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矛盾ピエロ

序章 鉄と硝煙に塗れた戦場で稀代の天才は笑う

第1話 始まりは硝煙と共に


 怒号と銃声が飛び交う


 乱立した廃墟の僅かな隙間から、数十キロ先の瓦礫の向こうから、そして両の手に握られた殺意の具現から鉛色の死が飛んでいく。


 鉛色の死は時に赤い花を咲かせ、時に敵の青い顔を打ち抜きながら敵味方構わず自らの行く手全てを破壊してただ機械的に飛んでゆく。


 鉄と硝煙が支配し、気化した科学物質が肺を満たす。


 他人エネミーの死だけが脳内を快楽物質で満たす唯一の手段とされるこの歪み荒廃した世界で今、自らこそがこの世界の頂点にふさわしいと肥大した自負と圧倒的実力を混ぜ込んだ狂人達が広大なフィールドへと放たれた。


 ここは現在最も熱いと噂されている Virtual Reality First Person Shootig Game(VR FPS)のGun And Gun(通称GAG)の世界大会決勝の舞台だ。


 決勝とは言ったものの形式は1チーム最大10人からなる総勢約500名によるバトルロワイヤル形式という実に不公平極まりない残虐なルールのものだった。


 不満が出ないわけではなかったがGAGを開発し運営しているI&C社は破天荒な社風で知られており、最終的には出場者皆が認めることになった(というよりは諦めに近かったが)。


 eスポーツなどという言葉が世間に広く浸透し始めてから既に数十年、ゲーム一本で己の人生を支えるプロゲーマーからこれまでに開かれた数々の大会で成績を残してきたプロにも引けを取らないアマチュアまでGAG決勝の舞台に降り立った者たちはこのゲームにおいて数々の修羅場を潜り抜け、日夜研究を重ね今日この場に立っている。


 そんなことを考えると人知れず目頭が熱くなってくる。


 そう、決して油断から防護兼照準補正がついているゴーグルを外しフィールドを舞う砂塵が偶然にも目に入って悶絶しているわけでは決して!ないのだ。


「なにしてるんですか先輩?」


 呆れたような声でおざなりに尋ねてきたのはGAG世界大会決勝というゲーマーにとっては大変な名誉のある舞台に一緒に参加しているチームメイトのSumomo30である。


 ちなみに名前の由来はGAGを買った日に実家からスモモが30個届いたという中々印象深いエピソードから来ている。実は大学の後輩でもある。


「いや、この場に参加している他の参加者たちの血と汗のにじむような努力を考えるとなんだか泣けてきちゃってね」


「絶対油断してゴーグル外して目に砂が入ったからですよね?先輩そんな出来た人間じゃないんですからすぐ分かる嘘つくのやめてもらっていいですか。


 こちとらこういう大きい大会出るの初めてなんで滅茶苦茶緊張してるんですよ。今変な動きされたら誤射する可能性高いんでほんとに勘弁してください」


「ほー...常にチーム内最多FFの記録を塗り替え続ける猛者はこんな時でも一味違うね」


「撃ちます」


「わお、まさかの断定だった」


 ちなみにFFとはフレンドリーファイヤの略称であり、チーム内の味方に誤ってダメージを入れてしまうことである。


 Sumomo30はFFの天災だった。天才ではなく...頭はいいんだけどなぁ、アドリブに弱いところがあるからなぁ


「と、まぁそんなお茶の間のひと時はさておき...どうしよっか」


「喧嘩売ってきたの先輩の方なんですけど...」


 俺とSumomo30は7人でチームを組んで決勝に参加している。GAGでいつも一緒に遊んでいる仲良し7人組である。


パァンッ


「そういえばさ、谷原教授の課題ってもう終わった?」


「は?めっちゃ急ですね。ていうかそれ先週提出ですけど」


「ゑ」


パァンッ


「いやいや、え?先輩が教えてくれたじゃないですか」


「Oh...そうだっけ?」


パァンッ


「はぁ...まぁ忘れてそうだなとは思ってましたけどね」


「教えてよ!」


パァンッ


「いやどうせ先輩単位足りてるしいいかなって」


「くっ出会った頃はもっと可愛い後輩だったのに!」


パァンッ


「はいはい、どうせ私は...っていうかさっきからそれ何してるんですか?」


「これ?これはね――――」



#####



 それはあまりにも常軌を逸した現象だった。


 GAGの世界大会に出ているのはその8割が各国のプロゲーマーチームである。ゲーマーなら誰しもが憧れ、目標とする最高峰の技術と最先端の知識を持った人種だ。


 それがどうだ、決勝開始から数分既に多くのチームに複数人の被害が出ている。中には頭を撃ち抜かれ早くもドロップアウトした者もいる。


『こ、これは...フィールド“High Low 廃墟”にて始まりましたGAG決勝戦バトルロワイヤル!観客席は既に驚愕と困惑に包まれております!


 私も自分の目で確認しながらも目の前の光景を信じられずにいます!開始早々アマチュアチームSeven Bulletの堕ヴィンチ選手が無造作にばらまいた弾丸がまるで意思を持ったかのように跳弾を繰り返し、多くのチームに甚大な被害を与えました!


 えっ?ていうかアレ、チートじゃないですよね?』


 異様な光景に実況席では幅広いゲーム知識と巧みなプレイングスキルでゲーマーアイドルとしての確固たる地位を築いた黒豆アズキが興奮をあらわにしている。


 目の前で繰り広げられたあまりにも常識外の光景に無自覚にマナー違反な発言をしてしまっていた。

 実況席に座るもう一人の男、プロゲーマーの赤嶺翔は慌ててフォローする。


『あー解説の赤嶺です。GAGを運営するI&C社はチートが大っ嫌いなので今大会において不正行為が容認されることは決してありません。


 現在進行形でI&Cの職員の方がチェックしています。どうぞ安心して世界大会決勝の様子をご覧になってください』


 その言葉に自らの発言が不適切だったと気づいたアズキは慌てて謝る。


『ごめんなさい!そんなつもりじゃなくてですね...』


『いえ、気持ちはよく分かります。自分も彼と初めて会ったときは心底驚きましたから』


『あはは、ほんとすいません。えーそれでは改めて紹介させていただきます。実況席には私黒豆アズキと解説役として国内プロゲーマーチーム“Atomosphere”よりFPSの申し子こと赤嶺翔さんを実況席にお呼びしております!

 今回のGAG世界大会決勝の生配信日本支部は私たち二人で担当させていただきます!』


『よろしくお願いします...あのそのFPSの申し子っていうのやめません?自分予選落ちしてるのでめっちゃ嫌なんですけど(苦笑』


『いやいやそれでも国内トップクラスの実力者には違いないじゃないですか(笑

 早速ですけど解説お願いします』


『結構強引に進めますね(汗

 まぁはい、大会早々皆さんありえないものを見るような眼で画面を凝視してしまったと思いますが再度申しあげておきますと不正行為は一切ありません。

 強いて言うならば彼の存在こそがチート級ではあるんですけど(苦笑』


『堕ヴィンチ選手やっばいですね...私たちがこうやって話している間にも淡々と発砲を繰り返し、他チームへと圧をかけていってます!

 いやホントどうやったらあんなこと出来るんですか?やっばぁ』


『えーまず銃と弾から説明していきましょうか。彼が使っているのはトカレフTT33という実在のハンドガンをモデルにデザインされたトカレフGAGですね。


 癖が少なく欠点らしい欠点もあまりないため初心者から上級者まで幅広く人気があります。強いて言うなら元々ダメージが控えめなハンドガン系の中でもさらにダメージが控えめなことぐらいでしょうか』


『ダメージが控えめって...さっきから被弾してる人たち皆そこそこダメージ食らってますけど...』


『弾の方に仕組みがあってですね。堕ヴィンチ選手が使用しているのはGM15、俗にゴム弾と呼ばれるものです』


『えっ!ゴム弾ってGAG屈指のネタ武器じゃないですか!基礎ダメージ1とかいうなんの為にあるのかよく分かってないやつですよね?』


『よくご存じですね(苦笑

 詳しく言うのであればゴムのような特徴を持つ金属でGAG内のオリジナル物質なのですが...はい、まぁおっしゃる通り完全なネタ武器の一つです。


 使用されるとしたら友人同士でのおふざけで使われるぐらいですね。ただゴム弾には面白い特徴があって跳弾回数に実質的な制限が無いこと。


 そして特殊なダメージ計算式「基礎ダメージ×(1ー跳弾回数)」という物が仕様として存在してるんです』


『それってつまり跳弾させればさせるだけダメージが増えていくんですか!ぶっ壊れじゃないですか。ん?でも実質...?』


『はい。えーゴム弾の基本跳弾回数は5回です。しかし、5回目にゴム弾同士で跳弾すると跳弾回数が記録されたまま跳弾のカウントがリセットされるという仕様があります』


『それってつまり...オブジェクトで4回跳弾させた後に5回目にゴム弾同士をぶつけて6回目の跳弾をカウントさせるってことですか?』


『そうなりますね。加えて言うのであれば10回目にはまたゴム弾同士での跳弾をさせないとカウントがリセットされてしまうため5n回目の跳弾をゴム弾同士で行っていることになります。


 先程からダメージを食らっている方たちのHPヒットポイントの減り方を見る感じ20~30回の跳弾を経て被弾させているのではないでしょうか。


 「{基礎ダメージ1×(1-跳弾回数)}×被弾部位によるダメージ補正」という感じですね。加えてゴム弾には弾数制限がありませんし、リロードも短いですからね。


 まぁ、運営さんとしても予想外の化け物っぷりということになるのでしょうか』


『...』


『あはは、いや分かります。自分も彼から教えて貰った時には度肝を抜かれましたから(苦笑』


『いや、えぇ...?いや、でもおかしくないですか?フィールド内のオブジェクトってランダムに自動生成されるシステムでしたよね?


 よしんばそんな神がかった神業が可能だったとしてもオブジェクトの位置を完璧に把握してないと不可能ですよ』


『うーん...これあんまり言っちゃうとあれなんですけど、完全にランダムってわけじゃないんですよ。例えば廃墟なんかは幾つかのパターンの中から外装や内装が選ばれてますし、木や瓦礫の位置なんかも一定の法則性に則って配置されるようになってます。


 そのパターンが滅茶苦茶多いから実質ランダムと変わらないって感じですかね。今大会の決勝に出ている方たちならほとんどの方たちはマップ全体の地形は大方分かってると思いますよ。


 High Low 廃墟は高低差もありますからオブジェクトは結構目視で確認しやすいですし』


『...改めて世界大会ってすごいですね。なんか感動しちゃいました』


『まぁ、皆全身全霊でGAGを楽しんでいる方たちばかりですからね(笑』


『はい!それでは引き続き大会の様子を見守っていきましょう!赤嶺さん解説お願いします!』


『はい(苦笑

 精一杯務めさせていただきます』


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