第3話 井の中の天才
side:ナターリア=クリヴォノギフ
始め何が起こったのか全く分からなかった。
ロシアのプロゲーミングチームの一員として文字通りゲームに自分の生涯の全てを捧げてきた私には技術も知識も一流であるという圧倒的自負がある。
それでも自分の身に何が起こったのか分からなかったのだ。
足音を立てないよう細心の注意を払って瓦礫の隙間を縫うように進んでいく。その途中不意に身をかがめたのは計算でもなんでもなく、ただの偶然だった。
瞬間、すぐ後ろをついてきていたチームメイトが脳天から赤い花を咲かせてダウン状態になった。
「
次いで狙いすましたかのように確殺が入れられる。一言の猶予すらなく襲撃を受けたチームメイトはゲームから離脱していった。
それを開始の合図とするかのように銃弾の雨が横殴りに降ってきた。仲間の誰も突然の出来事に困惑し、一瞬の膠着ののち――すぐさま行動を開始する。
「廃墟に入る!」
『了解!』
廃墟内への追撃は無かった。ただ被害は甚大だ。
襲撃を知らせる2撃でチームでNo.2の実力者だったエレオノーラがやられた。
それだけじゃない。イアコフは左腕を潰されたし、イヴァンは足を負傷した。
もう正面からの戦闘では満足な成果は出せないだろう。
なにより最初の2発、あれは自分にあたっていてもなにもおかしくなかった。本当に偶然、地面に微かな違和感を感じた自分の頭上を通り過ぎていっただけだった。
「はぁっ...はぁっ...今の、なに?」
チームメイトで大きな負傷が無かったソフィーが息も絶え絶えにそう言う。
「分からないっす。突然エレオノーラさんが吹っ飛んだかと思うと、狙いすましたかのように横から確殺が入りました」
「横から?つまり敵は2方向からウチを攻撃してきたと?」
「いや、1チームとは限らないんじゃないか?複数のチームの睨みあいの間を通ってしまった可能性もある」
「でも瓦礫と瓦礫の間よ?そもそも銃声なんて近くでしてなかったし、こっちは屈んで移動してた。高所からじゃないと見つけることは困難なはず」
ソフィーの言う通り、巻き込まれ事故の線は薄いと自分も思う。
「...」
「イアコフ?」
廃墟の中で一先ずの安全を確保した後、今後の方針と先程の出来事についてチームメンバーと対策を講じる。
そんな中、いつもお調子者のイアコフがメニューを開いたまま黙り込んでしまっていた。
「...どうやらそういう次元の話じゃ無さそうっすよ、皆さん」
「あ?」「どういうこと?」
「メニューのキルログ見てください」
キルログ?確かに残存チームの戦力把握にもつながるけど今はそれどころじゃ――――次の瞬間、キルログを見たことを少しだけ後悔した。
「ちょっと、なに...これ...」
「おいおいおいおい嘘だろ?こんな...」
『堕ヴィンチがGregoryを撃破しました』
『堕ヴィンチがЭлеонораを撃破しました』
『堕ヴィンチがKieran Hollidayを撃破しました』
『堕ヴィンチがOtl Forstemannを撃破しました』
『堕ヴィンチがMaximilianを撃破しました』
『堕ヴィンチがJons Kallstromを撃破しました』
『堕ヴィンチがOrverを撃破しました』
『堕ヴィンチがLukas Bertを撃破しました』
『堕ヴィンチがスープ意思表示を撃破しました』
『堕ヴィンチが嵆 応を撃破しました』
異常すぎるキルログがさっきの元凶を明確に表していた。コイツしかいない。現に少し上の方に流れてしまっているがエレオノーラのキルログも確認できた。
コイツがエレオノーラを倒したのは分かったが...キルログの表示速度が尋常じゃない。いったいどうやって?
「リーダー?」
心配そうな声が私に掛けられる。その声を聞いてハッとし頭を振って現状の打開のために頭を回し始める。
「大丈夫。それより情報。誰かこの堕ヴィンチという名前に心当たりは?」
「いえ、私は無いわ」
「俺もない」
私もない。少なくともこれまでの大会でこんな異常なキルログをお目にかかったことは無い。カタカナ表記の名前的に日本人だろう。
でも、日本のプロゲーマーの中にそういうハンドルネームの奴はいなかったと思う。
「...」
またもイアコフが何かを考え込むように沈黙している。情報収集はイアコフの得意分野。なにか知っている?
一刻も早い立て直しのためには情報がいる。そう思い、いまだ思案に耽るイアコフを急かすように声をかけた。
「イアコフ」
「...あ、はいっすリーダー」
「知ってるなら話して」
「...プレイヤーネームまでは特定出来てないんすよ。けど今回初出場の日本のアマチュアチームが
「アマチュア?!」
「はい」
「そういえば赤嶺が今大会出場してなかったな」
「そうっすね、どうにも予選でかち合って負けたらしいっす」
「うそ、あの赤嶺が負けた...?」
ソフィーの言いたいこともよく分かる。赤嶺 翔と言えば界隈ではかなりの有名人だ。技術も知識もセンスもどれをとっても超一級。
うちの副リーダーのエレオノーラですら食い下がらざるを得ないほどの実力者...それでも自分の方が強いけど。
そんな赤嶺を撃ち負かしたとなればその実力は生半可なものじゃない。
「それと...キルログの詳細見ましたか?」
「詳細?」
「はい、その堕ヴィンチって奴のキルの絡繰りが分かります」
「これ...」
「ただのゴム弾じゃねぇか!ありえねぇだろ!」
「いや理論上不可能ではないんすよ。最も机上の空論の域を出ないような代物だったはずなんすけどね...」
「跳弾...」
「っすね。ゴム弾特有の特殊なダメ計と5n回目のゴム弾同士の跳弾によるカウントリセット。バカみたいな条件ですけどあるんすよ、ゴム弾キルの方法」
「いやそんなのどうやって勝つ?今までの話をまとめると、予想される敵のスペックは化け物じみた演算処理能力と完全な地形把握、それからこのフィールドでのセオリーまで網羅してるってことだろ?下手したらこっちが立てる作戦のことごとくがあらかじめ予測されて対策されている可能性もある」
「そうっすね。最早、人間かどうかも怪しいレベルではあるっすけど...」
「...仕方ない。一先ず芋る」
「しょうがないか」「っすね」「それが最善、ね」
化け物が。そう悪態をつきたくなるがそんなことしたところでなんの意味もない。
...本当はこんな作戦実行したくは無かったがなによりも優先すべきは勝利だけ。
弾の消費――はゴム弾を使ってるなら関係ないか。でも時間経過によるフィールド収縮で近距離戦まで持ち込めればまだ勝機はある。
「取り敢えず円の縮小まで――」
カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン
「まさか...」
「!?散開!伏せて!」
突如聞こえてきた異音の正体に気づいた瞬間、廃墟の3階でそれぞれの距離が可能な限り離れるように四隅へとばらけ被弾率を下げるために身体を丸くしてその場に伏せる。
瞬間、襲ってきたのはあらん限りの金属音を轟かせながら破壊の限りを尽くす銃弾の群れだった。
カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン
「
轟音に紛れてイヴァンの怒号が薄っすらと聞こえてくる。だが、すぐにそんなことに気を遣う余裕はなくなった。
先程から銃弾が体のあちこちを掠めヒットポイントがゆっくりと減っていく様は恐怖以外の何物でもなかった。
鉛色の死が全てを蹂躙していく
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side:Sumomo30
「おっラッキー。あの廃墟何人かいたみたい」
キルログに新しく3人の名前が表示されると先輩は呑気にそんなことをのたまった。新たにやられた3人が不憫でならない。
この人「んーなんかあの辺の廃墟入ってそうじゃない?」とかいって馬鹿みたいな跳弾させるし、そのふざけた演算処理能力に毎度のことながら呆れることしかできない。
今日という日に向けて必死に努力してきた彼らのことを思うと、もう何といったらいいものか...私にはそっと目を逸らすことしか出来なかった。
「おい」
あまりにも残酷なキルログの流れに見当違いな罪悪感を感じていると後ろから声をかけられた。
振り返った先にいたのは、150cm程の小柄な男の子と女性にしては少し高めの身長170cm程のどこか神秘的な雰囲気を漂わせている女性だった。
「あ、PaPlIcAさんとおもちさん、そっちはどうでした?」
「どうしたもこうしたも、そこの馬鹿がキルログ荒らしてるから俺のキルが目立たねぇんだよ」
「ぶい」
苛立ったような口調で少年アバターを使っているのはPaPlIcA元帥さん。
普段はプロゲーマーとして活躍しているらしいけれど今回は仕事ではなくプライベートのため一緒に参加している。
やっぱりプロということもあってSeven Bulletでも頭一つ抜けて上手い。詳細は知らないが、野良でタイマン勝負無敗記録を打ち立てていた時に先輩にボロ負けしてから一緒に遊ぶようになったらしい。
時々2人でタイマン勝負をしてるけど先輩が負けたところを見たことは無い。プロ相手に勝率10割とかホントに頭いかれてると思うあの人。
対して、短い勝利宣言と共にピースサインでこちらに喜びを伝えてくるのは、まんまるおもちさん。
普段から独特の雰囲気を持っていて、なんというか...不思議な人だ。
元々口数が少ない人なんだろうけどそれに加えて表情があまり動かない人なのでそこそこの付き合いになる今でさえ何を考えているのかはあまり分からない。
でものほほんとした雰囲気は嫌いじゃないし、優しい人であるというのも知っている。まぁ変人だというのも知ってるわけだけど...先輩に比べれば一般人も同然だ。
「2人共おっつー」
「もうちょっと自重しろや。俺が目立てないだろうが」
「えぇ~パプリンが頑張ったらもうちょいいけたでしょ?相手が同業だからって変に肩に力入っちゃったんじゃないの?
いつも通りやってりゃパプリン強ぇんだからさ、気にしなくていいのに」
「誰がパプリンだ。ちゃんと名前呼べ」
PaPlIcAさんはしかめっ面でそう言いつつもどこか嬉しそうだった。
なんだかんだで仲いいんだよなぁ、この2人。
「ダビ君、ぶい」
「おぉ~もっちゃんもないす。どう?楽しかった?」
「ん、つよつよ」
「ほとんどプロだからねぇ」
「牛タン...」
「祝勝会?いいねぇ」
「家出たくない」
「はっはっは、この引きこもりさんめ」
なんであの人普通に会話出来てるんだろう?牛タンの下りから全く分からない。
やっぱり2人揃って変人だ。
「そういえば
「あ?知らないな。どっかでくたばってんじゃないの?」
普段から毒舌気味なPaPlIcAさんはいつもこの調子だけど、別に怒ってるわけじゃないみたい。初めてそれを知った時は「紛らわしい人だなぁ...」と内心思った。
「地形のすり合わせ、してくるって」
「あ、そうなんですか?じゃあもうすぐ集合できますかね?」
おもちさんがここにいない残り3人の行方について教えてくれていると、階段を上がってくる足音が聞こえてきた。
聞きなれた足音に私たちは特に警戒もせず階段へと視線をやる。上がって来たのは二人に負けず劣らず特徴的な格好の3人組だった。
「はぁい、みんな元気してたぁ?」
筋肉を無理やり服の中に押し込んだような筋骨隆々の男性アバターで野太い声を発したのは
アバターから受ける圧迫感は尋常じゃないが中身はとても丁寧で優しい人だ。
そのギャップから男性アバターにも関わらず姉貴と一部のプレイヤーに慕われている。
「ただいま戻りました!皆さんは大丈夫でしたか!怪我はしてませんか!元気そうでなによりです!」
外見の圧迫感が強い漢梅さんとは対照的に中身の圧迫感の強い熱血系女子のApple Pineappleさん。
優勢でも劣勢でもいつも変わらず元気はつらつ、全力全開でちょっと間の抜けた面もある情報過多な女の子だ。
ゲームよりも身体を動かすことの方が好きなタイプで、なんとGAGがVR初挑戦というVR超初心者でもある。
すごくいい娘なんだけどネットリテラシーに欠けるというか慎重さが足りないというか...とにかく目を離すとすぐにトラブルに巻き込まれるトラブルメーカーでもある。
「はいはい、ふたりとも戦闘直後でアドレナリンドバドバなのは分かるけど、もうちょっと声押さえて。まだ大会中だよ」
そんな2人を宥めながら現れたのはSeven Bulletの自称常識人枠(笑)ノイマンさん。
実は私と先輩と同じ大学に通っていて私たちと同じ研究室に所属してる。つまり私の第2の先輩だ。
初期
先輩に負けず劣らずの変人であり、国際的にも最高レベルのうちの大学で先輩に並ぶ天才と名高い人でもある。
「よしよし皆揃ったね。ノイ、地形は?」
「推測通りだったよ。多少の誤差はあるが、気にするほどじゃあない」
「おっけ、梅ちゃんもリンゴも体力は大丈夫かい?」
「うふふ♪すこぉしハッスルしちゃったから、ちょっぴり減ってるけどまだまだ遊び足りないわぁ!」
「大丈夫です!私もまだまだ頑張りますよー!」
「よっしゃ!それじゃあSeven Bullet暴れ散らかしていこうか!」
チームメイト全員が揃い先輩が音頭を取る。全員ギラギラと瞳を輝かせながらこの大舞台での
かく言う私も同じような顔をしているだろう。そしてSeven Bullet総出でプロゲーマーへと殴り込みをかけた結果は...言うまでもないだろう。
プロとはいえ消耗したパーティーとアマチュアとはいえ準備万端のパーティーではその差は覆しきれるものではなかった。
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