第3話 [ナンパ陽キャ撃退]

「ん? あれ? なんか、目の色変わって……」

「あのー。俺……じゃなくて、私この後用事があるんでもう帰っていいっすか?」


 自分から女子の高い声が出るのに違和感を覚えるが、とにかく今はコイツを撃退することだけを考えよう。


「え〜? つれないよ君ぃ。大丈夫だって、すぐ終わるからさぁ!」

「いや、本当に外せない用事なんで」

「大丈夫大丈夫! 一緒に怒られてあげるからさぁ!」


 何様なんだコイツ。全然人の話を聞かないやつだな。

 正直言って、こういうやつが一番苦手だ。神々𢌞さんの嫌そうな気持ちがよくわかる。


「本当に無理なんで、帰ります」

「なぁちょっと待てって!」


 踵を返して帰ろうとすると、手を伸ばして俺もとい、神々𢌞さんの肩を掴もうとする。だが俺は、


 ――パシンッ


「え……?」


 伸ばされた手をはたいた。


「すみません。ハエがいたので」

「あ、ああ、そっか……。そ、それでだけど、オレと一緒に――」


 ――パシンッ


 もう一度伸ばされた手を叩き、虚ろな瞳で男を見る。


「ハエが、いたので」

「え、えっと……は、ハエって、ハエだよね?」

「はい。ちょっと大きめのハエですね」

「お、オレのこと……ではない……よね?」


 察したのならばさっさと去ってほしいものだが、現実を認めたくないらしい。

 まあ確かに、こんな神々𢌞さんびしょうじょに『ハエ』と言われたら、一部の人以外は悲しむだろうな。


 まあだが、現実は非情であるということを教えてあげるとしよう。


「ハエってたまに、執拗に自分の周りの飛び回りますよね。ブンブンブンブンうるさいですし、面倒で仕方ないですよね。叩いてもたまに反撃してこようとしてきますし。

 ……私の言いたいこと、もうわかりますよねぇ?」


 ニコォ〜っと、神々𢌞さんがしなさそうな超不敵な笑みでそう優しくうったえる。


「あ、うっぁぁ…………」

「それじゃあ私はこれにて」


 サラッと髪を手で靡かせ、今度こそ帰ろうとする。だが男はどうしても諦められないらしく、後ろから再び声が聞こえてくる。


「ッ! 連絡先だけでも交換してくれないか!?」


 あまりのしつこさに少しカッとなり、静かに、ドスの効いた声で怒りを放つ。


「しつこいんだよ……。お前みたいなハエ野郎に興味ない。これ以上メンタルズタズタに引き裂かれたくなかったらとっとと失せろ」

「う……うわぁあぁああああん!!!」


 泣き喚きながらこの場を立ち去る男。

 少しやりすぎたか……? 言い放ったのは俺の口ではなく神々𢌞さんの口だから、ちょっとまずかったかもしれない……。


 スゥッと再び幽体に戻り、彼女の顔色を伺う。


『えーっと……。ちょっと、言い過ぎちゃったかも……。ついカッとなっちゃいまして……』

「…………」


 もう少し考えてから行動するべきだった。いくら許可を得たとしても、アレはちょっと風評被害的なのになってしまった。


 チラチラと様子を見るが、神々𢌞さんが俯いてプルプルし始める。

 ああ、終わった――


「すごいっ!!」

『ごめんなs…………んぇ?』


 てっきり罵声を浴びせられるかと思っていたのだが、なぜか感謝が伝えられる。


「あの野蛮な陽キャを軽々と撃退できるなんて!」

『え、いや、でも大丈夫だったのか? 結構汚い言葉とか言っちゃったけど』

「別に大丈夫だよ。あの陽キャに何思われても別にいいし、助けられたから全然おっけー。ありがとっ」


 ほっ、と安堵のため息を吐いた。


「あ、でも憑依中に霊術とかは絶対使ったらダメだからね?」

『そりゃまたどうしてなんだ?』

「霊術とかの威力は爆発的に上がる。けど、相性がピッタリじゃないと拒絶反応みたいなの起きて五体満足できない体になっちゃう」

『Wow……気をつけます。ってかまた俺に頼るつもりなのか?』

「だめかな……?」


 相変わらず無表情……のはずなのだが、どこかウルウルとした瞳になっているような気がする。

 そんな仕草で頼まれて、断るやつは男じゃねぇ。


『……はぁ、わかったよ。成仏してたら無理だけどな』

「にっひひ〜。いぇ〜い!」


 自然と一緒に下校しているが、この時、俺たちは気がついていなかった。


『ハァ、ハァ……。あの高校の生徒……あの女を殺してやる……!』


 俺たちの背後から、真っ赤な鉈を持った、血だらけの悪霊が近づいていたことに。

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