ミセス・ミスリード

「アンタ……、アタシ以外と『コンビ』を組んだりしないわよね?」


 頭一つ分も小さな『彼女』に、強くきつい視線を貰いながら……――なんだか知らない間に疑われているな……。


 彼女とは、一週間前に『コンビ』を組んだ仲である。


 俺は前衛、彼女は後衛……、

 主に回復、筋力や速度の増加を付与してくれるサポートを専門にしている。


 前衛を務める俺は握り締める武器一つで怪物モンスターを相手にするわけで……、ただ、彼女のサポートがあればもちろん助かるが、なくてもなんとかできてしまうのが実情だった。


 コンビを組むことについて、断る理由がなければ、同じく組む理由もないわけだが……、俺が仕事おわりに一人で店で飲んでいたら、勝手に隣の席にやってきて――「アタシとコンビを組まない?」と彼女が言ってきたのだ……。


 断ろうとすると叫ぶように泣き始めてしまったので、仕方なく……、泣く泣く、彼女と手を組んだわけだ。


 こっちも泣きたいのだけど……。

 だが、涙の価値で言えば、彼女の方が高い。泣かせたまま店に置いて帰るわけにもいかず、泥酔する彼女を近くの宿まで送った後、まあ、なんやかんやあって――、

 結果、一夜を共に明かしてしまったわけだ。


 ……彼女からすると、普通の『コンビ』とはまた違う感覚なのかもしれない。

『冒険者』同士の普通のコンビは、別の誰かと組むことを嫌がったりはしないのだ。


 適材適所。

 仕事の都合でパートナーを変えることは当たり前である。

 特定の誰かとだけ、コンビを組み続けていることの方が珍しいのだから。


「仕事によると思うけどなあ」

「はぁ? アタシがいながらどうして他の女と組むわけ?」


「相手が女であるとは限らないけどさ……、じゃあ男ならいいの?

 サポートじゃなくて、前衛がもう一人、欲しい時もあるんだけど……。

 お前が全部をこなせるなら、別の誰かと組むことはないぞ」


「無理。アタシは回復とか、増加付与しかできないし……」

「だろ? なら、別の誰かに頼るしかない」


「それはそうだけどぉ……」

 と、分かってはいても、納得はしていない様子だ。


 コンビの相手なんて、数日どころか数時間でくっついたり離れたりするものだ。なのに彼女は、組んだなら一生、その相手とい続ける気でいたようで……――。

 彼女がそのつもりなのに、俺が『誰か別の冒険者を……』と仲間募集の掲示板を見ているのは、彼女の中では『裏切り行為』であると判断され……許せなかったのだろう。


「手を組んだ相手が別の誰かとよろしくしているのは……嫌でしょ、普通!」


「別に。だって一時的な利害の一致で――、あぁ分かった分かったっ!!

 お前以外の誰かとコンビを組んだりしないから、だから泣くな!!」


「泣いてないし!」と強がってはいたが、目尻に溜まった大粒の涙が見えてしまえば、自分の意見を押し通すことはできない……。


 ……今までこんなことがなかったから、どう対処したらいいのか分からないな……。

 彼女の言う通りに、『彼女とだけコンビを組み続ける』ことは、難しいことではないが、しかし今後のことを考えれば、仕事の幅が狭まる。

 ……別の相手と『だけ』組むことがダメなのか?

 たとえば俺たちの仲に、別の誰かを入れることは……。


「それも嫌よ。アタシとアンタの二人が、完璧なバランスでしょ?」

「そうか……いや、そうか?」


 仕事の内容によっては、人手が欲しい時はめちゃくちゃあるんだが。


「他のコンビと一緒ならいいわよ。つまり、四人パーティになることね」


「人数が増えれば増えるほど、統率は取れなくなるし、報酬の分配後の実入りも少なくなるからなあ……、できれば二人がいいが……――」


「じゃあこのままでいいじゃない!!」


 と、彼女が必死な顔で訴えてくる。……そこまで言われたら、コンビを解消することも、別の誰かと新しくコンビを組むこともしないが……ただ……、


「……正直に言えば、お前との出会い方が『あんな感じ』だったし……。

 確実に『誰ともコンビを組まない』、とは言えないぞ?」


「なんでよッ!」


「忘れたわけじゃないだろ? あの日、あの夜、俺たちは初対面だった。泥酔したお前から絡んできて、その後、一夜を明かした流れで、コンビを組んだんだ……。

 つまり最初は『絆』なんて一つもなかったんだぞ。なのにコンビを組んだってことは……お前と同じやり方をなぞった相手がいれば、俺は流れで、そいつとコンビを組んでしまう可能性がある。お前とこうして手を組んでいる以上、それが証明だ――」


 まあ、一週間前の俺は一人で、今は『彼女』がいるからこそ、同じ流れに乗っても組まない可能性もあるが……、しかしどうだろうな。

 比較対象がいれば、『性能』の差で見てしまいそうだ。

 新しい相手が目の前の彼女よりも性能が良ければ? ……あの時と同じく、ほろ酔い状態の俺が、まともな判断をできるとは思えなかった。


「うぐぐぐ、」


 と、自分たちの出会いと、今も続いている関係性を振り返って――、

 一度『成功例』を見てしまった以上、次はない、とは、言い切れない彼女である。


 悔しそうに、下唇を噛んで熟考している。


 俺が新しくコンビを組むのを防ぐ手立てを、考えているのだろうか――。


「諦めろって。というか、そもそも仕事のパートナーなだけなんだし」


 どうしてこんなところで独占欲を発揮するのか……。


「…………分かったわよ」


「お、やっと折れてくれたか」


「ただし、条件があるわ。

 どこで誰となにをしたのか、きちんと報告すること。あと、夜遅くならずに、きちんと帰ってくること――相手に自分の肌を多く見せるんじゃないわよ!?」


「なんで言われる方なんだよ……。

 あとさ、お前……俺と『コンビ』なんだよなあ!? なんか認識、間違ってないか!?」


「間違ってないわよ。――うん、間違ってない、アタシが正しいの――返事は?」


 彼女の強い視線に、「はい」と言わされた俺だった……。

 気づけば頭が上がらない……。

 俺の命は後衛である彼女に握られていることを加味しても――、


 本能的に、彼女を蔑ろにはできない体のようだ。

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