第5話 祭りの終わり


side:ナターリア=クリヴォノギフ


Черт!クソがっ!


 思わず口をついて悪態が出てくる。普段は翻訳されるが開発者の配慮だろう悪態や罵倒は母国語のままに吐き出される。


 普段はありがたい配慮だが今だけはこの収まりようのない怒りをその元凶へとストレートにぶつけたかった。


 悠々と歩み寄ってくる影が砂煙の向こうに一つ。


 砂塵が晴れる頃にはその姿は鮮明に脳裏へと焼き付けられた。


 本能で察してしまっているのだ。今目の前に立ちはだるこの男の顔を一生忘れることは無いだろうと。


 そいつは笑っていた。


 傲岸不遜にもロシア最強のFPSプロゲーマーと噂される自分を目の前に余裕綽々の笑みを浮かべ、自らの勝利を確信して疑いもしない表情で歩み寄ってくる。


 実際、その勝利の確信を覆すことは難しいだろう。高級感漂うスキンには多少の砂埃の他に汚れなど微塵もない。


 対するこちらは左腕に幾つかの銃痕が残り全く動かない。まだ動く足や右腕にも幾つものかすり傷がその存在を主張するかのようにポリゴンを排出している。


 HPの総量は全体のわずか一割。圧倒的劣勢だ。というよりも勝負はほぼ決した。


 こちらのチームは残り自分一人なのに対して向こうは誰一人欠けることなく残っている。


 本来ならさっさとハチの巣にされている所だが現状を作り出したであろう元凶が一人で意気揚々と歩み寄ってきて他のメンバーは少し後方でその様子を見守っている。


 何か話したいことでもあるのだろうか?


「やあやあ、気分はどうだい?」


「本気で聞いているなら精神科に行くことをオススメする」


「わお、挨拶代わりが随分ヘビィだことで」


「御託はいい。何か用?さっさと終わらせたいんだけど...」


「んーなんとなく話してみたかっただけなんだけど。そうだなぁ...それじゃせっかくだし煽り文句の一つでも言っておこうかな

『巨鯨海の広さを知るも宇宙そらの蒼さを知らず』ってね」


「...?どういうこと」


「上には上がいるってことさ、миссお嬢ちゃん


「次は絶対殺す」


 眉間を鉛玉が通過する。


 視界がブラックアウトする刹那、最後に見たのは爽やかに手を振っている憎き怨敵の顔だった。



#####

$$$$$



side:堕ヴィンチ


「えーそれでは!見事GAG世界大会決勝の舞台を勝ち抜いたSeven Bulletの皆様にお話を聞いてみたいと思います!まずは決勝戦お疲れ様でした!」


 GAG世界大会決勝の後、出場選手専用のロビーに招待されると早速と言わんばかりにインタビュアーからマイクを向けられた。


「あーはいはいどもども、え?ていうかこれ俺が答えるの?」


「いや、先輩がチームリーダーなんですから当然ですよ」


 いまさら何言ってんだこの人、みたいな目でSumomoが見てくる。マジか、ちょっとめんどくさいな。


「堕ヴィンチ選手!凄かったですね!もう、なんというか圧倒的過ぎて言葉も出ないぐらいの活躍っぷりでした!」


「おーありがとうござます。凄かったでしょ?ゴム弾キル」


「はい!もうヤバいというかえぐいというか解説席にお呼びしていた赤嶺さんから説明していただきましたけど、目の当たりにしても全く理解が追い付かないほどの超絶技巧でした!」


「ああ解説に赤坊来てたんだ」


「赤坊?」


「公の場でその呼び方はやめてくださいよ堕ヴィンチさん」


「あっ!赤嶺さんのことですか」


「いや、まぁそうなんですけれども流石にその呼び方は、ね?」


「あはは、まぁそれはさておき改めてお話聞かせていただいても――「チートだ!」


 赤嶺 翔がこちらに来たことを確認した黒豆アズキが大会について深掘っていこうと言葉を紡いだ時、それに被せるように参加者専用ロビーにいた1人の選手が騒ぎ始めた。


 顔が記憶に残ってないが...はて、誰だろうか?


 こちらに向かって大股で歩いてくる彼は近くに来るとさらに大声で喚き始めた。


「お前!チート使ったんだろ!じゃないとあんな簡単に俺らがやられるはずない!」


「ぬ?」


 なにやら見当違いのことを言い出したが面白そうだからもう少し聞いてみるか。


「ふむふむ...何を根拠にそう思ったんだ?」


「は?何って...」


「世界大会に出るくらいだから運営のチート嫌いぐらい知ってるだろ?

 リアルタイムで複数人の運営スタッフさんが血眼になって不正がないか警戒してる中でどうやって不正したのかって聞いてるんだよ」


「それは...運営に気づかれないようなズルい手を使ったんだろ!じゃないとおかしいじゃないか!」


「さっきから聞いてれば――」


 ガキみたいな理論振りかざして不正だなんだと騒ぎ立てる男に流石に腹が立ったのか赤坊が前に出ようとするが、まぁまぁ待ちなされ。


「まぁまぁ赤坊いいからいいから」


「ですが...」


「それで?自分には出来ないような大量キルと自分には出来ない神がかった跳弾の演算処理は明らかにおかしいから不正だって言いたいわけだな?」


「ああそうだよ!さっさと認めろよ!このチータ――ぐえっ」


 流石にやかましいので足払いをかけて尻もちをつかせる。威圧するように顔を近づけると表情をこわばらせて後ずさりしようとする。


 えぇ?流石にビビりすぎだろ、とは思いつつもここまでやってはこちらも後には引けない。


 逃げられないように腹部を踏みつけてどうせなら思いっきりビビらせてやろうか。


「お前さ、自分が言ってること分かってる?そんなガキみたいなこと言ってる暇あるならさ、もっと練習するべきなんじゃないの?

 いい歳した大人なんだからさ、もっとクレバーに行こうぜ?ヘタクソ」


 とどめと言わんばかりに頭を優しくポンポンと撫でてやる。


「なっ...っ......っ!」


「ふぃースッキリ」


 ちょっと煽りすぎたかなとは思ったけど、こんな輩に人生の容量を使うのはそれこそ時間の無駄なので以降は意識から完全に除外する。


 さっと周りを見渡してみるが特に反論がありそうなやつもいなさそうなのでインタビューに戻ろう。


「さて、それで?どこから話せばいいんだっけ?」


「えっ?」


 この流れでインタビューそこいくの?!と言わんばかりのナイスなリアクションをいただいたから取り敢えず満足。


 見た感じ黒豆アズキさんはアイドルっぽいけどリアクション芸人とかやってみてもよさそう。


「無い?無いならさっさと帰りたいんだけど」


「ちょっ、ちょっと待ってくださいね!えっと、えっと...」


 わざと強めに言ってみると大慌てでカンペを読みだした。うーん、今ならこの人のファンの気持ちがなんとなく分かったような気がする。なんかちょっかい掛けたくなるのかもねこういう子は。


「あなたって人は...」


 赤坊が呆れたような視線を向けてくるが、気にせず話を弾ませる。


「あれぐらい言わないと、伝わんないでしょ?馬鹿は死んでも...って言うじゃん。むしろ俺、優しくね?」


「えぇ...」


 歯に衣着せぬ言いざまに黒豆ちゃんは言葉が見つからなかったのか、困惑の表情を隠しきれていなかった。


 いい表情するなぁ、リアクション芸人の方が向いてるんじゃない?


「あんなしょーもない人間に割いてやるほど俺の時間も感情も安くないの。なにせ俺ってばちょー天才だから」


「は、はぁ...えっと、それでは!気を取り直してインタビューを進めていきたいと思います!まずですね――――」


 ほぅ、無視とは中々やりおる。インタビューが終わったらリアクション芸人へのジョブチェンジを勧めてみるか。



#####



インタビューの嵐を乗り越えた頃にはかなりの時間が経っており、この熱気あふれる時間も終わりの時が近づいてきていた。


「えーそれでは最後にGAG世界大会優勝チームSeven Bulletに今大会の優勝賞金とゲーム内で使える特殊なアイテム、そして次回大会へのシード権を贈呈いたします!」


 あ、そういえばシード権なんてものもあるのか。んーそれはなぁ、と困りチームの皆を見てみるとみんな同じような顔をしていた。

...うん、じゃあいっか。


「あ、シード権はいらないっす。準優勝チームにでも渡しちゃってくださいな」


「おめで――えぇぇぇぇぇぇぇ!!!」 


 祝いの言葉を遮ってしまったため、またしても黒豆ちゃんの芸人化が一歩進んでしまった。


「えっ?...え?シード権破棄しちゃうんですか!?」


「うん、だって次回出るつもりないし」


「はぁぁ!?」


 それに対して声を荒げたのは黒豆ちゃん、ではなく小柄な銀髪少女のアバターだった。見覚えのある顔は決勝の最後に煽ったロシアのプロゲーマーの娘だったはず。


「どういうこと?」


 静かな口調だが返答次第じゃ許さないといった雰囲気を醸し出している。


「いやぁどうもこうも、今回は偶々みんなのスケジュールが空いてたから参加できたけど皆リアルの事情があるからさ、さすがに次も出ようねって訳にはいかないのよ。


 それにGAGもかなり遊びつくしたし、世界大会出場まで行けたんなら一区切りつけて他のゲームにシフトしていこうかって皆で話してたし」


「でも!」


「それともう一つ。最も重要なことがある」


「...なに?」


「ここで別ゲーに移って姿消したら後々伝説になりそうでかっこよくない?」


『えぇ...?』


 その場にいた全員がめちゃめちゃ大事なクソほどしょうもないその理由に困惑の色を隠せず何とも微妙な雰囲気のまま授与式は終わりを迎えた。


 結局シード権は準優勝だったロシアのプロチームが受け取ることになり、ロシア娘は最後までしつこく絡んできた。


 まぁ、大会に出るつもりは毛頭ないけど面白そうな娘だったのでフレンド申請だけぶん投げてあとは解散まで適当に相手をしていた。



#####



 こうしてGAG世界大会決勝は幕を閉じた。


 これは余談だが、GAGの野良ではその後一時期ゴム弾厨が大量に湧いたり、ゲーマーアイドルの黒豆アズキの仕事がバラエティ色の強いモノへと変化していったり、鬱憤の溜まったロシアのプロゲーマーに日本のプロゲーマー、FPSの申し子(笑)がその次の世界大会でフルボッコにされたりと実に様々なことがGAGでは起こるのだが...それはまた別の話。


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