第6話 [リスタート地点]

『なんとか倒せた……が、問題はあるみたいだな』

「うー……熱くてクラクラするよぉー……。死ぬぅー……」


 再び霊体となった俺だが、琴音はというと目をぐるぐるさせて火照った顔をしていた。

 霊術を使う副作用みたいなものなのだろうか? これからは熱暴走オーバーヒートと呼ぼう。


『立てそうか?』

「むり……」


 悪霊討伐や俺たちの適合などの祝いはする余裕なさそうだ。


『そんじゃ手を……って、幽霊だから無理か』

「いいや……それはどーかなぁ?」

『え!?』


 琴音が俺の手を掴んだ。雲を掴むような感覚はなく、熱が流れ込んでくる。体はだいぶ熱く、体感40度くらいはありそうだ。


「体を幽霊に乗っ取らせて戦う除霊師は〝憑霊師ひょうれいし〟、または〝憑魔師つくまし〟と言ってぇ……。自動的に魂の契約であれあれ……」

『うわー! 無理して喋るな!!』


 倒れそうになった琴音を支える。


「たはぁ〜。君はひんやりしてるなぁ」

『お前が熱いだけだ。しっかりしろー』

「れいたろー。おんぶ」

『周りから見たら宙に浮いてるようの見えないか?』

「バレなきゃだいじょぶー」


 軽い考えと同じく、琴音の体重も軽かった……が、健全な男子高校生には強すぎる刺激が背中に……ッ!

 いや、待て。俺は健全な男子高校生じゃないな。死んでるし。言うなれば、男子高校か?


 琴音から渡されたスマホで家の位置を確認し、あたりをフクロウのようにキョロキョロ気にしながら帰路を辿る。


「いんゃ〜、きみの戦いっぷりよかったねぇ」

『見えてたのか?』

「中から見てたよ〜」


 その後は疲労もあってか、空気の抜けたボールのように会話が弾まなかった。嫌な空気ではなかったから気にはしなかった。


(……でもやっぱり、俺死んだんだなぁ)


 色々と急展開があって考える時間がなかったが、何もすることがなくなると死が実感できる。冷たい感情に襲われた。


「……? なんか、〝悲しい〟って感じが伝わってくる気がする」

『そういうのもわかるようになるのか。……まあ、な。本当に死んだんだなぁって思ったんだ』

「そっ、かぁ……」

『今まで出会った人とか、これから出会うはずだった人とか、生き返るまではもう喋れないんだと思うとちょっと……いや、結構寂しいなって』


 はにかみながら答えた言葉は霧散する。

 だが、琴音はずいっと身を乗り出して俺の顔を覗き込んでくる。


「確かに君は死んで、幽霊が見えない人とは関わりが持てなくなったかもしれない。生き返る手段を見つかるまで数年かかるかもだし、さっさと成仏して輪廻転成した方が良かったかもしれない」

『ゔっ、辛辣』

「でも、その機会を私は奪った。から、私に責任がある」

『琴音……?』

「君の夢は叶える。けどそれだけじゃあない」


 ニヤッと口角を上げ、俺にこう告げてきた。


「君を絶対寂しい想いにさせない。幽霊になってよかったって思えるくらい、零太郎を幸せにしたげるっ。

 これからよろしくね――相棒」


 陽に照らされる琴音の笑みは、宝石のようにキラキラと輝いて見えた。暗闇に差し込む光が如く、眩しかった。

 ついつい、俺はぷいっとそっぽを向いた。


「おやや? 顔が赤いんじゃあないのかな? 照れた??」

『う、うるさいぞ! 嬉しかっただけだ!!』

「照れ隠しになってないよ、それ」


 でも……そうだな、本当に嬉しかったんだ。けどもらってばかりだとなんだかむず痒くなってきそうだ。


『……世の中ギブアンドテイクだ。だから俺は……琴音がくれる幸せを壊されないように――お前を一生かけて守るよ』

「ふぇっ!?」


 新んな眼差しを向けるが、顔が再び赤くなり始めていた。しかも、目がぐるぐると渦巻いてあわあわしている。


『ん? さっきより顔が赤くなってないか?』

「えぅ、ぁ、そ……それは……。ち、違うっ! 熱がぶり返してきただけだから!!」

『おっ、そうか』


 背中を指でぷすぷす刺されるが、気にせず帰路を辿る。

 ……別に、ただしてあげたいことを言っただけだから変じゃないか? 高校から普通になりたかったが、よくわからないなぁ。



 俺は死んで、命を失って幽霊になってしまった。けれど、この日は最高の相棒を得た日だったな……と、実感することになるだろう。



 ここが俺のリスタート地点だったんだ。



###



 この日、琴音わたしは零太郎の背中の上で夢を見た。まだわたしが幼い頃のものだ。


『また泣かされたの? 琴音』

『ゔぇえええええん!! だって、じょれいしになれないってまたいわれたからぁ!!』


 黒髪に琥珀色の瞳を持つおっとりとしたこの女性が、私の母親だ。


『ケホッ、ケホッ……。そうねぇ、でも私は応援するわよ』

『ほんとに!?』

『でもね、高校一年生の春までに、とある男の子を見つけられなかったら諦めなさいね』

『おとこぉ〜?』


 ゴロンと母親の膝に頭を置いて転がると、母に優しく頭を撫でられる。


『みつけたらじょれいしになれるー?』

『ええ、それはもう立派で最強の除霊師よ』

『みつけるみつける! どんなおとこ!?』

『じゃ〜、今から言うからよく聞いてるのよ?

 私たちと同じくらい変わってる苗字で、イメージカラーは青。刀と炎で戦って、顔に傷がある。琴音が霊が見えない除霊師だと知っても、真っ直ぐ認めてくれる子ね』

『えぇぇ? そんなのいる〜?』

『えぇ。いるの、絶対』


 ただ真っ直ぐ、私の目の深淵を見つめられているような気がした。


 そんな母はこの数週間後、とあることで昏睡状態となり、今も眠り続けている。私は、この母から伝えられた特徴だけを生き甲斐として今まで生きてきた。

 なぜ、母が零太郎のことを知っていたのかは知らない。


「ん……」

『ん? おはよう、琴音。ずいぶん気分良さげに寝てたな』


 起き上がり、すぐ横を見ると零太郎の姿があった。


「ぉはょ〜……」

『随分気分良さげだったが、一体全体なんの夢を見てたんだ?』


 彼は小首を傾げながら私に問う。


「んー…………忘れた」

『なんだそれ。まあでも、たまにあるよな』


 多分、まだこのことは言わないほうがいい。直感的にそう思ったから、零太郎には内緒にしておくことにした。


 でも本当に、君に出会えてよかったよ。死んだように生きていた私の人生を再び鼓動させてくれた。

 分岐点は、ここなんだ。



 ここが私のリスタート地点だったんだ。

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