第7話 「ミチルちゃんに一目惚れしました」
フリータイムも終わり、とうとうマッチングの時間がやってきた。
小さな紙にひとりずつ、マッチングしたい相手の番号を書き、スタッフが手早くその紙を集める。
男女共に、お互いの番号が書いてあれば、カップル成立だ。
でも私は本日限りの幸田ミチルだから、誰ともマッチングするわけにはいかない。
予定通り、紙にはなにも書かず空欄で提出した。
どうせ私の番号を書く物好きな男性なんて、いるわけないんだけど。
和木坂課長は・・・きっと誰かとマッチングしてしまうんだろうな。
だってほとんどの女子は、和木坂課長を狙っている。
和木坂課長とマッチングするのは多分、キャリアウーマン風美人の4番か、ふんわりした天然お嬢様風の8番だろう。
和木坂課長の番号は15番。
ああ、本当は私だって15番と書いて提出したかったよ・・・。
「カップル成立は1番と13番、3番と17番、9番と19番の三組です!おめでとうございます!」
「やった!」
隣に座っていた甘城さんが、鼻息も荒くガッツポーズをした。
「甘城さん・・・和木坂さん狙いだったんじゃ・・・?」
「確率論で考えたの!イケメンって人気あるからカップリングになる確率低いでしょ?やっぱりここは手堅く行かなきゃね。私、30歳までに結婚したいから、モタモタしている時間がないの。」
「はあ。」
「幸田さんは・・・カップリングならずか。でもまだ婚活パーティに参加したのはたったの一回でしょ?数こなせば必ずいい人に出会えると思うわよ。それじゃね。チャオ!」
甘城さんはそう右手を挙げて小さく手を振ると、大きなお尻をフリフリさせながら、大人しそうな色白男性と猫カフェから消えていった。
自分の番号である7番が呼ばれなかったのは当然のことだとして・・・和木坂課長の15番も呼ばれなかった。
どうして?
あんなにモテていたのに?
そう思いつつも、心からホッとしてる自分がいる。
だって目の前で憧れの人が、他の女性とカップル成立するところなんて、見たくなかったから。
さて!猫の雑貨を買って、マリモが待つ家へ帰るとしますか。
臼井ちさに戻って、もう二度と婚活パーティなんてものには参加しないことにしよう。
そして幸田ミチルという黒歴史は永遠に封印するのだ。
受付前で参加者全員プレゼントの、キャットフードが入った紙袋を受け取り、猫雑貨を眺めていると、またもや肩を叩かれた。
「ミチルちゃんもマッチング不成立・・・だよな?」
こ、この声は!
私は猫のポストイットを持つ手を震わせながら、振り向いた。
「わ、和木坂・・・さん・・・?」
「そのポストイット、いいね。俺もお揃いで買おうかな。」
和木坂課長はそう言って、私の手にしているポストイットと同じものを手に取り、私のポストイットもサッと奪うと、素早くレジにて会計を済ませてしまった。
「はい。ミチルちゃんの。」
和木坂課長がポストイットの入った小さな紙袋を私に手渡す。
「あっ!代金、払いますので!」
あわてて丸いカゴのバッグから財布を取り出そうとするも、和木坂課長はそれを遮った。
「いらないよ。お近づきの印に俺からプレゼントさせて。」
「?!」
「ねえ、ミチルちゃん。フラれた者同士、食事にでも行かない?」
駅前のイタリアンレストランの窓際の席で、私と和木坂課長は向かい合って座っていた。
和木坂課長は見ているだけでも辛そうな、赤いソースのペンネアラビアータを美味しそうに食べている。
私はカルボナーラを注文し、スプーンに濃厚なクリームの絡まったパスタを巻きつけながら、和木坂課長の口から発せられるであろう言葉に、戦々恐々としていた。
美人だったり可愛い女子を食事に誘うなら、理解できる。
しかし私を、このおブスな幸田ミチルを食事に誘うなんて、絶対になにか裏があるに決まっている。
きっとパスタをすべて食べ終わったタイミングで、満を持して用件を切り出されるのだろう。
果たしてネットワークビジネスへのお誘いだろうか?
それとも高い判子とか壺の購入を勧められる?
借金の連帯保証人を探してる?
って、私のバカ!!
・・・一体、私ったら何を考えているの?
自分に自信がないからって、和木坂課長の人格を貶めるなんて。
和木坂課長は決して、自らの利益のために、他人を利用するような人なんかじゃない!
心までブスになってどうするの?
私は自分を猛烈に恥じた。
・・・でも、じゃあ、一体何故?
「この店のパスタ、中々美味いな。」
「は、はい!すっごく美味しいです。」
そう答えつつも、緊張してパスタの味なんて全然わからない。
「そんなに怯えないでよ。取って食ったりしないから。」
「そ、そんな、怯えてなんか。」
「そう?さっきから笑顔が強張ってるように見えるけど。」
私は思い切って自分の正直な気持ちを伝えた。
「私・・・ほら、こんなでしょ?男の人とふたりきりで食事する機会なんて、まったく無くて。だからちょっと緊張しちゃって・・・。嫌な気持ちにさせていたらごめんなさい。」
「嫌な気持ちになんて全然なってはいないけど・・・こんな・・・ってどういうこと?」
和木坂課長は、心の底から私の言ってることがわからない、という顔をした。
私はなるべくあっけらかんと聞こえるように、明るく言った。
「だから・・・ワタシ、美人でもないし可愛くもないし・・・ハッキリ言ってブスじゃないですか~。
そういう意味です。もうっ、皆まで言わせないで下さいよ~アハハ!」
すると和木坂課長は眉間を寄せて、不機嫌そうな表情になった。
「どうしてそんな風に自分を卑下するの?君はとても可愛い。俺はそう思う。」
「・・・・・・え?」
「ミチルちゃん、酷いよな。俺はマッチングの時、ミチルちゃんの番号を紙に書いたのに。・・・ミチルちゃんは誰を選んだの?」
拗ねた子供のような声でそう言うと、和木坂課長はそっぽを向いた。
「い、いや・・・私は誰も選んでません。」
「どういうこと?」
「スミマセン!私、サクラなんです!人が足りないからって友達に頼まれて・・・。皆さん、真剣に婚活に取り組んでいるのに・・・私って最低ですよね。」
「・・・はあ~。なんだ。良かった。」
和木坂課長は大きなため息をついた。
「え?え?」
「俺、てっきりミチルちゃんが他の男を選んだと思って嫉妬してた。なんだ。そういうことか。安心した。」
「??」
和木坂課長は白い歯を見せて笑顔を浮かべ、改まったように姿勢を正すと、熱い眼差しで私をみつめた。
「ミチルちゃん」
「ハ、ハイ。」
「会ったばかりでこんなこと言われても、困るかもしれないけど。」
「ハイ。」
なに?なに言われるの??
「俺、ミチルちゃんに一目惚れしました。俺と付き合って下さい。」
そう言うと和木坂課長はテーブルに手を付き、頭を下げた。
一瞬、何を言われているのか、頭がついていかなかった。
ワンテンポ遅れて、その意味を脳が捉えた。
「ほえっ・・・え?ええーー?!」
嘘・・・でしょ?
私、今、和木坂課長に告白されてるの?!
嬉しい。
ものすごく嬉しい。
私も好きですって今すぐ伝えたい。
・・・けどっ!!
私の心に赤信号が点滅する。
駄目だ、駄目だよ。
だって今の私は幸田ミチルだから。
ニセモノで今日限りの幸田ミチルなんだから・・・。
「・・・なんてね。」
和木坂課長が頬杖をついて悪戯っぽく笑った。
あ、なんだ。冗談か。
あ~びっくりした!
「も~からかわないでくださいよ!本気にするところでした。アハハッ!」
「いや。本気だよ?・・・告白なんて初めてしたから、俺も緊張した。」
「そ、そんなこと、ありえないし・・・」
「全然、ありえるけど。」
「あの・・・私なんかのどこが・・・」
「俺はずっと誰にも甘えることなく生きてきた。でもミチルちゃんには何故か弱みを見せられる自分がいる。そんな出会いってなかなか無いよ。それにミチルちゃんの笑顔は俺を幸せにしてくれる・・・そう思ったんだ。」
だからその笑顔はニセモノなんだってば!
本物の臼井ちさは明るくなんかない。
もし私が臼井ちさで参加していたら、きっと和木坂課長は私の事なんて好きにならなかったに違いない。
なのに、いま目の前の和木坂課長は、幸田ミチルに大真面目に恋しているようだ。
「きっと俺と君は運命の糸で繋がっているんだ。だって君とは初めて会った気がしない。」
そりゃ、毎日、職場で会っていますから!
「ね、俺達、前にどこかで会ったことない?」
「な、ないです。ないです!私、これにて失礼します!」
逃げなきゃ。
ここから逃げなきゃ。
今ならいい夢を見させてもらえた、だけで忘れることが出来るはず。
私が椅子から立ち上がると、和木坂課長がすかさず私の手首を掴んだ。
「また会って欲しい。返事は急がないから。」
「・・・・えっと。」
「とりあえず、連絡先、教えてくれないかな?」
「・・・・でも。」
「お願いだから。」
和木坂課長が私の手を強い力で握り、頭を深く下げた。
「わかりましたっ!あのっ、だからっ、頭上げて下さい!」
ずっと憧れてた人に、そんな必死な目で訴えられたら、断ることなんて出来るわけがない!
私は再び席に座り、バッグからスマホを取り出した。
「本当にまた会ってくれる?」
「は、はいっ。」
縋るような和木坂課長の視線が痛い。
通路を挟んで隣の席のカップルが、私達の方をちらちら見て笑っている。
ブスに迫るイケメンの図を、きっと面白おかしく思っているのだろう。
でも、今はそんなことはどうだっていい。
これから私、どうしたらいいのーーー?!
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