第8話 新・家族


 礼ちゃんとお別れしてから2週間ぐらい一人で過ごす病室はここだけ時間の流れが遅いんじゃないかってくらい退屈だった。

なにか熱中できるものでもあれば時間なんてあっという間に過ぎると思うんだけど、残念ながら今の僕にそんなものはなかった。

...ここで目覚める前、なにか僕にも熱中していたものがあったような気はしているんだけどそれが何かは思い出せない。強いていうなら“それ”がとても大切なものだったという強烈な直感ぐらい。僕の人生の全てだったはずなのに、思い出すことすら出来なかった。


 そんなふうに若干メンタルにダメージを受けている中でも霧島先生との面談は続いていた。なんなら日がな一日退屈な時間を過ごす中での唯一のオアシスといってもいいかもしれない。先生も僕の暇を察してか幾つか本を差し入れてくれた。出来る女、それが霧島先生である。


 ある日、霧島先生との面談のはじめに大切な話があると切り出された。


「どうしたんですか?そんなに改まって」


「あー、どういったものかな...まず、警察による真白の家族の捜索が昨日をもって打ち切られた」


 そういえばもうそんな時期か。まぁ、もともといないっていう変な確信があったしそれ自体は別にショックではないかな。でもそうなると養親を探さなきゃいけないのか。どうしたもんかなぁ...


「まぁ、あんまり期待してなかったのでそれは大丈夫ですよ。となると養親を探さなきゃですよね?どうやって探せばいいんです?」


「淡白だな。まぁいい、養親に関してなんだが実はもう候補者が見つかっていてな。いや、見つかるというか名乗り出てきたというか...」


 どことなく歯切れが悪いが何か問題でもあったのだろうか?


「昨日の今日ってすごく早いですね。どんな人なんですか?」


「真白もよく知ってるよ。今、顔合わせのためにこの病棟に来てるから時間を取って申し訳ないがこの面談の後すぐに顔合わせだ。そこでお互いに同意が得られたら諸々の手続きを経て養子縁組が組まれることになる...あぁ、別に今日すぐに決める必要はないぞ。真白の納得のいくまで顔合わせな回数を重ねればいい。気に入らなかったっら拒否してもいいしな」


「時間なら有り余って困ってるぐらいですから。それより僕もよく知ってるんですか?記憶喪失なのに?」


「ま、会えばわかる。取り敢えずいつも通り面談を始めようか」


 そこからは普段通りこの世界の常識や知っておいた方がいい法律について霧島先生が懇切丁寧に説明してくれた。この人、病院勤めじゃなかったら学校の先生とかやってそうだなぁ。そう思うぐらい説明は分かりやすかった。



#####



「さて、それじゃこのまま応接室に行くぞ」


「あ、もう来てるんですね」


「あぁ」


 促されるままに応接室についていく。これから家族になるかもしれない人...全く緊張しないと言えば嘘になる。若干の緊張感をもって扉を開けるとそこには――――2週間ぶりに会った礼ちゃんがいた。


「あ、やっと来た」


「礼ちゃん...?」


「久しぶりね。ましろ」


 理解が追い付かなくなってフリーズしてしまう。あれ?養親になる人を探してるはずじゃ...?なんで礼ちゃんが?

困惑する脳でなんとか導き出した最適解が口をつく。


「礼ちゃんは熟女だった...?」


「...なんでそうなるのよ」


 呆れたようにため息を吐く礼ちゃん。それはそれとして嬉しい再会に頬が緩むのが分かる。このままでは話が進まないし疑問を口に出してみる。


「久しぶり」


「えぇ、久しぶりね」


「なんで礼ちゃんがここに?」


「取り敢えず座りなさいよ。明日香も座ってちょうだい」


「あぁ」


 霧島先生は当然のようにソファに身を預けると肩の力を抜いてリラックスし始めた。


「まずは千秋ちあきの紹介から始めましょう」


 そう言われて始めて応接室に礼ちゃんと一緒にいた妙齢の女性の方に視線を向ける。こちらの女性も、というか目覚めてからこれまで遭った女性全てに対して言えるのだが非常に整った顔立ちをしている。濡れ羽色の髪は夜会巻きにされ細ぶちのメガネが見た人に知的な印象を与える。


 だが、何よりも彼女の個性を際立たせているのはその服装だった。

白と黒で構成されたクラシカルな装い。足首までを覆い隠すロングスカート、所々にフリルがあしらわれたエプロン、頭の上にちょこんと乗ったホワイトブリム。

そう、メイド服である......なぜ?


「はじめまして真白様。わたくし西園寺家に務めるメイド一同の統括をしております。メイド長の岡田 千秋と申します。以後お見知りおきを」


「千秋にはもうずっとうちで働いてもらってるの。お母様の秘書も兼任してる優秀な人よ」


「お褒めに預かり光栄ですお嬢様」


「礼ちゃん、ホントにお嬢様なんだね...」


 なんかこんなに“らしい”メイドさんは初めてみた。まぁ、記憶ないからそりゃそうなんだけど。なんというか、すごいなぁ。


「? そう言ってるじゃない」


「まぁ、うん、そうだね」


「? それじゃあどこから説明しようかしら」


「西園寺が退院してからでいいんじゃないか?」


 それまで静観を貫いていた霧島先生がどこから話そうかと思案する礼ちゃんに助け舟を出す。


「そうね、その方がましろも分かりやすいだろうし。それじゃあまずは――――」


 礼ちゃんから語られた話を頭の中で整理すると、

まず、退院して家に帰った礼ちゃんは礼ちゃんのお母さんに僕を迎え入れたいと直談判をしたのだそうだ。

 当然、易々と認められるわけないと腹くくっていた礼ちゃんの認識とは裏腹にお母さんは二つ返事でオッケー。


 僕について記憶喪失やら常識が欠けている事やらをお母さんに説明し、このままいくと養子縁組を組むことになるだろうと話す。

 善は急げとばかりに諸手続きを快速で終わらせて家族の捜索が打ち切られるのと同時に養親として立候補した、ということらしい。


 本来であればこれから養子縁組に関する告知がされて候補者の募集を開始、候補者の選定や顔合わせなどを含めると実際に養子として迎え入れられるまで2,3ヶ月は掛かるはずだったのだが礼ちゃん一家のあまりにも早すぎる対応によってまだ告知すら始まらないうちに養子先の候補が決まってしまった。

もちろん強制力などはないのだが...


「その、そういうわけだから一応迎えに来てあげたというか...ボードゲームやるって約束してたわけだし...そ、それならうちに来てくれれば幾らでも一緒に遊べるかなーなんて、思ったりした、わけだけど...」


 言葉尻が徐々に弱弱しくなり真っ赤になった顔を背けてちらちらとこちらを伺うように見ながらそう言う礼ちゃん。言葉こそつっけんどんな感じだが根が優しいことは短い間の関わりではあったけど知っているし、少し素直じゃないところも知っている。

僕にとっても見ず知らずの他人と家族になるよりもよっぽど嬉しいことだった。思わず笑みが溢れてしまう。


「あははっ」


「な、なによ。別に無理にとは言わないし、あなたが嫌っていうなら潔く退くわよ」


「まさか!また礼ちゃんと一緒に入れるようになるのほんとに嬉しいよ。多分色々迷惑をかけることになると思うけど...それでもいいならよろしくお願いします」


「っ!それじゃあ...」


「改めてよろしくね。礼ちゃん」


「えぇ、えぇ!よろしく!ましろ」


「青春ですねぇ」


「だな」


 しみじみと大人二人が呟く。その声音は今輝かんばかりの笑顔ではしゃぐ二人の少年少女の様子を羨み、「自分にもあんな時期があったな」と懐かしむような哀愁に満ちたものだった。



#####



「それでは僭越ながら今後の日程について説明させていただきます。まず真白様の引っ越しですが1週間ほどお時間をいただきたいと思います」


 落ち着いたところでタイミングを見計らって千秋さんが今後について話を始めた。


「こっちは居候させてもらう身ですからなんの文句もないですけど一応理由を聞いてもいいですか?」


「シンプルに言いますと物事を早く進めすぎました。お嬢様の直談判から2週間弱、話がややこしいことにならないように真白様の存在は奥様とお嬢様、そして私だけしか知りません。真白様をお迎えすることが決まった以上この後帰ってから西園寺家に勤めているメイドたちが浮足立たないように教育しなければなりません」


「なるほど?よく分からないけど急いで迎えに来てくれたんだね」


 礼ちゃんの方を見るとそっぽを向いていた。


「ま、まぁね」


 頬に僅かに赤みがさしていることから少し照れてるのだろう。素直じゃないなぁ。


「理由の二つ目は世間への公表です。西園寺家はかんなぎでも王族についで地位のある四大財閥の一角でございますから男性に関する隠し事は極力排除していかなくてはなりません。例えそれが世間的に何の問題もないことであっても男性に関することである以上隠していると市民からなんらかの批判を受けることになります。もちろんその程度で揺らぐような西園寺家ではございませんが他家のこともございますしここは万全を期して臨まねばなりません」


「ほぇーたかだか男ってだけなのに大変だぁ」


「ましろ、あなたホントに勉強してたの?」


 ずれた価値観に戸惑いながら、そんなものかとため息を吐くと礼ちゃんからお小言を貰ってしまった。


「ちゃんと勉強してたよ。礼ちゃんがいなくなってからかなり暇してたから霧島先生に貰った本とか読んでね」


「そ、そう...私がいない時間を暇に感じてたんだ...じゃなくてそれならこの世界の男性の価値についてそろそろ慣れてもらわないと困るわ。ちゃんと理解してないとあなたの身の安全が脅かされるかもしれないんだから」


「...そうだね。皆に迷惑かけるわけにもいかないしもう少し注意してみるよ」


 今でも実感の湧かないこの世界の価値観だけどお世話になってる人たちに迷惑をかけたくはないからね。見知らぬ場所には変わりないし用心して生活するようにしよう。


「公表について少し補足します。もちろんのことながらプライバシーを厳守して個人情報の類は一切流出させません。ただ、『養子として男性を迎え入れました。男性も同意のうえです』と簡素に伝えるだけでございます。情報の少なさにぼやく連中も多少はいるでしょうがそんな者達のことは気にしなくてよろしいかと。先程説明したメイドの教育と世間への公表、これら二つの準備が整えば真白様も安心して当家に来ていただけるでしょう。事態の収束には多めに見積もって1週間は掛かるでしょうから申し訳ありませんが今しばらくご辛抱くださいね」


「なにからなにまでありがとうございます」


「...いえ、西園寺家を支えるのが私の使命でございますから」


 その後もいろんな話をしてこれからの予定を詰めていった。

話を聞いていて思ったんだけど面倒なことは全て礼ちゃんや千秋さんがやってくれるらしく、世の中の男性の全てがこんなに甘やかされて生活しているのなら世の中の男性はほとんどがダメ人間になっていそうだなと嫌な想像をしてしまった。

...後々知ることになるが、残念なことにこの想像はそんなに外れていなかった。


「それじゃあ私たちは帰るわ。1週間後まで残念ながら面会には来れないけれど大人しくしておくのよ」


 しょうがないことだが礼ちゃんは学校や西園寺家の跡取りとしてやらなきゃいけないことが多く面会に来る時間はないとのことだった。


「子供じゃないんだから」


「まだ法律上は子供でしょ」


 法律上の成人は18歳。礼ちゃんは高校1年生の16歳で僕も礼ちゃんと同い年ということで戸籍に登録された、というかいつの間にか登録されていた。

恐るべし西園寺家の力...!


「そうだった」


「ふふっ、じゃあねましろ。また1週間後に」


「うん、礼ちゃんも学校頑張って。千秋さんもありがとうございます」


「いえ、それでは失礼いたします」


 二人を見送ったあと、僕は病室で読んでいた本の続きを読み直すことにした。霧島先生は「仕事、戻るかぁ」と非常に残念そうな声を上げながら億劫そうに仕事へと戻っていった。おつかれさまです。

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