第10話 お屋敷探索と運命の出会い
「ここが広間ね。なにか話し合っておきたいことがあったり、全員で集合してなにか伝達事項を伝える時とか。あぁ、あとお客さんが来た時に対応する応接室を兼ねている場所でもあるのよ」
広間は応接室も兼ねているとのことで高価そうな調度品なども飾ってあって、なんていうんだろう、こう...雰囲気のある場所だった。うん。
「次に食堂ね。ここは基本的にメイドの子達が使うために用意してるんだけど私たちもほとんどここで食べてるわね」
「本当は違うんですか?」
「本来は広間が私とお母様の食事の場所だったのよ。だけどわざわざ厨房から広間まで運ぶのが面倒になって、それ以降は食堂を使ってるわ。食堂の方が厨房からも近いしメイドたちと交流も出来るしね」
「
「えっと、よく分からないですけど仲がいいのはいいことなんじゃ...?」
「...まぁ、ましろらしい答えね」
案内してもらった食堂は小綺麗に円机がいくつも並んでいて食堂というよりかはカフェに近い感じがした。
まぁ、目が覚めてからカフェに行ったことなんてないんだけど。
「ここが西園寺家自慢の大浴場よ。普段から使ってるメイドの子達も他所からのお客さんにもみ~んな大好評なんだから」
「おぉ~!!」
自慢げに胸を張っている恵さんの態度も納得の場所だ。天井、床、壁、どれをとってもシミ一つ見つからないし、なんか温泉みたいにいろんな種類の浴槽がある...あっ!蛇口がライオンの彫刻になってる!初めて見た、かも?
「凄いですね...」
「ふふん♪そうでしょうそうでしょう。もちろんましろくんもこれから入りたい放題よ!...あ、ましろくんが入ってるときはしっかり警護しとくからそこも安心してね」
「え?あ、あぁそっか。分かりました」
そうだよね。覗きとかそういうのもこれからは気を付けていかないといけないのかぁ...まぁ、大丈夫かな。
「2階は私と礼ちゃん、そしてましろくんの私室とか寝室、あとは衣装室なんかもあるわね。私の書斎も2階にあるから私は家では基本的に2階でお仕事をしてると思うからなにか困ったことがあったら訪ねてみてね」
「はい、ありがとうございます」
「うんうん♪やっぱりましろくんは素直でいい子ねぇ」
そして次の場所へと移動...かと思ったら広間に戻ってきた。
「次は別館についてだけど...うーん、これについては少し本館から離れてて歩かないといけないし、ましろくんにはあんまり関係ないと思うから説明だけにしましょうか」
「おい千秋、コイツサボりやがったぞ」
「恵様、普段は机仕事が多いのですからこういう時にこそ少しでも運動すべきなのでは?」
「お母様、流石に最近の体重管理の甘さには私も苦言を呈したいのだけれど...」
「しゃらっぷ!もぅ!皆静かにしてて!」
「あはは...」
みんなからのお小言を物ともせずに恵さんは一つ咳払いをして説明を再開した。
「こほん、
「別館の一つは、ってことは別館が他にもあるんですか?」
「えぇ、そっちはウチのメイドの子達の寮みたいな感じよ。西園寺家のメイドは...というか私たちを含めて四大財閥って言われてる名家は住み込みが条件だから他の家にもあるのよ。他所の家だと働くための条件の中には最低限の教養とかマナーとかもあったりしてね。
別館の説明が終わった後にまた移動した。ただ、恵さんは部屋には入らずに焦らすように扉の前で立ち止まっている。
うずうずとした表情が雄弁に物語っている。だから聞きたがっている言葉をそのまま伝えてあげることにした。
「ここにはなにがあるんですか?」
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました!さっきのお風呂と同じくらいウチの名物である娯楽室で~す!説明はここで終わりだからこの後はお昼ごはんまでここで一緒に遊んで親睦を深めましょ?」
輝かんばかりに弾けた笑顔は大人の魅力に満ちた容姿とは正反対に幼子のようで。でもその矛盾した様子でさえ僕の目には魅力的に映った。
霧島先生も千秋さんも礼ちゃんも、「仕方ないなぁ」と言わんばかりの表情で口角を少し上げている。
家族というよりは友人のような関係性に思えたけれど、そんな家族の形も好ましく思えてくる。
そしてふと、僕もその関係性の中にいるんだと気づいた。...そうか、家族って聞いて得体のしれない感覚に少しだけ身構えていたけれど...こんなに心地の良いものだったんだね。
記憶を失う前、もしかして僕はかなりの善行を積んだのかもしれない。そんな風に思えるほどここは居心地のいい場所だった。
#####
それからは恵さんの宣言通り、娯楽室で5人で色んなことをして遊んでみた。
娯楽室とは言うけれど、ここだけで一つの小規模な施設として成立しそうな充実ぶりだった。
古今東西のいろんな種類のボードゲームをやってみたり、ごてごてとした厳つい機械に囲まれてデジタルのレースゲームをしてみたり、読書スペースには図書館もびっくりな蔵書量の本があっていろんな本を紹介された。余談だけど、娯楽室はそれぞれのスペースごとに区切られていて防音もしっかりしてるから読書も快適に出来るんだって。
そして僕はそこで運命の出会いを果たした。
「あれは...」
時刻はそろそろお昼になろうかという頃合い。一通り遊んで満足した僕たちは食堂へ行こうと娯楽室のなかを移動している時だった。
“音楽室”
扉に掲げられたネームプレートを見て足が止まる。
「ましろ...?」
「...あぁ、うん」
礼ちゃんの声にも曖昧に応えることしか出来ない。扉を穴が開きそうなほど見つめる。
みんながその異質な様子に何事かとこちらを見ているのが分かる。それでも視線は釘付けだ。
「入ればいいじゃないか」
霧島先生のその一言でようやく視線が外れる。霧島先生の方を見て、恵さんの方を見る。
「...入っても、いいですか?」
恐る恐るといった僕の聞き方に恵さんは優しく答えてくれた。
「えぇ、もちろん」
ドアノブに手をかける。この先に僕の大事なものがあるのだと全身が告げていた。
恐怖で?いや、歓喜に身体が少しだけ震えてる。ゆっくりと、ゆっくりと時間をかけて扉を開けた。
目に入るのは多種多様な楽器の数々。一つ一つが丁寧に保管されている。
弦楽器、管楽器、打楽器に電子系の楽器もある。和楽器もあるし、見たこともないどこかの民族風の楽器もあった。
けれど、多種多様な楽器たちはあまり触れられていないのか綺麗な保存状態ではあれどなんというべきか生気のようなものは感じなかった。
もしかしたら西園寺家で楽器を嗜む人はあんまりいないのかも。
そう思いながらじっくりと音楽室を見渡す。そして、最後に中央で鎮座する
視界に入った瞬間から他のどの楽器に目を向けようとも無意識に目を引っ張られてしまう圧倒的な存在感。
重厚かつ繊細な音を奏でることが触れてもいないのに伝わってくる。
足が自然と向かうに任せて近づく。
白い鍵盤を恐る恐る指で押してみた。
ポロン♪
...懐かしいなぁ
ずっと、
時にはうるさいと怒られたときもあったっけ...?分からないけどそんな気がする。
なにも思い出せなくとも身体が覚えていることがある。
「...礼ちゃん」
「? どうかしたの?」
「鳥になりたいんだっけ?」
「...えっ?」
無心で。ただただ無心で。心の赴くままに身体の動くままに脳内を流れる音のままに鍵盤を叩いた。
...あぁ、僕音楽が大好きだったんだなぁ。
#####
side:西園寺 礼
それはましろに屋敷の中を案内してその最後に娯楽室で一通り親睦を深めた後のことだった。
そろそろ、昼食にしましょうかというお母様の言葉でぞろぞろと娯楽室を移動している最中、ましろが突然動きを止めた。
そしてずっと一点を見つめ始めた。見つめる先は音楽室。ただ、見つめるだけでアクションを起こさない。
私が声をかけても曖昧な返事を返すだけ。ぼーっとした様子に少し不安になって肩を叩こうとしたところを明日香に止められた。
「明日香...?」
「待て、少しだけ様子を見よう」
その言葉に従って数分だけ全員で様子を見守る。お母様も千秋も不安そうにましろを見ている。私もたぶん似たような表情をしているのだろう。
でも、明日香だけは何かを観察するかのようにましろの一挙手一投足をつぶさに観察していた。そして明日香が声をかけた。
「入ればいいじゃないか」
その一言でようやく動き出したましろは明日香を見て、お母様を見た。
「...入っても、いいですか?」
許可を求めるかのように恐る恐る聞くましろにお母様は優しく肯定する。
...もしかしてましろは何かを思い出そうとしてる?思い出したら...どうなるの?ここにはいられなくなる?嫌。嫌よそんなの。
どうしましょう。今からでも止めれば...
「礼ちゃん」
車椅子を動かそうとする手に優しく手が重ねられる。お母様が諭すようにこちらを見ていた。
...そうよね、止めちゃいけない。ましろの記憶が戻ったのならそれは喜ばしいことだもの。
そうこうしている間にもましろは音楽室を見渡して何かを探しているように思える。それとも何かを思い出しているのかしら?
「...ついてきて正解だったな」
ぼそりと呟いた明日香の言葉が気になってそちらに視線を向けると少しだけ目を泳がせながら白状する。
「記憶障害になにも進展がなかったからな。ここは色んなもんがあるし、何か一つぐらいはアイツの記憶の手がかりになると思ったんだよ。個人的には本の挿絵とかが有力だと思ってたんだが...まさか楽器だったとはな」
「真白様の記憶が戻られると?」
千秋の言葉に肩を竦めて答える明日香。
「確証はなかったさ。これまで全くのノーリアクションだったんだ。全部を一気に思い出すってことはあんまりないとは思ってたよ。さっきも言った通り手がかり程度見つかればよかったからな」
「ましろくん、大丈夫かしら?有事に備えて何人か人を呼んでおきましょうか?」
「あぁ、一応その方が――――「礼ちゃん」
ましろが中央にあるグランドピアノに手を置きながらこちらに声をかけてきた。
「? どうしたの?」
呼び声の意図が読めずに質問を返してみる。椅子に座って鍵盤の様子を確かめるとましろはこちらににこやかに笑いかけながらこう言った。
「鳥になりたいんだっけ?」
「...えっ?」
それはあの日、初めてましろと会ったときに呟いていた独り言への質問だった。とっくに忘れたものだと思っていたけれどまさか覚えてたなんて。
というか急な質問に思わず聞き返してしまったけれど、ましろは何も言わずに鍵盤を叩き始めた。
瞬間、視界を全てを覆いつくしたのは一面の夜天
眩く輝く星々が視界を流れ、無限に広がる夜空を落ちていく
地平を挟むように流れる雲が感覚を狂わせる
落ちているのか、飛んでいるのか
いつしか星々から色が消え、夜空がモノトーンに変わる
それはほんの一瞬のようにもすごく長い時間のようにも感じられた
やがて長く短いモノトーンの空が夜明けを迎える
視界の端から端まで伸びた地平から太陽が顔を出す
写真でだって見たことが無いような綺麗な朝焼けに照らされていると
隣にはいつの間にかあなたがいて
繋がれた手から光が溢れて背中に翼が生える
そのまま二人でどこまでもこの大空を自由に翔け回った
いつの間にか鍵盤を弾く指は止まり、音の余韻と共に私は音楽室へと戻ってきていた。
あまりにも鮮烈で、斬新で、幻想的で、なによりも...綺麗で。文字通り夢を与えてくれた彼はというと――
「上手に飛べた?」
悪戯が成功した子供のような純真な笑顔で笑っていた。
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