井戸端ドタバタ会議【後編】
深野がいれば人混みの中でもだいぶマシだと思い(というか説得され)、公園の中のベンチに座った。
リードは握ったままだ。モフゾウは遊ぶ子供たちのところへ駆け寄りたいらしいが、そのまま逃亡されたら追えないので、しっかりと掴んでおく。
ぴんと張ったリードの先でじたばたしているが、残念ながらそれ以上は進めない。
諦めたモフゾウが、足を畳んでその場で座る……。
大きなあくびをして、ふとこっちを見た。
「この子のお名前は?」
「モフゾウ」
「へえ。……ちなみにどうしてですか?」
「さあ? 弟が付けたから……、モフモフしているからじゃない?
それと男の子だから、『モフゾウ』だと思う……」
曖昧なのは、彼女が家の中でも部屋から出ないからだ。
ある日、トイレにいこうとしたら駆け寄ってくる犬がいて驚いたものだ。
野犬が紛れ込んだ? と思ったものだが、綺麗だし、人懐っこいし……、遅れて新しい家族が増えたことを知ったのだ。
モフゾウという名前も、決まった後に知った。
「モフゾウの好きな食べ物は?」
「知らない。ドッグフードじゃない?」
食べているところを見ているし。
それともそれしか出されないから、仕方なく食べているのかもしれない。
「家でボール遊びをしたりするんですか?
さすがにフリスビーを投げて『取ってこい』はできませんよね?」
「フリスビーは、できないと思うけど……。弟がボール遊びをしているのは見ているから……この子がうーうー威嚇して、弟からボールを奪っているのはよく見るよ」
「モフゾウくんは人間で言うと何歳なんですか?」
「えー、っと……わたしよりは年上かな?」
「あら、意外と大人なんですね」
小型犬であって、子犬ではないからだ。
既にそれなりの人生……ならぬ、犬生を歩んできているらしい。
「じゃあ、引きこもっている理由は?」
「んー…………って、言うか! 危ない危ない、モフゾウの質問の流れで、わたしのことまで掘り下げようとしてくるなんて……ッ!!」
「ふふ、もう少しでしたね」
「間一髪ね!!」
油断大敵とはこのことだった……気が抜けない。
「冗談です。言いたくなければ言わないで大丈夫ですよ」
「……それは、ありがたいけど……」
押してダメなら引いてみろ? それで言うわけがないけど……。
「あの、別に私、口に出すことの全部に裏があるわけじゃないですからね? 策を張り巡らせているわけではなく……、本当に好奇心や心配で喋ることだってあるんですから。
そう警戒しないでください。友達じゃないですか」
「友達……」
「え、違いますか!?」
「同級生ってだけ――」
「同級生は友達ですよ」
と、言われてしまえば違うとも言えなかった。
まあ、こっちから友達だ、と一方的に言っているわけではなく、向こうから言ってきてくれているのだ、友達でいいのだろう。
「友達なんですから、私に頼ってください。さあ、困っていることはありますか!?」
「友達関係を利用して交渉材料にしてるじゃん! こんな友達イヤだよ!!」
ずい、と顔を近づけてくる深野に押されて、逃げ場を無くした朝井がベンチから落ちた。
尻もちをついた彼女の膝に、チャンスとばかりにモフゾウが飛び乗ってくる。
「な、なによ……、結局わたしは踏み台にされるのよ……委員長も!
不登校のわたしを復帰させたって功績が欲しいだけなんでしょ!!」
「そ、そんなこと……ッ、違います、私は……!!」
「おねーちゃん、またここで『せっとく』してる」
と、公園で遊んでいた子供の内の一人が目の前にいた。
「え……」
「今日はこの人? ごーじょーそうな人だね」
朝井は小さな子を見て、深野を見て……――なるほど、と理解した。
「……不登校なり、人生相談なり、手練手管を使ってする問題解決の舞台に、この公園を使っていたってことね……。
つまりわたしの椅子には別の多くの誰かがいたわけで……――委員長の中では、わたしは大多数の中の一人ってことか」
当たり前なのだが、あらためてはっきりと認識するとショックだった。
親身になってくれたのも、気にかけてくれるのも、深野からすれば唯一の友達ではなく、大多数の中の一人の友達にしていることで……特別感は薄いのだと。
朝井は委員長を、ちょっと特別だと感じていたのに……。
「ち、違いますよ、朝井さん!?
確かに別の子も説得していますけど、同時進行ではなくて、一人ずつ真剣に、親身になって寄り添っていますから! 今は朝井さんにしか構ってはいませ、」
「昨日も、その昨日も違う人だったよ。
おねーちゃんは一日ずつきりかえて、しんみになれるの?」
「しーっ、だよ。
お姉ちゃんたちのお話に入ってこないでね。あ、その帽子、可愛い」
「話をそらした」
「いいから、あっちで遊んできなさいね」
口調こそ優しいが、手の仕草は「しっしっ」だった。
言われた小さな女の子は、渋々、友達の輪に混ざりに、戻っていった。
「――さて、気を取り直して」
「直せないけど」
昨日も一昨日も? たぶん明日も別の子を予約しているのだろう……、今日、深野と会ったのはたまたまだが……いや、それとも弟を使って誘き出したとか……?
あり得る。
いつもなら自分で散歩にいく弟が、今日は姉に任せてきたのだ。
散歩なんて、朝にする必然性はないと言うのに。
「……委員長、わたしの弟になにをしたの?」
「…………なんのことー?」
知らんぷりか? それとも本当に――――
「おにーちゃんとこのベンチにいたよ、座ってるとこ、見たもん」
「……言っちゃダメよ」
戻ってきた小さな女の子の言葉を遮るが、それは裏があると言っているようなものだ。
小さな子が言う『おにーちゃん』は、朝井からすれば年下だ……弟のことだろう。
「おねーちゃんが、おにーちゃんに、触らせてた」
「ダメ!!」
「……委員長?」
そしてそれ以上に、弟ッ!! と叫びたくなった。
委員長は弟を篭絡させていた。
まだ小学生の弟に、自分の胸を触らせて。
小さな子のジェスチャーから判断したことなので確実ではないが、深野の焦りの様子からすると、全部が嘘というわけでもないらしい。
この際、弟を利用したことはどうでもいい……、問題は『胸』を触らせたことだ(それが本当のことならば)。……触るのはまだ早い。あの子が変な育ち方をしたらどうする!!
姉がこうなのに弟まで変になったら……、朝井家は終わりである。
「で、ですから、朝井さんがまともになれば、弟くんが変になっても安心だと……」
「わたしがまともになれるわけないじゃん!! 弟が我が家の希望だったのにッッ」
「……おねーちゃん、変わる気がなさそうだね」
自覚があるだけまだマシだが、改善するつもりがなければ無自覚と同じだ。
問題を放置すれば、良くも悪くも、腐るだけである。
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