第11話 D.C.(da capo)
久しぶりの音楽だった。やっぱりいいものだね。これからもちょくちょく弾いていいかな?恵さんに聞いてみよ。
「ふぅー、楽しかった」
今まで死んでたんじゃないかと思うぐらい身体が軽い。それほどまでに音楽が僕の中で大きな存在だったんだろうなぁ。
なんて、感傷に浸ってたんだけど...なんか皆固まったまま動かなくなっちゃった。
どうしよう...
どうすればいいのか分からなくてあたふたしてる間にみんな少しずつ動き始めて...正直ほっとしたよ。
とりあえず今回は礼ちゃんに当てて弾いたからまずは礼ちゃんの感想が欲しいな。
「上手に飛べた?」
すると、礼ちゃんは一瞬だけびっくりした表情になった後でいい笑顔で
「えぇ、最高だった」
と言ってくれた。うんうん、満足してくれてよかった。
「それで、えっと...」
聞くべきどうか迷った様子で礼ちゃんが口籠っている。こういう時ってあんまり急かさない方がいいよね、と思って静かに待っていると意を決して尋ねてきた。
「思い出したの?記憶」
「え?全然だけど...」
「え?...だって歌ってたじゃない。それに初めてならあんな風にすらすら弾けないわよ」
「あー...だってあれは体が覚えてたから。そういう意味では少しだけ思い出したかも?多分、僕はずっとピアノ弾いてたんだろうなぁとか」
「じゃあ歌については?」
「歌って...どこか可笑しかった?」
「いいえ。素敵な歌だと思うわよ。でも聞いたことのない歌だったから」
「音に合わせて口が勝手に歌ってただけだからなぁ。つい口を滑らせた、みたいな?」
「そんなわけないでしょ」
「そう言われても...皆聞いたことないんですか?」
他の3人にも聞いてみる。すると、3人とも褒めてはくれたけれどやっぱり知らないとのことだった。
「凄くいい曲だとは思うけれど、聞いたことないわねぇ」
「私はそもそも音楽を聴かない」
「私も聞いたことはございません。そもそも音楽をやっている方自体が身近ではそれほど多くありませんから」
その言葉に疑問符が浮かび千秋さんに聞き返す。
「え?音楽って身近じゃないんですか?」
「えぇ、音楽に限らず芸術分野というのはある種の贅沢品のような考え方が普通です。最近では徐々に普及しつつあるみたいですがまだまだその認識は強いかと」
「贅沢品...」
「ま、そうだよなぁ。十数年前まで世界情勢はかなりひっ迫した状況だったし、そんな中で芸術なんぞ嗜んでるやつがいたらそいつはかなりの好事家だ」
「私が生まれる少し前...かしら」
「そうねぇ、礼ちゃんが生まれる2,3年前ぐらいにようやく落ち着きだしたものね。あの頃は大変だったなぁ」
「まぁ、昔の話は今はいい。それより本当になにも思い出せないんだな?」
「なにもって言われても...ずーっとピアノを弾いてた、とか。音楽が大好きだった、とか。思い出したのはそれぐらいです」
「あの歌は?」
「分かりません。歌詞は出てきますけど曲の名前とかどこで聞いたのかとか、そういうのは全然」
「そうか...」
霧島先生は何かを考え込むように口を閉ざしてしまう。その様子に記憶のことを真剣に取り戻そうとしてくれているのだと実感して何の成果も得られなかったのが申し訳なくなってくる。
「えっと、ごめんなさい」
「いや、いい。そもそも無理してどうにかなる話でもないんだ。なにかきっかけがあった時にゆっくり思い出していこう。無理のない範囲でな」
きっかけ、かぁ。この曲について何か分かれば何か思い出せるのかなぁ。あんまり記憶に執着とかないけど先生も頑張ってくれてるし、少しぐらいは思い出す努力をするべきかな。
どうするべきかと考え始めたところで空気を変えようと恵さんがお昼ご飯の話を持ち出してくれた。
「はいはい!暗い話はここまでよ。ましろくんも一曲弾いてお腹空いただろうし、お昼ご飯食べに行きましょう。ウチの料理人が張り切っちゃってるんだからきっとほっぺたが落ちそうになるほど美味しいわよ」
「おぉ、楽しみです!」
恵さんの言葉に従って皆で食堂を目指す。昼食の間も和気あいあいとした雰囲気で団欒をしていた。
話題はさっきの歌について。4人ともこれでもかってくらい褒めてくれて嬉しかった。
思い描かれる家族の理想ってこんな感じなのかな?
#####
その日の夜、自室に案内された僕はこれまでのことを少しだけ振り返ってみた。
何もわからず病院で目を覚まして、礼ちゃんと出会って。
霧島先生に勉強を教えてもらいながら養親を探そうとしたら礼ちゃんがやってきて。
そして今日、僕は西園寺家に養子として引き取られた。
恵さんもいい人だし、お屋敷のメイドさんたちとはまだあんまり話したり出来てないけど...そこはこれから頑張ればいい。
音楽にもまた巡り合えた。
優しい家族に囲まれて、好きな音楽に触れられて。今、もしかしたら僕はこの世界で一番の幸せ者かもしれない...なんて。
ふかふかのベッドに体重を預けながらこれまでのことを振り返っているうちに瞼の重量が増してくる。その重さに抗うことはせず僕は深い眠りについた。
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