第6話 満ちていくもの
ジークムンド視点
食事を終えて、執務室へ向かう廊下を歩きつつ、考えを巡らす。
……うちの娘なんだかやはり、頭が良すぎるな。
発言が大人みたいというのか。
普通四歳の子供が「民は生かさず殺さずという支配者階級が多い」
だのと言わないだろう。
しかし間違いなく、俺とシルヴィアの可愛い子供だ。
「お父様!」
タタタタッ。
勢いよく、可愛い我が子が駆け寄って来る。
「どうした? ティア、そんなに慌てて」
「春の次は夏が来るんですよ!」
「それがどうかしたか?」
当然だろうに。
「暑くなる前に、一緒に寝て下さい! 添い寝!」
おっと、突然の甘えんぼ発言。
「月に3、4日で良いので! 寝る前に御本読んで、寝かしつけて下さい!」
ひし! と私の足にしがみつく。
可愛いな。
「月に3、4日くらいなら、構わないぞ」
どうせ妻がひと月の内、数日は女性のあの、月の物で寝所を別にするし。
天使のようなプラチナブロンドの髪を撫でてやる。
「ありがとうございます」
花が綻ぶように笑う。 うちの娘が天使過ぎる。
天使が人の子の中に入ってしまったのかもしれない。
天界に返す気は無いが。 せめて……寿命までは。
ティアを抱え上げて、執務室に向かいがてら話をする。
「なんの本を読んで欲しいんだ?」
「有れば魔法書の……治癒魔法の本とか」
「残念ながら無いぞ」
魔法書は貴重なのでな。
「では神様の伝説の本とか」
なんだ? やはり天使なのか?
「さもなくばライリーの歴史の本、資料でも良いです」
「急に趣きが変わったな」
「どうせ歴史は貴族の教育として学ぶのでしょうし、自領の事は、勉強しておいて損は無いかと」
「確かに。だが、まだ四歳でよく知らないだろう。
この世界全体の大まかな歴史を先に学んだ方が良い」
「それもそうですね」
普通に納得したようだ。
「まあ私、お父様のいつもの良い声で読んで聞かせてくれるなら、実は内容は恋愛小説でも良いんです」
「恋愛小説の朗読は……流石に恥ずかしいからやめてくれ」
照れる。
「そうでしょうね」
クスクスと笑う。
執務室に着いた。
「私はこれから仕事だ」
「書類の仕分けを手伝いますよ」
などと言う。
やはり天使か。
「家令もあの雛形を使うようになって、見やすくなり、効率が上がったと言っていたよ」
ガチャリと重い扉を開ける。
「旦那様、お嬢様、おはようございます」
「以前より顔色が良くなったな、コーエン」
「お嬢様のおかげでしょうな。ところでお嬢様の礼儀作法の先生はどうなさいますか?」
家令がそう言うと、
「家庭教師を雇うとお金がかかるのでお母様を参考にしますよ」
と、あっさりと返すし、さらに続けて、
「そもそもテーブルマナーも、私はお母様を参考にしています。
絶世の美女の元伯爵令嬢のお母様から教わるって、贅沢ですね!」
うふふ! と嬉しそうに笑ってる。
「相手役の貴族はお父様で」
「ん?」
「挨拶ですよ、お母様がドレスの裾をつまんで挨拶する相手。
そしてこんな美しい方とお会い出来て光栄ですとか言うんですよ」
上気した顔で、はしゃいでいる。
「本当にこの子に今更挨拶のやり方とか教える必要があるんだろうか」
「まあ、お嬢様は大変賢くていらっしゃいますが」
「ありますよ! 猛烈に望んでいます!
念の為、お父様には王様役と王子様役と公爵様役などやって貰って、練習したいです」
なんだ、多いな?
「デビュタントなるものも、いずれ行かないといけないのなら。
引きこもってて良いなら別に良いですけど〜」
「いや、それは……」
なんて脅し方するんだ。
「仕方ないな」
「やりました! コーエン、言質取りました。証人ですよ」
「心得ました、お嬢様」
家令と結託された。
うちのティアって頭良すぎるよな?
そう、妻の部屋で二人きりの時に聞いてみたら、
「たまに死にかけた人間が、前世の記憶を思い出すという話を聞きます」
それなのでは? との事だ。
薄紫の天蓋付きの寝台に夜着で横たわったまま
隣にいる妻の美しい青銀の髪に
指を入れてさらさらとした感触を楽しんでいる。
「知らない料理などの知識は?」
「異国の者だったのでは?……しかも知識量からして、平民ではなく、貴族じゃないかと」
妻は思案を巡らせながら、言葉を続ける。
「別に違う人間の魂があの子の体を乗っ取ったとは思いません。
あの子は高熱を出して死にかける前に、私が歌ってあげた歌を覚えていて、歌ってましたし」
時おり畑の方からティアの綺麗な歌声が聞こえて来ていたが、妻も聞いていたらしい。
「あなたへの愛情も確かです。これは揺るぎようがない真実でしょう」
「君の事もあの子は大好きだよ。シルヴィアから礼儀作法を教わりたいそうだ。
いずれシルヴィアの為にドレスを縫うのだと布も買ってある」
「あら、令嬢に職人みたいな事をさせて良いのかしら」
嬉しさと心苦しさを混ぜたような複雑な顔をしている。
「仕立て代にお金を使うより食費に回したいようだし、しかし君には、美しいドレスを着せたいらしい」
妻のアイスブルーの瞳が潤んでくる。
「……」
なんと言えば良いのか分からなかったのか、妻は黙って俺の胸元に顔を寄せる。
言葉をかける代わりに抱きしめた。
窓の外には三日月が輝いている。
徐々に満ちてくる月は発展を意味していて、祈れば幸運を呼ぶと言う。
耳にはティアの歌声が蘇っていた。
優しく美しい音。
愛する者達の幸運を……三日月に祈った。
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