第6話 「幸田ミチルって・・・ブスだったの?」
「ハイ、チーズ!」
「ありがとうございました~!」
「いえいえ。」
私はダブルピースで被写体となっていた、茶髪ロングヘアーの女性にスマホを返した。
女性は一緒に写った男性に「あとで写真、送りますね~」などと嬉しそうに話している。
二人はもう連絡先の交換をしているようだ。
気が付くと私はイイ感じになった男女ペアの写真を撮る係になっていた。
もうこれで3組目だ。
フリータイム中、ずっと夢中で猫の写真ばかり撮っていたからか、写真を撮るのが好きな人、として周りに認識されてしまったようだ。
首に一眼レフのカメラなんてぶら下げているのが話しかけないでオーラを感じさせるのか、男性からのアプローチはいまのところ一切ない。
男性とマッチングする意思がないとはいえ、この状況はけっこう辛いものがあった。
「はあっ」
ウスイサチじゃなくても壁の花なのは、ここでも同じか・・・。
私は化粧が崩れていないか確認するために、トイレに行くことにした。
女子トイレに入りかけた時、隣にある男子トイレの中から男性の話し声が聞こえてきた。
ねこんかつ参加者の男達だ。
「今回の女子のレベル、低いな~。」
「ほんと、参加費、返してもらいたいよ。」
男性の参加費は4千円だと聞いている。
それっぽっちも出し惜しむなんて、とんだケチ野郎もいたものね。
「しかも女子のほとんどがあのイケメン狙いだし。」
イケメン・・・って和木坂課長のことだよね?
「アイツ、マジなんなの?こんな所に来なくても、あのルックスなら女選び放題だろ。」
「職場に女がいないんじゃないか?」
いるよ!
ウチの職場、三割が女性職員だよ!
でも・・・本当に謎だ。
どうして和木坂課長はこんな所にいるのだろう?
職場ではかなりモテているし、いくら職場恋愛が嫌だからって、婚活パーティなんかに頼らなくても、いくらでもお相手は見つかりそうなものなのに。
するともう一人の男性がチッと舌打ちをした。
「それにしてもあの2人はナイよな。」
「え?誰?あの2人って。」
「ほら、右端に座っていたショートカットのデブと眼鏡のブス。」
「ああ~。首からカメラぶらさげてる眼鏡ちゃんね。」
「化粧濃すぎだろ。ほっぺが赤くてどっかの女芸人みたいだし。」
「あ~確かに!」
「もうちょっと化粧の仕方を勉強してから、出直して来いっつーの!」
そう話しながら男性2人は爆笑し、男子トイレから出て行った。
え・・・?
カメラぶらさげてる眼鏡って・・・ワタシ?
私は慌ててトイレに駆け込み、鏡に映った自分の顔をまじまじとみつめた。
え?私が変身した幸田ミチルって・・・ブス、なの?
・・・・そうか。
化粧しているときにコンタクトを外していたから、ぼんやりとしか自分の顔を認識できていなかったんだ。
いつも軽いメイクしかしたことなかったから、私、やり過ぎちゃったんだ。
途端に、家を出る前の自分を呪いたくなった。
ぐすん。もう、今すぐ帰りたい。
一刻も早く家に帰ってメイクを落とし、布団をかぶって眠り、今日の出来事をリセットしたい。
そう言って泣きたくなった。
どうして私は男絡みになると、こんな不運に見舞われてしまうの?
前世の私はどんなひどい罪を犯したの?
神様、こんな仕打ち、ひどいよ・・・。
私は肩を落とし、ねこんかつ会場に戻ると、顔が隠れるようにひたすらカメラで猫達の写真を激写し続けた。
ブスという言葉のナイフは、私の心をずたずたに切り裂いた。
ああ、早く終わらないかな。
黒猫にファインダーのピントを合わせた時、ふいに肩を叩かれた。
振り向くと、和木坂課長が軽く微笑みながら黒猫を指さした。
「どう?上手く撮れた?」
「えっ、あっ、ハ、ハ、ハイ!」
和木坂課長が、こんなおブスな私に、声を掛けた?!
驚きすぎて思わず声が大きくなってしまった。
心臓がバックンバックンと音を立て、息が苦しい。
「写真撮るの、本当に好きなんだな・・・えーと・・・」
「あっ!ウ・・・幸田ミチルです!・・・初めまして!」
私は大きくお辞儀をした。
すると和木坂課長は柔らかく微笑んだ。
「・・・初めまして。俺は和木坂要といいます。よろしく。」
うわ。私が臼井ちさだってこと、全然バレてないんだ。
でも・・・そりゃそうよね。
自分でも誰?って思ったくらいだもの。
和木坂課長はソファに座り、黒猫を太腿に載せてその美しい毛並みを撫でながら、立っている私を見上げた。
「そんなところに突っ立ってないで、座ったら?」
「え・・・いいんですか?」
「どうぞ。話しするためのフリータイム、だろ?」
そう言って和木坂課長は、自らの隣の席をポンポンと叩いた。
「で、では。失礼して。」
私は和木坂課長の横に、亀が首を引っ込めるように恐縮しながら座った。
「ミチルちゃん・・・って呼んでもいいかな?」
「はい!なんとでもお呼びください。」
和木坂課長が女性にちゃん付けする人だったなんて・・・ギャップ萌え!
「ミチルちゃん、実は今日の婚活パーティ、あまり乗り気ではなかったんじゃない?」
「え?」
「だって誰とも話さず、人の写真ばかり撮ってあげていただろ。」
「いや・・・えっと・・・・話さないというか、男性陣から声を掛けられなかっただけです!いや、お恥ずかしい。アハハハッ!」
「へえ。そうなの?」
・・・そうだ。
今、私は幸田ミチルなんだ。
だったらいつもの大人しい私ではなく、元気なおブスキャラで乗り切ろう!
「・・・和木坂さんは・・・モテてましたよね!格好いいですもんね!」
「そんなことないよ。」
和木坂課長は長い脚を組みかえると、太腿の上の黒猫に視線を向けた。
「ウチの黒猫、バアちゃんが名づけ親でさ。好きな俳優の名前にちなんで付けたんだ。」
「ケンケンでしたっけ?えーと高倉健?」
和木坂課長は目を瞑って首を振る。
「渡辺謙?」
「違う。」
「松平健?」
「ううん。」
「誰ですか?」
「坂口健太郎。」
「・・・おばあ様、気が若い!」
「だろ!」
私と和木坂課長はそう言って顔を見合わすと、大きな声で笑った。
「ウチのお祖母ちゃんは加山雄三が好きみたいです。」
「普通、そうだよな。」
和木坂課長の真っすぐな瞳が私を覗き込むように捉え、ドキドキが止まらない。
だってこんなに近くで個人的に話すなんて、あの時以来。
でもあの時より、ずっと自然に話せてる。
それはきっと、今の私が幸田ミチルだから。
「仕事はなにをしている人?」
「え・・・と。普通のOLです。事務です。お金を取り扱ってます。」
「経理かな?」
「まあ、そんな感じです。」
アナタと同じ職場にワタシはいます!
「俺も金を扱ってる仕事。金の無いところから、金を引っ張らなくちゃならなくてさ。毎日、疲れるよ。でも誰かがやらなきゃいけない仕事だしね。」
そうですよね。徴収の仕事は大変ですものね。
「・・・悪い。初対面の人に愚痴を聞かせて。」
「いえ!どんな仕事でも大変ですよね!疲れるのは、和木坂・・・さんが一生懸命仕事に取り組んでいる証ですよ。」
「そう?」
「ハイ。私はそう思います。和木坂さんは残業もいっぱいしていつも頑張ってる・・・と思います。」
「随分、具体的に褒めてくれるんだな。」
「や。多分、そうじゃないかな~って。ほら、和木坂さん、真面目そうだし。アハハッ!」
「じゃ、素直に受け取っておこうか。ありがとう。」
和木坂課長が照れくさそうに微笑んだ。
「・・・本当は猫なんて飼いたくなかったんだ。」
ふいに和木坂課長が目を伏せ、その表情が暗い影を落とした。
「どうしてですか?」
こんなにも愛おしそうに猫の背中を撫でているのに。
「猫って自分の死期を悟ると姿を消すっていうだろ?そんな別れがいつか来ると思うと悲しくなる。」
和木坂課長・・・もしかして過去に辛い別れを経験したのだろうか?
私は和木坂課長を励ます言葉を必死に考え、以前聞いたことのある話を思い出した。
「あのね・・・もしケンケンがこの世を去ったら、天国の手前にある虹の橋と呼ばれる場所に行くんです。そこにはお水も食べ物もお日様もあって、ケンケンはなに不自由なく幸せに暮らすんです。そしてケンケンは和木坂さんがこの世を去るまで、そこで待っていてくれるんですよ。だからそんなに悲しまなくても大丈夫です。」
「・・・そうか。初めて聞いた。」
「だから今は、思い切り愛猫を可愛がってあげましょう。」
「ああ。そうだね。ありがとう。」
和木坂課長は私の顔をみつめ、口の端を上げた。
「こんな話、誰にもしたことなかったんだけど、ミチルちゃんなら聞いてくれそうな気がして。なんでだろうな?」
それは私がこの場限りの関係の人間だからです。
旅の恥はかき捨て的な?
それでも和木坂課長の深い部分を知れて嬉しかった。
それから私と和木坂課長は猫あるあるの話題でひとしきり盛り上がった。
「・・・俺、バアちゃんと二人暮らしなんだ。実は今日のコレもバアちゃんが勝手に申し込んじゃって。早くひ孫の顔が見たいって煩くて。俺は結婚なんてまだ考えていないけど、参加費がもったいないし、予定もなかったから一応来てみた。」
「そ、そうだったんですね。」
そりゃそうだよ。
和木坂課長が自ら、ねこんかつに応募するなんて考えられないもの。
「正直婚活パーティなんて馬鹿にしてた・・・でもミチルちゃんみたいな素敵な人と出会えて、今日は来てよかったよ。」
和木坂課長ってば・・・こんなおブスな私にも神対応とは・・・なんていい人!
「素敵だなんて・・・じょ、冗談はよしこさん~!なんちゃって!!」
私は両人差し指を立てて、お祖母ちゃん直伝のギャグをかまし、おどけてみせた。
「ははっ!ミチルちゃんって面白い人だね。」
「はい。面白いってよく言われます~。」
・・・臼井ちさは25年生きて来て、面白いなんて言われたこと、一度もないけどね。
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