ホワイト・バック

「――着いたぞ、ここが百年後の未来だ!」


 見知らぬ好青年(?)に手を引かれて降りた場所は、どこかの駅だった。

 百年後の未来でも電車はあるらしい……そりゃそうか。稼働していない可能性はあるが、姿形がなくなるということはないだろう……、逆に、歴史として姿形は残っているべきだしな。


「……本当に未来なのか? お前が言っているだけじゃあ、証明にはならないぞ」


「デジタル時計で確認するか? ……いや、意味ないか。ネットに繋いでも表示された数字が本当かどうかも判断できないしな。百年前のスマホにだって、百年後のカレンダーはあるわけだろ? 偽装できないわけじゃない」


 イカサマを疑ってはいるが、リアルタイムで更新されていく数字を見せられれば信じると思う……、そこでイカサマできるとなれば、社会全体を巻き込んだドッキリってことになるし、そこまでされたら、たとえ百年後でなくとも騙されるべきだって思うぞ。


 準備にかけた時間と資金を考えれば、罠にはまらない俺が悪いみたいになる。


「……それでさ、このヘルメット、いつ外せばいいの?」


「おっと、悪い悪い。時間を飛ぶ過程で四肢がバラバラになる可能性も、まったくないわけじゃないからな……。頭からつま先までを頑丈に繋げ止められる、耐久装備が必要だったんだ。

 見た目はそのまんま宇宙服だけどな。重たい装備の中、無理に連れ出して悪かった」


「……まあ、流れるプールに身を任せているみたいに楽だったからいいけど……」


 一人では脱げないので、好青年(?)と協力して脱ぐ。

 好青年? と疑問形だったのは、ヘルメットで顔が分からなかったからだ。急に部屋に宇宙服の誰かが現れ、同じ宇宙服を俺に着せた後に、夜空色の穴へ連れ込んだ――。

 それから数十秒としない内に、気づけば未来にいたというわけだ。


 声だけで判断して、好青年だと思ったが、俺の予想は外れてはいなかったらしい。


 ヘルメットを脱いだ彼は、女性的な顔立ちだった。髪も長く、服装を整えれば女性にも見える。だけど男性的な体つきは隠せていないし、本能的にドキッとしなかったので、彼は男なのだろう。いくら綺麗で、色気があっても、男を見て興奮したりはしないのだ。


「ここは未来なんだから、男も女も区別がつかなくなった世界だぞ?」

「え?」

「……と、いうのは冗談だけどな」


 百年後も性別はきちんとあるらしく、安心した……。

 ただ、立場や権力は、男と女で差がなくなったようだが。


 男女平等……、ようやく、長かった戦いに終止符が打たれたのだった。

 男だからこうあるべき、女だからこうするべきという価値観が押し付けられなくなった。

 得られたのは自由である。


「そう、だから男が料理をしてもいいし、女が武器を握ってもいい……。

 そういった男女平等によって変化した事例を口にすることもなくなるくらいに、みなに浸透しているってことだろうな……」


 あれが変わった、こう変化があった、と口にしている時点で、差が埋まったことを強調することで『あったはずの差』を風化させないようにしているとも取れる。


 昔は『差』があったんだよねー、と言い続けることで、『今』を非難しているような……まあ、言いがかりのようなものだけど。


 マイノリティでも受け手が思えば、意図がなくとも意図的かもしれない疑惑が生まれる。

 生まれてしまえば、いくら弁明しても、相手の被害妄想は止まらない。


 被害妄想とは行き過ぎた自衛手段であり、不安があってもそれを押し殺して生きていってください、とは、誰も言えないわけだ。


 言ってもいいが従う義務はない……、だからこそ言うだけ無駄である。


 止まってくださいと言っても止まってくれない相手には、『止める』ことをしない方がいい。

 巻き込まれて悪者にされるだけだ。

 だからこっちが避ければいい……、もしくは地面の向きを変えてしまうか。


 もしくは、止まらない相手が止まって見えるくらいに、世界全体が早く動くべきか。



「……で、なんでこんなに真っ白なんだ?

 駅構内に限らず、町の中が全部、真っ白なんだけど……」


 白い壁ばかりだ。

 店の看板もなく、ポスター、吊り広告、配られているチラシ……などなど、白紙だ。


 スマホではなくメガネ型の端末で、みな、インターネットを利用しているようで……、

 どうやらそこに映し出される広告は、きちんと色がついているらしい。


 彼に渡されたメガネ型のスマホ(?)をかけて、確認してみたら――だ。


 メガネをかけた人間の好みを判断して、広告を選別してくれているらしい。ただ、これは俺のではなく、彼のスマホなので、彼が興味ある広告が流れているようで……、でも女性向けの美白広告とかが流れてくるのはどうしてだ?


「男女差はないんだけどな……まあ、それに関しては、たまに自分とはまったく関係ない広告を挟むように設定されてあるんだよ。

 不必要なものを毎回表示されると鬱陶しいけどさ、だけど自分じゃ手を伸ばさない商品をふと紹介されると、興味が湧くことないか?

 深夜に見るテレビショッピングとか。見ちゃうだろ?」


 ついつい見ちゃうことあるけど……未来でも変わらずやっているのか……。


「未来だからって、全部が全部、新しい技術ってわけじゃないって。そんなことを言い出したらさ、スポーツなんかずっと同じルールで、同じ映像だろ?

 人が変わっているだけで、やっていることは同じだ。だけど廃れずにずっと続いているんだから、百年も二百年も前のものでも、いま見ても面白いってものはあるんだよ。

 企業がやっていなくとも、素人がやっていることもあるし、それを視聴するかどうかは受け手側の自由じゃねえか」


「そうか……そうだよな」


「昔のコンテンツと新しいコンテンツが入り乱れて、昔よりも選択肢が広がってる。別に新しいものが出てきたからって、昔のものを切り捨てる必要はないだろ?

 世代交代なんて言っているけどさ、昔のものもそれはそれで味があるじゃんか。

『レトロ』が人気出るのは、そういう魅力があるわけだろ? レトロの新作、なんて矛盾しているけど、事実、この時代じゃ当たり前になってるんだ――ほら見てみ」


 と、彼が指差したのは真っ白なポスターだ。

 首を傾げていると、彼がメガネの縁に触れて操作してくれたらしく、真っ白なポスターに描かれている(けど人の目には見えない)広告が、フレーム内に現れた。


「うわ!?」


「百年以上も前のゲーム機の最新ソフトが作られてるんだよ。

 本体も当時を再現して作られてるんだ……今、高性能なものを作ろうと思えば作れるけど、このドット絵が魅力なんだからさ、綺麗なグラフィックにこだわって昔の良さを失うくらいなら、昔の良さを利用したまま、新しいものを生み出していけばいいんじゃないか? ――と気づいたわけだ」


 ドット絵だけじゃない、ポリゴンを利用して作られたゲーム機の最新作も発売されている。

 鈍器のようなゲーム機も、棒の形をしたリモコンを振って遊ぶゲーム機も、俺の世界でも数年前に流行したゲームが、百年後の今も生産され、未来を生きる若者の手で、アイデアと共に新作が作り続けられている……。

 当時では生み出せなかった遊びやシステムが、百年後に、こうして人々の目に触れているわけだ……、なんでもかんでも新しく、進化させればいいってものじゃないようだ。


「スポーツも、マンネリだからって試合中にボールを増やせばいいとか、人を増やしたり減らしたり、点数の増減システムを組み込んだり……してもいいけど、しなくても面白いだろ?

 しない方が面白いってこともある。

 一つに絞らず何パターンも作っておけばいい……未来の世界では、それができてるんだよ」


「へえ……、面白いな」


「な? 未来って、面白いだろ?」


「お前からしたら今じゃん」


 そんな中で、一つ、気になったことがある。


「なら、この真っ白な景色は、なんなんだ……?

 オシャレと言えばそうだけど、もっとごちゃごちゃしている方が、時代に合ってるような気がするんだよな……。おもちゃ箱をひっくり返したようなさ」


「うーん、広告は、公衆の面前に出るからなあ……。見たくもない広告が目の前に突然現れるのは嫌だろ? だから外してくれって注文が多かったみたいだ。

 ただ、これは最近の話じゃないぞ? 百年前から既にあった注文だったはずだ」


 確かに、俺の時代でもそういう動きがあった気がする……。

 広告の取り下げや、規制することでなんとか広告として表に出せたはずだ。


「いちいち、そんな意見を聞いていたらきりがないからって、もう見せないようにしたんだ。

 広告の意味がないかもしれないけど、隠されてると見たくならないか? 一応、メガネで見れば、ワンタッチで広告が見れるんだよ。

 最初は文字だけ……タイトルやキャッチコピーだな。で、タッチすれば絵が見えてくる仕様だ。ここまでして、広告に文句をつけるようなら対処のしようがない。注文をしてきた人の目を潰すしかないだろ?」


「か、過激だな……」


「しないぞ? だけど、それが簡単で、早い。

 でも倫理的にダメだから、世界を――社会を変えたんだ。

 相手が止まってくれないなら、相手よりもみんなが早く動けば、止まらない人も止まっているように見える……そういう未来なんだよ」


 ブラックアウトさせるよりも、


 ホワイトバックさせてしまう方が早いと――。


 ……でも、大変だろ、それ。



「大変だけどな。でも、面白いじゃん?」





 ―― the if world ――

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