第3話 弟

 城門をぶち抜いて足を踏み入れた王国内は閑散としており人の気配、どころかペットや小動物などの気配すらなく城壁の内側は生物の一切がいない未踏の領域のように感じられた。


 竜車を出たときに感じた違和感。あれは本来であれば城壁の外からでも感じ取ることが出来たはずの千年王国の国民の生活の気配とでも言うべきものが感じられなかったことによる違和感だったのだろうと遅まきながらに理解した。


 現在我々は陛下の守護を最優先にした防御陣形を取りながら大通りを王城に向けて進んでいる最中だ。出来れば私と私の部下だけでも散開して詳細に調べて回りたいところだったが、陛下からその許可は出なかった。


 替わりにレラジェとその部下が城下町の調査に出ている。経過報告によると、生活跡が3日前の夜から2日前の明け方で止まっているとの事。また戦闘の形跡や尋常ではない量の血痕が屋内に残っていたこと、そしてそれがどの建物でも同様に見られたことから騒動の元凶はかなり大規模な集団ではないかとレラジェの部下が報告してくれた。


暫く進んだ頃、不意に陛下が隣にいるバエルに尋ねられた。


「そういえば前に戦争したのはいつだったっけ?」


「はて...確か50年ほど前に北方の遊牧民達を支配に赴いたときが最後だったと記憶しておりますが」


「となると、戦争経験者は爺やとほかに数人だけか。他の皆は未経験か」


「左様にございます。して、何故急にそのようなことを?」


「いや、少し気になっただけさ」


 そんな感じで調査の報告を数度受けつつ念のため周囲を警戒しながらゆっくりと進んでしばらく経った頃、我々は千年王国の王城前へと辿り着いた。

それまでの閑散極まった様子とは一変して、その変化はすぐさま感じ取れた。いや、感じ取らされたといった方がいいだろうか。


 死臭がした


 見上げるほどに大きな王城は千年王国の繁栄を表すかのごとく豪華絢爛であり、平時であればその荘厳さにひどく舌を巻いていただろうと思わせるものだ。


 しかし、姿かたちは変わらないはずであるのに纏う雰囲気は異様としか言いようの無いものであった。しっかりと閉まっているはずの王城の扉から尚も溢れ出してくる腐臭や血臭がこの先を景色を連想させる。


 陽光を遮るように落とされた影が何ともおどろおどろしい。それまでの城下町の閑散とはまた違う、一切の無音が不安感を煽る。


 本能がこの先に足を踏み入れることを拒絶している。周囲を見渡せば他の面々も概ね似たような反応をしていた。

フルカスは額の冷や汗を拭いながら一層気を引き締めているし、レラジェは顔を青くしたまま黙り込んでいる(いつも黙っているが)。あのバエルでさえ、険しい視線を王城に向けているし、ブネに至っては涙目になって小さく身体を震わせている。


唯一陛下だけが涼しい顔で王城を見つめていた。


「それでは皆は少しここで待っていてくれ」


 始め聞いたときはその言葉の意味を理解するのに数秒かかってしまった。遅れて気づいたときにはすでに全員が講義の視線を陛下に向けていた。


「なりません!陛下お一人では危険すぎます!」


「そうですぞ陛下!フルカスの言う通りです!大体、王城内にはどのような事態が待ち受けているのか全く分かっていないのです!ここは斥候部隊として数人を送り込み――」


「落ち着け落ち着け。分かったよ。それなら全員で行こう。数人で行かせる方がマズい事態になりそうだからね。私がいないときっと死人が出る」


「...そこまでですか。陛下、失礼を承知で申し上げます。先程から皆気づいていたと思いますが、陛下は今回の元凶に心当たりがおありなのでは?」


「まぁ、そうだね」


「なぜ私共には教えてくださらないのですか?私共は陛下の剣であり盾、陛下の駒として全霊をもって任務にあたる腹積もりであります」


「バエル、そんなことは百も承知さ。ここに連れてきたのは近場にいる者の中でも特に信頼している者達だからね」


「ありがたきお言葉。ではなぜでしょうか?」


「私自身まだはっきりと確証が持てなかったんだよ。ここにきてようやく確証が持てた。ただ...想定外ではあったけどね」


バエルと陛下の問答にしびれを切らしたフルカスが横やりを入れた。


「想定外?陛下、結局何を知っているのですか?確証が持てたのなら教えてください。私には騎士として陛下をお守りする義務がある」


「そうだね、フルカス。頼りにしているよ、と言いたいが今回は自分の身を優先してくれ。今回の元凶は大規模な集団ではない、個人によるものだ。そしてその人物は――――――――おそらく私の弟だ」

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