第7話 義妹少女たちの心の内


side:綾波 杏花


 突然だがお母さんが再婚した。そう告げられたのは数日前のこと。


 かといって、突然というわけでもなくその兆候は前々からあったので特に驚くようなことはなかったけど。


 相手の神崎 優斗さんとは何度か会ってるけど、神崎さんは良く言えば優しそうな人、言葉を選ばずに言えば人畜無害って感じの人で安心したぐらいだった。


 神崎さんと会うようになってからお母さんは毎日を楽しそうに過ごしている。


 母子家庭で育った私としては母さんには幸せになって欲しいから再婚には全然反対じゃなかった。


 それは姉の桃花も同じ。姉といっても数分しか違わない双子ではあるけれど。


 問題があったのはその後だった。


 優斗さんに大学生の息子がいるっていうのは前から聞いてはいたんだけど、母さんが全員で一緒に住もうと言い出したのだ。


 優斗さんは最初なぜかあまり乗り気ではなかったけれど最終的には折れて息子さんと連絡を取った。


 ...桃花は昔からお兄ちゃんに憧れてたから不安の中にもどこか楽しみにしてる部分があるのが分かったけど、正直私はかなり否定的だった。


 優斗さんは傍から見てもお母さんにぞっこんだから全然問題ないけど大学生の息子となると話は別だ。


 一つ屋根の下で暮らすなんて何があるか分かったもんじゃない。まだ会ったこともない人間と一緒に暮らすなんて考えられない。


 渋っている私の心情を知ってか知らずかとにかく一度顔合わせをしようということになった。再婚自体はもう決定してるし、それに関しては誰も反対なんてなかったから。



#####



「はぁ...」


「なになにキョウ元気ないじゃん。どったの?」


 昼休みに教室でお弁当をつつきながら憂鬱な気分を紛らわせるために溜息を吐くと、お昼を一緒にしていた友人の来栖 未来くるす みらいが声をかけてきた。


「再婚相手の人に大学生の息子がいて一緒に暮らすかもしれないんだって」


 私が口を開く前に横から事情を説明したのは蛭間ひるま ゆか。小柄な体を可能な限り机に預けて紙パックのオレンジジュースを飲みながらだらけている。


「あーそういえばキョウのお母さんもうすぐ再婚するんだっけ?え?じゃあ、これからはそんなにキョウの家遊びに行けなくなる感じ?」


「多分ね。ていうか引っ越しするし、しばらくはその準備で忙しいから」


「たっだいまー、なんの話してたの?」


 そんな風に喋っていると購買から帰ってきた茂原 常盤もはら ひたちが戦利品片手にほくほく顔で会話に加わってくる。


「再婚関連でごたごた中だって」


「えっ!キョウ再婚するの?!っていうか結婚してたの?!」


「してないわよ。再婚するのはお母さん。ユカ説明めんどくさがらないでよ」


 2度目の説明をめんどくさく思ったゆかがとんでもない誤解を生みそうな発言をする。勘弁してちょうだい...


「まぁ、その話はもういいから。それより例のどうだった?」


 少しでも憂鬱な気分を晴らすために話題を変える。特に今は私たちの間で持ちきりの話題があるからそれに関する話をしたい。


「あー私まだ確認してない」


「わたしもー」


「私も。どうせここでその話になるだろうし落ちてた時みんなに慰めてもらおうと思って見てない」


「そう。私も見てないからそれなら今一緒に見ましょ」


 なんの話をしているかというともうすぐ発売される新作ゲームの初回購入権の抽選結果の話だ。


 電脳歴になった原因と言われている電脳空間EDEN。


 人々の第2の生活空間とも言われているほど世界に浸透した電脳空間EDENではAIの高度化、自動化によって暇を持て余した人々が娯楽を求めて集まっている。


 ニュースで見た受け売りだけど最近では全世界の総人口の6割を突破したとか。


 先進国のほとんどでEDENが普及していて発展途上国でもその波が広がっていると聞いたことがある。


 とにかく人々の需要に答えるために毎年様々な企業がEDEN内で楽しむことができるVRゲームをリリースしている。


 私たちはゲーマーとして一緒に遊んだり情報交換をしたりしながら今までいろんなゲームを一緒に遊んできた、いわば同士だ。


 ただ、今回はこれまでとは一味違う特別な新作になる。というか開発段階で既に世界中から期待を向けられるほどだった。


 なぜか?それは開発元が特別だからだ。


 新進気鋭の中小企業でも超大手ゲーム会社でも大手の共同開発でもない。ではなにか......AIだ。


 それもただのAIじゃない。電脳空間を生み出した『創造主』と呼ばれている天才が一から作りだし、今やEDENの全権を管理・運営している特別なAI群。


 通称:Demi-Godsと呼ばれる者達。


 一般人が接触する機会なんて皆無なため半ば都市伝説扱いされていたDemi-Godsたちがまさかの新作ゲームの開発を行っていたとなれば、言うまでもなく発表当初はいろんな意味で大騒ぎだった。


 当然私も一ゲーマーとして大いに3人と盛り上がった。


 Demi-GodsとはEDENにおける神様みたいなもの。だからこそクオリティに関しては成功が約束されている神ゲーだった。


 しかも噂によるとDemi-Godsたちにゲーム内で会うことも出来るらしい。


 確定的神ゲーの名前は“Only Fairy-Tail ONLINE”通称はOFTON(お布団)と呼ばれている。


 そんな確定的神ゲーの初回購入権はEDEN内で行われる抽選によって希望者に付与されるシステムを採用しているらしい。


 ...購入権とは言ってるけど基本プレイ無料なので実際はダウンロード権というべきかも。


 権利数は他ゲーの初回購入権に比べてかなり多いらしいけど、当然のことながら希望者の母数はそれよりも圧倒的に多い。


 EDEN内での抽選ということで金銭を介した譲渡(いわゆる転売)などの不正な入手手段等とれるはずもなく、己の運のみを信じて戦うことしかできない。


 流石に段階的にプレイヤーは増やしていくだろうけど、2回目の購入権の抽選に関する発表はまだないし、いつになるか分からない以上ここで確実に手に入れたい。


 実は抽選結果は昨日のうちに届いていたのだけど...怖くて一人では見れなかった。


 それぐらいこのゲームに対する期待度は高い。お願い、神様...!


「それじゃ、みんなせーので見よう...いくよ!」


『せーのっ!』


 結果は――――はずれ


 はずれ...hazure...はずれ...は、ずれ


「...っ...っ...!」


 言葉にならない悔しさを胸に膝から崩れ落ちることしかできなかった。すぐ隣で同じように崩れ落ちるヒタチ。


 あんまりよくないけど抽選に外れたのが私だけじゃなくてよかったと思う。


 ヒタチも仲間を見つけた顔でこちらを見ている...そういえばユカとミライは!


 机にもたれかかっているユカと無防備に椅子に腰かけているミライに目を向けると驚いたような顔でデバイスを見たまま固まっている。ま、まさか...


「ふ、二人とも?うそ、だよね...?」


 ヒタチが震える声で言葉を投げると嬉しさ8割、罪悪感2割といった表情で二人がこちらに顔を向けた。


「あ、あはは...当たっちゃった」


「ミライも?私も当たったよ」


 ...こんな...こんなことがあっていいの?


「とりま、お先に失礼しまーす」


 めったなことでは表情筋が動かないユカがそれはもういい笑顔で煽ってきた。



#####

$$$$$



「なるほどねぇ、それで杏花さんは不機嫌なのか」


「...別に不機嫌じゃありません」


「あはは...」


 再婚の話を父さんから聞いてから数日後、引っ越しの手伝いをしに神崎家の新居に足を運んでいた。


 思っていたよりずっといい家だ。「父さん、頑張ったんだなぁ」などと考えながら力仕事やセキュリティ関連に目を通してみたり忙しくしていたんだけど、気になることが一つ。


 杏花さんがめーっちゃため息ついてる。


 大丈夫?と声をかけてみるも「大丈夫です」とそっけない態度で返されるばかりで取り付く島もない。


 なので、以前あった時に連絡先を交換してちょくちょく話をしていた桃花さんから引っ越し作業の合間に話を聞いてみた。


 どうやらOFTONの1次抽選に落ちちゃったらしい。まぁ、結構世界的にも期待されてた超大作らしいからなぁ...結構重度のゲーマーらしいから。それも致し方なし。


 ちなみに今は引っ越し作業が一段落ついたので休憩中である。


「そういえば桃花さんは抽選したの?」


「えっと、私はゲームは少ししかやらなくて...MMORPG?っていうのもやったことなかったから普通に買えるようになってから買おうかなって」


「なるほどねぇ...ちなみに普段は何やってるの?」


「“Jardineir”っていうゲームでお花育てたり友達のお庭にお邪魔したりしてます」


「あれかぁ、結構システムも凝ってるしグラも綺麗だしで運営の拘りを感じて良いゲームだよね」


 “Jardineir”はいわゆる箱庭ゲーの一種で庭に多種多様な植物を植えたり動物を育てたりして自分だけの庭を作ろう、といった感じのほのぼのしたゲームだ。


 フレンドのお庭にお邪魔することも出来るし、なんなら育てた植物や動物の売買もできる。


 限定的な空間しかない箱庭ゲーとはいえ侮るなかれ。


 植物の種類は世界中の植物を再現するだけでは飽き足らず、空想上のものやお伽噺に出てくるようなものまであるし、ペットに出来る動物の挙動もかなりリアルだ。


 一番の魅力である交配システムはえぐい作り込みで、運営の拘り、もとい狂気すら感じる良ゲーだ。


「やったことあるんですか?!」


「うん、いいよね。交配システムがかなり作り込まれてて一時期めっちゃやったなぁ。今でもまったりしたい時にちょくちょくやるよ」


「今度お庭に遊びに行ってもいいですか?」


「いいよー」


 にしても杏花さんは全然なのに桃花さんはなんか知らないけどすっごい懐いてくれてるなぁ。逆に心配になる。変な男に騙されたりしないでね?


「...ホントにやってるんですか?」


「やってるよー。杏花さんも今度来る?」


「...まぁ、機会があれば」


 そうそう、このくらい警戒心が強い方がいいよね。年頃の女の子なんだから。


 それにしてもOFTONかぁ...


「杏花さんはそんなにOFTONやってみたいの?」


「そりゃあ、まぁ...楽しみにしてたので」


 そんなに楽しみにしてくれてるのかぁ、なんか嬉しいな。

 ...しょうがないには今回だけ大目に見てもらうか。


「じゃあ、あげる」


「...は?」


 ポカンと口を開けてこちらを見つめる杏花さん。意外と年相応に表情豊かなのかな?


「だから、あげるよ。OFTONの購入権」


「え?な、なんで...」


「うーん、なんというべきか...実はちょっとした伝手があってね。数個ぐらいなら友達に配れるんだよね」


「...いえ、もう一人の友人が置いてきぼりになっちゃうので」


 それでも何かと理由をつけて断ってくる。見かけによらず頑固だなぁ。


「じゃあ、その子の分も用意してあげる」


「...」


「欲しくないの?」


「...欲しい、です」


 警戒心が強いのは大事なことだけど、高校生とはいえまだまだ子供なんだから年上には素直に甘えるのも必要なことだと思うけどね。


 というか、こんなことで嘘吐いても今後の関係性に悪影響なんだから、そこらへん考慮すればもう少し早く納得できると思うけど...うーん、分からん。女心と秋の空ってやつかな...今、春だけど。


「なら決まりね。桃花さんもやってみる?」


「え!?わ、私もですか!?」


「いいよー。いつも遊んでる友達と一緒に遊んでみたら?」


「で、でも...多分皆抽選やってないと思いますよ?」


「何人?」


「えっと、いつも一緒に遊んでるのは二人、かな?」


「じゃあ、全部で5個ね。そんぐらいなら許容範囲だと思うし、ちょっと連絡とってみるから」



$$$$$



side:神崎 桃花


 連絡を取るためにはじめさんはリビングを離れて電話を掛けに行っちゃった。


 ニュースで少しだけ見たけど、OFTONって凄い人気なゲームのはずなのにそんなことができるだなんて...凄い!


「創さん、凄いね...杏ちゃん?」


「え?え、えぇ」


 未だに頭が追い付いてないのか、杏ちゃんは呆然と創さんがいる廊下の方を見てる。


「ね?やっぱりいい人だってでしょ?」


 杏ちゃんは創さんのことすごく警戒してるからどうにかしたいとは前から思ってた。


 初めて会ったときは綺麗な白髪にサングラスをかけて丈の長い白衣を着ているというかなりインパクトのある格好だったから私も少しだけびっくりしちゃったけど。


 その後、連絡先を交換してから何度か連絡を取り合った感じ普通にいい人だったし、杏ちゃんとも仲良くして欲しいと思ってる。


 だから当面の私の目標は杏ちゃんと創さんを仲良くさせる事だったりする。


 私が昔からお兄ちゃんに憧れがあったからっていうのもあるけど、やっぱり家族仲は良いに越したことはないと思うし。


「むしろ怪しさが増したんだけど?桃はあんまり分かってないと思うけど、普通ならありえないのよ?購入権の譲渡なんて。それも複数...」


 むぅ...杏ちゃんが全然納得してくれない。どうしよう?


「まぁ、でも...感謝はするから」


 どうやって二人を仲良くさせようかと悩んでいる私の顔を見て、何を思ったのか杏ちゃんはそう言ってくれた。


 ...いや、感謝するのは当たり前じゃない?!さすがに警戒しすぎだよぉ!


 そんな風に二人で話していると、創さんがリビングに戻ってくる。


「取り敢えずオッケーは出たよ。受け渡しは...いつにしようか?二人はいつがいいとかある?」


「えっと、私はいつでも大丈夫です」


「...私は出来るだけ早めがいいです。事前準備もありますから」


 事前準備って何のことだろう?と思ったけど後で杏ちゃんに聞けばいいか。


「んー...じゃあ、明日は?部活とかやってるの?」


「学校が終わった後なら大丈夫です。二人とも帰宅部ですから」


「まぁ、放課後なら」


「友達は?大丈夫そう?」


「あっ!そっか...えっと聞いてからでもいいですか?」


「ん。日程決まったら教えてね。最近は割と暇してると思うから俺の方で合わせるよ」


「はい!ありがとうございます!」


「...ありがとうございます」


「いいよー。あーあと、受け渡し場所はEDEN内でお願いね。せっかくだし、さっき話題に挙がったJardineirの庭に招待するから受け渡しはそこでやろうか」


「いいんですか!?」


「うん」


「あの、私そのゲーム持ってないんですけど...」


「大丈夫だよ杏ちゃん!JardineirはEDEN内でフレンド登録されてればゲームを持ってなくとも『庭』に招待出来るから!」


「ん、そういうこと。日程決まったら連絡ちょーだい。その時に二人にフレンド登録用のメール送るから。二人の友達にもそのメール見せて俺とフレンド登録してもらっててくれる?」


「はい!」「はい」


「じゃあ、父さんたち手伝いに行こうか。もうすぐ引っ越しの片付けも終わりそうだし、もうちょい頑張ろ?」


 そう言うと、創さんは優斗さんの力仕事を手伝いに廊下へと出ていった。


「楽しみだね!杏ちゃん!」


「えぇ、まぁそうね」


 淡白だなぁ、と思われるくらい表に出てないけど私は知ってる。杏ちゃんがいつになくハイテンションだ...!


 その後は、皆で協力して引っ越しの片づけを終わらせて引っ越し祝いにお寿司を食べに行った。


 回らないお寿司なんて初めてでちょっと緊張したけど凄く美味しかったなぁ。


 創さんとも色々話せたし、杏ちゃんも創さんとちょっとは話してたみたいだし万事いい感じ!


 とりあえずハルちゃんとチカちゃんと連絡とってゲームの受取日を決めないと...Jardineirで創さんが造った庭を見せてくれるって言ってたしとっても楽しみだなぁ。


 先の予定に私はワクワクした気持ちを抱えたまま布団に入った。



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