第32話 [月灯下の紫竜]

「じゃあその他言無用の人と会ってくるんだね? 私は先に帰ってるから、何かあったらすぐ連絡してね」

「わかった。長くなるかもだけど、すぐ帰るから」


 放課後になり、俺は琴音に心配そうな表情でそう言われる。


(夫婦の会話……?)

(会話に違和感じゃね?)

(同棲してる発言!?)

(おいおい進んでんねぇ!!)


 なんかクラスメイトの視線が怖いが、気にしないでおこう。


 ちなみにスマホは先生から支給されたもので、他にも生活必需品は琴音の家に送るとのことだった。

 自分の体が手に入ったなら一緒に暮らさなくても良いのでは? と思っているから、琴音に今度相談しよう。


「あの、零太郎。君の相棒は私、だからねっ? それだけ忘れないで。じゃっ!」

「お、おう……」


 そんな顔を赤くして言われたら勘違いしてしまいそうになる。

 俺も顔を赤くしながら、ことへを見送った。


「さてと……んじゃ行くか」


 生徒会室へ行き、ドアの前で立つ。隙間から冷気やらが出ていないし、暴走はしていないみたいだった。

 コンコンとドアをノックし、「どうぞ」と聞こえたので部屋に入る。中は、ウィンターズさん一人だった。


「ずいぶん早く来てくれたんだね、レータロー君」

「そういうあんたこそ早いな。ま、集まったんだし早速話し合いしますか」


 部屋のソファに座り、休憩時間中に琴音から聞いて得た情報をウィンターズさんに渡すことにした。


「まずウェンターズさんは最近変なものを見るようになったんだっけ?」

「あぁ、足がない人間や不思議な生き物を見るようになったんだ。ゴーストとかは信じていなかったけれど、あんなにもリアリティに見せつけられたらね……」

「幽霊……ゴーストは基本的に先天的に波長が合った人間しか見えないらしいが、例外があるらしい。幽霊の受肉や取り憑かれている、特殊な物を装備している、ってのがあるらしい」


 何かに取り憑かれているのか、それとも誤って呪われた代物を触ってしまって装備してしまったとかいう可能席があるしな。


「ウィンターズさんはゴーストが見える前に、なんか変なこととかはあったか?」

「変なこととか……特にないかな。つまらない日常を過ごしてたね」

「そうか……うーん、となるとどんな可能性があるのか……」


 目を閉じて少し思考を巡らせる。

 あまり自分の中で話しがまとまらずに難航するばかりだったので、目を開けて話しかけようとしたのだが……。


「なぁウィンターズさん、やっぱり――って、どうしたんだ!?」

「え……?」


 紫水晶アメシスト色の瞳からポロポロと目から涙が溢れ落ちていたのだ。


「ご、ごめんウィンターズさん……なんか嫌なこと言っちまったか……!?」

「ちが、ちがうんだ。こんなにも相談してくれた人は今までにいなかったから……。両親とか、カウンセラーの人よりもちゃんとさ、目を見て話してくれるから……っ」


 彼女は……昔の俺だ。

 誰からも必要とされずに孤独に生きて、自分を大切にしてくれる人と出会うまで苦しい思いをする人だ。


 俺はあの人に出会って抱きしめられて、自分の存在価値に気がつけた。

 けど、ウィンターズさんにとっての大切な人……あの人の代わりになんか俺はできるのか。


 わからなかった俺はただ、ハンカチを渡して泣き止むのを待つことしかできなかった。



###



「本当にすまないレータロー君。夜になるまで相談に乗ってくれて送ってくれたりもするなんて」

「いいってことよ」


 月と街路の明かり照らされながら俺たちは道を歩いている。目の前に見える馬鹿でかい高層マンションが彼女の家らしい。


「お礼の品くらい渡したいから少しだけ家に上がってくれ。すぐに渡すから」

「食いもんか?」

「あぁ、食べ物がいいのならばそれにするよ。現金が欲しいのならばふんだんにあげるよ」

「いや……食べ物でいいです……」


 そのいいものとやらで琴音の機嫌を直そう。流石に帰りが遅くなりすぎたから詫び菓子として渡そう……。


 マンションのエレベーターに乗り、当たり前のように最上階を押すウィンターズさん。お礼に金渡そうとする金持ちは違うな。

 そう思いながら部屋に入った。


「ちょっと薬飲んでから探すから、ここに座って待っておいてくれ」

「うぉ……なんだこのソファ。雲かよ」


 俺がソファと目の前の巨大窓から見える夜景に夢中になっているその瞬間だった。ウィンターズさんが薬を飲んでいた。

 遅れてしまったと気付くのは、全てを理解してからだった。


「なんか寒いな……最上階だからか? なぁウィンターズさん、寒くないのか……って、ヤバい感じか!!」

「ぅ……ウヴ……!!!」


 妙に寒いと思ったら、ウィンターズさんから冷気が漏れ出てどんどんと周囲を凍らせていたのだ。

 俺は幻蒼焔で抑えようとしたのだが、勢いがどんどん強くなって抑えきれない。


「おいしっかりしろ! 抑えるんだ!!!」

「さむい……さむいよ……たすけてくれ……。いや、違う! にげ、てくれ! レータロー逃ゲルンダ!!』

「ッ!! グッ……! ウィンターズ!!!」


 動向が縦に伸びて爬虫類のような目になった瞬間、足元の氷が氷柱のようになって俺に伸び、俺を貫く。

 そのまま後ろに押し付けられ、ガラス窓を割って宙に放り投げ出された。


「くそったれ! どうしたらよかったんだよ!!」


 俺は炎で大きめの傘を創造し、滑空して地面に降りる。

 生きていた頃もこんくらいの高さから落ちていたが、どれくらいの衝撃で霊体に戻るかわからなかったから保険で滑空したのだ。


「おいおい嘘だろ……!」


 高層マンションの最上階を見上げながら汗をたらりと垂らす。


「悪霊とか御札とかで和風ちっくな世界かと思ってたけどよぉ……急にファンタジーじゃねぇか……!!」


 硬そうな紫色の鱗がびっしりと纏う巨体に、あらゆる物を破壊できそうな前後の脚。後ろに伸びるツノと背中から生える翼、そしてうねる尻尾はまさしく――


「〝ドラゴン〟……!!」


 月明かりに照らされて反射する鱗はどこか引き寄せられるものがあったが、その瞳は殺意で満ち満ちていた。


『グォオオオオオ!!!!』


 この咆哮はドラゴンとしての怒号なのか、それともウィンターズさんの助けを求める泣き声なのか。


 俺にはわかりきっていることだった。

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