第4話 [覚醒の火種]

 ……あれ? そういえばだが、なんで俺は神々𢌞さんについて行ってるんだ?

 そのまま家に行こうとしているのか俺は。別れたほうがいい……と思ったけれど、幽霊になった俺は家に帰ってもすることがないのでは?


 うんうんと唸りながら悩む。俺の心が世界に反映したように、周囲も暗くなって行く。


『ん? 何か……おかしくないか?』


 雲一つなく陰りのない昼の太陽。だのに辺りは暗くなっている。夢の中にいるような気分に陥った。


「んー? 何が?」

『もしかして――』


 ちらりと横を見ると、神々𢌞さんの首筋の真後ろにギラリと輝く鉛色の物が見える。


『ッ!!』


 手のひらから炎を出し、棒状のものを形作り、それで鉛色の物を受け止めた。


『なんなんだお前……!』

『誰だよアンタ。邪魔しないでもらえるかぁ……?』


 ぶんっとそいつに向けて棒を振るうと布用に軽やかに避けて後ろに下がった。

 正体は血みどろの服を着た男だった。額には埋め込まれたような石。手には鉈という、いかにも物騒な人……いや、コイツは、


『幽霊か? お前』

『そう言うお前も幽霊だろうが。なんで人間なんかに加担してんだ……?』

『こちとら死にたてほやほやだから幽霊事情知らないんだよ』


 体から黒い靄のようなのが出ている。普通の幽霊ではなく、悪霊ってやつなのかもしれないな。


『神々𢌞さん、あいつ、悪霊だと思うんだがどうだ?』

「ん、え? あー……た、多分そう。今から除霊するね」

『了解。拝見させてもらいますか』


 何やら曖昧だったが、除霊師が言うことだから信用していいだろう。

 懐から御札おふだを取り出して構える。そしてそれを投げたッ! !!


『…………え?』

「どお? 成功?」


 えっへんと言わんばかりに胸を張る神々𢌞さん。ちなみにお札は風に飛ばされていった。


『し、神々𢌞さん!? まったく見当違いの方向だったんだが?』

「お、おかしい……。いてて、ちょっと目に砂が」


 錯乱状態の俺に対し、悪霊は何かに気がついた様子でゲラゲラと笑い始めた。


『シシバ……シシバかぁ! あのシシバコトネね! あっはははははは!!』

『何がおかしい。お前は神々𢌞さんの何を知ってるんだよ』

『はァ〜? お前知らないのかぁ? そのシシバコトネは昔からいる除霊師の御三家の一家に生まれたのにも関わらず――』


 俺は、次に悪霊が言い放った言葉に絶句した。


だからだよ!!』

『は……?』


 神々𢌞さんは……幽霊が見えない? 何をバカなこと言っているんだ。俺が見えているだろ。

 ……いや、でもそれだったら神々𢌞さんがこの悪霊に何かしらのアクションを起こしているはず……。じゃあ本当に……


『ッ……神々𢌞さん! 一旦逃げよう!!』

「う、うん」


 咄嗟に神々𢌞さんの手を掴もうとするが、雲を掴むようにすり抜けてしまったので、叫んで一旦退避する。


『あぁ……? 話が違うような気がするがまあいい……。どうせここから出られねぇ……』



###



 路地裏に隠れて息を整える神々𢌞さん。落ち着いたところを見計らい、真実を確かめることにした。


『……なぁ、神々𢌞さんって……幽霊が見えないのか?』

「……あはは、やっぱバレちゃったか。うん、何も見えないし何も感じない。だから、なぜか幽霊なのに見える君に興味が湧いたんだ」


 ポツリポツリと自分の生い立ちを話し始めた。


「神々𢌞家は昔から代々伝わる一流除霊家でね、私はそこの長女として生まれたんだ。除霊術は昔からできたんだけど、いざ除霊となると、幽霊が見えないことが発覚した。周りからは白い目で見られて、追放されて……」


 一流の家に腫れ物は必要ない、というわけか。だとしても追放はやりすぎ……いや、世界は広い。そういうのもたくさんあるんだろう。

 俺はそういう世界を知っている。


『でも、諦めてないんだな』

「うん。私のお母さんが最後に残した言葉で、とある人を見つけるまでは頑張ってみたらって。私はまだまだ頑張りたいんだ。笑っていいよ、そっちの方が吹っ切れるかもだし」

『……笑わないさ、笑うわけがない。俺と似たようなものだしな』


 不幸大会みたくなってしまう気もするが、俺の生い立ちも話すことにしてみた。


『俺の家は実力主義でな、幼い頃から学力や運動、全てにおいて完璧を求められてきた。でも俺より妹が優秀だった。この家を支えるであろう妹を妬むと同時に、信じていた。けど、そんな妹が事故死した。

 お前が死ねば……なんてなんど言われたかねぇ……』


 はぁ、と、深いため息が溢れる。


『俺はいつしか、何も信じなくなって、期待しなくなって、何かを追いかけることもやめてしまった。

 だから神々𢌞さんはすごいよ。諦めないで前に進めてるんだからな。俺は応援し続けるよ』

「――!」


 琥珀色の目を見開いて俺を見つめてきた。


 俺は死んでしまったが、神々𢌞さんはまだ死ぬべきじゃないだろう。

 だから、俺という存在が消えるとしても――


「――ねぇ、私と一緒に大博打を打とうよ」

『大博打? 何する気だ?』


 神々𢌞さんの言葉を聞いて、俺は首をかしげる。


「おそらく君は今、『自分が消えてもアイツを倒す』的なことを考えてたでしょ?」

『なっ!? い、いや、ベツニ〜?』

「はっきり言うけどさぁ……それ、本当に迷惑だからやめてよ。悲しいこと思わないで」

『っ……。ごめん』

「戦ったとしても、幽霊になりたての君はせいぜいナイフくらいのものしか作れないだろうしね。死ぬ時は一緒に死のうよ」


 そう言って、ニヤリと笑う神々𢌞さんを見て、俺は察してしまう。


『まさか……!』

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