第13話 「臼井ちさで来たら認めてやるよ」

要さんのご自宅は、都内の下町にある和風建築な一軒家だった。


築年数は古そうだけれど、門も庭の草木も綺麗に手入れされていて、要さんのおばあ様がしっかりとした老婦人であることを物語っていた。


玄関の扉を開けると、要さんは大きな声で中にいるであろう人に呼びかけた。


「ただいま!バアちゃん、いる?」


「要かい?お帰り。」


廊下の奥から出迎えてくれたのは、ローリングストーンズの黒いTシャツにジーパンを履いた粋な老婦人で、この方が要さんのおばあ様なのだろう。


玄関に佇む私を見ると、おばあ様は一瞬ギョッとしたような顔をした。


私があまりにもブサイクだから驚いたのだろうか?


しかしすぐに何事もなかったかのように要さんに尋ねた。


「この娘さんかい?デートのお相手は。」


「ああ。紹介するよ。こちら、幸田ミチルちゃん。」


「幸田ミチルです!よろしくお願いします!」


私が頭を下げると、おばあ様はくるりと背中を向けて、「入りな。」とだけ言った。


おばあ様は廊下の奥にあるふすまを開け部屋の中に入って行き、私と要さんもその後に続いた。


10畳ほどあると思われる畳の部屋で、古い茶箪笥やちゃぶ台、そしてそれらには似つかわしくない大型テレビが置かれている。


テレビの液晶画面には洋楽のヒットチャートが流れていた。


私は用意されていた座布団の上に正座した。


「待ってな。今、お茶を入れるから。」


「あっありがとうございます。」


私が恐縮して固まっていると、要さんが「かしこまらなくてもいいよ。ウチのバアちゃん、ちょっと怖そうに見えるけど、気のいい人だから。」と小声で言った。


「にゃお。」


廊下からエキゾチックショートヘアのぽっちゃり猫が要さんの足元にすり寄って来た。


「お。ケンケン。ただいま。」


要さんはケンケンを抱き上げた。


「ケンケンちゃん。こんにちは。」


私が頭を撫でると、ケンケンが気持ちよさそうにノドを鳴らした。


エキゾチックショートヘアはブサ可愛いで有名な猫だ。


ケンケンもそのふてぶてしくも愛嬌のある顔で、要さんに身を預けている。


・・・やっぱり要さんはB専?


まもなくしておばあ様が、湯飲みに入った日本茶とかりんとうの入った皿をおぼんにのせて戻ってきた。


目の前に茶托に乗せられた湯呑み茶碗が置かれた。


「おばあ様、本日は突然お邪魔してしまいまして・・・」


私が畳に手をついて頭を下げると、おばあ様はホッホッホッっと高らかに笑った。


「おばあ様はよしとくれ。菊江でいいよ。」


「あっ、じゃあ菊江さんとお呼びします。」


そう言って顔を上げた私は、自分を落ち着かせる為に、出された日本茶をゆっくりと啜った。


「・・・で?式はいつ頃にするんだい?」


「し、式?!」


私が目を白黒させていると、要さんがあぐらをかきながら焦った声をだした。


「バアちゃん!気が早いよ。俺達はまだ付き合い始めたばかりなんだから。ね?ミチルちゃん。」


「・・・・・はい。」


罪悪感で胸が痛い。


幸田ミチルなんて本当はいないのに・・・。


「だってアンタ達、婚活パーティで知り合ったんだろ?結婚する気満々で付き合ってるってことだろ?だったら話は早いじゃないか。さっさと結婚してひ孫の顔を見せとくれ。アタシは先行きもう長くないんだから。」


そう言って菊江さんは、かりんとうをポリポリと食べ始めた。


「縁起でもないこと言うなよ。バアちゃんにはまだまだ長生きしてもらわなきゃ困る。」


「そう心配しなくても、要の幸せを見届けるまで、アタシは死にはしないよ。」


菊江さんは金歯が光る口を開いてニタリと笑った。


「そりゃそうと、ミチルさんに要ご自慢のコレクションを見せてやったらどうだい?」


「そうだな。ミチルちゃん、俺の部屋へ行こうか。」


「は、はい。」


コレクションってなに?


私は要さんの後について、二階へ続く階段を上った。


廊下のすぐ手前にある要さんの部屋は6畳ほどの和室で、黒いシーツで綺麗にベッドメイキングされたベッドとパソコンが置かれているステンレス製の机、そしてひときわ大きな本棚があった。


一見して普通の、綺麗に片付けられた男の人の部屋だったけれど、その本棚の中身を見て私は息を飲んだ。


そこにはズラリと鉄道模型の数々が並んでいた。


模型の他にも切符や様々な鉄道グッズが、所狭しと並べられている。


「これが俺のコレクション。こういう趣味って理解されないことも多いんだけど・・・もしかして引いた?」


「そんな!引かないです。素敵な趣味だと思います。」


私の言葉に、要さんは少しホッとしたような笑みを浮かべた。


「俺の見た目だけで好意を寄せてくる女子って、俺が鉄道オタクだって知ると手の平を返したように、思っていたのと違うと言って離れていく。でもミチルちゃんはそんな女の子じゃないって信じてた。」


要さんは本棚から蒸気機関車の模型を手に取ると、嬉しそうに語り始めた。


「これはね、113系○○番台の希少価値がある模型で、オークションで競り落とした。で、これは・・・」


なるほど・・・要さんは鉄オタだったんだ!


そういえばねこんかつの自己紹介の時、趣味は旅行だって言ってたっけ。


あれは鉄道旅行のことだったんだ。


「それでこっちがもう手に入らない幻の列車○○○」


「へえーカッコイイですね!」


私はわからないながらも、一生懸命解説をしてくれる要さんに相槌を打った。


「・・・俺、実は撮り鉄でもあるんだ。子供の頃父によく新幹線を見に連れて行ってもらって、そこから鉄道にハマった。ミチルちゃんとも一緒に電車の写真撮りに行けたらいいなと思ってる。ミチルちゃんの好きそうなレトロな列車も沢山あるよ。」


瞳を輝かせて語る要さんは少年みたいで可愛かった。


「あ、ごめん。俺ばっかり話しちゃって。」


「いえ!全然。私も要さんと一緒に電車の写真、撮りたいです。」


「うん。いつか必ず行こう。」


もし要さんと結婚して一緒に住むことになったら、私の趣味のレトロ雑貨の横に鉄道グッズが並ぶんだろうな。


でも要さんと結婚出来るなら、それでもいい。


・・・って。


何を夢みたいなことを考えているの?


今の私は幸田ミチルでニセモノなんだから。


今、ここでちゃんと話さなきゃ。


もう要さんを騙し続けていてはいけない。


これ以上話が進んでしまう前に、要さんに本当のことを言わなきゃ。


私は意を決すると、要さんに言った。


「あ、あの、要さん?大事なお話が・・・」


その時、要さんのスマホの着信音が鳴った。


「ん?あ、ちょっとゴメン。・・・・もしもし、和木坂です・・・」


大事なところで、邪魔が入ってしまった。


せっかく決心がついたところなのに。


要さんの声色が厳しい口調になり、大きくため息をついたあと、スマホの通話を終えた。


「ミチルちゃん、ゴメン。俺から誘っておいて申し訳ないけど、急用が出来た。友人が車で事故ってその付き添いを頼まれてしまって・・・話はまた今度でいいかな?」


「・・・はい。」


「いい話を期待しているよ。」


要さんはそう言って私の髪にキスをした。






それから10分後。


私は菊江さんとちゃぶ台を挟んで向き合っていた。


ジャケットを羽織って家を出る要さんと一緒に帰ろうとした私を、菊江さんが引き留めたのだ。


「ミチルさんと、もう少し話がしたいんだけど、どうだい?」


「えっと・・・」


「駄目かい?」


菊江さんは目に見えない圧をかけてきた。


「バアちゃん!ミチルちゃんをイジメないでくれよ?」


「そんなことするもんか?ねえ?ミチルさん。」


「ハイ・・・」


私は大きく頷くと、要さんの背中を押した。


「要さんは急いでお友達のところへ行ってあげてください。私は大丈夫ですから。」


「適当に切り上げて帰っていいからね?じゃあ行ってくる。」


心配そうな顔をしながらも、要さんはショルダーバックを肩にかけ、家から飛び出して行った。


そして今現在、私はちゃぶ台の向こうでじっと私を見透かすようにみつめている菊江さんの視線におびえていた。


「さて。ミチルさん。要のコレクションを見てどう思った?正直に答えてみな?」


え?なに?何を試されているの?


「あの鉄道模型のことですか?」


「そう。」


「えっと・・・スゴイですね。」


「ドン引きしなかったかい?」


「いえ!あれだけ集めるの大変だったと思いますし、夢中になれる趣味があるっていうことはいいと思います。」


「他人事みたいに言ってるけど、結婚したらアンタにも関係してくるんだよ?アレは結構お金もかかるし・・・アンタはそれを許せるかい?」


私は要さんと結婚した場合の、家計の収支を頭で巡らせた。


公務員は職場結婚が多くて、しかも共働きがほとんどだ。


なぜなら福利厚生がしっかりしていて、子供が出来ても育児休暇が取りやすいからだ。


もし私と要さんが結婚して共働きするとしたら、お給料もボーナスも2倍だから、鉄道模型の値段はわからないけれど、少しくらいの趣味の出費なら充分賄えるだろう。


「大丈夫です!私もレトロ雑貨収集が趣味なので、コレクターの気持ちはわかるつもりです。もちろん予算は話し合いが必要だと思いますけど・・・。」


さすがにボーナス全部を鉄道模型に使われては困る。


「あ、そう。じゃあ、それは及第点だわね。」


なにやら要さんの花嫁としての資質を問われているみたいだ。


菊江さんの声が少し曇った。


「じゃあミチルさん。要の両親のことは聞いてるかい?」


「いえ。」


たしかにおばあ様と二人暮らしだとは聞いているけれど、要さんのご両親については何も聞かされてはいない。


「要の花嫁候補なら知っておいて欲しいんだけどさ。」


「はい。」


私は背筋を伸ばした。


「要の母親でアタシの実の娘である涼子は、要が5歳のときに病気で死んだんだよ。若年性のガンでね。気づいたときはもう手遅れだった。涼子は要のことを最後まで心配しながら逝ったんだ。」


「・・・・・っ。」


「それはそうと、要の父親、あの男はすぐに他の女と再婚したんだ。相手の女が妊娠したから出来ちゃった婚ってやつだよ。それで要が邪魔になったんだろうね。アタシに要を押し付けて、自分だけ幸せな家庭ってやつを手に入れたのさ。酷い親だろ?」


「・・・そうですね。」


「そんな環境に置かれても、要は泣きごとひとつ言わない、優しくて素直な人間に育ってくれた。それが私の誇りでね。あの子だって本当は淋しかっただろうし、ひとりで泣いた夜だってあっただろうよ。」


・・・でも要さんはお父さんとの思い出を大切にしている。


お父さんを恨まないで生きて来た要さんは、やっぱり優しくて強い人だ。


菊江さんは視線を居間に置いてある仏壇に向けた。


仏壇にはまだ若くて笑顔が優しい女性の写真が飾られ、菊の花が手向けられている。


あれが要さんのお母さんなのだろう。


「だから要には気立てが良くて誠実で心優しい、要だけを愛してくれる女性と結ばれて、世界一幸せになって欲しいんだ。


この気持ち、わかってくれるだろ?」


「はい。わかります。」


「アンタは要を幸せにする自信はあるのかい?」


「も・・・・・」


もちろんです、と言いかけて私は言葉を失った。


どうしよう。ちゃんと答えられない。


だって私は・・・・。


「ふん。大事なところでダンマリかい?・・・それはそうと。」


菊江さんの重々しい口調が、急に軽くなった。


「ミチルさん。」


「ハイ。」


「アンタ、なんでそんなヘンテコリンな化粧しているのさ。」


「えっ?!」


「要の目は誤魔化せても、アタシの目は誤魔化せないよ。アタシはこれでも大手百貨店の化粧品売り場で美容部員を長らくやっていたんだからね。」


え、ええええーーー!!


だからこんなに粋で若々しいんだ・・・謎が解けた・・・って言ってる場合じゃなくて!


「きっと素顔のアンタは儚げな美人さんなんだろう?どうしてそんなダサ眼鏡をかけて変なメイクをしているのさ。もしかして要をダマして何か企んでいるのかい?場合によってはアンタを許さないよ?」


菊江さんの睨みを効かせた目つきに、私は恐れおののいた。


「ち、違うんです!これには理由がありまして・・・。」


「どんな理由だい!きれいさっぱり吐いてもらうよ!」


私は観念して、最初から順を追って、菊江さんに全てを話した。


菊江さんは目を瞑って私の話を静かに聞いていた。


そして全てを聞き終えると、カッと目を見開いた。


「こんの馬鹿娘!」


「すみません!!ほんと、こんなつもりじゃなかったんです!」


私はペコペコと何回も頭を下げた。


「ま、終わってしまったことは仕方がない。それじゃ、アンタの本当の名前は臼井ちさっていうんだね?」


「はい。そうです。」


「それで?」


「あ、これで終わりです。」


「そんなことはわかっているよ!アタシが聞きたいのはこれから先のことだよ!」


「これから先・・・」


「いつまでその猿芝居を続けるつもりなんだい?」


「それはっ!今日、要さんに本当のことを言うつもりでした。それで臼井ちさとして要さんに好きになってもらおうと努力しようと・・・」


「アンタが要を好きっていう気持ちは本当なんだね?」


「はい!それは本当です。信じてください。」


「わかった。」


菊江さんは私に厳しい目を向けて、こう告げた。


「ニセモノの幸田ミチルだろうとなんだろうと、要はアンタに惚れているんだ。それはわかっているんだろ?」


「はい・・・。」


「だったら今度は臼井ちさとしてのアンタを要に惚れさせるんだ。いいね!」


「でも、どうやって・・・・」


「それは自分で考えな。」


「そんな!」


「それで、今度この家の敷居をまたぐ時は、要にアンタを臼井ちさって紹介させな。幸田ミチルで来たらアンタを追い出すけど、臼井ちさで来たら認めてやるよ。」


「・・・・・・。」


「それが出来なかったら、要を諦めてもらうしかないね。」


「はい・・・。」


もう私はこの家の敷居をまたげないかもしれない。


「あの・・・ひとつだけ菊江さんにお尋ねしたいことがありまして。」


「なんだい?」


「要さんの元カノとか、紹介されたことありませんか?その元カノさんて美人でした?ブサイクでした?」


菊江さんは記憶を辿っているのか、少し黙り込んだあと、「要から彼女を紹介されたことなんてないね。」と吐き捨てた。


「女を紹介されたのはアンタが初めてだよ。それだけ要がアンタに本気だってことだろ?」


「・・・・・・。」


「元カノがどうしたのさ。」


「要さんってB専なのかなって。」


「B専ってなんだい。かっぱえびせんなら知ってるけどさ。」


「B専っていうのはブサイク専門ってことです。ブスを好きになる体質?っていうか・・・」


「ふーん。確かに今のアンタの顔が好きっていうなら、要はB専ってヤツなのかもしれないけどねえ。」


菊江さんはそう言って、そばで寝そべっていたケンケンの顔をじっと見た。










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