第7話 子猫のような

 野生の酵母を培養した「天然酵母」を使ってパンを焼いた。


 柔らかいロールパンとバゲット。

 なかなか上手く焼けた。


 バゲットにはハムやチーズとゆで卵のスライスやレタスを挟む。

 見た目がオシャレで映える。

 バリっとした食感が美味しい、バゲットのサンドイッチである。


 それとバゲットにニンニクと完熟トマトを擦り付け、

 オリーブオイルと塩をふりかける料理。


 パンコントマテ(pan con tomate)

 スペインのカタルーニャあたりで、よく食べられるそうな。


 私は有名動画サイトで、海外にて国際結婚した日本人の方の動画で知った料理。

 なんかオシャレだなって覚えてた。


 ロールパンは前世で料理めんどい時に、袋入りをよくスーパーで有名パンのメーカーのを買って食べてた。


 今回は手作りだから、焼きたてを食べられる。

 うーん、良い香り、焼きたてパンの香りは幸せの香り。


 お父様がいつも庭園の芝生ゾーンで早朝鍛錬してる。

 なので、お風呂で汗を流して貰ってから、庭園のガゼボに朝食のパンをセッティング。


 たまにはお外で食べても良いでしょ。

 季節は春で、花いっぱいのうちに満喫しないともったいないし。


「酸味がきいて、さっぱりとしたお味ね」


 お母様はパンコントマテを気に入ったみたい。


「や、柔らかい、美味い」


 ロールパンの柔らかさに感動する父。

 シンプルイズベスト?。


「うーん、パンも美味しいし、いっぱい挟んであって満足」


 エルフのレビューがやや雑だけど、喜んでくれて嬉しい。


 パンのお供は今日は紅茶とリンゴジュースの二種。

 紅茶はメイドのアリーシャがいれてくれる。


 良い香り。

 庭園の植物、お花、美男美女を眺めながら食べる焼きたてパンは最高!

 りんごジュースも美味しい。


「焼きたてのうちにアリーシャもパンを食べてみて?」


 私はアリーシャを促す。


「ああ、アリーシャも食べてみろ、美味しいぞ」


 お父様が同席を許したので、メイドのアリーシャも一緒に焼きたてパンを食べる。

 辺境ゆえの緩さが私は好き。


「お、美味しいですね。とても」


 アリーシャがふるふると小さく震えてる。


「軽く震えてるけど、震える程美味しい?」


 はわわ、みたいな顔してる。


「はい、お嬢様は天才ですね」


「ううん、別に」


 地球のどなたかの知恵を借りただけよと、思いながら首を振る。


「ご謙遜を」

「謙遜してない」


 などと言いつつ、美味しく楽しい食事タイムを過ごした。


 ちなみにニンニク料理の匂い消しにはりんごジュースですよと、言ったら

 お母様がハッとした顔で、紅茶を置いて、りんごジュースを手に取った。

 その姿を見て、お父様もりんごジュースを飲んだ。


 キス……でもするのですか?

 仲が良くて、大変結構です。


 * * *


 後日、念願のお父様の読み聞かせ添い寝の日。

 ばんざーい! 待ちわびた!


 昼には今夜ならいいぞ? とお父様に言われてはしゃいで、筋肉質のお父様の腕にぶら下がったりもした。


 執事やメイドにそのはしゃぐ姿を見られて微笑まれた。

 上品とは程遠いけど今日は許して欲しい。


 夜の帳が降りて来て、お風呂に入って、自室の祭壇で日課のお祈りをしてから

 お父様の寝室へ向かった。

 夜着は白でロミジュリのジュリエットが着てたような服。


 お父様の部屋の扉をノックしたら、風呂上がりのイケメンが出て来た。


 容姿SSRのお父様である。 

 漫画のシーンなら、後ろに花を背負ってる。


 脳内でペンライトや団扇振りたいレベルのお祭り状態。


 しかしあくまで表向きは天使の笑顔の私。

 私も顔面SSRなのだ、崩しはしない。令嬢の誇りにかけて。


 今夜のメインは風呂上がりのイケメン鑑賞会ではなく、推しのイケボによる読み聞かせですよ。

 この世界の歴史のお話。


 推しの美声聞きながらだとお勉強も楽しい!!


「……と言うわけで、この辺でお話はおしまいだ、寝なさい」


 柔らかい声音で話し終えてベッドサイドに歴史の本を置くお父様。

 イケボは満喫出来た、ヨシ!


 後はひっついて寝るのだ!

 ひし! と抱きついて脇腹あたりに頭を擦り付ける。すりすり。

「猫みたいだな」と、笑われる。


「猫と言えば大好きなので、いつかお金に余裕出来たら飼いたいのですけど、優秀な獣医さんがどこにいるか知ってますか?」


「獣医……」


 と言いつつお父様は思案顔。


「いますか?」

「馬などは人の足代わりになるから見てくれる医者はいるが、猫を見てくれる医者は聞いた事が無いな」

「……可愛いのにな」


「人間を診てくれる医者もそう多くはないからな」


 平民の識字率が低いせいかな。


 いつかどうにかしたい、医者が少ない場所は不安だ。

 せめて、自分で治癒魔法使えるようになればなあ。


 私はお父様の脇腹付近にひっついて寝てるけれど、脇の下に挟まって寝る犬を思い出す。


 股の間にも挟まってくる。

 ありとあらゆる隙間に挟まりたいのかってくらい挟まって来た、前世の実家で飼っていた犬を思い出した。


 かつての家族は犬派だったのだ。


 もちろん犬も可愛いし、大好きだけど、今生では猫を飼いたい。

 プニプニの肉球を触りたい。

 ラグドールとか、ノルウェージャンフォレストキャットの長毛種が憧れ。

 こちらの世界に居るかな?


 いつかふわふわの猫を飼うのが夢。

 お父様の温もりを感じながら、眠りに落ちる。

 ……至福。


 * * *


 庭園の緑が濃くなって来た初夏に見つけた、お城の本棚の中にあった一冊の本。


 いつからあったのか、誰が買ったのか分からない。

 先代の領主一家の誰かの残した物だろうか。


 本には手紙が挟まっていた。

 申し訳無いと思いつつ、中身を見ると、恋文だった。

 差し出し人も宛先にも知らない人の名前が書いてある。


 何故本の中に恋文が挟まっているのか。

 宝物の中に宝物をしまったのだろうか、分からないけれどロマンスを感じる。


 この本は「緑陰」というタイトルの詩集だった。


 ……恋で思い出したけどお母様、まだ二十代の花の盛りでは!?


 この世界は婚期が早いし、既に最愛の人と結ばれてはいるけど、早急に金策をして、新しいドレスを贈りたくなった。


 デザインだけして人に縫って貰う?

 布はもうある。


 新しいドレスを着せて、景色の良い所でお父様とデートとかさせてあげたいし、私もピクニックとか行きたい。


 となれば、ひき肉作る機械と井戸水を汲み上げるポンプの設計図を描いて、完成品出来たら、商業ギルドに売る?


 私は前世でオタクだったので、異世界転移ファンタジー系ゲームや小説のネタを温めていた為、

 知識チート用の素材を調べてはいた。


 頑張って思い出して、企画書と設計図を1日くらいかけて書いた。



 翌日お父様の執務室に飛び込んで用件を言う。


「お父様!

井戸から水を引き上げるポンプと、ひき肉を作る機械の試作品を作って貰う予算は有りますか!?」


 捲し立てるやいなや、私は企画書と設計図をお父様の目の前に一瞬突き出し、それから机上に広げる。

 企画書と設計図に目を走らせるお父様。


「──若干厳しいな。それらは、いくらくらいかかる物だ?」


 急なお願いに驚きつつも、答えてくれる。


「詳しくはまだ素材等の値段が不明なのですよく分からないのですが、予算の件は人に資金を出して貰いましょう」


 クラウドファウンディング的な。


「なんて?」

「資金援助を募りましょう。完成品を優先して融通してあげるから予算出してって言うんです。

お父様はドラゴンスレイヤーだし、人気有りますよね?」


「ぬう、そう来たか」 


 当人、苦笑いである。


「まあ、便利な物ではあるようだ。水汲みが楽になるし。

──ふむ。使用時は呼び水を忘れるな。とな」


 お父様は企画書を熟読したようだ。


「ひき肉を作る機械も、王侯貴族の家や肉屋で欲しがる者も居そうだ」

「ひき肉のプレゼンには、ハンバーグを使いましょう」

「ああ、あれは美味しいからな」


 味を思い出したのか笑顔になる。


「ふむ、何人かに声をかけてみよう」


 バタン! 

 扉が勢いよく開け放たれた。


「話は聞かせてもらった! 私も出資しよう!」

「アシェル!」

「アシェルさん!」


 突然現れたイケメンエルフ。


「さっき魔の森で狩った素材を、ギルドで換金して来たばかりだ!」


「扉越しによく聞こえたな、さっきの話」

「伊達に耳が長い訳じゃない」


 地獄耳だったの?


「でも助かります!」


 正直本当に助かるので私は喜んだ。


「私はとりあえず金貨300枚出そう!」


 ジャラン! と金貨入り袋を亜空間収納から取り出すエルフ。


「もうこの人、いや、エルフだけで良いんじゃないです? 試作品分の予算だけなら。

完成品の見本を見たら商業ギルドも予算出しそうですし」


「そうなのか?」

「なんとなく、もう設計図は有るので、後は腕の良い細工師や鍛冶屋とかご存知無いです?」

「いるな、冒険者時代に世話になった頑固親父が」


「ところで四歳のティアの名前で商業ギルドに登録するのは、無理があるんだが」


「お、お父様かお母様のお名前を借りられませんか」


 すぐ忘れるけど、今四歳だった。


 まあ、そうなるかと、お父様は腕を組んだ。


「しかしどうして急にこんな金策を」

「お父様とお母様に景色の良い所でデートさせたいし、早く文官雇いたいし。

私もピクニックとか行きたいので」


「文官、そうだな、大事だな」


 父は領主の顔をして神妙な顔で頷いている。


「デートとピクニックも忘れないで下さい」

 釘を刺す私。


「も、勿論だ」


 顔がやや赤い。 照れてるっぽい。 男前系なのに可愛いな。


「なお、デート用にはお母様に新しいドレスを贈りたいのです。

ドレスのデザイン画は私が描きます、生地はもうあります」


 矢継ぎ早に言い募る。


「ちょっと急ぐので、今回はドレスを縫うのはお針子に任せましょう。

お針子には当ては有りますか?」


「それについては私の知り合いが居ます」


 アリーシャがトレイにお茶をのせて、エルフが開け放ったままの扉の後ろに現れた。


 この城の人は突然現れる。 そしてお父様が許可を出した。


「入って良いぞ」

「失礼致します。お茶をお持ち致しました」


 私達はお茶を飲みながら話を詰める事にした。


「所でデートって、どこに行きたいのだ?」


「景色の良いお花畑とか……あ、海って瘴気の影響は有りますか?」

「海は広く、水神と海神の加護で守られてて、瘴気の影響は無いと聞いている」


 ほー。


「……時に塩は、国の専売ですか?」


 海と言えば思い出す塩。


「いや、そんな事は無いが」


 ──なるほど、良いことを聞いた。 口元が笑みを刻む。


「何か企んでる顔をしているな?」


 お父様が私をじっと見ている。 


「いつも通り、私は可愛いでしょう?」


 ニコリ。


「確かに……とても可愛いが」

「それよりなるべく早く、細工師や鍛冶屋に連絡を取る準備をして下さい」


 塩の企みは一旦置いておく。

 家令が速やかに便箋を用意して持って来た。


 ──とにかく金策ですよ。

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