第1話 災厄の目覚め

 意識がぼんやりと浮上し、薄目を開けたとき真っ先に視界に飛び込んできたのは青い光だった。何だろうと辺りを見回そうとするも身体が動かない。

仕方なく身体に力を籠めると、ガラスを砕いたかのようなパリンッという音が反響するように辺りに木霊こだまする。

青色の破片を見るに結晶のようなものに閉じ込められていたのだろう。


 グーっと背筋を伸ばし凝り固まった体をほぐす。

「ア゛ァァー」と自然に声が出るのに任せてひとしきり背筋を伸ばし終えると、ようやく現状把握に努め始めた。


「んー...ここ、どこだっけ?」


 長い、とてつもなく長い眠りから覚めたのを思い出し眠りにつく直前の記憶すら曖昧であることに気づく。はて、どうしようかと暗い地下で途方に暮れているとこちらへと向かってくる複数の足音が聞こえる。バタバタと忙しない足音は幾重にも重なり、その人数が十や二十では足りないことを教えてくれる。


ぐぅぅぅぅ


「そういえばまだ何も食べてなかったなぁ」


 自らの腹の虫が鳴ったのを聞いて空腹を自覚すると、青年は駆けてくるの気配に集中する。


 彼の者の名はベルゼヴィーブ。世界さえ食らいつくす者、原初の七柱、深淵宿す口腔。

呼び名は多々あれどそこに好意的なものは無く、彼の者の纏う雰囲気は見る者に畏怖の感情を想起させるだろう。

現時刻は深夜に回ろうかという時間。


今、地獄が始まる。



#####



 爽やかな風が吹き抜ける草原を数台の大型の馬車が駆けていく。いや、馬車というには引いている生物の格があまりにも違いすぎた。

硬質な鱗に覆われた全身に精悍な顔立ち、その身に纏う牙や爪などの武器の数々。小柄であるし翼こそ退化しているが、馬の代わりに車体を引くそれはまぎれもなく竜の一種だった。


 生物として自然界の食物連鎖の頂点に君臨する竜が引く馬車改め竜車が数台、よく見れば引かれている車体も立派なもので過剰ではない程度の装飾や洗練された形状から中に乗る者の格式高さを感じさせるものだった。


 そんな豪奢な竜車の一つには二人の人物が乗っていた。

そのうちの一人、騎士フルカスが先程から変わらない草原の景色に飽きて誰にともなく呟く。


「飽きたな」


 竜車にはもう一人乗っており、フルカスの身勝手な呟きに呆れたようにされどどこか同情するように返答した。


「気持ちはわからんでもないが、帝国の騎士全ての頂点に立つ者がそのような態度でどうする」


「ヴァレフォル...そうはいっても今回の遠征は流石に変だろうよ」


 公爵ヴァレフォル

本来であれば騎士と公爵との身分差で対等な口を利くことは許されない行為であるがこの二人にそれを気にした様子はない。

それは二人が身分を超えた友人であるとかそういった問題ではなく、「騎士」や「公爵」といった肩書が与えられた地位でしかないからだ。本来の二人は同等の立場にある。圧倒的個人の下に忠誠を誓ったのがフルカスやヴァレフォル達であった。


 なんなら公爵の立場にある者はかなり多いが騎士の肩書を持つ者はフルカス一人であるため、騎士の方が希少性は高いと言える。

そういった事情もあり、肩書は公の場では重視されるが二人しかいない竜車内では気に留める者はいなかった。


「帝都にいる72公レメゲトンのうち、統治の為の最低限の人数を残して騎士と公爵5人を連れての遠征。しかも、陛下自らもご同行されている。近隣諸国で帝国に次いで国力がある千年王国との突如の連絡の途絶という異常事態とはいえ明らかに過剰戦力だろ。普通なら千年王国に一番近い属国から侯爵なり総裁なりを派遣して終わりのはずだ」


72公レメゲトン

 それがフルカスやヴァレフォルが所属する組織であり、大陸の4割を支配下に置くエスセナーリオ帝国において皇帝に次いで権力を持つとされる者たちだ。

所属する者たちは72人と決められており、統治的観点から7つの肩書を与えられる。王、公爵、王子、侯爵、総裁、伯爵、騎士


 7つの肩書には統治や軍事の際には優先順位があるが、その他の面ではまったくもって平等に扱われる。

平時の際には「王」を始めとしてその他のレメゲトンの大多数は帝国に属する国家の運営のためにそれぞれの国に派遣されているので帝都には普段いない。

 帝都には各属国よりレメゲトンが多めに常駐しているが、近隣諸国で問題が起きた場合に対応するのは普段各属国を統治しているレメゲトンのうちの誰かになるはずだった。

 ...今回を除いて


「千年王国との連絡が途絶えて既に数日は経つか?」

何かを思案するようにフルカスが尋ねる。


「そうだな。王国内の大使や密偵との連絡も軒並み途絶えてからすぐに陛下自らが緊急会議をお開きになったからな」


「そういえばそうだったな。珍しいと思ったのを思い出したよ」


「あぁそれに遠征の面子にレメゲトンを6人も連れていくのに一般兵はなし。各自の側近を数人だけというのも変だ。少なすぎるだろ」


「確かにな。俺なんか帝都の騎士団の参謀しか連れてこなかったが、陛下からも「それでいい」としか言われなかったしな」


「私も近衛しか連れてきてないぞ。まぁ――――」


「「陛下がいれば問題ないがな」か」


 言葉が重なったことにお互いの顔を見合わせ苦笑する。明らかにこれまでにない異常事態ではあるが、彼ら二人は全くもって心配などしていなかった。

彼らは知っているのだ。彼ら大陸でも上位に位置する強者が仕えているエスセナーリオ帝国皇帝陛下が自分らでは足元にも及ばない絶対的強者であるということを。


 世界中のありとあらゆる物事を理解し、この世に存在する全てが自らの為にあると信じて疑わない。

圧倒的美貌は見るものすべてを平服させ、聡明絶対の叡智は千年先まで見通す。自然災害すら持て余す魔力だけでねじ伏せてしまう。


 世界の始まりより全てを統べし者、原初の七柱、絶対至高。

それがエスセナーリオ帝国皇帝 ルシフェリアであった。

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