第3話 出逢い
「何処を
と更に手伝いに来ている紗和子にも言われた。
おい間違えるな俺はお前の亭主じゃ無いと言いたいが、今は榊原に代わって俺が叱られてしまった。これは紗和子のしっぺ返しだと思える。さっき頭に当てた紙ヒコーキは手始めに過ぎないのかと、榊原の横に立って見下すような紗和子の視線に
外は寒かったでしょうと紗和子は榊原の腕に手を通すと玄関脇に止めた車に乗ってサッサと行ってしまった。呆気に取られたように紗和子の乗る車を見送った。
せっかく帰ってきたのに、それもたまになのに、こう小言ばかり言われれば次男坊は肩身の狭い思いをする。困った息子なら長いは無用と早々と家を出しなに、お袋には、最初に連れて来た娘以来さっぱり女の子を連れて来ない理由を根掘り葉掘り聞かれた。が適当に返事をしてあしらわれてた。これ幸いにと法事の連中はとっくに帰ってるから、もう駅には誰もいない頃合いだと家を出た。
ついさっきまでほろ酔いの法事の団体さまご一行が通った道を今は療治だけが吹き荒ぶ風の中を駅に向かった。
何でお袋は紗和子を法事に呼んだのだ。それは今に始まったもんじゃない。紗和子は小さいときから家の傍で一緒に遊んでいた。家の者にすれば娘が一人増えたようなものだ。それが今では榊原の処へ嫁いだから、両親にすれば息子に小言も言いたくなるのだろう。だが決めるのは親で無く俺なんだと言い聞かせて京都行きの列車に身を休めた。
普通列車は冬の丹波路を駆けてゆく。本当は親戚一同が集まるのだからみぎわを連れて来ようと思ったがなぜか彼女は時期尚早と拒んだ。二年半の付き合いが時期尚早と言われれば、さっきの榊原じゃ無いが俺の立つ瀬がないだろう。そう
此の旧家が有ればこそ療治は喰うに困らずにノンビリと大学生活を暮らせた。だが社会人となれば実家からの仕送りはなくなり、己の稼げる範囲で生活をしなければならない。彼女とは今まで有った懐具合の余韻で付き合えるのだろうか。
なんせ彼女は殆どをバイトに時間を費やしてその存在を知らなかった。だから最初に彼女を知ったときはそんな面影はどこにも見受けられ無かった。
その彼女に初めて出会ったのは図書館だった。波多野自身は余り縁の無い場所だが、たまたまそこで友人と待ち合わせをした。ズボラな相手ですっぽかす事も良く有るから喫茶店は無駄で、とにかくそいつと待ち合わせるときは金も掛からず、時間もほぼ無制限な場所として図書館に落ち着いた。場所は来て直ぐに解るように一番人気が無くて空いてる難しい専門書の在る所と決めてあった。いつもの指定席に珍しく若くて器量も彼好みの女が座って無心に本を読んでいた。他に空いた席も有ったが今は指定席だと謂う概念が彼の頭の全て支配していて当然の成り行きで隣に座った。座ると当然のごとくなんでと云う顔で警戒をされた。盗み見ると今一番大事な処ばかりを抜き書きしていると解った。
大学ノートに書き込んでいるのは学術書に近いものだ。その本はアパートに帰れば埃を被っていた本で、彼女に進呈してもいささかも困らない。そこで思い切って言ってみた。
「あなたが書き写している専門書ぼく持ってますからよかったら差し上げましょう」
「それじゃああなたが困るでしよう」
彼女は突然の申し出に驚くより、この本がかなり高い値段だと知っていて辞退した。
「いや、僕よりあなたの困る顔を見たくないからと思っただけですよ」
波多野にすれば一世一代の
そこで彼女はこの本は持ち出し禁止だから、同じのがあるのならとコピーを頼まれた。彼はコピーに同意して、今あなたが書き写すのに要した時間を、僕と珈琲でも飲める時間にしてもらえませんかと頼むと、次の日から喫茶店に舞台が上手くすり替えられた。もっとも希望する本を彼女が借りるだけにすれば、此のデートはご破算になるが、彼女は慎み深い人柄か、それは言い出さなかった。そう勝手に解釈すれば余計に心を燻られる。以後のデートはこの本の何処をコピーすれば良いかと云う事務的な手続きが主体となるが、一段落した処で彼女は私生活を小出しした。
試験日までに訊けたのは、彼女は今時には珍しい下宿生活だ。場所は便利な表通りから、家と家の間の細い路地を入った突き当たりにある家だ。そこは老夫婦が住んでいて昔は家族が多かったが、子供たちはみんな此の家を離れていた。だから夫婦二人では広すぎて部屋が余っていた。彼女自身は二階の二間をそのまま借りている。だから勿論家賃は安いし食事も老夫婦が食べきれず、余れば分けて貰っている。食事時が重なると呼ばれて一緒に食べることもある。彼女は京都に出て来て大学に通っているが、その大半をアルバイトでやりくりして、前後期の試験が近付くと解らない処はこうして図書館で独学していた。
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