第18話 [憑依形態・覇走]

 後ろを振り向くと、とんでもないスピードで近づいてくる物体があった。いや、物体というにはあまりにも不気味だった。


『キシャアアアア!! キキッキキキキッ!!!』

『速ッ! 怖ッ! キモッ!』

「おいお前! 振り落とされるなよ!」


 ボサボサの白髪で白目を剥きながらこちらに猛ダッシュしてくるおばさんの姿をした化け物。これがジェットババアみたいだ。

 伏魔もスピードを上げて追いつかれないようにしているが、時間の問題だろう。


「おいお前、飛んでくるからやれるなら殴り飛ばせ」

『キェエエエエッ!!』


 奇声とともに、ジェットババアの足裏が爆発して俺たちに飛びかかってきた。


(速すぎ……!!)

「ぐっ……! くそっ」


 ジェットババアは対応できないスピードで飛びかかり、一瞬で伏魔が被っていたヘルメットを外して捨てていた。その際に伏魔の頰にはかすり傷がつけられていた。

 何がしたいんだ……?


「殴れと言っただろうが」

『速すぎんだろ! しかもこっちはバイクにしがみついてることで手一杯なんですゥ〜!!』

「ジェットババアは、バイクに乗ってるやつはまずヘルメットから外す。事故死の確率を上げるためだ」

『殺意が高いな……』


 再び奇声が聞こえてきて、俺たちに飛びかかろうとしている。

 今度は車体がひっくり返されたりするのかと思っていたが、そんなことはなかった。


「俺は……不味いぞ」

『!! キキッ、キキキキェッ!!!』


 ブワッと伏魔から不気味なオーラが発せられた。ジェットババアはそれに気づき、飛びかかるのをやめて立ち去った。俺も少し、冷や汗が出た感覚がした気がする。

 スピードを落とし道路の横に止め、バイクから降りる伏魔。


「あれが準弐級の強さだ。燃料もそんなに入れてなかったから、もうそんなにない」

『あれ、お前傷が……』


 さっきのはまやかしだったんじゃないかと思うほど、頰に付けられていた傷は消え去っていた。


「ああ……。まあなんでもいいだろ、帰るぞ。やれやれ、ヘルメット失くした……」

『…………』


 俺が後ろに乗っていたとて、あのジェットババアに何か対策できるだろうか。トラップを作るとか、炎で燃やすとか。

 ……いや、あの速さは異常だ。目で終えないことはないが、速すぎて罠やらが機能しないかもしれない。


 ……でも、できるはずだ。

 俺は琴音あいつの夢を叶えたい。こんなところでくじけてる場合じゃないんだ。


 試してみよう。俺の――を……!!


 俺はを試し、成功した。


『おい伏魔! な〜に諦めムードになってんだ? この姿を見てもまだ希望感じられねぇか?』

「はぁ? お前何言って…………はぁぁ……。ふざけんなよ」


 とあることをした俺を見て伏魔は溜息を吐く。


「くそったれ。見えちまったじゃねえか……勝ち筋が……!」



###



 とある運送会社で働く男。今日も今日とて、高速道路をトラックで走っていた。

 だが今日は、一味違かった。


「……ん? なんか後ろからめっちゃ近づいてる……?」


 バックミラーを確認してみると、そこには全力疾走するおばあちゃんがいたのだ。


「う、え、な、な……ッ!?!?」


 未知との遭遇。何十キロともあるスピードについてくるおばあちゃんと見て、パニックになっている。

 ジェットババアはニタァッと笑みを浮かべており、それはまるで獲物を見つけた肉食獣のようだった。


 少しずつトラックのドアに近づき、手をかざすとガチャリと鍵が開く。


「なんでなんでなんで!?」


 そして次の瞬間――


『グギィェエエエ!!!』

「えぇぇええええ!?!?」


 おばあちゃんの顔面がタイヤにめり込み、そして吹っ飛ばされたのだ。

 タイヤが激しく摩擦する音と、鈍い音が響く。


『クリーンヒット! このまま戦闘続行するぞ伏魔!!』


 よくある普通のバイクにそのまま乗る伏魔……ではなかった。

 黒いボディに青色の炎の柄があり、黒いタイヤの内側が青く光っており、近未来的なバイクだ。そして、後方には巨大なロケットエンジンが搭載されていた。

 ヘッドライトは右が金色で左が青色だ。


「やれやれ……。お前こそ俺のバイクに憑依しといてすぐ壊れんじゃねぇぞ……!」

『バイク零太郎、行っきまーす!』


 バイクから聞こえる零太郎の声。全速力で逃げるジェットババアを高速で追いかける。


 零太郎が琴音に憑依する状態とは違う走りに特化した姿――〝憑依形態ひょういけいたい覇走はそう〟。

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