第7話 [雷光の前の騒がしさ]

『ナンナンダアノ除霊師ッ!! コノ俺ニ弾ハ当テラレネェノニ近接ダト殺サレソウダ!』


 宵闇に包まれる刻。漣がザザァッと近くで聞こえる海辺の近くにある倉庫。そこには霊の荒くなった息と、銃声が響いていた。


 片腕から漏れ出る黒いオーラを抑えながら走る霊。それを追うのは、黒をベースとし、赤や金の模様が入った軍服と軍帽を被った人間。

 ……いや、一つ違う。その者の軍帽からは、人間にあるはずのない二本のツノが飛び出ていたのだ。


「〝雷縛らいばく〟」

『ヴグゥ!!』


 地面の陣から伸びた雷の縄で縛られる幽霊は、窓から差し込む月光に照らされた。

 そして、胸に一発。弾丸が撃ち込まれた。


「そろそろ、お終いにさせてもらう」

『ハッ! 銃弾モマトモニ当テランネェヤツガ調子乗ッテンジャネェ!!』

「黙れ、下衆な悪霊風情が。しかし、ふむ……私ががわざと銃弾外してたのに気づいてなかったのか。〝怪異度かいいど参級さんきゅう〟なのにこの弱さとは。片腹痛いな」


 赤のメッシュが入る黒いハーフアップの髪をなびかせ、帽子のツバをつまむ。整った顔は可愛いというよりかは、綺麗と言う方が正確だろう。

 紅蓮の瞳は情熱というより、冷酷さを表していた。


「冥土の土産に教えてやろう。私のこの雷は磁石のように、二種類に分けることが可能だ。そこら中に撃ったのと、貴様に撃ち込んだのは別の極」

『マ、マサカ……ッ!?』

「存分に蜂の巣の気分を味わうといい」


 ――パチンッ


 指パッチンをすると、撃ち込まれたであろう場所から紅色の稲妻が一瞬走り、四方八方から弾丸が引き寄せられた。

 あまりの多さで、弾丸で壁ができているように見える。


『グァァアアアアアア!!!!』


 断末魔が響き渡った後、周囲は静寂に包まれた。懐からガラケーを取り出し、誰かに電話をかける美少女。


「終わったぞ」

『お疲れ様です。流石は〝階位かいい準弐級じゅんにきゅう〟の除霊師、手際がよろしいですね』

「余計な話はしなくていい。これで条件は満たしたはずだ」

『ええ、ですが本当に大会を開くおつもりですか?』

「当たり前だ。この大会でようやくあいつをやめさせられる」


 鋭い目つきがギラリと輝く。


「……琴音を、除霊師からやめさせられる」


 その少女の意思は、鉄のように硬く感じられた。



###



『……なぁ、やっぱりやめた方がいいんじゃないか?』

「いーや! やめるわけないだろう!! 覚悟はできている……ッ」


 昨日の朝トラックにはねられて幽霊になった零太郎おれは、相棒となった琴音と机を隔てて口論をしている。


『これ以上はダメだろ。色々と危険すぎるだろうし』

「零太郎が私にできた生き甲斐を奪おうとしている!」

『流石にダメだろ。朝から白米3杯は食べすぎだろーがッ!!』


 一夜明け、幽霊となって二日目。俺は彼女の家で朝飯を振舞っていたのだ。

 琴音に取り憑いて正式な契約が成立しているらしく、一定の距離より離れられなくなってしまったので、同棲生活がスタートしたのだ。


「べ、べつにいいじゃないか。JKと一緒に同棲生活をしているんだよ? しかも家賃とかは全て私(の親)が出しているんだ。ご飯をどれだけ食べようが家主の勝手だろう!? 食わせろ〜〜!!」


 家はお世辞にも新しいとは言えないほど年季の入った一軒家で、蔦が纏わり付いているグリーンハウスだ。

 見た目はボロいが、悪霊などが入らないようにするための結界などはきちんとあるらしい。


「だいたいねぇ、君の料理が美味しすぎるのが悪いんだっ!」

『え、ありがとう……。めちゃくちゃ嬉しいが、それとこれは別』

「チッ……ダメか」

『ア? おいコラ、舌打ちしたか???』


 やれやれと思いながら、差し出された茶碗を受け取り白米を盛り付ける。


『太っても知らないぞ』

「私は太らない体質だから大丈夫だよ〜ん」

『どうだかね。後から泣きついてきも知らないからな』


 雪のような銀色の髪を揺らし、て「うま〜」と一言。だが昨日とは違い、髪型は鎖骨あたりまでのミディアムヘアーで、黒髪の部分がなくなっていた。


『それ、取り外し可能なんだな……』

「んぇ? そうだよ。これは身代わり髪って言ってねぇ、つけるている間に即死級の霊術を食らっても一回だけ身代わりになってくれるんだ〜」


 そう言って、自分の銀髪を束ねて、そこに黒髪の束がついたゴムを結び、昨日と同じ髪型になった。


「ふふん、どうだい?」

『何が?』

「どっちの方が可愛い?」

『えー……』


 こういう場合はなんと答えたら正解なんだろうか。こういった質問は適当に答えるのはやめた方がいいと聞いたことがある。

 馬鹿正直に褒める? いや、逆に貶す? どうするのが正解なんだッ!?


「零太郎〜? どっちな〜んだいっ!!」


 そして、零太郎おれは考えるのをやめた。


『どっちも可愛すぎるから甲乙つけがたいな』

「へッ!? あ、と、そ〜〜なのかな!? あは、あはは〜。ちょっとおトイレ行ってくりゅ!」


 ボンッと音を立てて頭の上から煙を出した後、慌ただしくこの部屋を立ち去った。

 ……まあ、言ってしまったことはしかたない。後悔などするな、俺。それが幸福への第一歩なのだ。

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