流石に母親の遺伝だけ当てにして貧乏生活は厳しい。
前世では豊かなバストになれなかったので、今回は憧れのたわわになりたい。
せっかく二度目の生を受けたんだし、過去に無理だった事にも挑戦したい。
お母様のたわわを見るに頑張ればどうにかなりそう。
今の私はつるぺた四歳だけど。
……前世は母親も貧乳だったからか……無理だったよ。
しかもかなりの偏食してた。
そもそも15歳までにしっかり栄養を摂らないと胸大きくならないとか、前世で手遅れになってから知り得た情報よ。
将来どうしても社交パーティーとか茶会に出る必要のある貴族は、貧乳だった場合、意地悪な令嬢に
「貧相なお胸よね」などと馬鹿にされかねないような気がする。
ストレートに言うのが憚られる場合には、
「あなたの領地の特産品はなんだったかしら?
──ああ、まな板だったかしら! おほほほほ!」
みたいな事を言われるかもしれない。
お貴族様は嫌味の応酬ばかりしてるイメージがある。
偏見だろうか。
前世で悪役令嬢系ラノベを読みすぎたかな。
中世、地球でも胸が小さいご婦人は毛糸玉などを詰めたりしてたらしい。
切ない、涙ぐましい。でもそれって脱いだら小さいのバレるやつでしょ。
これも前世での事だけど
胸が小さいばかりに彼氏に浮気された友人もいる。
浮気相手が巨乳で、
「だってお前、顔はいいけど胸小さいし」
などと言われたらしい。
特産品……あ、石鹸とシャンプーとリンスが作りたかったんだわ。
頑張って良い香りのする系女子を目指そう。
とりあえずは石鹸を優先。
昔の石鹸は木灰と脂が材料。木灰は水に溶けるとアルカリ溶液に変化する。
木灰に水を加えて灰汁をつくる。この灰汁が凝固剤になる。
オークのような硬い木を燃やした木灰を使った灰汁を濃縮する。
植物油を入れて洗浄力を上げて、衣類や肌への刺激を減らす。
猪とかの動物性脂より、絶対オリーブ油の方が良いわよね。香りの問題で。
香りの良いハーブも入れよう。
* * *
庭でハーブを物色してるとアシェルさんが来た。
ちょうど良かった。
「これ、良かったら……」
私はワンピースのポケットから刺繍したハンカチを差し出した。
剥き出しでごめんなさい。
「……これは、凄いな。刺繍も上手だけど、守りの魔力がこもってる」
「え? なんの呪文も、魔法もかけてませんよ」
魔法の使い方も知らない。
「いや、祝福や祈りの類の気持ちを込めて刺繍すると、そういう効果を本当に持つ刺し手はいる」
「そうなの? お守り効果が本当にあるなら良かった。
色々お世話になってるから、お礼のつもりなの」
「ありがとう、大事にするよ。
──にしても、やはりティアは凄いな、今度は私と王都に行こうか?」
え? デート?
「このお守りのハンカチを柄は変えていいから、複数作れば、魔道具屋で売れるよ」
商売の話だった。
「ええ!? 魔道具屋!? 素敵な響き! 行きたい!」
もう一度王都に行けるなら、草木染めワンピースの裾にフリルでも追加しようかな。
それくらいならたいして手間もかからない。
平民服だし、華美になり過ぎないように加減はする。
摘んだハーブ数種類と綺麗なお花を籠に入れて運ぼうとすると、
「持ってあげよう」
私からスッと籠を受け取って、運んでくれるイケメンエルフ。
「ありがとう」
お礼を言って顔を上げると、アシェルさんも上空を見ている。
「風が……湿り気を帯びている。じきに雨が降るよ」
「であれば、屋上菜園の水やりの手間が省けるわ」
あそこまで水を運ぶのは、ちょっと大変なのだ。
「確かに」
アシェルさんは、はははと笑った。
エルフの天気予報は──ちゃんと当たった。
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