ファースト・テイク【前編】
目が焼けるほどの白い光が、暗闇から一気に解き放たれた。
三百六十度に作られた観客席は、熱狂的なギャラリーで埋まっており、『彼女』が出演する回のチケットは、受け付け開始から数分で完売した。
チケットを買えなかった者も席に座れなくてもいいからと、用意されている席のさらに後ろで立って見ている。
さらに言えばコロシアムの外――、実際に見えなければ、音も聞こえないにもかかわらず……、モニター越しでもいいから「見たい」というファンが押しかけていた。
そうまでさせるほどに、彼女の人気があるということなのだろう。
「……準備はいいですか? ラミア様」
「ええ、いつでもいけるわ。『アイツら』の報告は既に読み終えてるから」
数ページしかない冊子をぱたり、と閉じ、このコロシアムの支配人である男に呼ばれて立ち上がった少女……――彼女こそが、全ての客席を埋めさせた張本人である。
職業は、ある時は『ダンジョン探索者』であり、
ある時は『アイドル』であり――そして今は『バトル・パフォーマー』である。
見る者を興奮させる、魔獣との本気のバトルを魅せるのがここ――コロシアムだ。
同時に、今はアイドルなのだから、歌って踊ることもできる……、彼女は新曲を披露する予定だと事前に告知している。
そう、歌って、踊って、戦って、勝利する――。
彼女が人気なのは、そのハラハラドキドキする、演出だ。
もちろん、目を引く彼女の容姿も、人を惹きつける理由の一つだろう。
小柄だが、小さくはない胸……そして引き締まった体……。
アイドルと呼ばれるくらいだ、スタイルが良い。
強く印象に残る八重歯を、にっ、と見せ、肌色が多く見える衣装を身に纏っている。
くるりと回ればめくれるスカートも、大胆な短さだ。
頭の後ろで束ねた、一本の長いルビー色の髪が輝いて見える……、実際、輝いているのだ。
そういう色を乗せたからなのだろうが、彼女が踊るだけで、キラキラと粒子が振り撒かれているようで……、
コロシアム側の『効果』なのかもしれないが、それに騙されている一部のファンは、彼女のことを『女神』とまで言うくらいだ。
アイドルだの、女神だの、天使だの、王子様だの――、色々な名前を持つ彼女である。
見る者によって『王子様』と『お姫様』という差を感じるようで、その幅広さも、彼女の魅力なのだろう。
「……本当に大丈夫ですか? 今日の魔獣は、あの『フブキ』……ですよね?」
四足歩行の肉食の魔獣だ。
上顎から真下に伸びる大きな牙が特徴的な『虎』の一種である。
フブキ、という名は自然発生した『吹雪』が由来だが、雪が関係しているわけではない。
魔獣が氷系統の攻撃をしてくることはないようだ……と、渡された冊子に書いてあった。
ではなぜ『フブキ』なのかと言えば、その魔獣の動きが速過ぎるからだ。
地面を蹴る強さ、そして素早さゆえに、地面が削れて煙が舞う……、その視界の悪さが、まるで吹雪を目の当たりにしたようなホワイトアウトなのだ――ゆえに、『フブキ』。
その速度についていけず、ダンジョン探索者は自分が喰われて死んだことに気づくまで、多少の『差』ができる。
首が噛み千切られ、頭と胴体が切り離されていると言うのに、しばらく意識があったほどだ。
人間の何歩も先をいく魔獣である……――ちなみに、『イカズチ』という大きな鳥がいるが、フブキとはお互いに避けているのか、戦うことはないらしい……。
試しにコロシアムで戦わせようとしてみたこともあったようだが、用意したのが子供だったためか、どちらも相手に見向きもしなかった――という前例がある。
陸と空という縄張りの違いから、戦う意味を見出せていないのかもしれない……、もしも理由を作れたとしても、戦わない可能性もある。
どちらの魔獣も、『確実に勝てる』と思わなければ動かない傾向があるのだから(負ける相手に突っ込む魔獣はいないだろうが)。
格上、もしくは同程度の相手には喧嘩を売ったりはしない――、場合によるとは思うが、どうしようもなくなれば戦うこともあるだろう……けど、人間が望む時に戦ってくれることはほとんどないと言ってもいいだろう。
一体だけならばまだしも、二体以上、しかも大自然の名を冠する魔獣を用意することは難しいし、同じ場所に立たせることはもっと難しい……、制御なんて不可能である。
魔獣対魔獣は上手くいかない。
だけど、魔獣対人間なら可能だ。
エンタメとして成功したのは、やはり作りやすい後者だったというわけだ。
「大丈夫よ、だってあたしは知ってるから」
初見ではない、という意味ではない。
彼女はフブキと戦うのは初めてだ……、だけど相手がなにをしてくるのか、ダメージによってどういう変化をするのか、知っている……。
その秘密が、彼女の手元にある、冊子――『調査報告書』だ。
ここにはフブキに関する行動パターン、性格、癖などが書かれている……、個体差もあるのでは? という危惧は杞憂だ。なぜならまったく同じ個体を連れてきているのだから。
人間という種族全体を見て調査したのではなく、たとえば彼女……『ラミア』を見て調査した冊子と一緒に、ラミア自身を舞台に用意したようなものだ。
個体差によって性格や癖が違うような「聞いてないよ!?」という不測の事態は起こらない。
殺さず、生かし、全ての情報『だけ』を抜き取ったのだ――、『彼ら』の手腕によって作成された調査報告書という名の『攻略本』である……。
これがあれば、彼女は舞台上で失敗することはない。
「手に取るように分かってるんだから……、負けるわけないでしょ?
いくら動きが速くても、どこを通り、どう着地するのか……。たとえば右手に噛みついてくると分かっていれば、対処のしようはいくらでもあるし。
それに、直撃の寸前で拳をずらせば、相手から殴られにきてくれるでしょ? 最小の動きで最大の効果を、ねっ。
というか、この報告書がなかったらあたしだって戦いにいっぱいいっぱいになるわけで……、歌なんか歌ってられないわよ」
同じく、踊ってもいられない。
魔獣から逃げ惑っている姿が、『踊っている』ように見えているかもしれないが……。
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