【書籍発売中】異世界転生したら辺境伯令嬢だった 〜推しと共に生きる辺境生活〜

若葉の章

第1話 ファザコン少女になった

 ──熱い 痛い 苦しい 熱い 助けて── ──


 体のあちこちが軋むように痛い……っ!! 

 そして熱い!!

 だれ…か、誰か、私を氷入りの水風呂に入れて……。


 さっきから寺で聞くお経、いや呪文のような言葉が耳と頭に響く。

 そして、お香のような香りに包まれている。


 ひやり、額に冷たい濡れた布が置かれた気がする。そっと重い瞼を開ける。


「ティアッ……!! 可哀想に… 出来る事なら代わってやりたい!」


 ──声、この声は、知っている……推しの声……いや、推しの声だけど父親の……声だわ。 


 ああ──、思い……出した。


 私は元日本人で、目の前の赤い髪の精悍な顔立ちの超絶イケメンは父親で辺境伯。

 つまりわりと上位の貴族の子に異世界転生したんだ。


 ラノベやゲームや漫画でよく見た中世風の剣と魔法の世界に。


 今は4歳の子供のセレスティアナである私の記憶に、日本人だった頃の記憶が合わさっている。

 前世は享年24歳でした。 

 洋裁関係の仕事の合間に趣味の同人ゲーム作りに夢中になってた。

 

 そう、同人イベントでファンタジー系シナリオノベルズ系のゲーム作って、完売!

(いわゆる紙芝居ゲーム。シナリオに少しの選択肢にイラストが付いたもの)


 完売が嬉しくて打ち上げでお酒飲んでお肉食べて自室に戻って寝て、そのまま死んだっぽい。


 睡眠不足で不摂生の極みでした。

 あまりにも愚かな死に様。


 前世の両親ごめんなさい。

 そしてゲーム作りに協力して素敵な主題歌まで作ってくれたお姉ちゃん、ごめんなさい──……


 さらに今、記憶戻った途端に高熱で死にかけている──

 

「神父よ!

すると娘は病気ではなく、私がかつて倒した邪竜の呪いが今になって発動したせいで、死にかけていると言うのか!?」


「左様でございます。

呪詛の解析によれば、セレスティアナ様には4歳の4の月に発動するように、死の間際に邪竜が呪いを組んでいたのでしょう」


 つまり今は春なんだ、そういえば窓の外は夜みたい。

 燭台は点いてるようだけど、LEDライトのあった日本の自室と比べるとだいぶ暗いし、窓の外からゴロゴロという音が響き、稲光がたまに閃光のように光る。


 暗雲立ち込める石造りのお城の中の天蓋付きベッドの中で、私は死にかけている。


「邪竜をお倒しになられたご両親の呪いへの抵抗力が強いので、いずれ産まれるであろう可愛いお子の命、その身に時限発動系の呪いを」


「何という事だ!

王命で邪竜討伐した私の代わりに、娘が呪いを受けて死にそうになるなど……っ!!」


 お父様が身を震わせて、悲痛な顔をしている。

 つまり、私のお父様はドラゴンスレイヤーだわ、ジークムンドお父様凄い!


「神父よ! 助ける方法は無いのか!?

神への祈りは届かないのか!?」


「解呪と治癒の祈りはもちろんかけておりますが、あと一手、足りません」

「言ってくれ! 何が足りない⁉︎」


「光の女神の洞窟、ダンジョン最奥にあるというエリクサーなら、あるいは……。

しかし、高難易度のダンジョンで危険な上、確実にそれで助かるとも言えず」


「万が一にもそれで助かる可能性があるのなら! 私が取りに行ってくる!」


「なりません、あなた様はこのライリーの領主です。

その身を危険に晒すのは、何かあったら…」


 バタン! 勢いよく、扉を開けて長い青銀の髪色の美女が入ってくる。

 お母様だ。

 いつもは上品な方だから、こんな不作法に大きな音を立てて部屋に入る事は絶対にない。


 深い青のドレスの裾を掴み、切迫した様子で足早に近寄って来る。

 先日から私の看病をしてくれていて、自室で仮眠をとっていたはずだった。


「シルヴィア! すまないが7日ほどここを頼む!

このライリーの城を守る結界石の魔力の残量にはまだ余裕がある。

ティアを助ける為にエリクサーを取りに行く!」


 お父様が凄い勢いで捲し立てた。


「任されました。準備は怠らず、無事のお帰りを」


 凛とした声で応えた。

 アイスブルーの瞳は真っ直ぐに父の方を向いているだろう、恐ろしく整ったお顔の気高く美しいお母様。


 ──推せる。


 死にかけているためか、萌えの力でどうにか命を繋ごうとしているらしい私。


「ありがとう!! 我が儘を言ってすまないが、出来るだけ早く戻る!!」


 お父様はお母様を一瞬強く抱きしめてから、急いで部屋を出て行く。


 廊下に控えていたらしい使用人が慌てて後を追ったのか、バタバタと言う足音が重なって聞こえる。

 出発の準備の手伝いがあるのだろう。


 私はベッドの上で高熱と体の痛みで何も出来ず、微かに声を絞り出すのが精一杯だった。


「おとう……さ……ま……」

「大丈夫ですよ、ティア。お父様はとても強いから、きっと無事に戻って来られるわ」


 アイスブルーの憂いの深い美しい瞳には、けぶるような睫毛が影を落とす。

 その姿は氷の妖精の女王のように美しい。


「ああ、革袋の氷が溶けて温くなっているから、革袋をやめて布に交換してたのかしら。

早く冷やさないと……」


 氷魔法で氷を作り、白い布の夜着をはだけて、布で汗を拭いてくれる。


「お、お母様……水入れの革袋……に水と氷を入れ、脇と膝裏を、冷やしてください……ませんか?

 それと……太い血管のある、太ももの内側も、でき……れば」


 息も絶え絶えに、日本で見たお医者さん系の出る作品等で得た知識を思い出して、お願いしてみた。


 氷入り革袋で額を冷やしてくれていた母は一瞬驚いて目を見開いたが、すぐに指示を出してくれた。


「アリーシャ! 革袋を6つ追加で持って来てちょうだい!」


 いつの間にかそばで控えていたらしい、私付きの黒髪のメイドのアリーシャは、返事をして弾かれたように部屋を出て行った。


 ほっとくと脳が茹で卵のようになって死にかねないので、大変ありがたい。

 お母様は見た目クールビューティーだけど、内面はとても優しい人なんだと思う。


 それから数日意識が飛んでいて、──目が覚めた。

 目覚める事が出来た。生きていた。


 お父様の取って来てくれたエリクサーは間に合ったのだ。



 気が付くと朝で窓から光が差し込んでいた。

 カーテンを開いて私の方を振り向いたアリーシャがはっとした。


「お嬢様! お目覚めになられたんですね!! 良かった!

すぐに旦那様と奥様に連絡を致します!」


 ──その前に水を一杯くれない? と思ったけど大慌てで駆けて行った。


 実はベッドからやや距離のあるテーブルの上に、水入れの白い陶器っぽい容器に入れてあるのは目視出来るけど、まだ体が怠い。

 無理にベッドから抜け出そうとすると倒れるかもしれない。


 仕方ない。

 いっぱい皆に心配させていたんだろうし、と思ってるとすぐに両親が部屋に駆け込んで来た。


「ティア!!」


 ──セレスティアナという名の私の愛称が、ティアである。


「良かった! 本当に良かった! もうどこも苦しくはないか?」


 お父様が心配して、私の大好きな声で声をかけてくれる。


 お母様はまだベッドで横たわる私の左手を取って、自分の額に押し当て静かに涙を流してる。

 一枚の絵のように……美しい。


 私は……眩しげに目を細めながら、この美しい今の両親の献身を生涯胸に刻み付け、何とか恩返しをしたいと思った。

 

 あまりにも……尊い。 目頭が熱い。


「お父様、お母様、ありがとうございます。

もう……少し怠いくらいで大丈夫みたいです。

お水を、いただけますか?」


 お母様がアリーシャを振り返ると速やかにテーブルの上にあった水を、コップに注いで差し出してくれた。


 ──はあ、生き返る感じがする。


 お父様が私のプラチナブロンドの髪を、優しく撫でる。


 ──ん?

 今まで疑問に思ってもいなかったけど、お父様の髪色が深い赤で、エメラルドのような緑色の瞳。


 お母様が青銀の水の流れのような美しいサラサラストレートの髪にアイスブルーの瞳で、遺伝的色がお父様の緑色の瞳のみ。


 ん?


「なんで私の髪色は、お父様やお母様どちらにも似てないのですか?」


 仲が良いので不貞も無さそうなのにと、つい、口から出てしまった。


「貴族の子としてはよくある。

精霊の加護を強く持っている場合には、その精霊の属性の色が髪や瞳に現れるのだ」


「其方のプラチナブロンドは、正式に精霊の加護の儀式を教会で行えば判明するが、おそらくは光の精霊の加護が有るのだろう。貴重な光魔法の使い手になるかもしれない」


 装飾の施された美しいサイドテーブルの上にあった手鏡をアリーシャに取って貰った。

 自分の顔を見てみると、天使のように可愛い幼女が映っている。


 プラチナブロンドの腰まである長い髪。

 陽に透ける緑の葉っぱのような色の瞳はキラキラと輝いていて、長い睫毛に飾られている。

 さらに白い肌に華奢な体型。


 やばいほど可愛い、ステータスを容姿に極振りしたかのよう。


「神父が言うには、邪竜の呪いが発動してもエリクサーが届くまで生きながらえていたのは、光魔法の素養があったおかげだろうと」


 お父様が推しと同じイケボで優しく説明してくれて、ありがたい。


 永遠にこの声を聞いていたい。セクシーで艶っぽく、かつ、かっこいい素敵な声。

 

 それにしても魔法! 魔法が使えるなら嬉しい!! これぞ異世界!


「精霊の加護の儀式は5歳になったら教会で受けられる。

今ティアは4歳だから来年だな」


 待ち遠しいな。

 元気になったらお城の外の世界も見たい、街並みとか人々。

 まだ小さいし、お庭までしか出た事が無い。


「軽めのお食事を用意致しました」


 アリーシャが扉付近で銀髪の老執事から受け取った穀物を柔らかく煮込んだような、お粥っぽい何かをベッドの脇まで持って来てくれた。


 残念ながらお米ではなかったけど、地味にお腹が空いていたし、元気になるために食事をする事にした。


 味が残念。

 でも病人食だし、きっとこんなものね。

 そう思っていたのだけど、数日後に体力が戻って食卓に着いても、食事が残念なものであった。



 飽食美食の日本人の記憶を取り戻してしまった私には……ショックだった。

 なんか硬いパンと謎の小さい肉入り野菜スープに蒸した芋。


 貴族なのにあまりにも質素!


「……あの、けして……文句とかではなく、不思議なので知りたいのですが」


 TV等で昔見た、貴族がよく使う長い食卓にて、上座にいるお父様に向かって恐々としつつも問いかける。


「うちは……貴族ですよね?」

「ああ」

「わ、私が病み上がりだから家族の皆、その、お父様とお母様も付き合って粗食を食べているのですか?」


「……うちは、貧乏なんだ……」


 お父様に辛そうな顔で言われ、胸が締め付けられるように痛む。


 ──解せぬ。 だが、……解せぬ。


 理由があるなら知りたいし、力になれるならなりたい。


「辺境伯ってわりと家格は上の方の貴族だったような、領地も広くて」


「確かに領地は広いが、先代の辺境伯の時代にモンスターウェーブが起こってしまったのだ」

「モンスターウェーブ……」


「魔物の大群が魔の森より押し寄せ、大地を汚した。

この地は瘴気の影響で作物が上手く育たなくなった。

昔は緑豊かな豊穣の地であったが、このライリー辺境伯領には魔の森があるゆえ、このような事が大昔にも何度か起こっているらしい。

──故に、武勇に優れた者が剣となり盾となる為にこの地の領主を任される」


 なるほど、ドラゴンスレイヤーの勇士だからお父様が任された。



「過去に何度か起こってる事なら、どうやって復活と再生を?」


「他国である神聖王国と友好的な時は聖女と言われる特に力の強い豊穣の巫女に大地を浄化して貰ったそうだが、今は聖女と言われる程の者は不在と聞く。

仮にいても、そうそう他国に聖女を派遣する事も無く、ほぼ自国に囲って外に出さない」


 へー。


「領民の生活も有るし、税金も上げられぬゆえ、質素倹約をしている。

すまない……」


 お父様が憂い顔で謝罪される。


 ガーン!! だわ。

 でもショックと同時に、領民を慮って税金を上げたくないと言う優しさを思うと、前世で元庶民の私は感動もする。


 そういう訳で仕方ないから、今日の所は半端ない美貌の両親の顔をオカズに飯を食う事にする。

 美味しそうなステーキの写真見ながら白米食う人と同じような物だ。


 我ながら何をやっているのかと思わなくもないけど、私にとって萌えは心の支えである。

 オタクなので。


「言いにくい事を言わせてしまい、ごめんなさい」


 現状認識の為に必要だったとはいえ、お父様に悲しい顔をさせてしまった。


「いや、本当の事だからな。

でもエリクサーを取りにダンジョンに入った時の副産物が多少あるので、それを換金して今度栄養の付くものでも買ってあげよう」


 やったわ!

 急いでた割にちゃんと取れる物は取って来てくれたのね! ありがたいわ! 

 合理的で賢い人大好き!


 考えてみれば……もしも私を救うのにエリクサーがダメだったら、他の手段を使うにもお金は必要だもんね、多分。


「ありがとうございます」


 私が満面の笑みで御礼を言うとお父様は甘やかに笑った。 

 イケメン過ぎる──!


 だけどいずれは臨時収入関係なく、この食事事情は何とかしたいな……。

 せっかく異世界転生したんだし、なんか知恵を絞って金策もしたい。

 食事が貧しいと心も寂しく感じる物だし。 


 皆の、家族の健康の為にも。

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