第13話 サービス開始!
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あれから数日が経ち、本日はOnly Fairy-Tale ONLINEのリリース日。
OFTONは第零号棟の研究にも大いに関与しているゲームなので、ラボの人間は全員やることになっている。今日は久しぶりにみんな揃って朝食を取っていた。
「にしても、全員揃っての朝食は久しぶりだなー...いつ振りになるっけ?」
「ふむ、確か...二か月前に璃央を含めて全員出席の立食会が昼頃からあった。その時以来じゃないか?」
「あぁ、たしかにあの時は前日に誰かさんが夜更かししてたせいで起こすのが大変だったのを覚えてます」
造里の言葉に続くように草薙さんも思い出したように口を開く。
「ちょ、草薙さん!そんな人を寝坊ばっかりの人間みたいに言わないでくださいよっ。あの時は確か...そう!先輩達の無茶振りのせいですよ!」
それに対して司が反論する。
「おいおいツカちゃん。無茶振りとは随分な物言いだな。ちょっと頼み事しただけだろ」
「まったくだ、2時間もあれば終わるような簡単な理論の検証だったはずだが...?」
「キチったお二人の脳スペックと一緒にしないでください。こちとら鬼才・天才じゃなくて秀才なんですよ。努力する時間が事前に必要なんです」
「急に褒めんなよ。照れちゃうだろ?造里、今度はもっと面白い研究に付き合ってもらうか」
「こんなに出来た後輩を持つと先輩として鼻が高いな、そうしよう」
「っはぁー?冗談じゃないですよ!今――はOFTON関連の研究でちょっと楽になりましたけど、ちょっと前までパンク寸前だったんですよ!?
暫くゆっくりさせてもらいますから...振りじゃないですからね?!」
「皆さん、楽しみが近くて昂ってしまうのはお察ししますが食事はゆったり穏やかに楽しむように」
『はーい...』
ラボの家事を一手に担う草薙さんに逆らうような考え無しはこの食卓にはいなかった。
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「それじゃ、そろそろ準備するかぁ」
「あぁ、そうしよう」
前回も使った第一研究室の卵型の接続デバイスにそれぞれ一人ずつ搭乗する。いざ、電脳の世界へ――の前に念のため確認。
「改めての確認だけど、全員西区の噴水広場に10:30に集合ね。フレ登録だけ済ませたら草薙さんはそこからは自由にOFTONを楽しんでください。
造里と司はアイツらとの集合が14:00にあるのを忘れないように」
「あぁ、分かってるさ」「了解です」
「精一杯楽しませていただきますね」
「草薙さんはなんか分からないこととか困ったことあったら俺らの誰でもいいんで頼ってくださいね。そんじゃ、また後で」
そう締めくくると、それぞれの接続デバイスに接続し意識を電脳空間EDENへと移動させた。
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EDENを経由してOnly Fairy-Tale ONLINEを起動する。
暗転
途切れた視界に慌てることなく、これから何が起こるのかと期待しながら待っていると程なくしてどこからともなく声が聞こえてきた。
『ようこそいらっしゃいました。来訪者様』
1/fゆらぎを思わせるほどに柔らかく、それでいて機械を思わせる中性的で無機質な声音でこちらへと語りかけてくる。
『自然と神秘そして未知に満ちた新しき世界をどうぞ存分にご堪能下さい』
閉じられた瞼の裏に光を感じて目を開くと、そこは無機質な白一色の空間だった。
『プレイヤーデータの作成に入りますか?』
眼前に現れる浮遊する文字列にNOと答え、既に用意済みのアバターを選択する。
いつの間にやら用意された大きく凝った意匠の姿見でアバターに不自然な部分がないかを調べる。
よし、それじゃあ始めようか。
『まずはOnly Fairy-Tale ONLINE内での来訪者様方の実現可能な挙動やその他、快適にゲームを楽しんでいただくためのシステムについてご説明させていただきます』
最初に幾つかの技術面でのチュートリアル説明に入るが詳細は割愛する。
これ系の分野に携わってる人間ならEDEN内でのこう言った挙動の確認なんかはぶっちゃけ慣れ親しんだ作業だし。
快適に遊ぶためのシステムについては端的に言えば、思考によるプレイヤー独自のシステムの指向性操作とか、音声認識のON/OFFとか、そんな感じ。
困ったらメニュー欄にあるマニュアル項目を確認すればいい。それだけ覚えとけば後のシステムは馴染みのものばかりだ。
『次にゲームシステムの説明に移ります』
説明された内容を簡単に脳内で整理する。
ステータスについてだが、これは事前に出ていた情報とほとんど誤差はなかった。
ダメもとで「後々、追加項目って出てきたりするの?」みたいなニュアンスの質問をしてみると来訪者の行動によって追加・削除される項目もあるらしい。
後々のお楽しみってことで、さすがに詳細を尋ねたりはしなかった。
種族はデフォルトの『遠方からの来訪者』。そして次に職業を決めるもんだと思っていたんだが...
『職業は来訪者様の
とのことだ。つまりどういうことかというと――
職業:無職
がデフォルトである。それに伴って職業によるステータス補正などは当然ないため、全ステータスが10で統一されている。
確かにマルチプレイ前提のゲームゆえ多少は公正・公平であるべきだとは思うけどね?こう言った方向性で実現してくるとは...正直、唖然としちゃったよね。
逸るプレイヤーの気持ちを汲んだのかチュートリアルは全体的に簡潔にまとめられていた。チュートリアルをつつがなく終えると眼前に白を基調とした扉が現れる。
『これよりこの世界はもう一つの現実となります。成すべきを成すために、彼方の世界を自由に謳歌してください』
『この扉をくぐることで貴方には全ての可能性が宿ります』
絢爛に飾り付けられた扉をくぐる。
「――――」
呟いた言葉は再構成される肉体の誕生音に紛れて聞き取れるほどの音にはならなかった。
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扉をくぐると、眼前には賑やかな町並みが広がっていた。人、人、人、人、人、人、人――って多いなぁ!
次から次へと現れるプレイヤーの波に抗う術はなく、流されるがままプレイヤーが最初に飛ばされる大きな噴水広場の隅に流れ着いた。
時間を確認すると、集合時間までは少し時間がある。とりあえず何をすべきなのか、を知るためにメニューを確認してみようか。
先程のチュートリアルでも説明があったが、プレイヤー特有のシステム。
例えば、メニュー機能だったりコミュニケーション機能だったりを使う際には主に思考操作と音声操作の技術を使う必要があるらしい。
どちらの技術も文字通り、思考や声によって操作するというものではあるのだが慣れるまでは少し難しい。
特に、思考操作なんて割と最近実用化されたばかりの技術だし、他のゲームで使われてるのを見たことがない。音声操作は時折あるんだけど。
「こりゃあ、慣れるまでプレイヤーは大変だなぁ」
広場で右往左往しているプレイヤーたちの難しそうな顔を見るに慣れるまでに時間がかかるのは明白だった。
この様子を見るに思考操作は諦めて慣れやすい音声操作を使うプレイヤーが大半を占めることになるかもしれないな。
「現在時刻は10:20。ステータスだけ確認したら集合場所に向かわないとまずそうだな」
意識を目の前のメニュー画面へと向けて自分のステータスを参照する。
《ステータス》
================
PN:堕ヴィンチ=コメル
種族:遠方からの来訪者
種族Lv:1
職業Lv:0
職業:無職
称号:なし
STR:10
SIZ:10
CON:10
DEX:10
APP:10
INT:10
POW:10
スキルスロット
1:なし
2:なし
3:なし
4:なし
5:なし
6:なし
7:なし
8:なし
9:なし
10:なし
ポケット
1:なし
2:なし
3:なし
4:なし
5:なし
装備
頭:なし
胴:来訪者の服
右腕:来訪者の腕巻き
左腕:来訪者の腕巻き
腰:来訪者のズボン
右脚:来訪者の靴
左脚:来訪者の靴
アクセサリ
1:なし
2:なし
3:なし
4:なし
5:なし
重量適性:軽量
所持金:10,000ネゴ
================
「うん。始まったばかりって感じ」
特筆すべきものと言えば、事前情報ではなかった所持金の項目ぐらいかな。とはいえ、相場が分からない現状では10,000ネゴが多いのか少ないのかは分かんないけど。
ステータスも簡単に確認できたのでさっそく集合場所の西区の噴水広場へと向かう。
プレイヤーでぎゅうぎゅうの
音の緩急に耳がイカレたんじゃないかと錯覚しそうになったけど所詮は錯覚。
気にせずぐいぐい進んでいって西区の噴水広場に出てみるとプレイヤーの数は先程の場所に比べてかなり落ち着いていた。
「あっ、せんぱーい」
聞きなれた声に視線を向けるとこちらに手を振る女性プレイヤーとその近くにさらに二人の女性プレイヤーの姿が確認できた。
どことなく面影を感じるアバターにお目当ての人物であることはすぐに分かったので警戒心もなく近づく。
「おいっす、俺が最後だったか」
「ですね。今、みんなで現状の確認をしてました。といってもステとか統一されてるんであんまり確認することなかったんですけど」
「だよなーまさか無職スタートだとは思わんかったわ。さすがに」
「全くだ。まぁらしいといえばらしいが...」
ひとまず、集合できたので目的のフレンド登録をしておこうという話になった。
「えっと...すいません。フレンド登録というのはどこから...?」
普段、あんまりゲームをやらない草薙さんはまだシステムの操作に慣れてないみたいだ。
「あーはいはい。まず、メニューを開いてもらって大項目の中の交流ってやつ...あぁそれですそれです。その中の一番上の項目っすね」
「あ、なるほど。こちらにあるんですね」
草薙さんは思考操作に手こずりながらも眉間に微かに皺を寄せて頑張ってメニューを操作していた。そんな様子を見て司は優しく草薙さんを諭した。
「ゆっくりで大丈夫ですからね草薙さん。私も慣れるまで結構時間かかりましたし...癖強いんですよね、このシステム」
「...そうか?」
「さてな。私からしたらだいぶ扱いやすかったが」
司の言葉に造里と二人で顔を見合わせる。
「そこ、黙っててください。というかあなたたちのせいみたいなところあるんですからね?この癖つよシステム」
まぁ、そんなひと悶着がありつつもつつがなくフレンド登録は完了した。
「じゃあ、改めて
「私がノイマン=G=マリア」
「私がシエル=シェールで――」
「私がクサナギですね」
造里がノイマン=D=マリアで、司がシエル=シェール、草薙さんがクサナギね。なんというか...
「みんな安直だなぁ」
「いや、先輩も使いまわしてるじゃないですか。いつものやつ...まぁ、なんかついてますけど」
「コメル...コメルか...あぁ、なるほど。
造里にはすぐにばれたか。名前の由来、絶妙なところを狙ったと思って結構自信あったんだけどな。
「...ノイマンさんは分かったんですか?コメルという名前の由来が」
「なに、簡単な推理だよクサナギ。創にしては自己主張が激しい気も...いや、そんなこともないか」
「お前の方が自己主張激しくない?」
「そりゃあ、激しくもなるさ。それぐらいこのゲームには期待していたからね」
「ま、その気持ちは痛いほどわかるけど」
『?』
頭上に疑問符を浮かべている二人にとりあえず今は今後の動きについて話し合おうと促す。
「まぁ、そんなことはいいんだよ。とりあえずフレンド登録は済んだわけだから解散して各自自由に楽しむことにするか。
クサナギさんはこれからどうするんです?」
「えーと、とりあえず町の散策からでしょうか?私は生産職に就こうと思っていますからそこを目指して町の人に話を聞いてみようと思います」
「了解です。あ、一つだけいいです?」
「はい」
重要なことを教えておかないと。クサナギさんなら大丈夫だとは思うけど、一応ね。
「この世界の住民、いわゆるNPCってやつは漏れなく全員の思考ルーチンに自律型のAIが組み込まれてます。
文字通りの意味でこの世界の住民ですから倫理観や道徳心に欠けた言動はなるべく避けた方がいいっすね。
ちゃんと人間相手にしてると思ってください」
「分かりました。では私はこれで」
表面上、普段どおりのクールさを取り繕ってはいたが、クサナギさんもどうやら新しい娯楽に期待感が高まっていたようだ。
忠告を聞くと、うずうずとした様子で足早に駆けだしていった。
「クサナギさんってあんな風にワクワクすることもあるんですねぇ」
「シエルは彼女のことをなんだと思ってるんだい?そりゃ、高揚感の一つや二つ感じることもあるだろうに」
「いや、それはそうなんですけど。普段の生活ではいつも冷静というか大人びてるじゃないですか」
「ま、年齢的には俺らみんな成人してるから大人びてるけどな」
「そういう正論、今はいらないです先輩。まぁこの話はもういいんでこの後の予定サクッと決めません?
たしか14:00にいつものメンバーで集合でしたよね?」
「だね。集合場所はここね」
そう言って地面を指さす。
「それだけ分かれば後は自由行動でいいだろう。約束の時間までかなり時間がある。今のうちに情報収集をしておきたい」
どうやら造里も早くこの世界を堪能したいようだ。
「じゃ、解散で。時間には遅れんなよ二人とも」
「先輩には言われたくないです」「左に同じだ」
軽口を叩きあってその場を解散した。
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