透明な貴方に

魚野紗芽

透明な貴方に

 胸いっぱいに吸い込んだら、身体ごと透明になってしまいそうな澄み切った空気だ。それなのに吐き出すと真っ白で、私の身体の中ってこんなにヨゴレていたのね、なんて思う。排気ガスと、同じ。

「そんなことしたら、身体の中の温かい空気がなくなっちゃうよ」

 私を見て、ヨウコは身体を震わせながらそんなことを言う。信じられない、とでも言いたげな目で。ヨウコの口は少しでも空気を逃すまいと、マフラーで埋もれていた。

「冷たい空気も悪くないのよ」

 だって、私の中よりも綺麗な空気だから。それは口に出さないでにっこりと笑うと、ふん、とヨウコは鼻から吐く。いま逃げたヨウコの息は白くない。ヨウコはやっぱり綺麗だものね、と私は深く納得する。私が私を貶めたようなことを言ったら、あなたはきっと私よりも傷付いてみせるんだわ。

 背中からこの白い雪に倒れてみようかしらと思うのだけど、余計な知識が詰め込まれてしまった私の頭はそれを拒否する。無垢な子どもでいられないのね、なんて私は私にがっかりする。白い雪にはしゃいでるみたいに見せているのに、結局私はこの雪と真に戯れることなんて出来ないんだわ。肩についた雪を手で払い除けながらそんなことを考える。指に触れた白い雪がすぐさま水へと変わっていく。やっと綺麗になれたのね、なんて私は思う。ヨウコの息みたいな透明に。

 きっとポケットに突っ込まれたままのヨウコの手は私よりもあったかくて、もっと大きな雪の粒をあっという間に水に変えしまえるんだわ。そうだわ、きっと。

 ヨウコの温かな手が私に触れて、綺麗な透明に変えてくれたらいいのに。身体ごと抱き締めてくれたっていい。全身綺麗な透明になって、ヨウコの身体に染み入ることが出来たら、きっと素敵。

「水葬ってないのかしらね」

「すいそう? 魚でも飼うの? ここには無いと思うけど……」

 不可解、といったようにヨウコは眉間に皺を寄せる。そんな顔ばかりするからみんなから怖いって勘違いされるのよ。でも私はヨウコを困らせるのが大好き。その眉間の皺の数だけ私のことを想ってくれているのでしょう? 透明にはなれないけれど、煙みたいに漂うことはできる。そんな私を必死に覗き込む貴方の優しさに、私はいつだって甘えているのよ。

「荼毘になんかしないで。私をヨウコの手で綺麗な湖にでも浮かべて」

「……なにそれ、荷が重いな」

 冗談だと思っているでしょうね。でもこの先に湖があることを聞かされていない貴方はきっと、嫌でもこの言葉を意識するでしょうね。

 いつまでも綺麗になれそういない私を、貴方の手で綺麗に葬ってほしいのよ。貴方の美しい手を、私で汚してしまうのが申し訳ないけど、でも貴方が汚れるなら私で、って思ってしまうの。エゴだらけでごめんなさいね。

 

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