第2話 お父様のお友達

食後に石造りのお城の廊下をてとてと歩いていたら

 ──目の前にエルフ。

 すらっとした長身で金髪で青い瞳のイケメン青年エルフが歩いて来る。


 め、目の前にエルフ……だと!? 思わず瞬きを数回してしまう。


「お、セレスティアナちゃん。元気に歩けるようになったのか、良かったな」


 ずいぶんと気さくな雰囲気で話しかけてくる、まるで近所に住むお兄さんのように。


「エルフ……さん?」


「そうだよ。前に会ったのが赤ん坊だったから覚えてないかな?」


「あ!

もしかしてお父様が冒険者だった時代の仲間に男性のエルフがいたって去年聞いていましたけど、もしかして」


「そうそう、よく覚えてたね? 賢い子だ、受け答えもしっかりしてる。

私の名前はアシェルだよ」


 ──しまった! 今は四歳の幼女だった!

 だけど今更仕方ない。私は妙にしっかりした幼女設定で行こう。


「アシェルさん、お会い出来て光栄です」


 生エルフだ、すごーい! きれーい! 見惚れる──!


「敬語はいらないよ、私は君のお父様の仲間で友達だから。

 女神の洞窟へのエリクサーを取りに行ったのにも同行してたし、王都の竜騎士に騎竜借りたから返して来た所だよ」


「え!? 

私を助ける為に一緒に高難易度ダンジョンへ行って下さってたのですか!? 

ありがとうございます!! 

敬語はいらないと言われましたが、命を救われたお礼はきちんと言わせて下さい!」


 私は慌てて頭を下げた。


「頭なんか下げなくて良いから、代わりに抱っこさせてくれる?」


 ──ああ、今の私、見た目は天使のように可愛いからね。

 可愛い猫とか見つけたら抱っこしたくなるよね、そんな感じよね、分かる!


「どうぞ」


 にっこり笑って両腕を差し出し、抱っこして! のポーズである。


 イケメンエルフは嬉しそうな笑顔で屈むと、すっと私を抱き上げる。


「小さくて軽いな、そしてすごく可愛い」


 そうでしょ!


 すると、ふわりと花というか、ハーブのような香りが漂う。


「花のような香り……アシェルさん、香水を付けてる?」


 さすがイケメンエルフだなと聞いてみたら、


「いや、これは外からだな」


 アシェルさんはそう言って、窓の方へ私を抱えたまま近付く。

 眼下には、美しい花咲く庭園が見える。


 ──は?


「あれ? ライリーの地は瘴気の影響で植物が上手く育たなくなったのでは?」

「この城と庭は守りの宝珠の守護結界内だから、瘴気の影響を受けないとジークムンドが言っていたよ」


「そういえば、今よりさらに小さい頃の記憶が蘇ったけど、確かに庭でお花摘んで……お、お父様どこ!?」


「ん? 急にどうかしたか?」

「急に聞きたいことができたの!」


「庭の芝生の開けた所で鍛錬をしておられますよ、お嬢様」


 メイドのアリーシャが廊下で掃除道具を運びながら、声を上げた私に気が付いたのか教えてくれた。


「じゃあこのまま庭に行こうか」

「はい!」


 四歳児の足では庭まで行くのに時間がかかるから、抱っこされて移動する方が速い。


 花咲き誇る庭園に到着した。

 吹き抜ける風は爽やかで、ここには本当に瘴気の影響など無いみたい……。

 春なんだわ──


 あ! あれに見えるはオリーブの木では!? 油が取れる!

 抱っこされたまま身を乗り出そうとするとアシェルさんが慌てた。


「落ちる! じっとしてくれ!」

 

 いけない、とりあえずオリーブは後回しにしよ。


「ジーク! 娘ちゃん連れて来たぞー」


 アシェルさんは私を抱えたまま、芝生ゾーンに入って行く。


 鍛え上げられた広い背中、紅い髪、白いシャツに黒いパンツのシンプルな出立ち。

 棒の先っぽに丸くした布を巻きつけて鍛錬してたお父様がいて、こちらを振り返る。


 ──イケメンだわ──……、見返りイケメン、超かっこいい!!


 チラリと見える鎖骨と胸筋も素晴らしいですね。

 父親の姿を見る度にテンションが上がる生活。


「おお、アシェル。騎竜のワイバーンを返す作業を任せてすまなかったな、ありがとう。

そしてティアはどうした? 私に何か用があるのか?」


 お父様とイケメンエルフの視線が私に集まる。


「さっきアシェルさんから、この城と庭は結界に守られて瘴気の影響を受けてないと聞いたのですが!」


「ああ、そうだぞ。

この辺境伯の城は有事に領主一家や領地の人間を守る為に、守りの結界が張ってある」


「であれば、お願いなのですが!

流石に表の庭園の景観は損なわないので裏庭、裏の敷地内に畑を作らせていただけませんか!?」


「城の裏に畑とは」

「お前の娘ちゃん、面白いよね」


 クスクスと笑いながらも、やっと私を芝生の上に下ろしてくれた。


 イケメンエルフに笑われたけどかまわない。


「庭に畑があれば、新鮮なお野菜が食べられるでしょう?」


「ふむ、その発想は無かったが、洗濯物を干すスペースはちゃんと残すのであれば、構わないぞ」


「ありがとうございます! お父様!

つきましては、市場に野菜の苗など買いに行きたいのですが!」

 

「いや、待て、落ち着きなさい、ティア。

先日まで死にかけて伏せっていたのだぞ、さらに貴族の令嬢は市場になど行かない」


「い、市場に行きたいのです! 変装します! 平民のふりをします!」


 平民のふりとか超得意だし! 元庶民の誇りにかけて!


「体調の方は、ええと、庭など歩いて体力回復につとめますから!」


 私は外国の市場を見るのが大好きなので、前世ではTVで映る度に食い入るように見ていたのだ。

 異世界の市場もめっちゃ興味あります!


「お城のお外、まだ出た事が無いし……」


 私は必殺上目使いで食い下がる。


「む……う」


 上目使い攻撃でお父様の心が揺れているようだ。


「まあ、数日、体力のほうは様子見て大丈夫そうなら、私が護衛に付いて行っても良い」


 イケメンエルフが護衛をかって出てくれた! 優しい! 素敵!


「護衛か、なら、アシェル、この城の護衛を頼む。私が仕事の調整して自ら連れて行く」

「留守を頼むと!?」

「そうだが?」

「狡くないか?」半眼になってお父様を見るエルフ。


「何を言う、娘は最近死にかけてたんだ。心配だから自ら連れて行く」


「はあ、仕方ないな。セレスティアナちゃん、お父様が連れてってくれるらしいよ、良かったね」

「やった──! ありがとうございます!!」


 喜びが隠せない私。


「しかし、種はともかく苗が欲しいなら、ライリーでは無理なので王都まで行く必要がある」

「え!? めちゃくちゃ遠いのでは!?」


 市場に行きたいだけなのに!?


「王都から遠い土地の貴族の住まう家には、貴族の子が10歳になると通う王立学院、いわゆる貴族院に行く為の転移門が庭や敷地内に設置されている。

その転移門は王都の教会の敷地内の塔に設置されていて、教会は学園に程近い位置にある」


「事情が有れば先に連絡をしていればその転移門を使って魔法で王都まで、シュッと行けるぞ」


 お父様がイケボで説明してくれた。


「え、そんな便利な物が」

「ともかく、ティアが体力を付けてからな。私の紙の仕事も有るし、7日は動けない」


「お忙しいでしょうが、苗が売り切れる前に連れて行って下さいませ…」


 今は春だけど夏野菜には間に合わせたい。


「努力はする」


 よし、言質は取った!しかし浮かれていると、お父様に釘を刺された。


「ちゃんと貴族の令嬢としての勉強もするんだぞ?」

「…分かりました」


 ──あ! でも先に畑作らなきゃ! 苗を植えるにも下準備がいる!


「先に畑を作ります! 鍬とか有るでしょうか!?」

「庭師のトーマスに聞きなさい、有るはずだ」

「はい! 分かりました!」


 お父様に畑を作っていいスペースを確認してから、耕す事にする。

 そして腐葉土とか欲しいなって思ったので、気になった事を質問した。


「ねえ、遠くに見える黒っぽい森は瘴気の影響を受けてないのです?」

「あれは魔物が住む魔の森なので、むしろ魔素にて育っている」


「そこの腐葉土はやはり、有害でしょうか?」

「分からない、そんな所から土を持ち出すやつはいない。

薬草や薪なら冒険者等が取って持って行く事も有るが」


 そういう物なのか。でも植物を育てるには良い土と水が必要。


「そういえば、領地の水場、井戸などは大丈夫なのですか?瘴気の影響」

「流石に飲水が汚染されていては人が死ぬから、井戸には浄化の石を設置させている」

「では教会近くには森はありますか? 林でも良いです」


「あるよ。腐葉土が欲しいならそんな沢山は無理だが、私が持ってきてあげよう」

 アシェルさんが長い金髪をサラッとかき上げながら請け負ってくれた。


「ありがとうございます! なんて親切なんでしょう!

畑を耕しながら腐葉土を待ってますね!」


「そこは腐葉土を待ってるじゃなくて、私を待ってると言って欲しかった」


 しゅんとなるイケメンエルフ。


「ごめんなさい! つい!

もちろん言うまでもなく、超美形のアシェルさんのお戻りをお待ちしてます!

エルフって本当に美しい上に親切ですね!

あと、私にちゃん付けいりませ…いらないわ。

呼び捨てでも愛称のティアでも、お好きに呼んでね」


 私の方は意識しないと敬語がなかなか抜けないわ! もはや癖だわ。


「全くティアはしょうがないな」


 などと苦笑しつつも、私が可愛くて仕方ないみたい。

 愛称呼びにしたようである。


 これも容姿SSRの恩恵かしら。


 *  *  *


 とりあえず雑草を抜く作業から──

 待って、作業服が無い。ドレスで畑はいじれない、草むしりも出来ない。


「ねえ、アリーシャ、中古で良いから野良作業できる、私が着られるサイズのズボンとか、男の子用の服は手に入らないかしら?」


 一旦自分の部屋に戻った私はメイドに相談してみた。


「待ってください、お嬢様。ご自分で野良仕事をするおつもりですか?」


「だってこのお城、大きいわりに極端なほどの経費削減で常駐させてる人が少ないのだもの。

それぞれ自分の仕事が有るのだから、自分のわがままでやらせて貰う畑の事くらい自分で頑張らないと」


「ですけど、お嬢様は貴族の令嬢です。流石に外聞が悪いですよ」


「出入りする人間も少ないし、秘密にして。

体力回復にも、畑仕事は悪くはないでしょう」


「はあ……仕方ないですね。一応旦那様と奥様に相談を致します。

お許しが出れば、作業服は手配致します」


 ──ぬう。

 お許しが出ないと困るわね、おねだり攻勢をするしかない。



 お母様とお父様はあまりの事に頭を抱えたけれど、経費削減中だから仕方ないのです!

 とゴリ押しした。

 経費削減を決めてるのはお父様なので、仕方ないよね。


 かくしてエルフは王都の森へ腐葉土を取りに出かけて、私はゲットした男の子用の服を着て、裏庭で草むしりをするのだった。


  見かねた庭師のトーマスが草むしりの手伝いを申し出てくれた。


 「このよもぎっぽい草は良い色が出そうだから、こちらに集めて取っておいて」

 「色……ですか?」困惑するトーマス。


 「布を染める草木染めに使うの。紅茶染めもあるけど紅茶はもったい無いから」草ならタダだし。

 「お嬢様は染色をやった事があるのですか?」

 「無いけど草で出来るのは知っているの」


 古くなったカーテンとかが倉庫にあるのはしれっと確認済み。

 やや薄い黄ばみがあるけど草木染めして誤魔化せそう。


 平民のふりして市場に着て行く服だし、それくらいが丁度いいでしょう、

 簡単なワンピースっぽいのを作る予定。


 前世のお仕事ではお洋服作っていたからなんとかなる。

 趣味はゲームやったり、漫画やアニメを見たり、さらには同人見たり読んだり描いたりゲーム作ったりのオタク生活全開だったし、推しキャラのドールにお洋服も作っていた。


 昼食の時間にお母様に倉庫の古いカーテンを貰っていいか聞いてみた。


「カーテンなんかで服を作ろうだなんて、黄ばみも有るでしょう?」


 お母様が困った顔で言う。


「ですから草木染めで色を誤魔化します。

どうせ貴族の令嬢教育に刺繍があるのですから、針と糸と布を使うことは役に立ちます。

経費節約と令嬢の嗜み、両方できますよ」


「口の回る子ね」

「ティアは賢いな。草木染めなど、どこで知ったんだ?」


 ── ──しまった。


「夢の中で、見た本にあって」

 前世の知識とは言いにくいので嘘をつくしかない。


「夢の中で?」


 不思議そうな顔でお父様がじっと私を見てくる。

 ──イケメン過ぎる。

 いや、そんな場合じゃない。


「高熱で寝込んでいた時に、夢の中で大きな図書館を見つけて入ってみたんです。

天使の像など飾ってある、荘厳な雰囲気の美しくて立派な図書館でした」


 悪魔憑きだと思われたくないので、神聖な雰囲気の所だったと強調する。


「そうか、不思議な夢を見たんだな。

私が倒した邪竜の呪いのせいで死にかけたんだから、なるべくティアの希望は叶えてやりたい、…許そう」


 許された!


 古いカーテンなんかで服を作るなんてと、嫌そうな態度ではあるけれど、貧乏なのも本当なので、お母様も渋々折れてくれた。


「だが、刺繍も練習するんだぞ」

「服の襟とかに刺繍をしますよ」

「ハンカチとかじゃなくて、いきなり服に刺繍をして大丈夫か?」

「万が一、下手だったら解きます」

「そうか…頑張りなさい」


 首、頭と手足が出ればいいのだ、簡単なアッパッパと言われるワンピースを作るぞ!


 アッパッパは女性用の衣服の一つで、夏用の衣服として着られる簡易服。

 この世界のこの時代で着てもそう浮かない気がするし、これにフード付き外套でも着れば良いと思う。


 裏庭に降りて畑に来て鍬を振るう私。四歳児にはやや辛い。


「畑はわしらが耕しておきます」

 庭師のトーマスと門番さんが畑を手伝ってくれるそうだ。

 やる事が多いため、ちょっと甘える事にする。


「ごめんなさい、ありがとう。

立派に野菜が育ったら、皆んなで美味しく食べましょう」



 草木染めの為に調理場をこっそり借りる。

 よもぎに似たなんか知らない雑草で30〜40分煮て、そのまま冷ます。


 そして思い出した。

 あれ? 重曹ある? 忘れてたけど昔動画で見た草木染め、重曹を使ったような。


 でもそんなのあれば、ふっくらパンの為のベーキングパウダーが存在するのでは?

 うーん、重曹無くてもいける? 上手く染まってくれると良いな。


 思い切りバクチだけど、どうせ古いカーテンだし、まあなんとかなるでしょ。


「お、お嬢様、調理場になど来られて、いかが致しましたか?」

 調理長達が夕食の仕込みの準備をする為に調理場に来たようで、驚かれた。


 貴族の令嬢は普通は調理場に来ない。 料理もしない。

 知ってる、令嬢物のラノベも読んでた。 オタクなので。


 ただ、私は普通の令嬢じゃないから慣れて貰います。

 これからちょいちょい顔を出します。 料理もします。


「ごめんなさい。草木染めの為に少し厨房を借りてたの」

「はあ?」

「あとは冷ますだけなので、邪魔にならない所で置いておいて」


 戸惑う料理人に構わず続ける。


「それと、話は変わるのだけど、りんごと何かの果物と密封出来る瓶、入れ物はあるかしら?」


「それなら……ここに」


 と、フルーツとあまり透明度は高くないけどちゃんと密封出来そうなガラス瓶を2つ程出してくれた。


 やったわ! これで天然酵母が作れる!


「これらが有れば、柔らかいパンが作れるわ」

「そうなんですか?」


 調理長でも知らないらしい。

 文明レベルがよく分からないけど、あまり食に拘らない世界なのか、日々生きるだけで精一杯なのか。


「ええ、なんとかなるわ」


 多分。

 果物を下拵えして、瓶は煮沸消毒して、前世の知識を使って天然酵母を作る。

 多少日数はかかるし、たまにかき混ぜる作業もいる。


 あとは異世界転生と言えばお約束のマヨネーズを作るべきかな。

 酢は、りんご酢があったからこれと鶏の玉子を使ってどうにかしよう。

 そう、鶏はこちらの世界にもいて助かった。


 あー、マヨネーズで思い出したけども照り焼きチキン食べたい。醤油欲しい。

 でもこのお城には醤油は無いし、知らないとも言われた。


 この世のどこかにはあって欲しい、醤油と味噌と米!


 ふと、箱の中からまな板の上に出された肉に注目する私。


「このお肉なあに?」


「ワイルドボアの肉です。

魔獣討伐に出てた騎士様が狩ったの持って来て下さったんです。

魔獣の一種ですが美味しいですよ」


「つまり、猪系の魔獣なのね。それはいつも狩ったら貰えるの?」

「今回は仕留めたのが多かったらしく、たまたまです」

「そう。たまたまお裾分けを貰えたのね」


 しかし、ワイルドってレベルじゃねーぞ。


「庭にオリーブの木があった気がするけど、油はある? それと卵とパン粉」


「オリーブオイルと豚などから取れるラードは有りますし、卵とパンもありますけど。

パン粉は…パンを削れば良いでしょうか?」


 やったわ!


「それで良いわ。とんかつを作りましょう」

「トンカツ?」


 油は高級品かなと思ったけど敷地内にオリーブの木があったから何とかなるのね、良かった。

 そのうち石鹸も作ろう。


 夕食にはとんかつを出しましょう。

 作り方を実際に私が実演して料理長に伝授する。


 手順


 1. ワイルドボアの肉を叩き、塩こしょうをする。

 2. 1に小麦粉と卵と削ったパン粉を付ける。

 3. 油でカラッときつね色になるまで揚げる。

 4. お好みでキャベツ等の葉物野菜を添え、とんかつソースを……

 

 とんかつソースが……無い!!

 あと胡椒が高級品だった! そういえば地球でも昔は胡椒が黄金と同じ様に価値があったとか言われてたな。


 エルフのアシェルさんが少し分けてくれたのが今回はたまたまあるからセーフ!


 あのイケメンエルフさんは本当になんて親切で有能で、心配りが出来るのだろう。

 エルフを崇めても良い気がして来た。


 崇めるといえば、邪竜の呪いから命が助かったお礼に神様にもお祈りをしなくては。

 お父様とアシェルも無事に戻って来てくれたし。

 祭壇を自室に作ってお祈りをしたい。


 この世界の神様の像とか持ってないから、せめて絵姿でも欲しいな、高いかな……。

 無いなら自分で描けばいいかな。

 紙と画材が欲しい。


 とりあえず今回はソースが無いから、今夜は塩でとんかつを食べましょう。

 通っぽい。


 こちらの世界にはあまり揚げ物文化が無いみたい、きっと油が高級なんでしょう。


 うちがたまたま貴族で、庭にオリーブの木があったから、なんとかなるけど。

 オリーブの木は挿木で増やせる。優秀。


 夕食でとんかつを出したら、一瞬ナニコレ? って顔をされたけど、貴重な食材無駄に出来ないし、と、ひと口食べてみたら両親とも目を輝かせていた。


「美味しいな、こんな料理は初めて食べた」

 お父様も嬉しそうである。


 私もワイルドボアの肉を食べるのは初めてだったけど、通常の豚肉にも負けてない味だと感じた。


「でも貴族の令嬢は普通は厨房には行かないものですよ。このお料理とても美味しいけれど」

「とりあえず一回作って見せたら、料理長も覚えてくれるので許して下さい」


 なんとかお母様に厨房に入ることを許して貰う。


 突然の揚げ物だったけど、胃はまだまだ元気のようだ。

 揚げ物に負けない胃が有るうちに、色々食べさせてあげたい。


 なお、付け合わせはサラダとスープだ。

 パンも有る。

 まだ天然酵母が完成してないので今まで同様硬いパンだけど。


 庭のハーブとオリーブオイルと塩とレモンでドレッシングを作ってサラダにかけて、

 スープは鳥の骨で出汁を取って溶き卵とベーコンと塩胡椒で味を整えたスープ。


 こちらの世界、何故かハーブは薬草としてか観賞用で料理に使う人がいないようだ。何故なのか。


 ちなみにこちらの両親はまだ二十代の若さだ。前世の私とほぼタメである。

 同世代のパパママに甘える事が可能。かなりのミラクル。

 見た目は幼女だし、良いよね。何より実の子ですから!


「あのう、画材が有れば欲しいのですが、やはり高いでしょうか?」


 美味しいものを食べて機嫌が良さそうな今聞いてみる。


「お絵描きがしたいの?」


 絞ったレモンを少し入れ、氷を浮かべたレモン水を飲んでいたお母様が聞いてくれる。


 通常は氷は高級品だがお母様はレアな氷魔法の使い手なので、食卓に普通に氷が上がってくる。

 ラッキー!


「はい、お母様。お絵描きがしたいです」

「あなたの出産祝いに私の両親が送ってくれた紙と画材が有りますから、それを渡します。

もう、お絵かきが出来る年齢なのね」


 一般的に前世で何歳くらいからクレヨンなどでお絵かきしてたか記憶にないけど、ありがたい話である!


「お祖父様とお祖母様が下さっていたのですね! 嬉しいです!」


「ただいま〜。腐葉土は庭に三袋程置いておいたよ、ティア」


 イケメンエルフ帰還!


「お帰りアシェル。大丈夫か? 埃は落として来たか?」


 食卓なのでお父様が突っ込む。


「ちゃんと埃は外で、風魔法で吹き飛ばして来たぞ」


 凄い! 風魔法使えるんだ! 流石エルフ!


「おかえりなさい! アシェルさん! 袋三つも背負って来てくれたのですか!?」


 重かったろうにと心配したのだけど、


「まさか、亜空間収納だよ。スキル」


 あっさりと、いわゆるアイテムボックスのスキル持ちだという事をバラして来る!


「ええ! 凄い! 私も収納スキル欲しいです!」

「私も亜空間収納スキルを持ってるぞ」


 と、お父様もドヤ顔して申告して来た。


「私とアシェルは難易度の高いダンジョンでごく稀に見つかるスキルオーブを使って習得したんだ」

「買おうとして買える値段ではないよ」気の毒そうにアシェルさんが言う。


「ええ、そんな! ダンジョンの産物だなんて!」

「時魔法の加護持ちでごく稀にこのスキル持ちがいるが、素養がないとな」


 世は非情である。


「私には時魔法の素養は無いでしょうか?」

「加護の儀式待ちだな、5歳まで待ちなさい」


 ──仕方ないな。


「はあい、分かりました」


 お父様がアイテムボックス持ちならまあ、どうにかなるでしょう。

 身内にいただけラッキーという物。


「あ! アシェルさんはもう夕食は食べた? まだならとんかつを食べてみて!」

「今帰ったところだから、まだだよ」


 程なくして料理長が揚げたてのトンカツを作ってくれて、

 メイドがアシェルさんの分を食卓に並べてくれた。


「美味い!」


 美味しそうに食べている。口に合ったようで何より。

 長生きしてるエルフでもトンカツは初めて食べたらしい。


 てか、エルフって木の実や森の植物ばかり食べている訳じゃないのね。

「鹿とか適度に間引きしないと、木をめちゃくちゃに食べられてしまうしね」


 との事だ。


「魔獣も食べる?」

「食べるよ。エルフのなかでも私は変わり者だから、普通のエルフは鹿は食べても魔獣は食べない」


 へー、そうなんだ。


「変わり者のエルフが冒険者とかやるんだよ。

普通は大森林のエルフの里に引き篭もっている」


 ほう、エルフの里か、魅惑的な響き。

 いつかは行ってみたいけど、人間が行ったら迷惑だろうな。


 *  *  *


 食後に部屋に戻ってみると、お風呂の用意が出来たと言われた。


 わーい! お風呂だ!


 病み上がりで布とお湯で体を清められてただけだったけど、お風呂嬉しい!

 しかしたとえ慣れてるメイドでも、人に体を洗って貰うのは幼女でも恥ずかしい。


「髪だけ洗ってくれる?」


 アリーシャは微笑んで了解致しましたと言って、なにやら白い壺から液体石鹸っぽいものを柄杓のような物で掬い上げた。


 髪に塗り込んでいく。

 髪と頭皮を優しく洗う。 そしてお湯で流す。


 なお、この液体石鹸らしきものは体を洗う時にも使うらしい。


 多分いい石鹸がこの世にまだ無いに違いない。

 石鹸たるもの良い香りがしていて欲しいけど、良い香りはしない。


「お嬢様の髪は本当に美しいですね」


 アリーシャが褒めてくれる。

 うん、マッパで恥ずかしいので髪だけ見てて。


 髪には仕上げに香油をぬられた。匂い、キツくない?大丈夫?

 今度何とかして自分でシャンプーとリンス作ろう。

 もっと良い石鹸も。


 お風呂から上がると、日本画に使われる顔彩っぽい画材と、しっかりした厚みのある紙が机の上に置いてあった。


 筆や水入れも有る。パレットは板のようだ。


 顔彩は昔日本で使った事がある、水彩絵の具と似た塗り方が出来る。

 鉛筆と消しゴムが欲しいけど無いものは仕方ない。


 木炭で下描きをするしか。

 いや、いっそ一発描きの方が汚さずに済むのでは?

 だって食パンも練り消しも無いんだよ。


「お嬢様、絵を描くなら明るい時間にして下さいね」


 アリーシャに釘を刺される。


 この世界、暗くなったら寝ろの世界のようである。ましてや四歳児。

 仕方ない。


 とはいえ、髪を乾かしてからしか眠れない。

 風邪をひくので。ドライヤーが欲しい。


 そういう魔道具は無いのかな?無ければいずれ作りたいな。

 作れる物ならば。


 アリーシャにこの世界の神様のお話をして貰いつつ、寝る事にした。


 本当はお父様のイケボでお話をして欲しかったけど、せっかく私が助かってほっとしたばかりだ、お母様と一緒に夜は仲良く寝てる可能性が高い。


 今しばらく自重して一人で寝よう。

 そのうち添い寝をねだるぞ! 幼女だから! まだ子供なので!


 *  *  *


 翌朝、早起きして早速絵を描く事にした。明るいうちに。

 草木染めの布は朝食後に見に行く事にする。


 さてこの世界の神様の名前とお姿ですが、教会の本の挿絵にイメージ画像はあったのでそれを参考にして描く。


 最高神は光の神である太陽の神 


 次に月の女神、

 大地を司る豊穣の女神、

 大いなる恵みをもたらす水の神、

 勇猛な戦の神と続く。


 他にも色んな神様がいるけどメインがこの五柱の神様らしい。


 なのでさしあたって、この五柱の絵を描かせていただく。

 描くのは素人な上に一発描きではあるけど、シャーペンも消しゴムもないので、許して欲しい。

 こういうのは心が大事だと信じて。


 描き上げてそれぞれの五柱の絵を薄い板に重ねて、端をリボンで結んで固定して立て掛けた。


 太陽の神様を中心に飾る。月の神は対っぽい存在らしいので隣に並べる。


 戦神、水の神、太陽神、月の女神、大地の女神。


 という並びで祭壇を飾った。

 庭に咲く白と赤とピンクの薔薇を花瓶に挿して、お供えする。

 祭壇前に膝をついてお祈りをする。


 ──今は春で良かった。 飾るお花があるもの。

 お野菜が無事に出来たら、それも少しお供えしよう。


 こちらの世界のお祈りの作法はまだ知らないけれど、心を込めて。



 * * *


 料理長とその奥さんと料理人2人、計4人が朝食の支度を始めるタイミングで厨房に顔を出して

 天然酵母は厨房の人に、「忘れずにかき混ぜておいて」と指示を出す。


 ふと、美味しそうに熟したトマトが籠に沢山入ってるのが目に入った。


 イケメンエルフのアシェルさんが、アイテムボックスからトマトをどっさりくれたのだという。


 中で時が止まるタイプのアイテムボックスだ。

 素晴らしい。おそらくは夏野菜だろうトマトが春にも食べられる。

 この世界にビニールハウスとかはあるとは思えない。


 玉ねぎ、にんにく、鷹の爪もあった。

 ケチャップを作って貰おう。

 ケチャップの煮込み時間が割と必要なのでその作業はやって貰う。


 エプロンをしてトマトソースというか、ケチャップの作り方を教える。



 朝食らしくベーコンエッグとトマト入りサラダとスープ。

 スープの方は昨日のと同じとき卵とベーコンのスープ。

 ベーコン料理が被ってるけど気にしない。


 フライドポテトも揚げて貰う。塩かけるだけで美味しいから素敵よね。

 料理長達が、味見した揚げたてフライドポテトの味に感激している。


 食卓で出された料理、主に初めて食べるフライドポテトは両親にもイケメンエルフにも好評だった。


「油で揚げただけの芋がこんなに美味い」


 お父様が感激しているし、イケメンエルフもご満悦。


「ベーコンエッグも美味しいよ」


 何食べて生きてきたんだと突っ込み入れたいレベルだけど、喜んで貰えて何より。


「アシェルさん、トマトをくれてありがとう。これで新しい調味料も作れるわ」

「インベントリにしまったまま、持ってるの忘れてたんだよ」

「おいおい」


 お父様が呆れる。

 和やかに時間が流れる。


 お母様が作ってくれた氷入りレモン水を飲んでふと閃く。


「お母様、お願いが有るのですが」


 最近お食事タイムにお願いばかりで申し訳無いけど、これも金策だと、やおら切り出す私。


「何です?」

「氷魔法で氷を作って市場で誰かに頼んで売って貰うと、お金が稼げませんか?


氷は貴重なのでしょう? 金の有る商人や病院、医者などにも。

肉屋等色々需要は有ると思います、あ、鍛冶屋にも」


「運ぶ最中に溶けてしまうのでは?

氷の運搬とかそんな事にお父様の貴重な収納スキルは使えませんよ。

お仕事があるのですから」


「おがくずの中に氷を入れるんです。それで多少持ちます」

「まあ」

「それも夢の中の図書館の知恵なの?」


 地球で、江戸時代の飛脚とかがやってた気がするのです。


「ええ、そうです」


 嘘をつくのは心苦しいけど、努めて冷静に返す。


「その氷が売れたお金で何が欲しいの?」


「裏の敷地で畑を耕してもらいましたが、まだ場所があったのを思い出したので…」


 天井を見ながら言葉を続ける。


「植木鉢を複数買いたいのです」


 できれば横長のプランター。


「城の屋上が広くて平らで空いてますから、鉢で野菜を育てましょう。屋上菜園です」


 ──絶句。という顔を両親にされる。


「屋上で野菜育てる貴族とかは、居ないと思うが」


 笑顔が引き攣るお父様。


「屋上は瘴気の影響を受けない貴重なスペースです。有効利用しましょう、すべきです。

屋上なら日光もさします、作物は育ちます。この城を訪ねるお客様も少ないですし、

いた所で屋上を見せてくれと言う者はいないでしょう」


「確かに屋上を見たいなどという奇特な者は居ないが、結界があるとはいえ、

念の為に城の守りに見張りの兵士が二人くらい立つぞ」


「もちろん見張りの方が動くスペースは十分に残しますよ、

何なら敵襲があった場合には城の下にいる敵に投石の代わりに鉢を落して撃退も出来ますよ」

(野菜は抜いてから)


 食卓に着いている大人三人と、側に控えていたメイドと執事が息をのむ気配を察知した。


「よもや、敵襲の事まで考えるとは、ティアは面白いなあ」


 イケメンエルフは楽しそうに笑う。

 ちょっと四歳児の考える事じゃないけど、金策の為必死なの!


「……はあ、裏庭だけでは足りぬか? 城の者だけで食べ切れるのか?」


「いっぱい出来たら売れば良いんです、収入になります。

瘴気の影響の無いお野菜、ライリーの領民も食べたいはずです」


「ぬ、……それは確かに」


 結局、両親は優しいので、この提案を聞き入れてくれた。

 この子なんなんだろうって思われただろうけど、今更後には引けない。


 とりあえず交渉は成立したので、私は次に昼食のメニューに思いを馳せる。


 尽くしていれば真心は伝わる筈だ。

 身内の胃袋もガッツリ掴む。


 トマトもまだいくつか残してるのでミネストローネも良いかも。


 * * *


 さてさて、元カーテンは上手く染まったかな? 冷めた後に確認。


 よもぎっぽい草を使ったので緑色に染まっている。


 重曹とかあればもっと濃い色で染められたかもしれないけれど……。

 うん、薄くあった黄ばみも誤魔化せたから、よしとしよう。


 *  *  *


 腐葉土の他には馬糞等も肥料に使いたいけど、集めて醗酵させたまにかき混ぜる必要がある。

 馬糞集めるスペースも瘴気の影響の無い所でやらないといけないので、しばらくこれは諦める。


 お願い瘴気! できるだけ早くライリーの地から消え去って!


 年々微妙に薄くはなってるそうだけど、早く完全に消えて〜〜!!

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