クリスマス・イフ

「兄貴、今年もクリスマスは一人なの?」


 大寒波の朝だった。


 通学途中で、自販機でホットなコーヒーを二つ買い、一つを妹に投げ渡す。

 妹は受け取るも、手元でばたばたとコーヒーを暴れさせながら(魚でも釣ったのかってくらい)――幸い、コーヒーは落とさなかったが、しかし膝は地面に着いてしまっている。

 軽く投げただけなのに……悪いことをしちゃったな。


 ぷしゅ、とプルタブを開けて、中身を喉に通す。

 冷え切った体が、内側の芯から温まっていく感覚だった。


 缶の半分ほどを一気に飲んでから、一息つき、妹の質問に返答する。


「うん、一人だよ」

「……毎年のことなのに、もったいぶったその間はなんなの?」


「ちなみにクリスマスだけじゃない、イブも一人だ。

 大晦日も正月も予定はないな……、一人でのんびりするという予定は入っているが」


「またぁー? 寂しい人だよねー。『彼女』との予定、とは聞いてないんだけど。

 友達の一人くらいはさすがにいるでしょ? 男友達と遊べばいいのに……」


「なんでクリスマスだからって遊ばないといけないんだ? 平日だから、休日だから――だからこそなにかをするべきって決められるって、窮屈な毎日だよな」


 したいことをその日にしているだけだ。

 たとえばだけど、ハロウィンだから仮装をする? 別に、したいならいつでもすればいいじゃないか。日付に囚われ過ぎている……、思い立った日に、その日が何月何日であろうと、『そういう日』にしてしまえばいいだけだ。


 クリスマスに予定がない?


 予定がないんだから、


 ――かなり乱暴な力技だけどな。


 そもそも、クリスマスに恋人や友達と過ごさなければいけないルールはない。

 ……集まって遊べたら楽しいだろうけどさ、だからって別に、他人と遊んでいなかった人がつまらない一日を過ごしているわけではないのだ。


 妹は一人ぼっちの俺を、『寂しいヤツ』と思っているだろうけど、この日にしかできないこともある。友人と遊んでいたら見逃してしまうような……、大事なことだ。


「どうせゲームのイベントかなにかでしょ? それともアニメの一挙放送だったりするの?」

「両方だ」


「……うわ、当たるとは思わなかった……。それって後回しにできないの? ……今日しかできないことはさ、友達とか恋人にも言えるでしょ? あたしたちにとって『今』は一度しかこないんだよ? 来年の今日はまた違うし……、毎年、十二月二十五日はくるけど、今のあたしが見ているものは二度とこないんだから――、ひとりぼっちはもったいなくない?」


「じゃあなんでもそうだろ。

 お前が『友達とか恋人にも言える』って言ったみたいにさ。俺が楽しみにしているゲームのイベントも、アニメの一挙放送も、『今』の俺が見て、楽しんで――今しか得られない経験と快楽があるもんだ。

 これは二度と体験できない……十七歳の俺が見るクリスマスは、もう一生こないんだからな」


 十七歳の俺が見て得るものと、十八歳の俺が見て得るものは違うだろう……、だからクリスマスに開催されるイベントも、一挙放送されるアニメも、友達や恋人と遊ぶことに匹敵するくらいの価値がある。


 録画すればいい? 後回しにする? できないことはないけどさ、やっぱり、当日に見なかったことで、得られるものは変わっていく。


 ……友達と遊んでいれば良かった、恋人と親密な時間を過ごせば良かった……とは思うけど……、一生に一度しかないチャンスになにを選ぶのか、それを繰り返しているのが人生だ。


 数秒前の俺と数秒後の俺と今の俺が同じ選択をするとは決めつけられないし、たとえ同じものを選んでも、見え方は違ってくるだろう。

 得るものだって、もちろん違う……得て、それにどう感想をつけるのかも、違う。

 良し悪しは分かれるはずだ。


 たぶん、当日の夜に、誰とも会わなかったことを後悔して枕を濡らすだろうけど、それでいいのだ。……去年もそうだった。

 だけど分かっていても、今年、俺は誰とも約束をしなかったのだ……これが俺の選択である。


 たとえ枕を濡らしても、去年のクリスマスに得た経験は、やっぱり楽しかったのだから。


 あれをもう一度――、と思うのは、後悔していても成功だった、と思っているからだ――。


「クリスマス、か……。結局さ、誰かが定めた暦に合わせて、人がイベント事として決めただけで……――それがうん十年も続いたから行事となって、浸透したんだろ?

 元々は平日だったはずだ……、他の日と変わらない一日だったんだ」


 周囲が『今日はクリスマス』と認識して盛り上がっているからこそ、クリスマスだと感じることができる。なら、意図的にずらすこともできそうだ。


 十二月二十五日に、誰もクリスマスとは口に出さず、仲間同士で集まりもしなければ?

 ……クリスマスはクリスマスではなくなるのでは?


 逆に、なにもない平日に、周囲がクリスマスと何度も口に出し、仲間同士で集まって騒げば、その日がクリスマスになるのではないか?

 たとえ季節外れの……二月だったとしても――見ている世界はクリスマス一色だ。


 クリスマスはみんなで協力すれば、局地的にずらすことができる。

 クリスマスに限らず、全ての行事は、行事をおこなう者たちの認識だ。

 一挙放送のオンエアスケジュールよりはまだ、調整しやすい手軽なものだろう……、

 クリスマスなんて、いつやったっていいのだ。


 ……だから別に、なくたっていい。


 クリスマスって……必要か?


「……はぁ。じゃあさ、その考え方でずらせるなら――二人でクリスマス、する?」


「は?」


「二十五日は予定があるけど、二十六日でも二十七日でも、あたしとクリスマス、するかって聞いてんの。小さなケーキでも買って一緒に食べれば、クリスマス気分じゃない?

 サンタの帽子くらいなら被ってあげてもいいけど?」


 と、妹からの提案だった。


 確かに、俺と妹が、『この日がクリスマス』と認識すれば、二十五日でなくともいい……、別に、今日がクリスマスってことにすれば、今日でもいいのだ。

 ケーキ、チキン、サンタの帽子を被れば、完璧だ。

 寒い時期でなくともクリスマス気分を味わうことができるだろう。


「お前、俺とクリスマス、一緒にいたいの?」


「一緒にいたいのは兄貴なんじゃないの? 興味津々でさ……乗り気じゃん」


 昔はよく(というか毎年)家族で楽しんでいた。だが、いつからか妹が友達と集まるようになり、俺とクリスマスを過ごすことはなくなっていった……。

 結局、一緒にご飯を食べて雑談をして……、毎日していることとそう変わらないのだが、それでも『クリスマス』というだけで気分が上がったのを覚えている……。


 プレゼント、なに頼んだ? なんて――


 まだサンタクロースを信じている時は、二人で盛り上がったものだ。


 今、そんな可愛い会話はできないとは思うが……、まだ大人ではないから、酒は飲めない。だけど、年の差『二つ』の、たった一人の妹(妹からすれば、俺は兄だ)……、クリスマスという建前があれば、ちょっとは素直になることができるかもしれない。


 コーラを片手に、赤裸々なトークをするのも、たまにはいいか。


 クリスマスにしかできないことではないけれど……、


 これが思春期、真っ只中にいる俺たちにとっての、アルコールなのかもしれないな。

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