第2話 72公

 外界との交流を断つようにそびえる高い壁が王都を外敵から守護している。千年王国は国としては珍しく一つの王都だけで国家を形成している都市国家である。

 その名の通り千年ほど前から特徴なしオーディナリーの王族が国家を運営している。

しかし王都だけで他国と渡り合うだけの国力を有し、あらゆる産業が巨大とはいえ一つの都市だけで完結しているのはあまりにも異常なことだった。


 国家としては非常に歪だが、どの国もその国力の正体を突き止めることはできず、噂では王城地下に超巨大な魔石があり国中の全ての魔力をそれだけで補っていたとか。何とも眉唾な話だがその噂の審議ももしかしたら今日確認できるのかもしれない。

ヴァレフォルはそんな風に考えながら竜車を降りた。


 ここは未だ千年王国の城壁の外側で、遠征のための竜車が10台ほど並んでいる。王国を外界とつなぐ唯一の城門の前で竜車を止めて既に1時間。

帝国の国旗も見えるように竜車についているため、普段ならすぐに門兵が出迎えに来るはずなのだが......


 同じ車内に座っているフルカスは落ち着きなく貧乏ゆすりをしている。陛下に指示を仰ぐべきかと考えているとコンコンと規則正しく竜車の扉をノックする音が聞こえてきた。扉を開け、訪問者の顔を窺うと陛下直属の近衛騎士の1人だった。


「失礼いたします!陛下より招集がかかりました。陛下の竜車前に集合をお願い致します!」


「分かった。すぐに伺おう」


「それでは自分は他の方々にも報告してまいりますので」


 短くそう言い残すと、近衛は他の竜車へと駆けて行った。


「うしっ、さっさと行こうぜヴァレフォル」


「あぁ、陛下を待たせるわけにもいかんしな」


 近衛の報告を聞いたフルカスは現状の打開が近いと悟り、長時間の移動で鈍った体をほぐすように肩を回しながら竜車を降りていく。

身体をほぐしながら周囲を見渡すが特に変わった様子はない。しかし、なにか違和感が...


#####


 陛下の乗っている竜車は他の竜車と比較しても格段に上質なものになっている。

まず、引いている竜からして特別だ。レメゲトンやその部下を乗せた竜車を引くのは地竜の血統の中でも末端に位置する者達であり、此処にいる者たちにとっては脅威にはなりえない。まぁ、それでも竜種には違いないため十分に強力ではあるのだが。


 一方で、陛下を乗せている竜車の地竜はかなり真祖の血統に近しい者であり、その力は我ら72公レメゲトンから見ても脅威になりうる。さらには高度な知能を有しているために多少なら言語を操ることも出来る。末端に位置する地竜達とでは隔絶した差がある。


 そんな地竜は当然のことながら力に見合った巨体を有しており、その地竜のパワーに耐えられるよう竜車自体の大きさも相当なものになっているため陛下の竜車は遠めからでもわかる程にバカでかい。


 竜車の前には既に声をかけられていたのであろうレメゲトンやその部下が数人竜車の前で片膝をつき頭を垂れて忠臣として待機していた。その列に加わって数分もしないうちに全員が揃うと、竜車の扉がひとりでに開いた。


「皆、ご苦労。しかし最敬礼はやりすぎじゃないかな?今は異常事態で、ここは私の国ではないんだ。そこまでかしこまらなくてもいい」


 聞く者全てを魅了するような声音は圧倒的自負と絶対の自信に満ちており、声量はそれほどではないのにはっきりと聞き取れるほど透き通っていた。

 「ああ、やはりこの方こそ我らが主だ」と未だに礼を崩さぬ私たちは真の髄までその幸福を噛みしめてから頭を上げた。


 美しくたなびく美髪は光の当たり具合によって白銀にも黄金にも見える。そのご尊顔は神によって丁重に作られたのだろうと思わず納得してしまうほどに整っており、もはやどのような財であっても比肩する物は無いほどの美貌だ。


 陛下に初めて謁見してからすでに数十年が経つ。それでもいつまで経ってもこの御方の美貌には慣れない。きっとこれから先も慣れることは無いだろう。


「申し訳ありません陛下。我ら一同陛下への厚すぎる忠誠が故に礼を解くことが出来ませんでした。どうかお許しを」


 陛下の声に真っ先に返答を返したのは平伏の最前列中央にいた執事服を身にまとった老齢の紳士だった。


王バエル

 レメゲトンにおいて最も上位の肩書を持つ者の一人で陛下の右腕ともいえる人物である。本来王の肩書を持つ者は帝国の支配下にある属国の統治を務めているのだが、バエルだけは陛下の右腕として帝都に居を構えている。戦略知略共にレメゲトン屈指の知恵者であり、戦闘においてもかなりの腕前を持っている。

世襲制のレメゲトンで頑として次代息子にその席を渡さない偏屈爺としても有名ではあるが。


「そこまで言われては何も言えないね。変わらぬ忠誠嬉しく思うよ、皆ありがとう」


『はっ!』


「さて、それでは行こうか」


 陛下のその言葉に居並ぶ者たちが全員が疑問符を顔に浮かべていた。恐らく私も同じような顔をしているのだろう

未だ城門は開かぬまま、強引に開くなど例え出来たとしてもあまり良い行いではない。それとも他にこの城壁を抜ける手段を用意しているというのだろうか。


「陛下、失礼ですがどちらへ向かうかお聞きしても?」


 護衛としての使命感からだろうフルカスが意を決して聞くと、こともなげに陛下はおっしゃられた。


「私の予想が正しければ千年王国は既に滅んだ後だろうからね。城門の前で右往左往していてもこの扉が開くことは無いだろう。ゆえに扉を破っていくのさ」


 千年王国が、既に滅んでいる?陛下はどうやってその情報を...?いやそんなことよりもう一つ問題がある。


「恐れながら申し上げます。王国を囲っている城壁や城門にはかなり高度な防御術式が仕込まれていたと記憶しております。陛下にはお下がりいただき、我々で対処した方がよいかと」


「うん、確かにヴァレフォルの言う通りだね。ただ、それも恐らく問題ない。防御術式は機能していないはずだ。心配してくれてありがとうヴァレフォル」


「はっ!ありがたきお言葉」


 なぜ陛下はそれを知っているのか。疑問には思うもののそんな些事よりも陛下に感謝されたことの方が思考に占める割合が大きい。

射殺さんばかりにこちらを睨む偏屈爺の眼光もなんのその、陛下の視界に映らぬようにドヤ顔をかましてやる。


「それじゃあブネお願いね」


「はい、陛下」


 陛下がそう呼びかけるとブネと呼ばれた少女が一人、城門の前に移動していった。

もちろんこの場にいる少女がただの少女なわけもなく、彼女もレメゲトンに名を連ねる者の一人だ。


公爵ブネ

 現在のレメゲトンでも最年少の少女で弱冠15歳にして前公爵の後釜になった。知略や政はからっきしではあるが、他のレメゲトンから頭一つ抜けた素の身体能力の高さとそれに伴う身体強化などの基礎魔術の強化倍率など......まぁ端的に言うとレメゲトンでも屈指の脳筋だ。

近接格闘においてはフルカスすら凌ぐほどの力自慢である。


「...」


そしてもう一人。陛下の供としてこの場に来ている最後のレメゲトン。


侯爵レラジェ

 主に暗殺や裏工作などの暗部の仕事に従事するレメゲトンでかなり無口な性格をしている。同僚のレメゲトンであってもその声を聞いた者はほとんどいない。

同性のブネや他の女性のレメゲトンとはたまに会話をするらしいが、それなりの付き合いになる今でもその人となりがよく分からない人物だ。


 ブネが城門の正面に移動し終わるとおもむろに右の拳を引くのが見える。そして――――


「えい」


バゴォン!!


 気の抜けるような掛け声とともに繰り出された拳は城門を叩き、その重厚な門の片割れをたやすく吹き飛ばした。

城壁の向こうで吹き飛んだ門が街並みを蹂躙する音が聞こえる。続けざまに轟音が響いたかと思うと、残っていたもう片方の城門も吹き飛ばしていた。

 身体強化を薄く纏った程度でこの威力。最年少でレメゲトンを拝命しただけのことはある。


「陛下、終わりました」


「ありがとうブネ」


 そう言って陛下がブネの頭を数度撫でると、ブネは嬉しそうに笑ってお辞儀をした。

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