第40話 [水族館へ]

 えーっと……あれ? 俺って確かウィンターズを助けようとしてドームの中入ったよな……。

 なんで――


『なんで真っ暗な空間にいんだ……俺……』


 一寸先も見えないような暗闇に、たった一人取り残されていた。


『ようやく来たか。しかし……やはりお主は美しい瞳をしているな』

『……お前、ウィンターズじゃあねぇな』


 横から響いてきた透き通るような声の主は、先程まで戦っていた紫色の巨大なドラゴンだった。

 俺は眉を顰めてドラゴンを睨む。


『何も変な気が起きているわけではないし、魔物の中では人間に対して友好的から安心しろ』

『ふぅん』

『あのクロエとやらが正気に戻れたのもワタシのおかげだ。なんせ、血が嫌いだから』

『へ、へぇ……ドラゴンが血ぃ嫌いか。まあでもそこは助かった……ってことにしとくぜ』


 邪智暴虐のようなドラゴンの姿は無く、しゃなりしゃなりとした佇まい。だが、クロエの時より何十倍も覇気がある。

 この状態で戦われていたら、おそらく負けていたな。


『生きている人の子に受肉する際は人の子側が差し出すものだ。ワタシももちろん、それが世の理だからさせて貰うぞ』

『……その契約みたいなやつで納得できなかったら、お前をウィンターズの体から追い出さないといけないかもしれねぇな』

『安心しろ。ワタシが欲するのは此処からお主の生き様を見させてもらうことだ』

『はあ? 何言ってんだお前……』


 ドラゴンの謎すぎる発言で、俺は素っ頓狂な声を漏らした。


『お主の生き様を見るのはとても価値がある。自分の価値をまだ理解していないようだが……いずれ分かる。さぁ、目覚めの時だ』

『う、眩しっ』

『また会おう、蒼き獣よ――』


 真っ暗だった空間は、押し寄せる光の波に包まれて真っ白となる。

 暖かく、何か柔らかいものに包まれている感覚だ。それに甘い香りがするが、一体これはなんだ?


「ん……?」

「お、やっと起きたんだねぇ。おはよ、零太郎」

「琴音……。ア!?」


 目をゆっくりと開けると、そこに双丘から覗く琴音の姿があった。どうやら俺は膝枕をさせてもらっているようだった。

 白い入院着を着ながらリンゴをシャクシャクと貪っている。


「えっとー……なぜ俺は膝枕を? そんで病院? あの後何があったかあんま覚えてないんだが……」

「はい、あ〜ん」

「んぁ。そんでふぉんえ? 何があって俺はここに」


 俺が起き上がろうとすると手でぐぐっと抑え込まれ元の位置に戻され、スライスされたリンゴを貰う。

 そしてニヨニヨしながら俺の頭を撫で始めた。


「なんか……どうした琴音? なんか様子がおかしい気がするんだが」

「ちょっと放ったらかしにされてたからねぇ。罰としてこうしてやろうと思ったんだ〜」

「罰というかご褒美な気が……ハッ!? まさかリンゴを食った手で俺の頭を……」

「違〜〜う! 流石にそんなことはしないよ!?」

「――む、零太郎も起きたようだな。って、さっき私が大量に切った林檎がもう既に……」


 戦闘用の軍服ではなく、制服にポニーテール姿(だがツノは見える状態)の美紅がビニール袋に詰めたリンゴを持ってやってきた。

 横にある大量のリンゴの皮から、琴音がどれだけ食べたかわかった。こいつの腹ブラックホール定期。


「美紅よ……あまり覚えてないんだが、説明してもらえるか?」

「うむ、いいだろう。簡単にいうとだな、無事にくろゑ救助してきた後、体が縮んで寝てしまったから、とりあえず一緒に入院させておこうということだ」

「……あれ、膝枕について触れられかった」

「まあ兎に角、よくやってくれた。流石だな」


 まあ、一件落着だろう。

 ようやく肩の緊張が降りたが、肩の荷は降りないままだ。ウィンターズを救うって誓ったからな。


「そういえば零太郎、あのクロエって人さぁ……めっちゃイイね。亜人の中でも好みな竜人ドラゴニュートっ!! 最高〜」

「分かる! 俺も正直テンション上がったね」

「……あ、そうそう。クロエさんで思い出した。あの水族館のチケットさ〜、なんやかんやあって今日使わなきゃ行けないらしいから、クロエさんと行ってきてほしいな」


 すぐ横にあったチケットを手に取り、俺に手渡そうとしてくる。


「え? でも……」

「私と君はとても似ている。……私もあの子を救いたいって思っちゃったからねぇ。私はできない、けど君は救える。頼むぜ、相棒!」

「……オッケー、了解した」


 本当に、頼れる相棒だ。

 俺なんかじゃ釣り合わないとかふと頭をよぎったりするが、そんなこと言ったら本気で叱られそうだ。


「でも今度、二人で行こうね?」

「にひひ、そりゃあもちのろんだぜ。……あの、膝枕はいつ終わるんだ……?」

「後5分。……いや、10分で」

「それどんどん延長されてくパターンじゃね?」

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