第14話 寂れた教会と創世神話
「まぁ、まずは聞き込みでもしてみますかね」
造里たちと別れてからすぐ、これからどうするかについて考えてみる。
町の外に出るにはまだ早い気がするな...この街の雰囲気をもっとじっくり味わいながら楽しみたい。
となると、まずはこの町について調べてみるべきだろう。どこになにがあるのかを知るためには地図があるといいんだが...
メニューの項目にはマップがあるのに開いてみても何も表示されない...さてはマップの解放条件があるな?聞き込みは
そう思いながら噴水広場を出ると、すぐ近くに教会があることに気づいた。敷地はお世辞にも広いとはいえず、雰囲気もどこか寂れた様子だ。
敷地の庭では牧師らしき壮年の男性が掃き掃除をしている。
「こんにちは」
「? あぁ私ですかな?こんにちは」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ。少しだけ時間貰ってもいいかな?」
「えぇ、よろしいですよ。どうされましたかな?来訪者様」
柔らかな微笑を湛えながらこちらを見据える推定牧師さん。唐突な絡み方だったけど、寛容な人でよかった。
「あなたの言う通り俺は来訪者って呼ばれてるんだけどさ。最近この町に来たばっかりなんだよね。
だからこの町について知りたくて...町の地図とかってどこで手に入るか教えてもらってもいいかな?」
「地図、ですか...詳しいものだとこの町の図書館に所蔵されているものですね。
ただ、あれは図書館の備品なので持ち出しはできないでしょうし、おそらくこの街に来たばかりでは入館自体が難しいと思われます」
うんうん唸ってこちらの質問に対する回答を探す様子はNPCとは思えないほど自然だ。
他のゲームでも多少の受け答えなら違和感なくできるだろうけど表情の変化や言葉の言い回し、どれをとっても緻密にデザインされているのが分かる。
(一般NPC一人一人がこのレベルで作り込まれてるのか...とんでもないね)
「詳細な地図ってのはやっぱり手に入りづらいもんなのかな?」
「そうですね...外からこの町を訪ねてくるお方はこれまで滅多にいませんでしたから。なので地図を必要とするとしたら自然、ここの町民になるでしょう。
ですが生まれ育っている町ですからね必ずしも必要かといわれると...」
他地域とはあまり交流が多い町じゃないっぽいな。そう言う事情なら地図が出回ってないのも頷ける。
「たしかにね。じゃあ、これから出回る可能性は高かったりするのかな?
もう知ってるかもしれないけど、この町には今、大勢の来訪者が来てるんだよね。そいつら相手にはいい商売になると思うんだけど...?」
「うーむ、私は商いにはとんと縁がなかったものですから分かりかねますが...この町は
いきなり聞きなれない単語が出てきてちょっと面食らう。
なにやら世界観に絡んできそうではあるけど...教会の牧師さんから聞ける情報だし、神話関係かな?
「
「あぁ、これは失礼しました。たしかに名乗っていませんでしたね。私はアルベールと申します。コメル殿、でよろしいですかな?」
「うん、好きに呼んでくれていいよ。それでアルベールさん、さっき言ってた
聞きなれない単語だったからさ、つい気になっちゃって」
「えぇ、もちろんいいですとも。私の立場にも
しかし少々長話になってしまうでしょうから、よろしければ中でお話いたしませんか?」
「いいの?じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな?」
ぜひ、と言って教会の中へと歩を進めるアルベール牧師に従って扉をくぐる。教会の内部は明り取りの窓から差し込む僅かな光に照らされているが薄暗い。
丁寧に手入れがされた長椅子に腰かけると年季が入った代物なのかギィ...と小さく軋む音がした。
アルベールさんは中央にあるお立ち台に立つと静かに語りだした。
「さて、何処からお話ししましょうか...」
#####
この世界は10柱の女神様たちの手によって創造されました。
長い年月、女神様たちが世界を見守る中で世界には新たな理が生まれるようになりました。
そして、その度にその理を象徴する神様が新たに誕生し、世界はより豊かになっていきました。
こうして世界が豊かになる中で、やがて神様同士の諍いが起こり始めることになります。
小さな
戦火の中で多くの生き物が死に絶え、世界が完全な静寂へと戻ろうとした時、神々は自らの過ちに気づきこの世界への過干渉を自ら禁じました。
それから幾星霜の月日が流れ、海を隔てた大陸間での交流も途絶え世界が緩やかな停滞の中に身をゆだねた頃...
神々から幾星霜振りの啓示が大陸全土、世界全土へと伝えられたのです。
『遠方より来たる来訪者と共に新たな時代を築きなさい。やがて紡がれる新たな神話のはじまりを私たちは心待ちにしています』
#####
「――これが我が国『アリエース』、ひいてはこの大陸『クリーオス』に伝わる最も有名な神話であり、預言でもあります」
「...なるほどね、そのありがたーいお告げがあったから大量の来訪者が現れてもこの町の人たちは慌ててなかったわけだ」
少しだけ疑問を持っていたことだ。大量の来訪者が突拍子もなく表れていた中央広場では数の多さゆえに混雑はしていたが混乱には陥ってなかった。
町の住民たちの顔色にも特に焦りの色は見受けられなかった。お告げによって事前に告知されていたのなら納得である。
「えぇ、神々のお告げから数年...なんとか多くの来訪者様たちを迎え入れる準備は間に合ったといっていいでしょうね」
なんとなくこの世界の成り立ちは分かったが、それが詳細な地図が出回らない理由とどのように関係しているのかはまだ分からないままだ。
「それがなんで地図と関係するのかな?」
「...先ほどお話しした神話はあくまで
当然のことながらこの大陸だけでも数多くの宗派が存在し、数多くの神々が崇められています。そして熱心な信仰心というのは往々にして危うさを持つものですから」
「
「端的に申すとそうなりますね。現にお告げを頂いてからここ数年で既に2度も他宗派の信者がこの街に秘密裏に侵入したことがありますから」
「わお...思ったよりシビアだねぇ」
そりゃ、詳細な地図なんて売りに出したら大変なことになりかねないか。重要な施設なんかが狙い撃ちされ放題になる恐れがある。
「ふぅ...久しぶりに少々長話をしてしまいました。お付き合いいただきありがとうございます」
「気にしないでいいよ。元々こっちから頼んだことなんだし」
「そうですか...少々お待ちいただけますか?」
そう言うと、アルベールさんは教会の奥へと引っ込んでしまった。次に出てきたときにはその手には色あせた羊皮紙が筒状に丸められたものが握られていた。
「こちらはこの町の簡単な地図です。
どこになにがあるかまでは書き込まれておりませんが、町の地形は最新のものとなっていますから必要な情報を書き込んでいくことで使えるようになっていくでしょう」
なんと、お目当ての地図は入手が難しいかと諦めかけてたところなのに...思わず確認してしまった。
「いいの?」
「えぇ、老骨の良き話し相手になっていただいたお礼のようなものです。予備の物ですからお気になさらず受け取ってください」
「老骨というにはまだまだ元気そうだけどね...こちらこそ興味深い話をしてくれてありがとう。
地図は大切に使わせてもらうよ。早速だけどこの教会は地図のどこにあるのかな?」
「はっはっは、地図で言うならここですな...良ければまたお立ち寄りください。
なにぶん、寂れた教会ですからね。話し相手には飢えておりますので」
「まだまだ知りたいことはあるからね。遠慮なく...それじゃ、今日のところはお暇させてもらうよ。この後に友人との約束があるんだ」
情報収集も出来たし、いい具合に時間も潰せた。約束の時間まではこの地図を基に町の散策をするとしよう。
インベントリに地図を収納するとマップメニューに貰った簡易地図そのままの地図が表示できるようになった。思考操作で文字の書き込みもばっちりだ。
朗らかな微笑で手を振って見送ってくれたアルベールさんに手を振り返しつつ、さっそく町の散策へと向かった。
#####
時間いっぱい町の散策を行っていると、約束の時間はすぐだった。
少し遅れて西区の噴水広場に向かった。さっき造里や司、草薙さんと集合した場所だから迷子になる心配はない。地図も手に入ったしね。
流石にゲーム開始から何時間も経っているのであちこちに散らばったプレイヤーで町は賑わっており、約束の場所にも当然複数人のプレイヤーがいたが友人たちの姿はすぐに分かった。
六人の大小さまざま男女混合の集まりが静かに話し合っているのは中々に目立っていたからね。
「おっすー」
「! ダビくん、おっすー」
金髪碧眼で女性にしては長身なアバターのプレイヤーが真っ先に気づいて返事を返してくれる。それに伴って全員がこちらの存在に気づいた。
「遅刻ですよ先輩」「遅ぇよ」「堕ヴィくん!」「堕ヴィンチさん!こんにちは!」「ずいぶんな重役出勤だな?」
十人十色、それぞれの返事を聞きながら遅刻の言い訳をする。
「遅いっても10分とかだろ?ちくちく言うなよー。それに俺はあえて遅刻したんだ。
一番最後にやってきたやつが罪悪感を感じないように敢えてな」
「私たちが集合の約束で遅れたことないじゃないですか。言い訳適当過ぎなんですよ先輩」
「全くだ。とりあえず場所を変えようか。ここは些か目立つ」
「じゃあ、私が見つけたとこ、行こ?穴場」
個室があるタイプの喫茶店のような店らしい。たしかに情報整理にはうってつけかもな。
というわけでおもちを先頭にぞろぞろと移動して案内された店に入った。ちなみに店の名前は『渡り鳥の憩い場』だ。
さあさあ!早速、みんなの情報収集の成果を聞いてみよう!
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