第4話 出逢い2

 しかし此のデートは前後期の試験が終わるとパッタリと途絶えてしまった。多分バイトに明け暮れてそれどころじゃあ無いのだろうと、失恋の痛手をこうして無理にこじつけて慰めていた。こうなるとみぎわを導いてくれたあれほどズボラな友への賞賛が、今度は俺を落ち込ませたのはあいつの所為せいだと罵倒する。

 ズボラのきみも此の話を聞き終わった後は、そりゃあ俺の所為でなくお前の不徳の至らなさだと一喝されてしまった。そして良い夢を見られただけでも幸せと思わないと罰が当たると云われてしまう。云っていいことと悪いことがあるとこれには憤慨した。お前とは入学式で初めて顔を合わすようになってから、同じ次男坊として意気投合した仲ではないかと。だがあいつの言い分は、お前は丹波では旧家の次男坊でも、俺は浄土真宗のしかも名も無い末寺の雇われ住職の次男坊だ。それを見返すために此の大学に入ったが、お前は仏門に帰依するつもりも無く、ただ敷居が低いと謂うだけで入った。此の違いは一生涯埋まるはずも無い。俺のズボラな性格と同じように、と言われるとその溝は埋めようもない。

 学食にも顔を出すが、要としてみぎわは現れなかった。彼女は本当に此処の大学生なのかと不安になるが、あのズボラとは避けようも無くカチ合わせしてしまう。彼も仏門を目指すだけあって、仏心だけは持ち合わせていた。彼女が熱心に見た本からあの学術書は営利目的で無く、慈善事業に重きを置いた研究書だと言われた。そのあとに同じ本を持っていながらお前は何を遣ってんだ。どうしてそんな高価な本を買ったんだと罵られてた。異な事を聞く奴だ。今度は営利を目的としない本が何でそんなに高いんだ言えば。誰も寄附する者がいない、まあ居ても極めて少く、その収益金を事業に回すからだ。それを買ったお前もいっぱしの慈善者だ。と褒められいるのが貶されているのか、まあこいつが言うと俺は後者の方だろう。とにかくみぎわの別な一面が、此のズボラの君から朧気ながら見えて来ると、彼女を待つゆとりが出来た。しかしズボラの君は「お前の落ち込む姿は観てられん」と性格はともかく、仏の道への求道心は旺盛なのか、欠席の多いみぎわに代わって代返する女が居るだろうとアドバイスしてくれた。しかしあいつの好意はそこまでで、結局は波多野自身が捜し出した。

 代返者の彼女からみぎわのバイト先を突き止めた。だが彼女が働いていたのは子供食堂で殆どがボランティアに近い報酬だと解った。しかも此処は知り合いから店の主人の奥さんが倒れて代わりを頼まれてもう一年以上になる。やっと奥さんの退院の目星が付いて大学に戻れると知った。

 そこで見る彼女は、あの図書館で見たスカートにカシミアのセーターを着て、穏やかな表情をたたえた清楚な感じでなかった。着古きふるされてシミの付いたセーターに膝のすり切れたジーンズ姿だった。見た目は此の方が此処では働きやすそうだ。

 賑やかな子供達が、パートの仕事を終えた母親達に連れられて、一人二人と去って行き、やっと手空きになった頃を見計らってもう一度食堂を訪ねた。

 彼女は店の人に暇を貰って外に出て来た。もっと小さい子も居るから此処ではこんな格好でないと大変なのよ、と真面に顔を合わすと真っ先に言われた。

 二人が店から表通りを歩き出すと、直ぐにはあの図書館には行けなかったと、彼女は連絡を怠ったことを詫びてくれた。

 そこで療治は久しぶりだと云って試験の結果を訊ねる。すると悪くは無い点数に驚く療治に、彼女は記述式の設問で高得点を取るためにあの本を熱心に読んでいたと知った。

「代返者も大変だけど此処で子供達と格闘する君も大変だね」

 と長い連絡不足の理由わけを知って療治は深く同情した。彼女も忘れたわけで無く気にしていたのだ。今の辛そうな顔で重みを伝わり、無性に愛しくなる。それでも他にもっと良いバイトが有るのに如何どうしてと訊くと。

「こう言う不幸を助長してはいけないから手伝った居るの」

 と云われて此の惨状に同情したが、根はもっと別な処にあるらしい。

「此処に居る子供達は偽りの愛の犠牲者よ」

 と云うが一つの愛を信じて一緒になった。しかし愛はその時々の真実で逆転するから処置なしだ。それが真実の愛を見極める難しさだろう。

「だからあたしはこうして子供達が夕食を食べる姿に共感して一緒になって喜べるのよ」

 喜びと引き換えに、彼女のバイト代は、愛の犠牲者のために減っている。それをしっかりと自覚して焼き付けないと、あの子達は何処へ行くか解らなくなる。

 そう言われると彼女を今日まで嫉妬し続けた己を恥じた。もっと高尚な頂に立つ人なんだと想うと、同じようにあの大学で学ぶズボラの君に話せば、彼も同感らしく真剣に聞き入ってくれた。それから療治も筆記で済む代返者の共犯を引き受けた。

 これで療治は嫌われていないと知り安堵したが、もっと大変なのは恋は罪悪であるという考えだ。此処で恵まれない欠食児童を生み出す原因が、愛の欠如にあるというのが彼女が導き出した理論だった。付き合い始めた頃は、此処で彼女が受けた一方的な愛の複雑な環境で育つ子供達を見て、二人の心は揺れ動いた。それでも次第に付かず離れずの心境で互いの気持ちは寄り添って来た。



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