第7話 その頃彼女は


side:西園寺 礼


 これまでも家柄上男性とは何度か会話を交わしたことがある。でも“彼”は今までの男性たちとは明らかに変わっていた。

言葉を選ばずに言うなら変人だと思った。


 普通、男性というのはおおよそ2つのパターンに分けられる。

 1つ目は常にナニかに怯えるように暮らすタイプ。このタイプの男性は一般家庭に生まれた方々に多く見られる特徴でとにかくひ弱な印象を与える。

そしてそれを見た女性たちが保護欲に駆られ暴走し男性がさらに萎縮する、という負のループの典型だ。


 2つ目は自尊心が肥大化したタイプ。良家の生まれに多いタイプで自らの希少性を理解しているがゆえに厄介でもある。

ただ、一概に本人が悪いというわけでもなく環境から悪影響を受けてしまったある種の被害者ともいえるかもしれない。これは一般家庭の男性の親類にも言えるのだけどとにかく甘やかすのだ。それはもう目に入れてもいたくないぐらいでろでろに甘やかそうとする。

 良家という恵まれた環境と生まれたときから周囲の人間すべてが自分の思い通りに動いてきたという変な自信がそうした男性たちに悪影響を与えてしまった結果、自尊心が肥大化しきった性格になってしまったのだ。


 正直なところ、接するうえではどちらもこの上なくめんどくさい。前者は会話にすらならないし、後者は自慢話ばかりで退屈だ。中には車椅子に座っている私を見下してくるような人間もいた。お母さんには感謝しているが強引に男性と会話をする機会を作るのはやめて欲しいと思う。時間の無駄だから。


 まぁ、たしかに他の4大財閥の中には既に婚約している人とかもいて焦るのはわかる。ウチは跡取りが私しかいないから猶更プレッシャーもあるし、でも流石に好きでもない人と結婚とかはちょっと...私だってまだ若いんだからもう少し夢を見たい。



 そんな時に出会ったのが“彼”だった。どこか儚さを持つ整った顔立ちの男性。

聞けば、なんと記憶喪失で先程目を覚ましたばかりだとか。あまりに突飛だったので半信半疑だったけれど彼の担当医の霧島は私の担当医でもあったから信用できた。霧島が彼に常識的なことをほんの少しだけ教えて私と彼をおいて仕事に戻ってしまった時はどうしようかと本当に焦ったけれど結果的にはそれでよかった。


 最初はこれから半日も男性の相手をしないといけないなんてストレスが掛かることはしたくなかったからどう切り抜けようかと思案していたけれどそれまでの男性と彼は明らかに違った。

 こちらに気を使って「嫌だったら無理しないでいい」と言ってくれたのだ。今までそんな風に男性から気を使ってもらったことなんてなかったから驚いてしまってもう少しだけ彼を身近で見てみることにした。...まぁ、正直私も暇だったし。


 その後はお母さんから病室で暇しないようにと相手もいないのに与えられたボードゲームを部屋から取ってきて二人で遊んだ。

そういえば、そのボードゲームを取りに行くときも彼は私の車椅子を押してみたいなどと訳の分からないことを言ったんだっけ。


 始めはよく知りもしない男性に車椅子を任せるのは不安でしかなかったけれど、そんな不安はゲームを取って彼の病室へと再び戻ってくる頃にはすっかり解消されていた。まるで割れ物でも扱うかのように丁寧に押してくれたし、私が「もう少し雑でもいい」といっても「そんなことできるわけないでしょ」と対応を変えるようなことはなかった。


 正直かなり気分が良かった。再三言うが私は男性に対してあまりいい感情を持っていなかったから、こんな風に物語の王子様のように丁寧に扱われると癖になってしまいそうだ。...いやいやいやいや私はそんなにチョロくない。大丈夫、私はそんなにチョロくない。


 でもその後のゲームも随分と楽しくて、まるで旧友のようにいつの間にか言葉遣いも崩れていたし...あれ?もしかして私ってチョロい?

...まぁそれはいい。


 結局のところ何が言いたいのかってことなんだけど...もっと彼と一緒にいたい。それだけ。

だから...私はお母さんに頼んで入院期間を少しだけ延長してもらった。ホントは良くないことなんだけどね。でも、仕方ないじゃない。

きっとこの時を逃したらもう彼と会うことはできないって確信があったから。それだけは嫌だった。

...別に好きとかじゃない。そういうんじゃなくて...そう、これは興味よ。今までに会ったことのないタイプの男性だったから物珍しくてもう少し観察してみたいと思っただけで――


ダメだ、思考が散らかる。彼のことを考え始めるとすぐにこうなる。他人様の思考を乱すなんてなんとも許しがたい。この恨みはゲームで晴らすとしよう。

そんな感じで言い訳じみた弁明を聞いたお母さんは電話越しにどこか嬉しそうに微笑んで入院の延長を許してくれた。



 数日の入院期間中ほとんどの時間を彼とボードゲームをすることで過ごした。男性とこんなに長時間一緒にいたのは初めてだし、こんなに親しくなったのも初めてだった。彼は第一印象からは想像もつかなかったが意外と負けず嫌いだった。昨日、ゲームの説明書を借りたかと思うと今日にはその説明書を片手に再戦を挑んできたのだから相当の負けず嫌いだろう。


 そして昨日初めて知ったゲームだというのに昨日の今日で私に何度か勝つぐらいには地頭の方はそれなりにいいらしい。まぁ、その倍は負かしたけれど。

そうやって無邪気に遊ぶうちにお互いの口調から硬さが取れていき、遂には軽口を言い合うほどの仲になっていた。

彼が常識を学ぶために霧島と面談をする時間が暇で暇でしょうがなかった。早く彼と遊びたいな。

...この時になればもう自分の気持ちというのにもおおよそ見当がついてくる。私だって馬鹿じゃないのだからもう分かってる。


「こんな感じなのね...」


 初めての恋の感覚に戸惑うばかりだった。



#####



 今日は私が退院する日。お母さんには感謝してる。入院は大体1週間ほどで学校を欠席していることを思えばかなりギリギリまで攻めた期間だった。

でも...いえ、流石にこれ以上は無理、よね。うん、それは分かってる。でも...もう少し一緒にいたい。どうしてもその想いが消えない。


 そうしている間にも時間は無情に過ぎていく。夕方、私の病室で私たちは別れの挨拶の為に横に並んで座っていた。


「...」


「...」


 優し気な沈黙が心地いい。でも、いつまでもこのままではいられないから私は口を開いた。


「ねぇ」


「うん?」


「その、この数日とっても楽しかった。えっと柄にもなくはしゃいじゃうくらい...」


 精一杯の勇気を振り絞って言葉を紡いでいく。


「うん、僕も」


 彼からの肯定の言葉に胸が高鳴る。あぁ、多分今私の顔すごく真っ赤になってる。


「そ、そう...」


 なんとかそう返事をすると堪え切れずに俯いてしまった。頑張れ私、ここからが本番よ!


「だから、ね?その、私と...友達になってください!」


 それはまるで一世一代の告白のようで。でも最後の最後でヘタレた私のそれはその理想とはほど遠くて。その理想のための一歩として友達から。


 どうか断らないで


 そう祈らずにはいられなかったけれど彼の言葉はとてもシンプルで。


「え?僕はとっくにそうだと思ってたけど?」


 そのキョトンとした顔と声の調子になにかの限界に達した私はやり場のない喜びを彼の肩へと叩きつけた。


「っ!......」


 バシバシと手加減してされど思いっきり肩を叩く。肩を叩きながらなんだかその距離感が凄く嬉しくなった。


「まったくもう!私がどれだけ...っ!もう!」


「あはは、ごめんごめん」


 笑ってそう言う彼に私は呆れたようにため息を吐いた。


「はぁ...じゃあ、さ。名前で呼びなさいよ、私のこと」


 いつの間にか入っていた肩の力が抜けたのか、その後の言葉はスラスラと出てきた。


「...ゆきっぺ?」


「怒るわよ」


「冗談だよ、ゆきちゃん」


 初めて呼ばれた私の名前。またしても限界に達した私には意味のある言葉を返す余裕はなかった。


「っ...もう」


「あ、そうだ」


 すると、突然彼は何かを思いついたように声を上げた。


「なによ」


 少し拗ねながら聞いてみる。


「名前、決めてよ」


「へ?」


「だから名前、僕の名前まだ思い出せてないし多分もう思い出せないと思うからさ」


 すぐにはその提案の意味を理解できなかったけど、改めて言われると困惑してしまう。私が決めてしまっていいの?


「でも...」


「礼ちゃんだって僕のこと呼ぶとき困ってたじゃんか」


 渋っていると彼は口をとがらせて反論してくる。


「それはそうだけど...ホントにいいの?」


「礼ちゃんに決めて欲しいんだよ」


「...また、あなたはそういうこと平気で言うんだから」


 その言葉は反則だ。そんなこと言われたら断れないじゃない。

 少しだけ悩んだ後にぽつりと呟くように言った。


真白 無垢ましろ むく


「いいね」


 気に入ってくれたみたいで良かった。


「ほんと?実は、ちょっとだけ考えてたの」


 嘘。本当は凄くいろんな名前を考えてた。選んだのは初めて見た時の印象そのままの名前だけど、貴方にふさわしい名前だと思ってたの。


「じゃあ呼んでよ」


「え?」


「礼ちゃんが付けた名前、呼んでよ」


 そう言われて初めて思考が追い付く。そして私は長い銀髪で熟れたリンゴのような真っ赤な顔を隠しながらボソリと呼んだ。


「...ましろ」


「名前じゃないの?自分は名前で呼ばせたのに」


「しょうがないじゃない!...恥ずかしいんだから」


 流石に今の私にそれは無理よ。今だって心臓が壊れそうなくらいばくばくしてるのに。


「...」


「...」


 静寂が二人だけの病室を包む。シンとした空気感だけどそんなに嫌いじゃない。

ずっとこのままがいいけれどそういうわけにもいかない。...そろそろかしら。


「...やっぱりあなた変よ」


 別れの時だと分かっているのにそれでも私は何かに縋るように会話を続けようとする。


「そうかなぁ」


 そして彼は、いえましろはそれに乗ってくれた。拒否することなく受け入れてくれた。


「絶対そう」


「そっかぁ」


 ましろも別れを惜しんでくれているのかしら。だったら...嬉しいな。そんな風に思っていると


「ボードゲーム」


「え?」


 唐突な言葉。意図を捕らえかねて呆然としているとましろは続ける。


「結局負け越してるからさ、またやろっか」


 何でもないことのようにそう言ってくれた。


「えぇそうね」


 いろんな感情が爆発しそうだったけれどなんとか抑え込んでそう言った。それを聞いたましろはそれ以上何も言わずに病室を後にした。

これでお別れ。もう会うことは無いんだろう...
















...なんてね。こんなことで諦めるわけがないじゃない。待ってなさいましろ。カンナギの女は執念深いんだから。

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