第12話 「俺に抱かれたの、忘れてないよね?」
結局その日の動物園デートで、和木坂課長をフることなど出来なかった。
それどころか、『和木坂さんが、好きです』と告白までしてしまった。
そしてその後も和木坂課長に誘われれば、ノコノコと幸田ミチルの姿で出かけてしまう私・・・。
今夜は少し高級なレストランでフレンチをご馳走してもらった。
「美味しい?」
ナイフで白身魚のポアレを切りながら優しく微笑む和木坂課長に、私も蕩けそうな笑顔で「美味しいです。」と答える。
冷たいイチジクのソルベの味が、その後の甘い時間を予感させる。
食事が終わり、白ワインを飲み過ぎてよろけた私の身体を支えた和木坂課長が耳元で囁いた。
「ホテルの部屋、取ってあるんだけど・・・駄目?」
「え・・・・」
「ミチルちゃんの全てが欲しい。」
どうしよう・・・一線超えたら、もう戻れない。
でも、酔いが回って、理性が働かない。
もう、どうなってもいい、このまま和木坂課長に身体を委ね、全てを忘れたい・・・。
「駄目・・・じゃないです。」
和木坂課長のまっすぐな瞳に捕らわれた私は、そう言って頷いていた。
エレベーターに乗り込むと、和木坂課長は私の手を強く握った。
「ここまで来て帰るとかナシだからね。」
「は・・・い。」
糸の切れたあやつり人形のように、私は和木坂課長の腕にもたれかかっていた。
部屋に入るなり、和木坂課長は私をベッドに押し倒し、唇を重ねてきた。
「んっんっ」
息も出来ないくらいの情熱的なキス。
角度を変えながら唇を吸われ、お互いの舌を絡ませる。
体中をまさぐられ、いつのまにか服が全て脱がされていた。
和木坂課長も自らの衣服を脱ぎ捨て、その筋肉質な身体を現した。
緊張して強張る私の身体にそっとかぶさり、耳元で囁く。
「固くならないで。これからゆっくりミチルちゃんの全てをほぐすから。」
ベッドの中で二人の身体が重なり合い、熱い肌が触れ合う。
「あっあんっ」
「ミチルちゃん、俺だけを感じていて・・・。」
和木坂課長の指や唇が敏感な場所を刺激するたびに、私は甘い吐息をもらす。
気持ちよさと恍惚の中で、もう何も考えられなくなる。
和木坂課長の身体にしがみつき、その動きが激しさが増すたびに、奥がキュンと痺れた。
そう、何度も、何度も・・・・・・。
朝が来て、私は和木坂課長の胸の中で目覚めた。
目の前には、端正な和木坂課長の寝顔があった。
「可愛い♡」
おもわずその頬を人差し指で突いた。
その時、ハッとこの状況に思いを馳せた。
私も和木坂課長も、何も身につけていない・・・つまりこれは・・・いわゆる朝チュンという状態?
「!!」
とうとうやってしまった!!
どうしよう、どうしよう。
もう後戻りできないよ。
ふと見ると、和木坂課長の口元がむにゃむにゃと動いている。
そして、その口が微かに言葉を発した。
「・・・・・・うす・・・さ・・」
・・・・・・え?
今、なんて??
・・・・・・え?
ていうか!!今の私って、ミチル?それともちさ?
私は勢いよくベッドから飛び起き、ホテル備え付けの鏡の前に立った。
嘘でしょ?!化粧が全部落ちてる!
ミチルじゃなくてちさに戻ってる!
ど、ど、どうしよう・・・早くミチルに化けなきゃ・・・和木坂課長が目覚める前に!
その瞬間、背後から私を抱きしめる腕が見えた。
鏡を見ると、私の頭ひとつ上に、和木坂課長の眠そうな顔が映っていた。
お、終わった・・・。
「ミチルちゃん、おはよ。」
「お、おはようございます。」
「昨夜・・・ミチルちゃん、すごく酔ってたけど・・・俺に抱かれたの、忘れてないよね?」
「覚えてます・・・」
「酒の過ちじゃないから。真面目な気持ちで抱いたから・・・そのつもりでいて。」
「はい・・・。」
「・・・どうしたの?お化けでも見たような顔して。」
「いや・・・あの・・・その・・・」
和木坂課長は私の顔を両手で包み込むと、軽くキスをした。
素顔の私を見ても、和木坂課長はなんの反応も示さない。
一体どういうこと?
「・・・ミチルちゃんは眼鏡がなくても、見える人?」
「・・・え?」
「俺、今コンタクト外してるから、何も見えないんだ。」
あっ・・・そういうことか・・・びっくりしたあ!
「ミチルちゃん、先にシャワー浴びてきたら?」
「あ、大丈夫です!私、さっきもう浴びましたから。和木坂さん、使ってください。」
「そう?じゃあ、シャワー浴びてくる。」
和木坂課長が浴室に消えるのを確認したあと、私は急いでドレッサーを陣取り、ミチルメイクを施し始めた。
ホテルを出た私と和木坂課長は、ファーストフードに入り、遅い昼食を取った。
私がハンバーガーにかぶりついていると、和木坂課長がアイスコーヒーを啜るストローから口を離した。
「大丈夫?昨夜は無理させちゃったかな?」
「いえ!体力には自信ありますので・・・」
思ってたより激しめな和木坂課長とのあれやこれやが思い出され、明るい太陽の日差しに照らされるのが、なんだか気恥ずかしい。
「・・・ねえ。その敬語、そろそろやめない?」
「え?」
「俺達、もうそういう仲なんだし。」
和木坂課長が頬杖をついて、私の瞳を覗き込んだ。
「あとさ、俺のこと要って呼んで欲しいな。」
「カナメ?」
「そう。カ・ナ・メ」
「要・・・さん?」
「ん?なに?ミチルちゃん?」
思わず顔が赤くなる。
なに、この会話。
まるで恋人同士みたい。
あ、私達、恋人同士だったっけ・・・。
まだ夢みたいで信じられない。
「ミチルちゃん。このあと、良かったら家に来ない?汚い家だけど。」
「そ、それは・・・どういう?」
「ウチのバアちゃんに紹介したいんだ。」
いや、ご家族に会うって・・・早すぎない?
でも和木坂課長・・・要さんってどんな家に住んでて、どんな風に暮らして、どんな風にくつろぐんだろう。
要さんのこと、もっと知りたい。
「行きます!」
「・・・良かった。じゃ、食べ終わったら行こうか。」
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