第4話 市場での出会い
お父様の執務室に行くと、お父様とシルバーグレーの髪の家令の姿が見えた。
二人共、机の上に書類を沢山重ねて紙のお仕事をしている。
「決してお邪魔はしないので、ちょっとこの書類を見ても良いですか?」
「絶対破いたり、汚すんじゃないぞ」
許可を得て数枚の書類に目を走らせる。
んんん、転生ボーナスか何かか普通に難しい文字も読めてしまう。
不思議。
そして気が付いた。
あれ、これ、分類されてないし、文字がぎっしりの書類が多くて……あ、家令が書類を手に取って目を細めたり、近づけたり、遠ざけたりしてる。
文字が見えにくいのか。
老いた目にぎっしりの文字列、辛いね。
「分類が、こう、仕分け作業すらされてないのでは?」
「経費節約で……人が足りていないのでな」
お父様も眉間に皺を深く刻んで苦しんでいる。
「家令のコーエンは文官じゃないのでは、お父様」
言いたくはないが、突っ込まざるを得ない。
「それはそうなんだが、コーエンは古くから仕えてくれているし、金に関する書類も有るから、信用できる人間に頼みたくてな。
それと知らない人間をあまり城に入れたくない」
元平民冒険者の弊害── ──!?
まあ、確かに家に知らない人うろつくの怖いよね、
いっぱい雇い過ぎると末端まで覚えきれない。
気持ちは分からなくもないけど、経費節約し過ぎ──!
「せめて、内容での仕分けをお手伝いします」
「ティアが? 出来るのか?」
「出来ます」
キリっとした表情で答える。
「ですが、その前にちょっと、紙とペンとインクと定規は有りますか?」
「それなら、ここに」
ガサガサと家令が用意してくれた道具を受け取って、私は枠や線を入れて書類の雛形テンプレートの見本を描く。
印刷機欲しいな、でも無いだろうな。
「効率化を図りましょう。同じ内容の書類の書き方が統一されてなくて、さらに字がぎっしりだと、目が疲れますよね」
この世界眼鏡も無いのなら、余計辛そう。
「この内容の書類には、この雛形を使えと指示を出しましょう」
「急にそんな事を言われても、相手が困るのではないか?」
「領民の暮らしを慮って税金を上げたくないばかりに、経費節約しまくってこちらも苦労をしています。
役場の人間だって他の者だって、後で書類を見直す時に見やすいほうが、
後に助かるでしょう。こんな線引いて枠を描くくらいは子供でもできます」
印刷機があれば手描きの必要は無いのだけど。
「ふむ……」
一枚の文字びっしりの見本を手に取り、内容を雛形を描いた書類に書き写す。
文字や数字を書き込む。
書類タイトル、ここに書類申請者、書き手のサイン、ここに領主のサインと……
領主サインはお父様にしか書けないので空欄っと。
コーエンに見本を手渡して、どう? と聞くと、
「お嬢様! 見やすいです! ありがとうございます!」
喜ばれた。
「おお、ティアは賢いな」
「むしろアホですけどね」
「そんなバカな……」
感心するお父様と半眼になる私。
お父様に嘘だろって顔をされる。
「書類なんて本当は特に好きでもないけど、いずれ向き合わないといけないなら
分かりやすく見やすい見本作って書き方教えてくれてた方が助かりますし、後で自分が楽をしたいんです」
私は言葉を続ける。
「それとこの書類、魔物が出たから討伐依頼って緊急じゃないですか?
冒険者ギルドには行かないのでしょうか?
そっちの方が早いでしょうし、こんな色んな書類に埋もれていては
手遅れにならないのでしょうか?」
不思議である。
「何がしかの条件が厳しいとかかな? こちらから騎士団に依頼をする」
と、お父様は言った。
時間かかるけど、仕方ないね。
「ほっとくと人が死にかねない内容なら、左上に緊急! とか赤い文字で書くとか」
「まず、インクが高級で、赤とか色付きは用意が無いと思う」
んあ── ──っ!!
「ではギザギザのフキダシを描くとか」
(ギャグではない、真剣)
「フキダシ?」
お父様と家令が困惑する。
漫画で叫んだり、強い口調で言う時に見られるフキダシと言えば
漫画を描いたり読んだりするタイプの日本人なら、大抵分かるだろうけど、
ここの人には通用しないので見本を書いて見せる。
「へえ」
吹き出しに見入っている二人の成人男性。
ギャグじゃないので、赤インクとか無いから仕方ないので、分かりやすくしたかったので!
「しかし急に、雛形とか言っても従うだろうか?」
お父様が心配している。
「予算くれ的な事業の話は、ちゃんと雛形使ってるやつから優先して書類に目を通すぞって脅しておけば良いのでは?
あと、職務怠慢って思われたくないちゃんとやる真面目な人が分かりますよ、区別出来ます。
ちゃんとやる事をやれる方は、後に余裕が出たら褒めてあげて、何か物もあげましょう」
今は余裕がないからごめん。
「なるほど」
お父様も納得してくれた? 真面目で誠実な人は後で報われて欲しい。
「では分類作業を致します」
家令よりずっと視力が良い若い私が今助けるからね!
「ありがとう」
「ありがとうございます、お嬢様」
二人にお礼を言われるが、
「私が早く市場に行きたいのもあるので!」
「そうだったな。私も紙の仕事より早くティアと市場デートがしたいぞ」
お父様は優しい笑みを浮かべてそう言った。
きゃ──っ! イケボで男前の女殺し── ──っ!!
* * *
「髪や目の色を変える、変装用魔道具?」
アシェルさんが、透明な水晶のような石が嵌め込まれているブレスレットを差し出して来た。
「そう」
またイケメン有能エルフが良いものを持ってきてくれたという事。
「すごーい! 好きな色に変えられるんです?」
「そう、この玉にイメージした色を記憶させるんだ」
「じゃあ、大地の色と言うか茶色い髪と茶色い瞳にしよっかな」
「茶髪の人間は多いから良いと思うよ。
逆にプラチナブロンドは珍しいから、ただでさえ容姿が際立ってるティアは誘拐されないように、しっかり変装しないとな」
「お父様の分は?」
「それはレアで高級な魔道具だから一つしかない。
ジークには顔の上半分だけ隠れる仮面でも着けて貰って、フードを目深に被って貰おう」
「不審者では?」
「しかし冒険者時代からドラゴンスレイヤーで男前なジークは人気があったから、顔を見られるとピンとくるやつは多いはずだ」
「なるほど、お忍びも大変ね。まあ諦めないけど」
* * *
草木染めで染めた元カーテンでアッパッパというか
ワンピースを作る。
袖は無く、長袖を重ね着出来る余裕を持たせた服に。
季節が変わっても着られるように。
でも子供ってすぐ大きくなるとは聞くから、そう長くは持たないかな。
襟元に刺繍。植物の蔦のような模様を入れようかな。
刺繍も練習しろと言われたし。
でも4歳って刺繍する? 針なんか持たせる?
初めての子供って事で親も子供がどこまで出来るかわからないのだろう。
何しろ服を作るとか言う子供だし。
今の体型を測って型紙を用意して……。布を裁断して縫う。
あ──、ミシン欲しい。
畑の方は逞しき使用人達が耕してくれた。4歳女児には鍬が重いのだ。
砂場遊びとはレベルが違う。
本当にすまない。もう少し大きく成長したら自分で畑頑張るから。
畑のやり方、作り方だけ指導した。
数日後にワンピースは完成した。
ついでにハンカチに刺繍の練習をした。モチーフは森の小動物。
* * *
買いたい物リスト
野菜苗、複数、野菜を植える為の鉢。
なんか良さげな食材。
あれば米、味噌、醤油、大豆、小豆の類い。
多分無いだろうけど有れば嬉しいなあ。
良い感じの布。
お母様のドレスは良い生地で仕立ての丁寧なドレスだけれど、少しヘビロテし過ぎてやや古びて見える。
生地さえ有れば私が縫えば仕立て代は要らない。
でも4歳児が貴族のドレス縫うのは、流石に不自然すぎて無茶かな。
今更かな。
でも頻繁には市場に行けそうにもないし、買える時に掘り出し物が
あれば買いたいな。
後は氷の卸し先、売れる所を探すかな。
今回はお父様のアイテムボックスに氷入れてって貰おう。
どうせ同行してくれるんだし。
氷を魚屋やお肉屋にあげたら、交換で値引き出来たりするかも。
* * *
ようやく市場に行ける日になった!
庭園の転移門、転移陣から、王都の教会敷地内の塔の中の転移陣へ。
魔法陣が光った! これぞファンタジー! 感動的。
あっと言う間に王都である。
私は変装の魔道具で茶髪に茶色い瞳の女の子に変装してる。
魔道具のブレスレットはスカーフを手首に巻いて隠している。
頭は適当な布をかぶっている。
顔が可愛いので。
いざとなったら風呂敷代わりにもなるし、荷物が包める。
お父様は仮面を着けて鼻と口は出て他を隠されている。
口は出てるから試食は出来るよ。
* * *
念願の市場に着いた、朝市である!!
朝から沢山の人がいる。ざわざわとした賑わいが素敵。
沢山の出店が並んでる。
新鮮なお野菜や、知らない鮮やかな果物が見える。
生命のエネルギーを感じる。 これぞ私が市場に求めていたもの。
自分もフレッシュな力を貰えるみたいな。
「わあ!」
「はしゃいで急に駆け出すんじゃないぞ、アリア」
──そうそう、偽名を使っています。 変装中だしね。
なお、お父様はお父さんと呼ぶ。
イケメンエルフはお城の警護でお留守番だし、二人しか居ないので。
野菜苗はどこかな〜。あ、
「おとーさん! あっち! 苗あった!」
私は苗を売ってる店を指さす。
「うん、ちょっと抱えるぞ」
お父様は片手で私をひょいと持ち上げ、そのまま苗のお店まで移動する。
4歳児の足で移動するより早い。
トマトっぽい苗、胡瓜っぽい苗、茄子っぽい苗と、ほうれん草っぽい
葉物野菜の種を複数購入。
「そんなに持てるかい?」
店のおじさんが心配するけど、
「お父さんは冒険者で、いっぱい入る袋を持ってるの」
アイテムボックスのスキル持ちと言うよりは
目立たないらしいから袋に入れるフリで亜空間に収納して貰う。
「へー、凄いもんだな。しかし、なんだって仮面なんか着けてるんだ?」
店のおじさんは不審に思ったらしい。
「怪しいな!」
急に背後から子供の声で怪しいなどと言われる。
子供の方に振り返って見ると、黒髪に赤い瞳のやたらと整った可愛い顔の男の子が立っていた。
服は冒険者風、7歳くらい?。
16歳〜17歳くらいになれば乙女ゲームのパッケージでセンターはれる、正ヒーローになるポテンシャルは有りそうだわ。
「私のおとーさんは別に怪しくないわよ!
男前すぎて道行く女達が振り返るレベルだから仮面は女避けで着けて貰ってるの!
おかーさんも心配するから!」
ちょい苦しい言い訳をする私!
「ほう、それはそれは、随分な男前なんだな」
苗屋のおじさんがのほほんと笑う。
「えー? 本当か? いくらなんでも仮面は怪しいだろ。仮面舞踏会でもあるまいし」
もう! さらっと流しなさいよ!
ガバッと頭から被っていた布を取り払って更に言い放つ。
「私のお父さんよ! この顔で想像出来るでしょ! 親の顔が美形である事なんて!」
とくとご覧! 今だけ!
「──……!! 物凄く……! 可愛いな!!」
少年が一瞬呆然とした後で言う。
「知ってるわ」
当然とばかりに返す私。
「はー、お嬢ちゃん。ほんと可愛いな」
店のおじさんもニコニコする。
「じゃあ買い物の途中なのでこれで! おとーさん行こう!」
お父様を促して歩き出す。
しばらく歩くが何故か付いてくる男の子。
少し離れた位置に冒険者風衣装を着た大人の男性も五人くらい付いて来る!
やばい、ちょっと目立ち過ぎた?
何? お父様のアイテムボックス風の袋か私を狙ってる!?
お父様もやや困ってる風。
「何で付いて来るの?」
少し後ろを歩く少年に言う私。
「進行方向が同じだけだ」
白々しい。
「もし、これ以上付いて来るならストーカー、変質者だって叫ぶわよ」
「なっ!? ……無礼だぞ!?」
「無礼はそっちでしょ?」
勝手に付いて来て何よ。
「か、仮面を着けた不審者が居るから!!」
「ただの女避け対策したお父さんだと言ってるでしょ!
こっちも幼女追いかける変質者だって叫ばれたくなければこの場を去るか、あなた私の財布になりなさい!」
「さ、財布だと!?」
男の子の背後の男達も何故か動揺してる。
「こら、アリア」
お父様がたしなめようとして来る。
「去るか財布か、選択肢は二つよ」
お父様を不審者呼ばわりしたんだから、このくらい当然よ。
「い、いいだろう! この市場内の買い物に限りだ!
高級宝石店や高級ドレスショップなどは禁止だぞ!」
気位が高いのか、払う方を選んだ。
これ絶対かなりの金持ちだわ!
「じゃあ付いて来る事を、許してあげる」
「顔は可愛いのに、偉そうだな」
「おい、アリア本気か?」
お父様が心配してる。
「まだ小さくても男よ、女の子の前で経済力ある事見せつけてかっこつけたいのでは?
なら、かっこいい所を見せて貰いましょ」
正体は大きい商会のお坊ちゃんあたりかな?
考察していると、男の子はむすっとして文句を言った。
「小さいって言うな。俺の名はガイだ」
「へえ、男らしい名前」
「俺は男らしいからな」
ドヤ顔をする。
あら、少し歩いてると懐かしい香りが、ええ!? あれは!
「お味噌汁いかがですか〜〜?」
マジで!? 今、お味噌汁って言った!?
お店の黒髪の売り子さんに駆け寄って味噌汁を確認!
茶色い! 味噌っぽい!
「し、試飲は出来ますか!?」
はやる心を抑えられない。
「はい、どうぞ」
売り子さんから小さいコップに入れられたのを受け取り、飲んでみる。
ゴクリ。 これは……まさしくお味噌汁!
「このお味噌売ってるんですか! 壺で! 上澄み液込みで欲しいのですが!」
「は、はい、良いですよ。でも大きい壺ごとで大丈夫ですか?」
店の売り子の黒髪オカッパで愛らしい顔立ちの女の子が、嬉しそうにしつつも心配してくる。
「財布様がおられるから大丈夫です。壺ごと二つ下さい」
にっこり笑う私。
「財布って言うな」
半眼で睨まれる。
「えと、お値段というか、嵩張りますが」
「大丈夫です。お父さんが冒険者でいっぱい入る魔法の袋あるから」
私はコソコソと小声で言った。
「まあ! じゃあ大丈夫ですね」
ホクホク顔になった売り子さん。
「黒い色の醤油とか言う、辛い調味料はありませんか?」
「? それはございません」
残念、無情である。
見渡しても米らしき物も無い。
ん?
「あの、これは売り物ですか?」
小さい松の木の盆栽を見つけた。
「はい、店の飾りのつもりですが帰りに荷物になるので売っても良いですよ」
「これも下さい」
値段を気にせず買えるって貴族みたいで素敵! 貴族だけど!
「支払いだ」
そう言って、後ろの大人を振り返る少年。
冒険者風衣装を着た大人の男性が、一人近付いて財布を少年に手渡す。
お前の用心棒だったのか。
命令し慣れてる雰囲気だわ、やはりかなりの富豪か。
「はあ、何でこんな物欲しがるんだ?」
盆栽を見て不思議がる富豪様。
「可愛いでしょ」
「分からん」
どこが可愛いんだと言う顔。
まあ、いいわよ。 実は大きく育ててみたいのよね。
「売り子さん。あなたいつもここでお店を出してるの?」
「名をヨリコと言います。遠くから来ているので年に一回くらいです」
「じゃあ千載一遇だったのね」
いつもいる訳じゃないと。
しかし、ヨリコさん? 日本人みたいな名前だわ。
一応試しに。
「富士山、琵琶湖」
と、ポツリと呟くいた。日本人が知ってそうな単語を。
しかし首を傾げて不思議そうに何ですか? って返された。
転生者が味噌を頑張って作った訳ではないのか。
「気にしないで、幸福のおまじないよ」
しらを切り、お店の名前も聞いておく。
「アズマニチリン商会です」
ほう、東、日輪?
「覚えておくね」
「ありがとうございます!」
売り子さんと私はお互いに嬉しげに笑った。
「あ! 美味しそうな果物! 美味しそうなお野菜!
美味しそうなお魚! 美味しそうなお肉!」
更に……………あれ?小豆っぽい豆が有るのも見つけた。
「小麦粉とバターはいるわよね! お塩も、あ、お砂糖もある」
次から次に目についた物を確認して、一人で騒ぎ立てる私。
胡椒は見つからない。
「お砂糖も買うけど、大丈夫?」
お砂糖はわりと高いので、一応支払い担当君に聞く。
「ふん、買うが良い」
ラッキー!
次から次に、よく分からない物までお買い上げ!
「おい、アリア、ほどほどにだぞ、ちゃんと遠慮をするんだぞ」
砂糖まで買わせたせいか、お父様が気遣わし気に釘を刺してくる。
「してます」
「ハッ、この程度、どうと言う事もない」
と、言い放ち、胸を張る。
買ってるのはほぼ食べ物ばかりだから、まだ余裕有りそうな富豪様。
「おじさん、氷買いませんか?」
お魚屋さんに声をかけてみた。
「氷なんか持ってるのかい? あれば有難いから買うよ。やや遠くから来たお客さんも安心だ」
お父様を振り返ると魔法の袋(嘘)から氷を出してくれる。
塊と砕いたの二種類とも。
「おお、立派な氷だね、銀貨2枚でどうかね?」
銅貨じゃないからそこそこの値段かな。まあ元になった水が無料の井戸水だし、良いか。
「良いわ」
同様の事を他の肉屋でもやった。
「よく氷なんか持ってるな」
富豪様がお父様を見上げる。
「俺は冒険者だから、雪深い山の洞窟から氷の塊を取って来てたんだ」
お父様もしれっと嘘を吐く。
「へえ、なかなかやるじゃないか」
何目線で上から言うのかこの坊やは。
「あ、あそこ布を売ってる、ここはおとーさんが出してね? おかーさんへのお土産だから」
縫うのは私だけど。
「もちろんだ」
良い声で返事を返してくれる。本当に良い声。
「おかーさんは何色が好き?」
「青とか紫かな」
などと楽しく会話しながら生地を選ぶ。きゃっきゃっ♡
深い青と淡い紫の綺麗で上品な色の生地と、薄いオーガンジーのような生地も追加でお母様用に購入。
「あ、可愛いリボン」
白と水色の二種類のリボンを手に取って見る私。
「それも、お前の母親用か?」
「これは…私用」
「ならそれは俺が払う」
少し照れながら言う少年。
「ありがとう。じゃあこっちの白ときなり色と水色とスモーキーなピンク色と濃紺の生地も。
レースも私用なので宜しくね、ガイ君」
にっこり微笑んでおねだり。
「い、良いだろう!」
かっこつけてくれてありがとう。素敵よ。
「毎度ありがとうございます!」
生地屋さんも満足げ。
そして他のお店で屋上菜園用の植木鉢を複数購入。
さらに串焼きの屋台の前で立ち止まる。
「あ、串焼き美味しそう! 小腹が空いたからこれ買って!」
「よし、俺も食う」
お父様は自腹で自分の分を買った。
こっちに便乗すれば良いのに。
私と富豪様が串焼きを食べようとする。
すると富豪様のお付きの人が、一人後方から出て来て彼の持つ串焼きを奪って、先っぽを一口食べて、
「まあまあだな」と言って返した。
店の人の前で堂々とまあまあとか言うな。
「この串焼き美味しいです!」
私は店の人に聞こえるように言う。
「ありがとうよ、お嬢ちゃん」
串焼きのおじさんも、これにはニッコリ。
最後にポーションと薬草を購入。
「お前冒険にでも出る気か?」
「さあ? でも備え有れば憂いなしよ」
呆れ顔をする富豪様だけど、私はなんとなく欲しかったのだ。
ここは剣と魔法の世界だし!
「この辺で市場の買い物は終わりよ。どうもありがとう、ガイ君」
私はポケットからハンカチを取り出す。
「お礼にこれあげるわ」
「リスの刺繍のハンカチか?」
ハンカチの刺繍を、まじまじと見入っている。
どんぐり持ったリスの刺繍よ、可愛かろう。
「お財布の生地に使うとあなたのお家、ますますお金が稼げて貯まるかもよ?
リスは蓄える動物だから」
ご利益があるかも。
「それなら自分で持っておけばいいだろうに、まあ貰っておくがな!」
もう絶対に返さない、離さないと言った勢いで自分のポケットにしまうガイ。
「まあ、そのリスのおかげなのか殆どの支払いは貴方がしてくれたじゃない?」
出費が抑えられた。
「な、なるほど!」
彼が納得したような顔をした所で、私は彼に手と背を伸ばし、
頭をくいっと引き寄せて、頬にキスをしてあげた。
ちゅっ。
「……え!?」
頬を押さえて耳まで真っ赤になる少年。
「私、将来絶世の美女になる可能性高いから!
あなたのお友達が将来、可愛い彼女の自慢とかして来たら、
俺も将来の絶世の美女(見込み)にキスして貰った事あるって誇ると良いわよ!」
すっと、ガイ君から距離を取って、私はなおも言葉を続けた。
「金貨100枚積んでも普通は貰えないキスだから!
じゃあね! ガイ君! 今日はありがとう!」
天使の笑顔で手を振る。
お買い物のお礼はこれで済んだ。
唖然とするお父様と少年のお付きの人達。
少年は真っ赤になって、まだ固まっている。
見上げる空は青く澄んでいて、春の陽の光が降り注ぐ。
明るい日差しの中で立ち尽くす少年を置き去りに
私はスカートを靡かせて、軽やかに道を行く。
あとは王都のお医者さん、病院に氷を売りに行って帰還するだけ。
──ああ、楽しかった!
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