奪われライセンス
「……ああ、そろそろ着くぞ。ナビによるとあと十分もない」
車内には男一人だけだ。
スピーカーにして繋いでいる電話の相手とは、これから待ち合わせをする予定である。
『分かりました、先輩。となると、待ち合わせ場所は……、――町に、一際目立つ「噴水広場」があるので、そこにしましょう。
十分もしない内に着くんですよね? なら、私も急いで出かける準備をしないと――』
「なんでお前はのんびりしてんだよ……、お前の方が近いだろうが。
というか、朝早いとお前も起きられないと思って、遅めの時間にしたのに、それでも間に合わないってさ……アポなしで家に突撃した方が良かったか?」
『やめてくださいよ!!
髪もボサボサ、化粧もしていない素の顔を見せられるわけないじゃないですかぁ!!』
「気にしないけどな」
『私が気にするんですぅ!!』
なら余裕を持って準備をしておいてほしいものだ。
……待ち合わせの後はデートではない。仕事だ。
先輩としてはかなり甘いだろう……、仕事に遅刻してもお小言の一つか二つを言うだけだ……もっと叱った方がいいのだろうけど、最近の若者はちゃっかり録音していたりするし……、先輩も言葉を選ばないといけない。
時間にはルーズなくせに、危機管理においては用意周到である……まあ、逆よりはマシか。
自衛もできない後輩を持つと不安だ。まだ反抗して、辞めてくれた方が安心できる……強かな若者ばかりではなく、意思が弱い若者は、そのまま自殺してしまうことだってあるのだから。
当然、辞められるよりも自殺される方がダメージがある……、自殺されるくらいなら辞められた方がマシだ。辞めずに続けてくれるのが一番いいが――、
難しいか。
追い込まれて長続きした自分の経験を部下に当てはめても、上手くいくわけがない。
時代が違えば個性も違うのだ。
「分かった。待っててやるから、できるだけ手早く準備しろよ?」
『はぁーい。
先輩も、調査をしにきて、自分自身が「事故」を起こさないように気を付けてくださいねー』
するかバカ、と捨て台詞を吐いて、電話を切る。
最後に『ちょ、その言いか、』、とだけ聞こえたが、通話は切れてしまったし、かけ直す気も、かかってきても取る気もなかった。
『事故多発地域』として登録されている場所だ。
入念に警戒しているが、電話をしながらでは意味がない。
あらためて、電話を切って、運転だけに集中する……、事故を起こさないことだけに意識を集中させているのだから、事故を起こすわけがないだろう?
だが、誰もがそう思って運転しているのだ。それでも事故が起きる……、前方不注意? 脇見運転? 追突事故、ひき逃げ――その他諸々……、あらゆる事故が起きている。
この地域にだけ、なぜか密集しているのだ……。
巨大な地図に事故の数だけピンマークを刺していったら、この地域だけ隙間なくピンマークが刺さってしまっている……、町の中の『特定の場所』でもないのだ。
見通しが悪い交差点に集中しているわけではない。
そういう場所もあるが、しかし事故は町全体を覆っている――、
見通しが良い交差点でも関係なく、事故は万遍なく起こっている。
どうして?
それを調べにやってきたのだ。
「ふう……」
赤信号になったので停まる。
周囲を見て、異変がないかを確認する……、ごく普通の町並みだ。
事故が多発するようなエリアには思えないが……、だが、実際、事故は起こっているわけだ。
見えていない落とし穴が存在するのだろう。
停車中にカーナビを操作して、待ち合わせ場所である噴水広場を検索する。運転しながらすれば問題だが、停まっている間に操作するのは良いだろう……、停車中の車体に追突されることがあっても、追突することはない。
アクセルとブレーキさえ間違えなければ……、
それが意識できているなら、間違えることもないはずだ。
検索すればすぐに出てきた。さすがは町一番の待ち合わせスポットである。
逆に言えば、そこ以外に特に目立ったスポットがないと言えた。警察署とか、役所とか、建物を目印にしてしまえば合流することはできるが……、やはりムードに欠ける。
……今回は別に、デートにいくわけでもないので、ムードなどどうでもいいのだが……。
まあ、合流するだけなら、スポットでなくとも、ピンポイントで住所を指定しまえばいいだけだ。スマホにもナビがあるし、ナビがなくとも電信柱にある住所を見ていけば、時間がかかっても辿り着く。迷宮ではないのだから難しいことではない。
「おっと、青だったか」
後ろからクラクションを鳴らされ、慌ててアクセルを踏んだ。
ナビを操作している間に青信号へ変わっていたらしい。
慌てて発進したが、初速だけだ。すぐに警戒心から、速度を落として、ゆっくりと走行する。
せっかちなドライバーならイライラしそうだが、それこそが事故の原因だ。
少しがまんさせた方がいいだろう。
もう少し広い道路へ出れば、追い越すことができるし――
「な、ん……っっ!?」
一瞬、だったか、数秒だったか分からない。
視線を外し――、気づけば運転手の男は、目の前の車に追突していた。
そして、横から衝撃――、
別の乗用車が運転ミスで、男の車に体当たりしてきたのだ。
エアバッグが作動してくれたので怪我はないが、それでも九死に一生を得たことには変わりない……。男は車から這うように出て、追突してしまった車の運転手、そして横から体当たりしてきた運転手と、顔を合わせる。
二人とも、男だった。
「……あれは、仕方ねえよなあ……?」
三人の声が揃った。
男は視線を上げて、歩道橋を見るが……既にそこには誰もいない。
もういない以上、証明はできないが、いたのだ……――事故の原因が。
いや、
男たちが事故を起こすことになった、目を引く原因が。
「……あれだけ事故を起こさないようと忠告しましたのに……先輩、バカなんですか?」
「すまない……」
だいぶ遅れて(事故の手続きのためだ)、待ち合わせ場所で後輩と合流した後、車に戻れば……、前も横もボロボロの車が後輩を驚かせた。
事故を起こした、とは言えなかった男だったが、さすがにこれを見られたら言わないわけにもいかなかった。
『先輩ー』
『すみません』
先輩の威厳は、この時になくなったのだった。
「はぁ。でも、必要以上に警戒していた先輩でも事故を起こしちゃったんですから、不注意なんてレベルの原因ではないのでしょう?
走っていれば絶対に事故を起こしてしまう『道路の欠陥』だとか、意図的に事故を起こしている『表に出ない組織』がいるとか、手がかりくらいは見つけられたんですよね?」
「まあな。というか、正解を見つけた……」
しかし、言いにくい。
え、さっすが先輩です! と喜んでいる後輩に言えば、引かれるだろうことが分かっているので……――思えば、事故を起こしているのは男ばかりなのだ。
ドライバーは男が多い、というのは偏見だし、女性でも運転している者は多い……既にそこに大差はない。
ドライバーの差と言うなら、男性か女性か、ではなく、免許を所持しているか、していないかだろう。『男女比』以前に、運転する者が少なくなっているのだから。
そんな中でも、男ばかりが事故を起こしている……、もう男だけと言ってもいいだろう。
女性は数えても、一桁だ。それだけ少ない――、なぜなら。
「この町に住んでいる人たちを調べてみたんだ……、町を見ていれば分かることでもあるんだが…………、『美人』が多いよな?」
「は? ……まさか先輩、可愛い女の子に視線を奪われて事故を起こしたとか、私にぶん殴られたい言い訳をするわけじゃないですよね?」
「…………すまん」
拳を振りかぶる後輩が目の前にいる。
――待て待て、と制止できる立場でもないのだ。
「び、『美女が集まる町』、らしいんだって!
ほらっ、有名人とか、ミスコンテストの子とか! 一般人に紛れていると生活しにくい人たちが集まる町として、試験的に整備した町らしくてな――さすがに猫探しくらいしかしたことない探偵の俺には分からないことだったんだッ!
だからすれ違う美女に目を奪われて、それで――『事故多発地域』ってのは、つまり『美女多発地域』だからなんだよ!!」
「そうですか。……男ってのは、命を捨ててでも可愛い女の子が見たいんですねえ……」
「見たいというか、引き寄せられるんだよなあ……。信号よりも優先して目に入ってくる。防ぎようがない。こりゃもう、瞳を閉じるしかねえかなあ……」
「それじゃあ全方位不注意ですよ、バカ」
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